薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~

リアクション公開中!

魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~
魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~ 魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~ 魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~

リアクション

   魂の器・第1章 下 蒼と青

           

「今日、か……アクアさん、元気にしてるかな……」
 ファーシーは手紙を開き、もう1度内容を確認する。5000年前の事を思い返し、目を閉じた。少しだけ、不安が過ぎる。
「アクアさん、だよね……?」

                            ◇◇

 外に出ると、既に沢山の生徒達が出発の準備を進めていた。その中から、1組(?)の男女が近付いてくる。(?)がつくのは何やら小さな女の子を連れていたからだ。本当に、小さな小さな女の子が、2人。
「ファーシーさん、初めまして。茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)といいます」
レオン・カシミール(れおん・かしみーる)だ。モーナという者の依頼を受けて同行させてもらう。よろしく頼む」
 レオンの言葉を聞いて、ファーシーは「?」と思った。モーナがこのキマク行に協力してくれるなんて初耳だ。出発前に1日休めとは言われたけれど……
 そこまで考えて、彼女は全てを合点した。
「……そっか。うん、よろしくね! えっと……その小さな子達は?」
 そう聞くと、衿栖はにっこりと微笑んで両手をひらひらと躍らせた。
「私、人形師をしてるんです。ほら、リーズ、ブリストル、ファーシーさんにご挨拶なさい」
 衿栖の指の動きに合わせ、人形達がぺこりとお辞儀をする。
「わ、可愛い……!」
 身を屈めて手を伸ばすファーシーに、衿栖は糸を操ってリーズ達に握手をさせる。この渦中において、初対面の人間を信用しろというのもなかなか難しい。少しでも和んでもらえたら、と思ったのだが、うまく緊張をほぐす事は出来たらしい。というのも、出てきたファーシーは少し硬い表情をしていたから。
「こんにちは、ファーシーちゃん!」
 そこに、小等部の真ん中くらいだろうか。女の子が走ってきて、元気な笑顔を向けてくる。彼女はノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)と名乗り、影野 陽太(かげの・ようた)のパートナーだと言った。布のかかった籠を持っている。
「おにーちゃんから色々聞いてるよ、わたしもお手伝いするねー」
「うん、ありがとう! あれ? でも、陽太さんは?」
 彼の姿が見当たらない。空京で会った時のことを思い出す。何だか目にくまを作っていたが……。
「おにーちゃんは“ならか”に環菜おねーちゃんを迎えに行ってるよ。今日はわたし1人で頑張るね!」
「ナラカ? ……陽太さんも出発したんだ」
「ファーシーちゃん何かおにーちゃんに伝えたいことある? 言ってくれれば、帰ってきたときに、わたしがお話ししておくね!」
「そうね、伝えたいこと……」
 ファーシーは少し考えて、ノーンに笑いかけた。祈りを込めて、言う。
「帰ってきたら、きっと会いにきて。わたしもがんばったから……2人でまた、心から笑いあいましょうって」
「……うん、分かった! 絶対に伝えるよ!」
「ファーシーさん!」
 そこで、ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)志位 大地(しい・だいち)シーラ・カンス(しーら・かんす)と一緒にやってきた。ティエリーティアも、大きなバスケットを持っている。
「いっぱい休めましたか? キマクはちょっと遠いですけど、頑張りましょうね!」
「…………」
 ファーシーは3人を順に見て、一瞬黙ってから微笑んだ。
「うん。大地さんもシーラさんも、今日はよろしくね!」
(……ん?)(……あれ?)
 大地とティエリーティアは、その一瞬を見逃さなかった。しかし片方は勘違いした。ティエリーティアは心配そうな表情になり、彼女に言う。
「大丈夫ですか? 何か気になることがあったら、遠慮なく言ってくださいね?」
「気になること……」
 ファーシーは、もう一回3人を見た後にちょっと遠くに視線を送って、まあいいや、と小さく言った。そして、何かを決意した顔になって車椅子を寄せると、ティエリーティアをぎゅうと抱きしめた。
「わわわっ、どうしたんです〜?」
 顔を合わせた時は何だかんだで抱き合っている2人だったが、ファーシーから抱きついたのは初めてである。
「んー、なんだかこうしたくなったの。ティエルさん、大好きよ」
「えっ、えっ、ファーシーさん?」
「お2人は仲が良いですわね〜。ほのぼのしますわ〜」
「おや? シーラさん珍しいですね。女の子同士がくっついているのに、ビデオには撮らないんですか?」
 シーラは、のんびりと2人を見守っていた。持参のカメラは特に回していない。大地が不思議に思って、彼女に聞く。
「え? あ、ああ、そうでしたわ〜。つい見蕩れて〜」
 慌てたようにカメラを構え、シーラは撮影を始める。
(見た目だけじゃあ、やっぱり物足りないですわ〜〜……でも、これを送れば面白いことになるかしら〜?)
 そんな事を考えているとは露知らず、大地はファーシーに声を掛ける。
「ファーシーさん、彼は昨晩、突然盲腸炎になりまして入院中です。だから意地になって、名前を言わないでスルーしようとかしなくても良いんですよ。というか本人がいないので何ら効力を発揮しません」
「入院!? フリッツが!?」
 ファーシーは、ティエリーティアからがばっと離れた。その様子につい苦笑しつつ、大地は言う。
「俺はまだ、誰とは言ってないんですが……」
「えっ……あ、そう……そ、そういえば……そうね。で、でも、フリッツなんでしょ?」
 慌てて、それを取り繕うようにファーシーは聞く。
「まあそうですが。ただの盲腸です。スヴェンさんが(嫌々)一緒にいるので大丈夫ですよ。回復スキルを使えば数日で退院出来るでしょう」
「あ、そ、そっか……。あんな偉そうなこと言っておいて何よ口ばっかとか思ったけど、そっか……」
「ファーシー!」
 1台の小型飛空艇アルバトロスが蒼空学園に到着する。運転席から、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が大きく手を振った。

「ねえファーシー、脚に地球の歩行補助装置を入れてみない?」
 飛空艇を停めて地上に降りると、ルカルカはそう提案した。
「歩行……補助? なあに? それ」
 言葉の意味合いからどんなものかは予想がつくが、降って湧いたようなその話に、ファーシーは戸惑う。それに、そういうのは少しでも『動ける』人が使うものではないだろうか。
「わたしみたいに、全然動かなくても使えるの?」
「勿論、診断をする必要があるが――一瞬動いたのなら、使えるはずだ」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が答え、ルカルカがそこに説明を加える。
「動作閾値以下の電位差――つまりエネルギー差が発生してる証拠。動かそうとする時に、脚部駆動部に変化が出始めたのよ♪」
「…………えっと……」
 ファーシーはその意味を考えた。自分もアーティフィサーの端くれであるからして、そのくらいのことは……えっと……
「うん、解った」
 ――少し、怪しい?
 ルカルカ達がそう思ったのが分かったのか、彼女は言う。
「動こうとする信号が、少しでも反映されるようになった。そういうことでしょ? だから、えっと……そのエネルギーを利用するってこと?」
「……大体、合ってるな」
「えへへー」
 嬉しそうにするファーシーに、ルカルカが装置について細かく話す。
「21世紀初頭には既に、筋電位を読取って走行も可能な義足が作られているわ。制御装置は脚部に補助具として格納できるし、駆動部は少し弄るだけよ。回復したら外せばいいし、歩行はリハビリになるわ。どう? ファーシー」
「うんと……」
「最初は大変だと思うから、長距離の移動とかは無理しないで車椅子使えばいいし。あ、でも……飛空艇に載らないか。それじゃあ、疲れた時は私がおぶって歩くから」
「…………」
 ファーシーは2人をじぃっと見て、それから幾らもしないうちに笑った。
「うん、お願いしようかな」
「……決まりね」
 ごおぉおぉおっ……!!!
 上空から何か近付いてくる。機晶姫用フライトユニットをつけたリア・リム(りあ・りむ)だ。
「おお! リア、こちらです!」
 ルイ・フリード(るい・ふりーど)が手を振る。ルイは、先日居なかったリアに連絡を入れ、空京でファーシーと一緒に見聞きした事、喫茶店で聞いた悩みなどを伝えていた。
 ゆっくりと着地すると、リアはファーシーに挨拶した。
「久しぶりだファーシー。連絡を受けて、文字通り飛んできたぞ! ルイから今までの事情は聞いた。僕も微力ながら協力しよう。今日は、ルイが迷子にならないように来たわけじゃないからな」
「……今度は最初から皆と一緒ですから迷子にはなりませんよ!」
 堂々と、スマイル全開で宣言するルイ。何かもう、清々しいかも。
「それより……ルイ」
 リアはルイの耳を引っ張ってファーシーから少し離れる。
「……何だろう?」
 ファーシーが不思議に思っていると、そこに橘 舞(たちばな・まい)ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)金 仙姫(きむ・そに)がやってきた。
「あ、皆!」
「おはようございますファーシーさん」
「ファーシー、仙姫も連れてきたわよ! 最近太ったとか言ってたから運動になるしね」
「誰も太ったなどとは言っておらぬわ! 運動不足とは言ったがな」
 いつものように漫才めいたやりとりをしながら歩いてきて、仙姫はファーシーに言う。
「あの人格入れ替わりの騒ぎ以来じゃな。元気じゃったか?」
「うん、いろいろあったけど……元気だよ!」
 その頃、ルイは耳を引っ張られて戸惑っていた。
「リ、リア? な、何ですか?」
「今回の件、僕は何か納得がいかない。アクアという者は信用できるかどうかわからないぞ」
 リアはそうして、自分の考えを簡単に説明した。警戒はしておいた方がいい、と。
「ふむ……? まあ、キマクという地は他の土地と比べ治安は低い方ですし、ファーシーさんの安全を最優先にしなければいけませんね」
 ルイはとりあえず頷くと、ファーシー達を振り返って大声で言った。
「まぁ、皆さんお強いですし大船にのったつもりで楽しく行きましょう!」