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第7章 食堂の大決闘

 いまや、食堂内は、乱戦状態となり、宴は、すっかりめちゃくちゃになってしまったかに思えた。
 だが、サッドは、そんな状況でも、唇を歪めて、不敵な笑いを浮かべている。
 まるで、こうした事態も「宴」の一部であるといわんばかりだ。
 招待客たちは、食堂の隅に避難した者もあれば、平気な顔で酒を飲み続けている者もいる。
「救出組の活動が、だいぶさかんになってきたわね。よし、ここで!」
 四つん這いになり、キュー・ディスティンに鎖を引かれて食堂をまわっていたリカイン・フェルマータは、自分が動くべき瞬間を悟っていた。
「サッドは、メインディッシュをそう簡単に逃がすつもりはないわ! もともと、生徒たちの乱入もサッドは予測していた! この館での騒動で邪神を引きつけ、召還しやすくするのが狙いよ! だとしたら、泉さんだけは渡さないはず! 崩城さんたち、危ないわ!」
 リカインは、鎖を引きちぎると、立ち上がった。
 長い間四つん這いでいたせいか、腰が痛い。
「ほら、しっかり歩け!」
 キューが、リカインのお尻に蹴りを入れた。
「バカ! いつまでやってるのよ!」
 リカインに怒鳴りつけられて、キューははっとした。
「仕掛けるのか?」
「そうよ。後で、あんたにもやってあげるからね!」
 リカインはキューの頭を叩いていう。
「えっ?」
 キューは、ぽかんとする。
「サッド、いくわよ!」
 リカインは、サッドを牽制するため、走って、攻撃を仕掛ける。
「む? 貴様、ただのエロ犬奴隷ではなかったか?」
 サッドは、攻撃を避けていう。
「寝言は、寝てからいうものよ! くらえ!」
 リカインは天井スレスレにまで跳躍して、空中からダッシュで攻撃を仕掛ける。
「そんな攻撃で、私を止められるとでも?」
 サッドはテレポートで攻撃をかわし、せせら笑う。
「超能力も使えるのよね。厄介だわ」
 リカインは舌打ちした。
 そのとき。
「フハハハハハハハハ! いま、ここに! 俺様の出番だー!」
 キューの荷物から、禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)が転がり出て、洪笑する。
「む? 禁書の河馬吸虎か?」
 サッドは、貴重な写本の登場に注目する。
 邪神を崇拝するサッドは、魔道書のコレクターでもあったのだ。
「そのとおり! だが、貴様には読まれてやらんぞ!」
 河馬は、まくしたて始めた。
「聞け! 貴様の失敗は、エロスを理解していなかったことにある! 真の悦びとは互いに与えあうもの! 一方通行の加害など言語道断! ましてその悦びを知らぬままの生命を奪おうとした罪、まさに万死に値する!」
 河馬は、ひと息吸い込んで、
「さて、俺様は今からここを火の海にする。風で吹き飛ばすことは無理でも、暑くなれば人は勝手に脱ぐというからな。これだけの人数が生まれたままの姿になれば、何も起こらんはずもないだろう。だがドS、貴様は駄目だ。その身に宿す狂喜と俺様が与えるせめてもの慈悲に燃え尽きるがいいわ!」
 書物の姿のまま宙に浮かんでそういうと、河馬は恐るべき火術を使用した。
 ぼおおおおおお
 炎は、あっという間に食堂を燃やしてゆく。
 テーブルクロスも燃えあがり、料理を黒こげにさせてしまう。
 こうなると、招待客のほとんどは席をたってしまうことになった。
 まだテーブルについている招待客もいたが、正気の沙汰ではない。
「あ、熱い! もう、私たちの脱出路も確保できていないうちから!」
 リカインは河馬を呪いたくなったが、火術のおかげで、敵をかなり牽制できたのも事実だ。
「でも、館全体に火がまわったらやばいわね。その前に牢獄の人たちを救出できればいいんだけど?」
 リカインは、河馬の暴挙が取り返しのつかない事態を招かないことを願った。

「よし、いまだ! さすがのサッドもこの炎を前にはうかつに動けないはず!」
 招待客の一人だった無限大吾(むげん・だいご)もまた、自分たちの動くべき瞬間を悟っていた。
 サッドと闘うよりも、まず、はりつけにされた女子生徒たちの救出を優先すべきだと無限は考えていた。
「大丈夫か? いま助けてやるぞ!」
 炎の中を勇敢に走り、ステージの柱のうちの1本にたどりつくと、無限は、はりつけにされている佐倉留美を救出にかかった。
「はあ。ら、らめえ。やめてえ。ああー」
 佐倉は、恍惚とした表情で何か喘いでいる。
「しっかりしろ!」
 無限の呼びかけに、佐倉ははっとする。
「はっ、あなたは? きゃ、きゃあ、みないで! 特に、そこはー!」
 佐倉は、ほとんど全裸状態の身体を無限がまさぐっているのに気づいて、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「大丈夫だ。みないで、やるから!」
 無限も、顔を真っ赤にして叫ぶ。
 佐倉の身体は、冷静に触れるには魅力的すぎた。
「っていうか、大吾、ボクが鎖を外せばいいんじゃないの?」
 西表アリカ(いりおもて・ありか)がいった。
「あっ、そうか。頼む!」
 無限は、これ以上ないほど赤くなった顔を佐倉の色気そのものの身体からそむけて、いった。
「ハーイ、カチャカチャ」
 西表によって佐倉は救出される。
 無限たちは、あらかじめ用意しておいた衣服を佐倉に着せた。
「はあ。ひと息つけましたわ」
 佐倉は、ぐったりして無限の肩にもたれかかる。
「う、うお!?」
 無限の顔が、再び赤くなる。
「ほら、いちいち恥ずかしがってたら、脱出できませんよ。ほかの子も助けて、早くここを出ないと!」
 セイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)がたしなめた。
「そ、そうだな。さあ、君たちも一緒に逃げよう! うん? ああっ!」
 無限は気持ちを奮いたたせて、ステージの上に寝そべっている秋葉と天津にも声をかけようとして、2人のあられもない姿をしげしげとみて、また真っ赤になってしまう。
「ああ。まだ、サッド様のお仕置きは終わっていませんわ。私は、最後まで、ここに……ああ!」
 秋葉は、すさまじい拷問の余韻にまだひたっていて、喘ぎ声をあげ続けている。
「私も同じです。まだ、一線を越えてもらってない気がして。ああ!」
 天津も、大胆なポーズのまま悶えている。
「ほ、本当にいいのか?」
 無限は、視線を天井に向けながらいう。
「大吾ちゃん! 炎がもうすぐ迫ってくるよ! 敵も増えてきたし、ここにいたいっていう人は置いといて、早く行かなきゃ! 救出されたい人を優先するんだよ!」
 廿日千結(はつか・ちゆ)が、無限の肩をバシバシ叩いていう。
「あ、ああ。そうだな。気をつけて!」
 無限は秋葉たちに手を振ると、佐倉を背負って、炎の中を駆けていく。
「くっ! すごい数の敵だ!」
 無限は、パートナーたちと力をあわせて、骸骨戦士やライオンソルジャーを葬りさってゆく。
「強制排除だぁ! 消え失せろ! そして地獄に落ちろ! このクズどもがぁ!! アハハハハ!!」
 戦闘モードに入ったセイルが、破壊と殺戮の限りを尽くす狂気の悪鬼と化して叫びまくっていた。

 ブオン!
 炎に包まれる食堂に、バイクのエンジン音が鳴り響く。
「ルル。どこだー!」
 長原淳二(ながはら・じゅんじ)が、パートナーを探して叫ぶ。
「淳二。あそこに!」
 バイクの後部座席に乗っていたミーナ・ナナティア(みーな・ななてぃあ)が、ステージの柱を指していう。
「あ、あんなところに!? はりつけだと、ひ、ひどすぎる!」
 ルルのあんまりな扱いに愕然としながら、長原は骸骨戦士を撥ね飛ばしながら、ステージを目指した。
「ルル。大丈夫か?」
 はりつけにされ、赤ワインまみれにされていたルル・フィーアを救出する長原。
「真っ赤にされてるけど、血ではないようです」
 ミーナが、ルルの身体を拭って、ヒールをかける。
「淳二さん。やっときてくれたんですね」
 ルルが、長原の顔をみつめて、微笑む。
「遅れてすまなかったな。もう安心していいぞ。さあ、館を出よう!」
 長原は、衣を着せたルルを脇に抱えて、バイクに乗った。
「ふふ。私は、何とかもちこたえましたよ。拷問なんて、たいしたことありませんでしたわ」
 長原の側にいることで安心したのか、ルルは次第に強気を取り戻してくる。
「多くを語るな。炎と敵を突破するぞ!」
 長原はバイクのエンジンを吹かして、いっきに特攻をかけた。

 こうして、何人かの女子生徒たちは救出され、食堂から消えていった。
 だが、泉美緒はサッドを始めとする敵の大群に行く手を阻まれ、そう簡単には脱出することができない。
 ステージには、ほかに、秋葉と天津も横たわったまま身をくねらせて喘いでいるが、彼女たちは自らとどまることを望んだ、希有の存在であった。
「くっ、強行突破も厳しいけど! 美緒、私のすぐ後を走ってついてくるのよ」
 崩城亜璃珠は、美緒に脱出の手順を言い聞かせる。
「わかりましたわ。走って追い駆けますわね。わんわん!」
 美緒は、四つん這いになって吠える。
「だから、四つん這いじゃなくていいんだって! もう、変な癖がついたわね」
 亜璃珠は、困ったというように額に手を当てる。
 美緒のこの危機感のなさが、脱出をより困難にさせていた。
「ハハハハハ! 死ねー!」
 飛行して、亜璃珠に攻撃を仕掛けてくるサッド。
 サッドが手を振ると、使い魔のコウモリが何十匹もわいてくる。
 サッドは、何としても美緒を逃さない覚悟だ。
「亜璃珠様。みんなで力を合わせれば、何とか突破できるはず。そう信じてがんばりましょう」
 マリカ・メリュジーヌが、大鎌を構えていう。
「そうよね。よし! 一か八か、美緒を抱えて抜けてみるわ!」
 亜璃珠は、危険を覚悟した。
 だが。
「むう。万が一にも、あの生け贄を持っていかれては困る! ここは、協力を依頼するぞ!」
 サッドが、何者かに呼びかけた。
「いいわ。生け贄がいなくなっては、この宴にきた意味がないものね」
 招待客の一人として、いまだに酒を飲んでいたメニエス・レイン(めにえす・れいん)が、すっくと立ち上がって亜璃珠たちの前に現れた!
「そんな、サッドに応援ですって!? このタイミングで? しかも、この相手は」
 亜璃珠は、戦慄を禁じえない。
 メニエスはアボミネーションを使用していたが、それだけで、これほど緊張することはないのだ。
 Sの館の招待客にメニエスが当然含まれているだろうという予測をしていなかったことを、亜璃珠は後悔した。
「誰が相手だろうと、本気でやるしかありませんわ」
 マリカが、大鎌を構えてメニエスに突進する。
「待って! あたしが聞いたことのある情報では、その相手は1人じゃないわ!」
 亜璃珠の助言は、やや遅かった。
 マリカが大鎌をメニエスに振り下ろしたとき。
 マリカの背後に、ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)が現れていた!
「ミストラル、やって!」
 大鎌の一撃をかわして、メニエスが叫ぶ。
 不意をつかれたにしては、マリカの反応は速かった。
 振り下ろした大鎌をさらに横に薙ぎ払って身体をまわし、背後のミストラルを斬ろうとする。
 だが、攻撃動作に入っているだろうと思われたミストラルは、意外にも防御に専念していて、大鎌をあっさり避けてしまう。
 その瞬間、マリカは悟った。
 パートナーに注意を向けさせる、フェイントにかかったのだと。
「終わりね。ファイアストーム!」
 ミストラルの方に向いていたマリカの背後から、メニエスの巻き起こした炎が襲ってきた。
 しゅごごごごごごごごごご!
「マリカ!」
 危ういところで、亜璃珠は炎に包みこまれるミストラルの手を引いて、死傷を免れさせる。
「気をつけて。勢いと反射神経で攻めるだけではダメよ。闘いは、読み合いの世界でもあるわ」
 マリカに忠告する亜璃珠だが、そのとき、メニエスの真の狙いが何なのかに思い当たった。
「しまった! 美緒が!」
 亜璃珠が駆け寄ろうとしたときは既に遅く、メニエスは美緒の首輪についた鎖を引いて、サッドに引き渡していた。
 メニエスは、「宴」の成立を重視していたのだから、マリカを倒すことに全力を注ぐはずがない。
 亜璃珠もまた、マリカに注意を向けさせようとする、メニエスのフェイントにひっかかったのである。
「その鎌使いよりはやり手なようだけど、あなたもまだまだね」
 メニエスは笑った。
「フハハハハハハハ! この女はもう離さんぞ!」
 サッドが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「この状況、不利だわ。まずメニエスを攻略しなきゃいけないなんて!」
 だが、亜璃珠は、同時に悟ってもいた。
 この部屋から美緒を正攻法で脱出させるのは、あまりにも困難だ。
 ここは、サッドが美緒をこの部屋から連れ出すのを待って、もっとやりやすい場所で仕掛けた方が、美緒の安全にとってもいいのではないかと。
 当然、美緒を最終的に救出する役目は、自分ではなく、誰か別の生徒になるかもしれない。
 メニエスが出てきた以上、亜璃珠も急いで計画を練り直す必要があった。
「あなた、気づいているようね。そうよ、ここはあたしの相手に専念しなければ、自分自身の生命も危ないわ」
 メニエスは笑って、ミストラルとともに亜璃珠たちに近づいていく。
「亜璃珠、何をそんなに警戒しているの?」
 理紗の質問に答える余裕も、亜璃珠にはなくなっていた。
 サッドが邪神召還の準備を進めるこの夜のこの館には、邪悪な力が充満しつつあり、サッドはもちろん、メニエスたちも普段より強さが増しているのだ。
 生命を落とす危険が非常に高くなっている状況なのである。
「けれども、私だって、本気なのよ。勝って、先に行かせてもらうわ」
 亜璃珠は、メニエスたちと闘う覚悟を固めた。
「へえ。でも、本当に勝てるのかしら。今宵のあたしたちを相手に? 何しろあなたは、パートナーたちも守らなければいけないのにね」
 メニエスが、亜璃珠に仕掛けようとしたとき。
「勝てます!!」
 メニエスの背後から、すさまじい叫び声があがった。
「誰?」
 メニエスは、まず攻撃を回避する動きをとりながら、後ろを振り返る。
「まさかあなたにここで出会えるとは! 最初、立派な格好してるからわかりませんでしたよ。化け物風情が貴族の真似事ですか? 私は悪そのものの存在が非常に嫌いなんです!」
 坂上来栖(さかがみ・くるす)が、さざれ石の短刀を振りかざして、メニエスに襲いかかっていた。
 だが、メニエスが回避するまでもなく、ミストラルが進み出て、坂上の攻撃を弾いてしまう。
「メニエス様を傷つけさせるわけにはいきませんね」
 ミストラルは坂上を睨む。
「へえ、そうですか? 面白い。ある意味、あなたたちはサッド以上の宿敵ですから! ふふふ、あはは」
 坂上の口調が狂気に満ちたものへと変わってゆく。
「まるで一目惚れだ、貴女という存在を倒したくて、殺したくて仕方が無い! さぁっ、早くっ! 殺しあいましょう!! ハリィッ! ハリーハリーハリーハリィィィッ!!」
 坂上の鎧が、怪しく光る。
「バカ神父、どっちが悪魔だかわかりませんけどね? あまり無謀な攻め方されたら、たまったもんじゃねえです」
 魔鎧であるナナ・シエルス(なな・しえるす)は、それでも精一杯パートナーをサポートするつもりだった。
「助かったわ。そうね。あたしたちだけで闘ってるわけじゃないのよね」
 亜璃珠は、坂上の登場を心強く感じた。
 だが、坂上とて、メニエスに勝てる保証などないのだ。
 にも関わらず、闘志を異様に燃やしているのは、やはり狂気なのか。
 それとも、聖職者としての本能がそうさせるのか?