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最終決戦! グラン・バルジュ

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最終決戦! グラン・バルジュ

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第十章 ソレント・バルジュ

「これでっ、ラストッ!!」
 セルファが、最後のゴーストナイトに鋭い槍の一撃を放つ。
「くっ――この私のゴーストナイトがああっ!!」
 一人残った兵士は狂ったように叫ぶと、そのままセルファに背中を向けて逃げ出した。
「あっ――待ちなさい!!」
「いや、待ったセルファ」
「深追いすると危険だぜ。ねぇちゃん」
 真人とトーマに止められて、セルファは槍を下ろす。
「気持ちはわかるけど、俺達には先に行ったみんなの為にここを守るっていう仕事があるからね」
「わ、わかってるわよ!」
「怒らないでよ。君にはすごく期待しているんだから」
「えっ……」
 真人の言葉を聞いて、少しだけ呆けた表情を見せるセルファ。
「今回、君の機転が無ければ……きっとゴーストナイトにやられていたかもしれない。だから、もしこれから敵が現れたら、その時も頼むよ」
「えっ!? あ、ああ、うん。も、もちろんよ。任せなさいよ……」
 セルファの声が、序々にしぼんでいった。
(真人に……褒められちゃった……)
 呆けた表情が、照れ顔をすっ飛ばして、ニヤニヤ顔へと進化した。
(も、もしかして、この事件が解決したら、私達……)
 セルファの頭の中で、これからの出来事が妄想されていく。


 ――何百万ルクスだと言わんばかりに目を輝かせる真人。
 その真人が、とても澄んだ声で言う。
「セルファ、今回の出来事でよくわかった。俺は、君がいないと何にも出来ない。だから――」
 真人の腕が、セルファを包み込む。
 鼻の頭がくっつくかくっつかないかぐらいまで顔が近づいた。
「セルファ、俺とずっと、一緒にいてくれ――」


「ふっ、うふ、うふふふ……」
 一人ほくそ笑むセルファ。
 それを見て、真人とトーマが若干引いている。

「はわ……お兄ちゃんたち、ローザがどこ行ったかわかる?」

 いつの間にか、三人のもとへエリシュカが来ていた。
「君はローザマリアの仲間の……」
「おいおい。壁が邪魔してるって言うのに、どうやってここまで来れたんだ?」
 トーマの質問に、エリシュカがきょとん、と首を傾げる。
「うゅ……エリーわかんない……」
 バルジュ兄弟へと向かうメンバーを分断した壁トラップがある以上、ここまでは来れない。
 だが、艦橋に進入した一輝たちの情報をもとに、雲雀たちがグラン・バルジュにあるトラップを全て解除していたのだ。
 無論、このことは当事者たちしか知らないので、真人たちが知らないのは何ら不思議ではない。
 ましてやエリシュカにとっては、ローザマリアたちが向かった道をただ歩いて来たらたどり着いた、といっただけのことである。
 トーマの質問の意味さえ、おそらく理解していないだろう。
(他の道があったのかな……。まぁいいや)
 真人は、メンバーが向かっていった方向を指差すと、
「あっちだよ」
 そう言って示してやった。
「はわ……! ありがとう! お兄ちゃんたち!!」
 元気に笑顔を弾けさせて、エリシュカはパタパタと先に向かっていった。
「なんというか、元気な子だな」
 少女らしい無垢さに、真人はつい笑いを零す。
「……別に止めはしないわよ。今からでもあの子と一緒に行ってくれば?」
 不機嫌そうな声に振り返ると、そこには声と同様に不機嫌そうな顔をしたセルファがいた。どうやら、妄想タイムは終わっていたらしい。
「え……?」
 わけがわからず、問い返してしまう真人。
「どうせ敵が来たって〜、私とトーマでなんとかなるし〜。別に真人がいなくたって〜」
「あ、あの、セルファ?」
「ふんだ!!」
「やれやれ……」
 嫉妬するセルファと、彼女に振り回される真人を見て、トーマが小さくため息を吐いた。

◆◇◆

 走り出したエリシュカは、さほど時間をかけずに先に向かったメンバーたちと合流した。
「うゅ……ローザ、いない……」
「きっとこの先だと思うよ。すごい速さで先に進んでいったみたいだから」
「はゎ……ありがと。エリー、急ぐね」
 再び進みだそうとしたとき、道の奥から禍々しい気配が漂ってきた。
「何か、来ます――」
 一番最初にその気配に気がついたのは、カムイ。
 彼女の目の前には、多くのゴースト兵がいた。
「数は多いですが……さっきの鎧たちと比べたら大したことなさそうですね」
「キミは先に行って!」
「ここは俺たちがなんとかしよう! すぐに追いつくから、待っていてくれ」
 レキとアルツールが、エリシュカを先を促した。
 エリシュカは首肯してその言葉に応え、駆け出していく。
「さて――やるとするか」
 シグルズが、レプリカ・ビックディッパーを構え、床を蹴った。
 踊るようにして武器を振り回しながら、視界に映る敵を真っ二つにしていく。
 だが、視覚での補足でも限界があるようで、数匹ほど撃ち洩らした敵が味方へと向かっていった。
「まずい、何匹かそっちに行った! 頼んだぞ!」
「やれやれ……」
 紙ドラゴンを二匹取り出し、防御態勢を取るアルツール。
「出番だぞ」
 そう言って取り出したのは、一冊の魔道書。
 途端、その魔道書が一瞬にして人型へと変わった。
 アルツールのパートナー、ソロモン著『レメゲトン』(そろもんちょ・れめげとん)である。
「降り注ぐは光、数多の存在を照らし、数多の生命を育む存在にして、悪しきを焼き尽くす聖なる存在っ!!」
 出現と詠唱は、ほぼ同時。
 レメゲトンの指先に、旅人を惑わす灯火(ウィル・オ・ウィスプ)の如き仄かな光が点いたかと思うと、瞬時に光の円盤へと姿を変え、向かってきた敵の首を切り裂いた。
「ギリギリになって我を呼び出すとは……貴公も他人を活躍させるということを覚えたみたいだな?」
「俺がピンチだったから呼び出したまでだ。別に君を引き立てようとしてこんな状況になっているわけではないのだよ」
「なんだ、寂しいのぅ……。まあよい。見た目どおり、光属性に弱いから、このまま突っ走るとするか」
 二つの光球が、レメゲトンの周囲を縦横無尽に回り始める。
「私もいくよ〜! ゴーストだったら容赦しないんだから!」
 一美が、トミーガンを構えて走り出す。
 引き金を引くたびに乾いた音が起こり、ゴースト兵を次々に打ち倒していく。
 ほとんど百発百中の精度で貫かれ、まるでドミノ倒しのようにゴースト兵が地に伏していった。
 が、そんな強力な戦法でも、弾切れという弱点があった。
「くっ、リロードしなきゃ……」
 一美が膝をついている、その間、
「ボクにまかせて!」
 レキがカバーに入り、スプレーショットを放つ。
 無数の銃撃と光の乱舞を受けて、敵はどんどん数を少なくしていった。
「よし、このまま進むぞ!」
 アルツールの言葉で、進撃が始まった。

◆◇◆

 アルツールたちが進む道の先。
 絨毯が敷き詰められた巨大ホールを、ローザマリアは歩いていた。
 天井には、細部にまでデザインをこだわった、絢爛豪華なシャンデリアもある。
 だが、そのシャンデリアに火は灯っていなかったため、煌びやかで優雅な金属の輝きはもちろん、ホール全てを明るくする光も無かった。
 あるのはただ、壁に無数に取り付けられた、赤く揺らめく蝋燭のみ。
 そんな、赤に縁取られた巨大な牢獄に――彼はいた。
「まだかな〜。ふふふっ」
 この空間には不釣合いなほど明るい笑顔で、ソレント・バルジュが立っていた。
 自分のところへと向かっているローザマリアには気がついていない。
 彼女は光学迷彩と陰形の術を使い、完全に自分の姿をシャットアウトしているのだ。
(今だ! エリー、ジョー!)
 先ほど合流したエリシュカと、進入後ずっと一緒に来ていたエシクへ、身振り手振りで指示を出す。
 それを見た二人が、隠れていた壁から動き出す。
「あっ! きたんだね!」
 躍り出た二つの影を見つけ、ソレントが嬉しそうな顔を浮かべる。
「麗しのソレント・バルジュ、御相手願えますか?」
 エシクが、慇懃に勝負を挑んだ。
 七支刀型光条兵器『デヴィースト・ガブル』を構え、幽玄に動く。
「うん! いいよ! いっぱいころしあおう!」
 喜々として、勝負に応じるソレント。
 腰に佩いていたサーベルを抜き、半身になる。
「はっ――」
 先に攻撃を仕掛けたのは、エシク。
 右の刀で斬撃を振り下ろす。
 大して早くも強くもない剣戟を、ソレントは受け止めた。
 次の瞬間、後ろ足を旋転させ、左の刀をソレントの足に撃ちつける。
 遠心力を利用した、強力な一撃。
 しかし、対するソレントはそれを大きく跳躍してかわす。
 宙返りをして着地すると、ソレントは恐ろしいほどの速度で突進してきた。
「えいっ!!」
 風が唸るほど素早い刺突。
 ギリギリのところで、ミラージュを発動させてかわす。
 現れたエシクの幻影は、千切れた古雑誌のように四散した。
「くっ――」
 風圧で切れたエシクの長髪が数本、はらりと舞って落ちる。 
 ソレントの刺突は、早いだけではない。
 幼そうな体格と、滅茶苦茶なフォームにそぐわないほど、威力がある。
 先ほどの攻撃をかわさずに受けていたら、おそらく自分は――
「あー、ずるいんだー!」
 ミラージュを使ったことに腹を立てたのだろう、ソレントはその場で地団駄を踏む。
「ちょっとおこったぞ〜!!」
 再び構えなおすと、ソレントはジグザグに、稲妻のような軌跡を床に描きながら迫っていく。
 先ほどの威力よりは数段下がったものの、今度はサーベルの斬撃がとてつもない速さで迫ってくる。
(反撃する余裕が、ないっ!)
 必死でソレントの凶刃を逸らしながら反撃のチャンスを窺うが、だんだんと斬りたてられ、下がるだけで精一杯になってしまう。
 ふと、横目でエリシュカの方を向いた。
(あそこですか――)
 エリシュカが“あること”をしているのを確認し、再び回避行動を続ける。
「ほらほら、どうしたの〜?」
 調子に乗って、挑発を交えながら白刃を撃ちつけてくる。
 そんなソレントから大きく後へ跳躍し、距離を取るエシク。
「ふっ、こんなことで勝ったと思っているなんて、相当なお子様ですね、ソレント・バルジュ」
 何を思ったのだろうか、エシクもいきなり挑発を繰り出してきた。
「まぁ、所詮はお子様ですから、この程度なんでしょうね。ふふっ、すごいすごい。お子様にしてはよくがんばりましたね〜。えらいえらい」
 途中、馬鹿にしたように、わざと舌っ足らずな喋り方をするエシク。
「むーーーーっ!!! バカにするなー!!」
 絶叫を放ち、エシクの方へと猛スピードで疾駆する。
 それを見て、ただ突っ立っているだけのエシクではない。先ほど目で確認した、エリシュカのいた場所まで一気に走る。
 後ろには、凄まじい勢いで迫るソレントの刃を感じながら。
 その場所へと来た途端、振り返りざまに刀を振り回すようにしてソレントのサーベルを払った。
 剣が、火を噴く。
「今です。エリー」
「はわ……トラッパー、発動なの……」
 その言葉がスイッチになったのだろう。ソレントが踏み込んだ場所に仕掛けてあった爆弾が、全て爆発した。
 空間そのものが、巨人の両手で揺さぶられているのではないかと思うほどの振動が起こり、灰煙が濛々と立ち昇る。
 グラン・バルジュ進入時に二手に分かれた際、エリシュカとフィーグムンドが探し出した、お手製の爆弾が、その効果を発揮したのである。エリシュカがローザマリアの元へ向かう途中に即興で作った簡易なものだったのだが、思った以上に威力が大きかったようで、エリシュカ自身が内心とても驚いていた。 
「見えたっ!!」
 煙の中に立つ影を視認すると、ローザマリアはグリントフンガムンガを投擲した。
 孤を描いてソレントへと向かうそれはしかし、ソレントに簡単にかわされてしまう。
「うゅ……攻撃はローザだけじゃないの……」
 瞬時に近づいたエリシュカが、ブラインドナイブスを放つ。
「うわああっ!!」
 情けない声を上げて、ソレントがバランスを崩す。
「逃がしません!!」
 そこへ、先ほどかわされたグリンドフンガムンガが再び飛来する。
「うそっ!?」
「残念でしたね」
 再びローザマリアが投げたわけではない。
 エシクが、サイコキネシスで軌道を操っているのだ。
 ありえないところからの、ありえない武器の襲来。ソレントは、こればかりは回避することは出来なかった。
 脇腹に、強化型光条兵器が突き刺さる。
「ああああああっ!!!!!」
 甲高い絶叫を上げるソレント。
「いたい! いたいよ! にいさま! グストにいさま!」
 よろよろと下がりながら、涙声で兄の名を呼び続ける。
「止めを! ローザ」
「ええ!」
 則天去私を放とうとするが、その時、ソレントははるか後方へと下がっていた。
 今彼のいる場所は、大型のエレベーター。
「ううっ!! ぜったいにゆるさないんだからな! おまえらも、さっきつかまえたおんなみたいに、こわしてやる!!」
 怨嗟の声を上げて、ソレントはそのまま逃げていった。
「待ちなさい!!」
 ローザマリアが叫ぶも、戻ってくることは無かった。
「どうした!?」
 そこへ、先ほどの敵を退けてアルツールたちがやってきた。
「ああ、それが――」
 これまでの経緯を話すローザマリア。
「そうか……なら先へ進もう。さっきのエレベーターは」
 決して明るいとは言えない空間の中、アルツールが目をこらしてそれを見つける。
「――あれだな」
 すぐにエレベーターへと向かい、起動させようとする。
 が――
「おかしい。動かない」
「あっ、きっとあれじゃないかな」
 少し離れた場所に、レバーがあるのに気がついて、そこまで走っていく。
 調べてみた限り、どうやら使うたびにこのレバーで操作しなければいけないらしい。
「ここには私が残るから、みんなはソレントを追って!!」
「……わかった。頼んだぞ!」
 エレベーターへと向かうアルツールたち。
 途中、レキとカムイが立ち止まった。
「ソレントが捕まえたって女が気になるね。ちょっと探して助けてくるよ」
「気をつけてね」
 ローザマリアが、優しい声でエールを送った。
「それじゃ、いくわよ!」
 レキとカムイがいるのを確認して、一美はレバーを下げた。
 エレベーターが、上がっていく。

◆◇◆

 そこまで離れていない場所に、一つの部屋を見つけるレキとカムイ。
 用心しながら扉を開けると、青臭い臭いが飛び出してきた。
 鼻が利かなくなりそうなその悪臭に眉を顰めながら、中へと入っていく。突然の敵の襲来に備えて、武器に手を掛けたまま。
 部屋の隅では、巨人が大きないびきをかいて眠っている。
 そして、部屋の真ん中では、床に飛び散った白濁液に囲まれるように、アリア・セレスティが力なく横たわっていた。目の光が、死んでいる。
 千切れた制服が、ようやく上半身と下半身の一部をギリギリで隠している。
「なんてこと……」
 事態を察したカムイが、息を呑む。
 巨人を起こさないようにしてアリアを抱きかかえると、そのまま運び出した。
「レキも、手伝ってください」
「はいはい」
 少し気だるそうにして、レキは近くにあった布をアリアにかぶせた。

「あっ! あああっ……」

 目に光が灯ってからすぐに、アリアは低い悲鳴と共に泣き出した。
「巨人に……されてから……今度は、兵士たちに……。途中で飽きて帰っちゃったけど」
「安心してください。もう大丈夫ですよ」
 カムイが、子供をあやすように慰める。
 何とか落ち着いたようで、アリアの声にも抑揚が戻ってきた。
 そんな光景を見て、レキが何となく微妙な心持ちになっていた。
(何だかなぁ……)
 決して怒っているわけではない。だが――
(何度も酷い目に遭って、めげないのはいいことだと思うけど、やっぱり――)
 可愛そうとも思えない。
(同じ女として――恥ずかしい)
 母のような笑顔のカムイとは逆に、レキは仏頂面でため息を吐いた。