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最終決戦! グラン・バルジュ

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最終決戦! グラン・バルジュ

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第十三章 ラスト・バトル

「――とまぁ、こんな感じかな」
 ふっ、と笑いを見せて、グストは話を締めくくった。
「……何、言ってんだよ……」
 ヴァルの声が、震えている。
「そんな悲しいことが、真実なわけがないだろ!?」
 ヴァルが、絶叫気味に言った。
「何を言っているんだい? 全部真実さ。現に、今だって争いは無くなっていないじゃないか。地球の各国間でも、パラミタと地球の間でも。生き物なんて殺し殺され、壊し壊されて、一生を終える。そんなものなんだよ」
「いいや! 間違っている! おまえらのやろうとしていることは間違っている!」
「まだ言うかい……。僕たちはむしろ世界をありのままの形にしようとしているくらいなんだよ。互いに争って、血を流して、慟哭して、それでも続けて、やがて互いに死滅する。そういう世界のあり方のプロセスを潤滑にしているんだ。っていうかこれはもう僕たちの“愛”だね。人間と世界をありのままにしようとする、僕たちの愛だ!」
「っざけんな! 人を幸せにしない愛なんて愛じゃねーよ!!!」
 今まで黙っていたラルクも、吼えた。
「……どうやら、互いに何を言っても無駄なようだね。さて――時間も惜しいことだし、始めようか」

 今、この瞬間――

 バルジュ兄弟との、最後の闘いが、幕を開けた――

◆◇◆

 最初に駆け出したのは、神速を使ったラルク。
 ドラゴンアーツ、さらにはヒロイックアサルト“剛鬼”を発動させ、グストへと肉薄する。
「うらぁ!! これでもくらいやがれっ!!」
 闘気が十分に乗った両拳がグストの身体に打ち込まれる――はずだった。
「ぐっ――」
 拳を突き出した後のほんの、ほんの一瞬。
 とんでもない気配を感じたラルクは、すぐさま体重を後ろへと向け、飛び退いた。
(なんだ……今のは……)
 危険な気配の正体を探ろうと、グストを観察する。
 眺めること数秒、気配の正体がわかった。
「よく、かわしたね――でも、それももう意味の無いことだけど」
 皮肉な笑みを浮かべると、先ほどソレントに使ったペンダントを取り出し、自分の首にかける。
「――“希望ヲ滅ス闇黒ノ怨嗟(ダークネスシャウト)”発動」
 グストの口から、澄んだ声が響く。
 瞬間、ペンダントのヘッド部分から、上半身だけの人間が飛び出してくる。
 いや、これは確実に人間ではない。

 悪意と殺意と怨念の塊となった、ゴーストだった。

「なっ――にっ――」
 驚愕に顔を歪めるラルク。
 雑魚ゴーストならばこんなリアクションはしない。ただ倒せばいいだけなのだから。
 しかし、目の前にいる“アレ”は違う。
 とめどなく、まるでこの場の空間全てを覆うかのように無限に沸いてくる。
 いわばゴーストの奔流。ゴーストの滝である。
「邪魔ってレベルじゃ……ねぇぞ……」
 身体のすぐ脇を通り抜けるゴーストをかわしながら、ラルクが不満を吐く。
「おっと、もう始まっちゃってるね!」
「今、助けるぞ!」
「零、聖夜、刹那、援護頼んだぞ!!」
「リーブラ、オレたちもやるぜ!」
 透乃、陽子、泰宏、芽美、カイ、ベディヴィア、レオナ、優、零、聖夜、刹那、シリウス、リーブラと、次々に追いついてきた。
「そのゴーストどもはグスト・バルジュのゴースト兵器らしい。みんな、気をつけてくれ――と」
 簡単な説明をすると、眼前まで迫ってきたゴーストをかわし、キリカの持っている盾の中へ避難するヴァル。
「わかったよ!! とりあえずグストを殺るためにはこいつをどうにかしなきゃいけないってことだね――やっちゃん、芽美ちゃん!」
「承知したぜ!」
「わかったわ」
 示し合わせていたかのように頷き合うと、泰宏と芽美は一気にゴーストの奔流へと駆け出した。
 薙刀を旋転させ、泰宏は芽美との攻撃のタイミングを合わせる。
「いくぜ! 芽美さん」
「オッケー。いつでもどうぞ!」
 薙刀の刃の周囲を覆うように、電撃が放電し始める。
「悲劇を断ち切る守りの雷光、ライトニングランス!」
 ゴゥ、と唸るような重低音を出しながら、斬撃と共に雷が迫る。
 そこへ、神速で助走をつけた芽美が泰宏を飛び越えた。
 宙返りで遠心力を纏うと、そのまま足を突き出し、ゴーストの群れへと向かっていった。
「命を引き裂く殺戮の雷光、轟雷閃!」
 雷と蹴りの複合技が、ゴーストを蹴散らしていく。
 まるで特撮ヒーローの決め技のような、ダイナミックな蹴りだった。
 斬撃と蹴撃、雷と雷が、ゴーストの流れを、二つに分った。
 今まさに、二人はゴーストの奔流の分水嶺となっているのだ。
「よし! 何とかなったか!?」
「それは間違いかなぁ……」
 泰宏の言葉を、グストが否定する。
 視線の先にはゴーストの奔流――ではなく、先程から攻撃を受けまくって、床に飛び散っているゴーストの残骸。
 死体のように動かなかったそれは、しばらくしてからグニグニと、ゼリー状の物体へと変わった。
 ある程度形を留めると、メンバーたちへと向かってきた。
「うわ……マジかよ……」
 泰宏が眉間に皺を寄せる。
 そこへ、カイが叫ぶ。
「このゼリーゴーストどもは俺たちが何とかする!! どんどんゴーストどもを蹴散らしまくってくれ!! 神崎、手伝ってくれるな?」
「ああ。まかせろ!!」
 ただそれだけ――
 ただそれだけ確認しあうと、優とカイは飛び散ったゼリーゴーストを切り捨てていく。
 軟体を動かし、トリッキーな動きで攻撃してくるが、優の奇抜な動きのほうが秀逸だった。
 相手の飛び込んでくるタイミングを冷静に把握し、相手の力が向いている方向へと、投げ飛ばすかのように大太刀で捌いていく。
 まるで古武術のような、相手の力を利用した戦法を駆使し、優は次々にゼリーの山を築き上げていった。
「うおりゃああああっ!!」
 対するカイは、豪気と共に村雨丸で切り捨てていく。
 取りこぼすことなく、全て真っ二つにしている。
 恐ろしいほどまでに熟達した剣技の持ち主であることが、彼の戦いを見ただけでよくわかる。
 しかし、強さは剣の技量だけではない。
「ベディ、そっちに飛ばすぞ!」
 やや離れた場所から襲ってきた敵を村雨丸で受け止め、ベディヴィアの方へと撃ち飛ばす。
「御意!」
 ベディヴィアは、飛んできたゼリーゴーストを、手負いの群れのほうへとさらに投げ飛ばす。
 そこへ、カイの指示が続く。
「フォークナー、フィニッシュよろしくっ!!」
「はい」
 六連ミサイルポッドで、ゼリーゴーストの群れを吹き飛ばす。
 轟音が消えるのと、敵が跡形も無く消えたのは、同時だった。
 阿吽の呼吸とも言うべき、完璧な連携。
 カイの強さ、いや、カイ“たち”の強さの理由は、ここにもあったのだ。
「にいさま……の、やろうとしてること、じゃま、させないよ……」
 まだ完治していないのだろう、ソレントが脇腹を押さえながら立ち上がる。
「――“我ガ身ヲ贄ニ、踊レ冥王(デスブレイド・オブ・プルート)”はつどう……」
 ソレントもまた、グストと同じように、ペンダントからゴースト兵器を発動させた。
 持っていたサーベルに、漆黒の霧が漂い始める。
「ふぅ……くっ……いくよ……」
 苦しさに耐えるようにして、サーベルを構えるソレント。
 腰を深く落とすと、エシクへと向かってきた。
「ぐっ――あああっ!!」
『デヴィースト・ガブル』で捌くことにより、出来るだけ威力を削ごうとする。それでも、吹き飛ばされるほどの威力だった。
 先程とあまり変わらないフォームの突き。
 だが、段違いにパワーが上がっている。
「魔法で仕留めるしかないな……シグルズ」
「わかっている」
 レプリカ・ビッグディッパーを構え、ソレントに斬りかかるシグルス。ヒロイックアサルト“本気を出す”状態の剣戟を受けて、ソレントがたたらを踏んだ。
「援護するぜーーー!!!」
 おりゃー、とエイミーがロケットランチャーを構えて、クロスファイアを放つ。
「一度やってみたかったんだ……ロケットランチャー打ち放題!! うおりゃーー、パティ、弾だ弾!!」
「はいは〜い」
 ロケットランチャーの弾を用意するパティを見て、クレアがため息を吐いた。
「味方には当てないようにな」
 剣同士が打ち鳴らされる音と、ロケットランチャーの爆発音が響く。
「よし、魔法を使える者は集まってくれ」
 アルツールが、近くにいたメンバーへ号令をかける。
 レメゲトンとエヴァが集まった様子を見て、
「フィー、出番よ」
 ローザマリアが、フィーグムンドを召喚した。
「む、困っているのかな?」
 光と共に、フィーグムンドが現れる。
「あんたの魔法で、みんなを助けてあげて」
「……承知」
 アルツール、レメゲトン、エヴァ、フィーグムンドの四人が、魔法の詠唱を開始した。
「全てを溶かす灼熱よ、その力を見せよ! ファイアストーム!」
 まずアルツールが炎を唱え、
「光輝よ、邪悪を打ち払え!」
 レメゲトンが光を放ち、
「ごくん……。ああ、詠唱はもう済んでるわ。バニッシュ!」
 ギャザリングヘクスを呷ったエヴァが更に光を重ね、
「唸れ雷光!! サンダーブラストッ!!」
 最後に、フィーグムンドが雷を落とした。
「うそっ!!」
 脇腹の痛みに加え、二つの剣戟と、ロケットランチャーの雨を回避しつつ戦っていたソレント。
 これだけでも十分すごいのだが、さすがに連続魔法は予想外だったようで、焦燥を露にした。
 直後、爆音と騒音と悲鳴を混ぜ合わせたような凄まじい音が起こった。
 やがて、音が去る。
 ソレントは、立っていた。
 サーベルは刃こぼれを起こし、服は破け、自慢の銀髪もボサボサになり、顔には苦悶の表情が浮かんでいたが、それでも、立っていた。
「はぁ……うぐっ、ごっ――」
 血の塊を吐くソレント。
 下あごを赤く染めながら、無邪気に笑みを浮かべる。
「まだ、まだ、やられたりなんか、しないよ……」

「――終わりよ。ソレント・バルジュ」
 攻撃に夢中になっている隙を突いて、ローザマリアが迫っていた。
 聖なる光に満ち溢れた拳が、ソレントの脇腹に叩き込まれる。
「えっ?」
 不思議そうな顔をしたときには、ソレントは吹き飛んでいた。
 手から落ちたサーベルが、床に転がり、少し遅れて、ソレントの身体が降ってきた。
「そんな……やだよ……にいさま……にいさ……ま」
 ソレントは、それから何も喋らなくなった。

◆◇◆

「嘘だ……。そんな……ソレントッ!!!」
 ソレントの姿を見て、グストが狼狽する。
「……許さないぞ……。皆殺しだあああああっ!!」
 怒りが、グストの全身を支配していく。
 出てくるゴーストの量も、今までとは桁違いで増えてくる。
「まずいな……。みんな、ゴーストを全部ぶっ潰すつもりでいくぞ!!」
 優の言葉を聞いて、皆が総攻撃の準備を始める。
「天の怒りよ、ここにっ!!」
「燃え盛る豪炎、すべてを飲み干せ!!」
 零と刹那が、それぞれ雷術と炎術を唱えていく。
 雷と炎に焼かれたゴーストたちは、やがて溶けるように滅した。
「リーブラ、頼んだぞ! オレも魔法でがんばるからさ」
「ええ。わかっていますわ」
 わかりきっている、とでも言わんばかりの表情を浮かべると、リーブラはオルタナティブ7(ズィーベント)を構え、走り出していく。
「どきなさああああい!!」
 その温和かつ佳人然とした容姿からは想像出来ないほどの気合をあげて、リーブラが突進していく。
 彼女の通る道に出来たのは、無残に切り刻まれたゴーストだった。
「オレもいくぜ! シューティングスター☆彡」
 リーブラの攻撃に加えるように、シリウスがスキルを使う。
 中空から星屑が現れ、ゴーストたちを次々と葬っていく。
「いいんじゃねーの……俺もいくぜ!!」
 ラルクも、回避を解き、目の前のゴースト、ゼリーゴースト関わらずぶん殴っていく。
「うらうらうらぁ! これでも喰らいやがれ!」
 鳳凰の拳のラッシュ。
 傍目にはただケンカパンチを繰り出しながら突進しているようにしか見えないが、ドラゴンアーツとヒロイックアサルトで強化されたそれは、パンチなどという生やさしいものではない。
 言うなれば、触れた瞬間に発生する強力な斥力。
 人間の膂力を超越した、ありえない力だった。
「うう……おああああああっ……!!!」
 ゴーストが次々と減っていく。
 グストが、地の底から沸いてくるような低く響く声を上げ始めた。
 もはや自我など無い様子で、ただ目の前の敵を攻撃している、そんな感じである。
 そのためゴーストの攻撃の命中率が、戦闘開始時よりも下がってきている。
「チャンスだよ!! 陽子ちゃん!」
「ええ。一気に攻めちゃいましょう!!」
「よし――ええええいっ!!」
 ヒロイックアサルト“殺戮の狂気”を発動させ、駆け出していく透乃。
 彼女を追いかけるように、陽子もまた、走り出す。
 二人を攻撃しようと、迫るゴーストたち。
「ふふん、余裕だよっ!!」
 グストの錯乱によって命中精度が明らかに下がっており、かつ他のメンバーによってゴーストが倒されているという状況のため、二人を止めることができない。
「せえええいっ!!」
 裂帛の気合と共に、拳を突き出していく。
 ゴーストの流れそのものが揺れるような、激しい衝撃が起こる。
 相当なダメージであることは、想像に難くない。
 が、グストの身体へ直接ダメージが伝わっているわけではない。全て、ゴーストの奔流が受け止めているのである。
「あきらめないよ……何度でも……打ち込む」
 二発、三発、四発、五発――
 不思議なことに、打ち込む回数が増えれば増えるほど、衝撃の音が大きくなっている。
 透乃の拳には、うっすらと血が滲んでいた。
 それでもまだ、グストにはダメージがない。
「ぐっ……あああっ……があああっ!!」
 さすがに攻められているという危機感を感じたのであろうか、ゴーストが、透乃を包み込むようにして体中に巻きついてくる。
「そうは――させませんっ!!」
 直後、長い鎖でつながれた刃が飛来する。
 陽子の投げた、凶刃の鎖である。
「ええええいっ!!!」
 陽子はそのまま、円を描くようにグストの周囲を回り、吐き出されているゴーストを拘束していった。
「今です!! 透乃ちゃん!!」
「うん――おりゃあああっ!!」
 飛瀑に打たれたかのような音が、再び起こる。
 だが、それでも一向にゴーストの防御を掻い潜ることが出来ない。
「俺も手伝うぜ!!」
 走ってきたラルクが、鳳凰の拳を叩きつけまくる。
 衝撃が、二倍。
 さすがのゴースト兵器も、これに耐えるのは難しかった。
 現れるゴーストが、どんどん小さくなっていく。
「禁じ手だが……ここは使わせてもらうぜ!」
 グッ、と手に力を込めると、閻魔の拳を見舞った。
 それで――
 その一撃で――
 ゴーストが、完全に、消えた。
 後ろのほうで暴れていたゴーストも、意気消沈したかのように萎んでいく。
「陽子ちゃん!!」
「透乃ちゃん!!」
 互いに息を合わせ、無防備のグストへと向かっていく。
「魂の烈火、燃え尽くす拳、爆炎波!!」
 透乃は、爆炎の拳を――
「凍える心、零下の拳、アルティマ・トゥーレ!」
 陽子は、氷撃の拳を――

 まるで、手向けのように、放った。

「が――ぐっ――ごはっ!」
 グストが、片膝を付く。
「まだだ……まだ勝負は、終わっていない……」
「いや、終わったぜ。おまえの負けだ。ダークネスシャウトは、もう使えないぜ!」
 ヴァルが、淡々と答える。
「……いや、まだだ! ゴースト兵器が無くたって……僕は……この世界を……死と恐怖で……あるべき形に――」



「この――大バカ野郎がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


 恐ろしく早く踏み込むと、ヴァルはグストの鳩尾に則天去私を放った。
 眩しいなと、グストは思った。

◆◇◆

「やっぱり、負けちゃったんだね……」
 壁に身体をもたれさせながら、グストがふっ、と笑う。
「でも、僕は認めることは出来ないな。死と恐怖と破壊。これが世界と生物の真実なんだよ」
「お前らの信じていることだけが、真実なんかじゃない! もう一度、もう一度この世界を見て考えを改めてくれっ!」
 懇願にも近い、ヴァルの言葉。
「……そんなことよりさ……トドメ、ささなくていいの? このままだったら僕、また――がっ!!」
 何かを言いかけたところで、グストは苦しみだした。
「そ、そんな……ゴーストの力を使いすぎた、だって……?」
 目を見開く。
 ふと視線を自分の足に向けると、つま先が塵のように、空気中に霧散していってる。
「なっ……僕は……僕は死ぬのか……い、嫌だ……。死にたく、ない……」
 そこで、ふとグストは思う。
 この感情は、きっとみんな同じなのではないか、と。
「は……はは……」
 何だ、死ぬのは、怖いんだ。
 だから、みんな、必死で生きている、生きようとしているのか……。
 その結論に至るのに、時間はかからなかった。
「グスト! 死ぬな! 今おまえが言った言葉を胸に抱いて、生きろ!! 世界を見ろ!! そして償え!!」
 涙声に近いヴァルの声。
 他のメンバーも、何と言葉をかけたらいいのか分らず、ヴァルに任せている。
「きっと、間違いだったのかもね……」
 そういえば、とグストは振り返る。
 子供の頃、ソレントが両親から殴られた拍子に頭をぶつけ、後遺症を残したときのこと。
(あの時は、『すごく痛そうだ。絶対に人を傷つけないようにしないと』とか考えてたっけ)
 次に頭に浮かんだのは、死んだ女中のこと。
(何も感じなかったって言ってたけど、きっとあれは嘘だ。死と破壊が世界の真実、無理やりにでもそう思わなければ、目の前の出来事を受け入れられなかったから、だから……)
 ふぅ、とため息を零す。
(そうか、僕は、決め付けていた。ただ決め付けていただけだったんだ。世界には、僕たちの人生には、死と破壊しかないって、決め付けていただけだったんだ……)
 顔には、笑顔。
「この世界は――真実は、死と破壊だけじゃない。もちろん、そんな悲しいこともあるけど、それ以上に、楽しいことや嬉しいことが、この世界には、あるんだね」
 皮肉の色など全く無い、極上の笑顔だった。
「ああ。そうだ! だから――」
 グストの身体は、もう首の辺りまで消えている。
 しかし、無駄だとわかっていながらも、ヴァルは語りかける。
「――生きてくれ」
 数秒黙った後、グストは、
「――ありがとう」
 それだけ言って、この世から完全に消えた。