薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

最終決戦! グラン・バルジュ

リアクション公開中!

最終決戦! グラン・バルジュ

リアクション


第七章 バルジュ兄弟討伐組、分断

「兄ちゃん、そこ、危ないっ!」
 トラップの位置を見極めたトーマが、並走する真人たちに忠告を飛ばす。
「ええいっ!」
 すかさず、セルファが真人の首根っこを掴んで引き止める。
 引っ張った瞬間、真人の進行方向の上にあった天井の一部が、まるでプレス機のように床へと伸びてきた。
 あのまま真人が進んでいたら、潰れていただろう。
「ありがとう。助かりました。……さっきからトラップが多いですね」
 バルジュ兄弟討伐組の中でも、先に進んでいた彼らは、後続のメンバーのために罠の破壊および敵の殲滅を続けていた。
「敵が出てきたほうがまだマシかもね……」
「何を言っているんですか……」
 ぼそりと不満を洩らしたレキに、カムイがちょっと苦笑いする。
「あっ、みんなこっちに来てるよ!」
 その時、後ろから追いついてきた透乃たちを見て一美が真人に知らせる。
「おっ、これで進むのが楽になりそうですね」
「みんなで行けば、楽勝よ!」
 意気揚々とした様子の真人とセルファ。

「おっと、そうは問屋がおろさな〜い!!」

 聞こえたのは、おどけた調子の、野太い声。
 バルジュの隷使らしき、兵士のものだった。
「このボタンをぽちーっとな」
 兵士は、手にしていたボタンを押す。
 少しの間を置いた後、ウイーンという、テンプレート通りの機械的な音が響き渡る。
 音のした方向は、やや後方。
「っ――来ちゃダメだっ!!」
 異変に気がついたのは、罠に意識を張っていたトーマ。
 振り返って叫ぶ。
 それに気がついたのか、後続の先頭にいた透乃が「あっ」という表情を浮かべて立ち止まる。
 直後、透乃の少し前にある両側壁から、まるで閉じる自動ドアのようにして壁が“生えてきた”。
 後続との合流が、出来なくなってしまったのである。
「しまった!」
 アルツールがゴン、と悔しそうに壁を叩く。
「これだけでは無いんだぜ〜」
 パチン、と指を鳴らすと、兵士の奥の道から、ごろごろと数多の影が躍り出る。
 影は皆、一様に鎧を纏っており、歩を進めるたび、ガチャリ、ガチャリと音を立てる。その歩き方も異様で、足元が覚束無いというか、まるで今日初めて鎧を着てみました、という風なのである。
「なんだ……こいつら」
 不気味さを感じたトーマが、一歩後ずさる。
「ふはは! こいつらは私が造ったゴーストナイトだ。そのへんの雑魚とは訳が違うぞ!」
 高笑いをする兵士を、アルツールが一蹴する。
「とは言っても、ゴーストなのだろう? エヴァ」
「わかってるわ――光輝の斬剣、今ここにっ! バニッシュ!」
 手をかざし、バニッシュを放つエヴァ。
 煌く光が、無数の刃となってゴーストナイトに降り注ぐ。
 だが――
「……」
 ゴーストナイトたちは、何事も無かったかのようにそこに立ち尽くしていた。
「なんですって……」
 愕然とするエヴァ。
「だから言っただろうが! その辺の雑魚とは訳が違うと。そいつらが着ている鎧は頑丈なだけじゃなくて光を遮る特別製だ」
「くっ――仕方ないわね……」
「力ずくで――打ち砕くのみっ!!」
 床を蹴って、ゴーストナイトの群れへと疾駆するセルファとシグルズ。
 群れの両側から槍と剣が激しく迫り、乱刃の二重奏を奏で始める。
「武者人形、手伝ってもらうぞ」
 待機させていた武者人形に加勢を指示する。それに応じて、武者人形が群れへと迫る。
「ふふっ……貴様らがいくら足掻こうが無駄だっ!」
 兵士の顔には、嘲笑が張り付いている。
 強固とはいえゴーストナイトは無敵ではない。韋駄天の如きセルファの槍と、豪強なシグルズの剣さばきによって、確実に数は減っている。
 なのに、何故そんなに余裕なのか。
(こいつら……鎧が堅すぎるんだわ)
 セルファはその疑問に気がついた。
 堅牢とも言えるほどの鎧が、ダメージを減らしているのだ。
 そうしてまた、何度も何度も立ち上がってくる。まるで起き上がりこぼしのように。
(こんなんじゃ、ごり押しで負けるわね……。だったら――)
 起き上がりかけのゴーストナイトを殴りとばすと、真人に告げた。
「真人っ! 凍てつく炎お願いっ! 氷術の配分やや多めで!」
「な……なんだかわからないけど……わかった!」
 何か策があるのだろうと、彼女を信頼して真人は詠唱に移った。
「悪しき魂――灰へと帰れ! そりゃああっ!!」
 呪文と一緒に振られた真人に杖から、炎の渦が巻き起こり、ゴーストナイトたちを焼き尽くしていく。が、少々焦げただけで、ダメージは特に無いらしい。
「大丈夫でしょうか……。おっと、続けて氷術――喰らいなさい!」
 気合の篭もった声に呼応し、周囲の温度が急速に下がる。
 浮かび上がったのは無数の氷柱。
 間断を置かず、ゴーストナイトを目掛けて飛んでいく。
 そして、着弾。
 まるでガラス細工を当たり一面にぶちまけたような、甲高い音が何度も起こる。
「はははっ! その程度の魔術で一掃しようなど、浅知恵よっ!」
「それはどうかしら」
「……何?」
 セルファが、ニヤリと笑う。
 瞬間、ピシリ、というひび割れの音がその場に広がった。
 それはやがて、ガラガラという騒音へと進化していく。
「そ、そんなっ!!」
 驚愕に目を見開く兵士。
 彼の目に映っているのは、ゴーストナイトの鎧にひびが入り、ボロボロに朽ちてゆく光景だった。
 酷いものでは、内部で破裂したかのように粉々になっているものもいる。
「な、なぜだ……」
「?熱膨張?って言葉を知っているかしら? 急激に熱くなった後、急激に冷やすと、金属ってもろくなるみたいね」
「な……そんな……く、くそっ、おまえら、やってしまえっ!!」
 明らかに戦闘不能間近なのにも関わらず、兵士はゴーストナイトに命じた。
 が、命じた本人は、奥の道へと消えていた。
「ちょ、どんだけ卑怯者なのよ! ったく……」
 一美が、トミーガンを取り出す。
(犠牲になったゴーストさん、ごめんね。すぐに解放してあげるからっ!)
 覚悟を決め、床を蹴った。
 銃身から吐き出される弾雨がゴーストナイトへと降り注いでいく。
 まるで砂糖菓子が砕かれていくように、敵は崩れ去っていった。
「いくわよ! ランスバレスト!!」
 バーストダッシュと組み合わせ、強力な一撃を見舞っていくセルファ。
 脆くなったゴーストナイトにとっては、防ぐ手段などないほどの強力な一撃だった。
「みんな、急ぎましょう!」
 真人が、その場のメンバーを促した。

◆◇◆

 一方、閉じられた壁の向こう側でも、戦闘が行われていた。
 進行不可能だと知った敵兵が、後ろからわんさかやってきたのだ。
 そんな状況に、シリウスはうんざりした様子で愚痴を零す。
「ああ、また雑魚かよ。めんどくせぇ……。エイミー、ぶっ壊せねぇか?」
「ダメだ……相当厚いぜ。ロケットランチャーでも何十発か撃ってやっと通れるかもしれねぇってレベルだ……。とりあえずはそこにいる雑魚どもをどうにかしてからになるだろうな」
「ですわね……。まぁ時間をかけずにベコベコやっつけちゃいましょう――と」
 リーブラは光条兵器、オルタナティヴ7(ズィーベント)を構え、駆け出していった。
 大剣の軌跡が通った場所から、次々と血飛沫が空を舞っていく。
 まるで彼女自身が風になったかのように、敵陣を駆け巡る。
「おっと、オレも傍観かましてる場合じゃねぇや……」
 にやり、と不敵な笑みを浮かべると、楽しそうに呪文を紡ぐ。
「刻むぜ――雷神のビート! サンダーブラストッ!!」
 パチン、と指を鳴らす。
 瞬間、シリウスの掌から稲妻が生まれる。バチンと激しい炸裂音を上げて巨大化しながら、敵の方へと疾駆する。
 稲妻は敵陣を囲むようにして円状に広がっていき、雷の嵐となって、敵兵を焦がしていく。
 あっという間に、そこは悲鳴の坩堝と化した。
「貴様ら、下がれっ!」
「た、隊長!」
「俺たちじゃ荷が勝ちすぎている。だから……モンスターの増援を頼んでおいた」
 その言葉をなぞる様に、敵の後方から魔物の群れが現れた。
「こいつらはゴースト兵器によって洗脳されたモンスターだ。凶暴性はそのままで、俺たちの言うことを聞くようになっている。さて――」
 透乃たちを指差し、
「――殺せ」
 ただ一言、冷酷に言い放った。
 そこかしこから、人間のものとは思えない咆哮が響き渡る。
 床を踏み砕くような足音を立てて、メンバーの元へと殺到する。
「あわわわ……ど、どうしよう、テディ……」
 危機的状況に、陽が涙目になる。
「大丈夫だ! 僕は命を捨ててでも、陽を守る」
 ヴァーチャースピアを優雅に一回転させると、陽の近くへとやって来た切り株型のモンスターへと刺突を放っていく。
 串刺しにした状態になった状態で、今度はその切り株をモンスターの群れの中へ投げ飛ばした。
 何匹かのモンスターが、直上からの攻撃を受け、動きを止める。
(テディ……がんばってくれてる)
 相棒の獅子奮迅ぶりを見て、陽の心の中に何かが灯った。
(ボクにだって、出来ることがあるはず――)
 周囲を見渡すと、陽は先ほどトラップで閉じた壁へと駆け寄る。
 そして、トラッパーを使ってみた。
 ダメ元で、解除方法や突破方法を探してみようと思ったのだ。
(……えっと、やっぱり何をやっても開かないっぽい。完全に閉じちゃったのか――あっ!)
 そこまで沈思して、あることに気がついた。
(違う。ここを通るんじゃない――)
 通路の右側へと歩き、コツコツと叩く。
 数回叩き終わった際、くぐもった音が聞こえてきた。
(――やっぱり。隠し通路があるんだ)
 眼鏡のブリッジを指で押し上げて、ほくそ笑む。
 臆病なこの少年らしくない、自信に満ちた笑みだった。
「みなさん! この壁、通れるっぽいです!!」
 陽はすぐに、戦っているメンバーへと通達する。
「急いで行ってください! ここはボクとテディが何とかします!」
 同時にスイッチも見つけ出していた陽は、勢いよく押す。
 ピピッ、と短い機械音の後、壁が開く。
「おおっ、ナイスだぜ! 陽」
「ここは、任せていいんだな?」
「ええ」
 喜ぶラルクと心配するヴァルに向けて、静かに、そしてゆっくりと首を縦に振る陽。
 二人の進入を皮切りに、次々と先へ向かっていくメンバー。
「逃がすかっ!! 追えっ!!」
 モンスターに命令を飛ばす隊長。
 残っていたモンスターが、雄たけびを上げて襲ってくる。
「やれやれですね……。透乃ちゃんたちは先に行っててください。すぐ追いつきますから」
 まだ残っていた陽子が、しんがりの役目を買って出る。
「悪しきを屠る煉獄の炎よ――ファイアストーム!」
 爆炎が、嵐となって魔物を焼く尽くしていく。
 だが、さすがはゴースト兵器によって強化されているといったところか。人間であるバルジュの隷使とは比べられないほど生命力がある。
 倒れたモンスターよりも、余力を持って襲い掛かってくるモンスターのほうが多かった。
「こいつらは流石に辛いだろ? 俺たちもせめて露払いぐらいはしてやるよ」
 妖刀村雨丸を抜き放つと、カイは恐ろしく素早い動きでモンスターの群れへと向かっていった。
「ベディ、レオナ、手伝ってくれよ」
 返事も聞かずに向かっていくカイ。
 スタンドプレー故からの行為ではない。二人を信用しての進撃だ。
「せえええいっ!!」
 気合一閃、目の前にいた熊型、狼型、巨木型のモンスターを横一文字にまとめて切り捨てるカイ。
 直後、その斬撃の隙を狙って鷹のモンスターが爪を光らせ滑空してきた。

「ゴースト兵器の影響を受けているならこんなのも効きますかね?」

 ベディの静かなテナーが響く。
 瞬間、光の槍が鷹型モンスターを貫いた。
「ナイスアシスト! でええやっ!」
 軸足を中心に後ろ足を回転させながらカイは周囲の敵を真っ二つにする。
 モンスターの鮮血が、一気に吹き上がった。
「さて、こんなもんかな。レオナっ! オマケだ。派手なの頼むわ!」
「敵対勢力確認。排除します」
 レオナは六連ミサイルポッドを構え、モンスターの群れへと打ち込んだ。
 灰色の煙の尾を引いて向かっていくミサイルは、数瞬とせずに着弾する。
 耳を劈くような爆音。
 次いで、朦々と立ち上る煙が流れてきた。
「これでだいぶ減ったはずだ――俺たちも行くぜ。がんばれよ、皆川、アルタヴィスタ」
「はいっ! ありがとうございます」
「安心して、先に進みなよ」
 明るく答える陽とテディ。
「さて――」
 先に進む者たちの背中を見送った陽とテディは敵兵たちへと振り返る。
「――覚悟しなよ。死者を冒涜するヤツを許せるほど、僕は優しくなんかないぞ」
「くっ、何をしている。相手はたった二人だぞ。行けーーーーっ!!」
 途中、戦闘から下がっていた兵士たちが再び攻めてくる。
「そうか。それが答えなんだな――なら遠慮も手加減も捨てさせてもらう!」
 全身をバネにしたかのようにしてしゃがみ込んだかと思うと、一気に弾けるようにして跳躍した。
 次に床に足をつけた時には、敵群のすぐ目の前にいた。
 着地と同時に、ヴァーチャースピアで薙いでいった。
 目にも留まらぬほどの豪速は、まるで嵐。
 風刃のごとき鋭い猛撃が、兵士をどんどん屍に変えていく。
「そりゃああっ!!」
「ぐっ――へっ、取ったぜ……」
 残り数人となったその時、捨て身で槍を掴んだ兵士がいた。
 刺突によって深々と突き刺さった槍には目もくれず、短刀を取り出してテディへと向ける。
「しまった……!」
「させないよっ!!」
 声と一緒に、壁から矢が飛んできた。
 あっという間に、兵士のこめかみを打ち抜く。
「あ――ぎっ――」
 壊れた蛇口のようにぴょろぴょろと血を流しながら、頭をぐらぐら揺らして、その兵士は倒れた。
「だ、大丈夫? テディ」
「今のは、陽か?」
 テディの問いに、陽は頷いた。
 彼のピンチを察した陽が、罠を発動させて敵を討ったのだ。
「ふう、今回だけは、トラップがあってよかったよ」
「ははっ、そうだね――助かったよ、陽。さすがは僕のヨメ」
「へへっ……」
 褒められて、嬉しそうに頬を染める陽だった。
「くっ――仕切りなおしだっ!」
「おっと――逃がさないよ」
 逃げようとした隊長に向かって、テディはヴァーチャースピアを投げつけた。
「ひっ――」
 放物線を描きながら、ヴァーチャースピアは一直線に隊長の胸部へと飛来し、貫いた。
 急な力によってバランスを崩した隊長は、そのまま床に倒れ、絶命した。
「ふぅ……。これで何とか他の人の邪魔をさせずに済むね」
「後は彼らにがんばって貰おう。それはそうと、陽、トラップを利用するなんてよく考えたな!」
「必死だったからね……。それに、テディに傷ついて欲しくも無かったから」
「陽……うれしいこと言ってくれちゃって……このこの〜」
 先ほどまで戦場だったそこには、二人の歓喜の声が響いていた。

◆◇◆

 ローザマリアたちと別れた彼女は、エリシュカと共に弾薬庫を探していた。
 つい先ほどそれと思わしき部屋を見つけたのだが、そこに敵兵が現れ、戦闘状態になっていた。
「断罪の光よ、来たれ!」
 呪文を発動させ、最後の一人をを倒すフィーグムンド。 
「雑魚とはいえ、めんどうだね。さて――」
「うゅ……早く弾薬庫に行って、ローザを助けるの……」
「そうだね……とっとと行くとしようか」
 話もそこそこに、二人は歩き出す。
 無機質な廊下を歩くこと数分。
 二人は弾薬庫へと到着した。
「はわ……すぐに用意するの……」
 部屋の中から、適当に使えそうなものを拝借していく。
「はわ……これで大丈夫、なの……」
 満足したのか、満面の笑みを浮かべるエリシュカ。
「よーし、そんじゃ私は、ここで見張りでもやっておくとするよ。エリー、行っておいで」
「うゅ……寂しくなるの。でも、エリーがんばる」
「うむ。その意気だ」
 ぐっ、と両手で握りこぶしを作ると、エリシュカはうんうんと自身を励ますように何度も頷いた。