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リアクション
第7章 落ち着いた交流
「それにしても、本当に綺麗だ……」
そう何度も言いながら鬼院 尋人(きいん・ひろと)は、ハルピュイアの翼を触っていた。彼はハルピュイアに対する説得も攻撃も考えず、ただ単に彼女たちに会いたいという気持ちから、今回の依頼に参加した男である。
元々動物好きな彼は、ペガサスに憧れ、ユニコーンにまたがり戦う男である。普段から【タシガン馬術部】で馬の世話をしているため、繁殖期というものは一応知っていたが、明確な知識として理解しているわけではない。だからなのか、彼はハルピュイアに対して凶暴な魔物というよりも「綺麗なお姉さんたち」という認識しか持っていなかったのである。
ハルピュイアの方も慣れたものというべきか、尋人が翼や髪を触ってくることに対し、嫌な顔1つしなかった。目の前の少年が単なる好奇心から自分と交流をしたがっている、というのが感じられたからである。
「大体事件が起きたのだって、お姉さんたちの領域を侵す方が悪いのだし、こんなに綺麗な人たちなんだから、普通に申し込めば素敵な相手が見つかるよ」
「ソウ? アリガト」
褒められて悪い気はしない。ハルピュイアはされるがままに、尋人にその体を触らせていた。
「ところでさ……」
ふと思い出したように、隣の西条 霧神(さいじょう・きりがみ)にたずねてみる。
「テイソーのキキ、って何?」
「……えっとですね」
実年齢17歳の尋人ではあるが、彼は「その手の知識」には非常に疎かった。もちろん「経験」などあるはずがない。だから今回の事件についても、一体何がそんなに問題なのか全くわからないのだ。
「貞操の危機というのは……そうですねえ、尋人にはとても大切に思っている人がいますよね。なのに、別の人と無理矢理というか……」
尋人に「知識」があるのなら説明は簡単なのだが、何しろ彼はまだ「子供」だ。何も知らない相手にする説明ほど難しいものは無い。
「……まあその内わかりますよ」
「……?」
尋人の頭をなでながら、そうごまかすしかない霧神である。近くにいるハルピュイアもきょとんとした表情を浮かべていた。
「ああ、彼はまだ『子供』でしてね……」
「……アア、ソウイウコト」
「そういうことです」
喉に優しいハーブティーを差し出しながら、霧神はハルピュイアと談笑を楽しんだ。
「う〜ん、それにしてもいいオンナばかりだ……」
ニヤニヤと笑みを浮かべながらハルピュイアを品定めするこの男の名はアルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)という。女性を見ればすぐナンパ、声をかければすぐにデートを申し込まざるを得ないプレイボーイである。そのことを咎めようとすると、彼はおそらくこう言うだろう。
「こんな美女が目の前にいるのに素通りなんて、それは彼女たちに失礼というものだぜ!」
そしてその言葉に従い、今日はハルピュイアをターゲットにナンパを始めたのである。
「さすがに幼女とかは対象外。あくまでも俺の狙いは見た目18以上。さすがに俺はロリコンなどとは呼ばれたくないからな」
言いながら周囲を見渡していると、ちょうどいいところに見た目が18歳以上のハルピュイアが見つかった。早速と言わんばかりに彼は行動を開始する。
「やあそこのハルピュイアちゃん。俺とオ・ト・ナのお付き合いをしようぜ」
「アラ、ソレッテ『なんぱ』ッテヤツ? 結構口ガウマイノネ」
このハルピュイアも人に慣れているのか、アルフのナンパに驚いた様子は見られない。
「歌声も素敵だけれど、君の魅力はそれだけじゃないよ。何もかもが魅惑的だぜ」
そう言いながらアルフは目の前のハルピュイアを見つめる。顔もいいし、上半身のスタイルもいい、しかも器量も良さそうだ。
「性格もいいに越したことはないが、小悪魔な君も素敵だぜ」
「キャー、オ兄サンウマーイ!」
ハルピュイアもアルフを気に入ったのか、黄色い歓声をあげる。
「そう思う? そんじゃ熱いちゅーでもかわそうじゃ――」
「アルフ……、これってどういうこと?」
その静かな怒りが含まれた声に、アルフは背筋が凍りそうになるのを感じた。怒りの主はエールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)。アルフのパートナーだ。
「確か、合コンの人数がどうしても足りないからって、僕も引っ張ってきたんだよね? どう見てもこの現場は合コンじゃないよね? というか……」
静かな怒りはこの瞬間、爆発した。
「というか、モンスター相手ってどれだけ節操が無いんだお前は!?」
別にエールヴァントとしてもハルピュイアを差別する気は無い。彼は単にパートナーのナンパ癖をどうにかしたいのだ。そのために薔薇の学舎に入ったというのに、この男と来たら!
「何を言うのかねエールヴァント君、君は少し勘違いをしている」
その怒りを済まして受け流し、アルフはエールヴァントに説いた。
「考えてもみろ。ハルピュイアは見ての通り、半分は鳥で、半分は人間だ。つまり彼女たちは獣人のいちカテゴリーに含まれるといってもいいはずだ!」
「はい?」
「大体、腕が翼だとか下半身が鷲だというだけで自分たちと同等の知的生物を差別するのかね?」
「え、そ、それは……?」
「いいかエールヴァントよ、子孫ができるという事は、生物的にも人間や獣人に近い種族であると言えるってわけだ。そう、彼女たちは一般的な獣人とは少し違う進化を遂げた、俺たちと同じハイブリッドなんだよ!」
「な、なんだってー!?」
アルフのその少々無理がある理論に押されてしまい、結局エールヴァントは彼のナンパ癖をまたしても止めることができなくなってしまった。
「ま、いいさ……。口説くことに自信満々みたいだし、止めはしないよ。ハルピュイアにだって選ぶ権利はあるんだしさ?」
「なんだそりゃ、どういう意味だ?」
「そういう意味さ」
真面目に取り合っていると神経がもたない。そう考えたエールヴァントはアルフを無視してハルピュイアに問いかけた。
「ところで、改めてしっかり聞きたいんだけど、繁殖相手として人間の男以外は大丈夫なの?」
「エエ、大丈夫ヨ。もんすたーダロウガ動物ダロウガ、ソノ辺リハ別ニ問ワナイワネ」
「なるほど……。あ、それからさ――」
その後しばらくの間、エールヴァントはハルピュイアと談笑し続けていた。
冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は1人森の中を歩いていた。だが彼女の目的は森林浴でもなければハルピュイアとの交流でもない。彼女は、敬愛する御姉様こと崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)のために、ハルピュイアを1羽捕獲しようとしていたのだ。
狙い目は大人しそうな個体。捕獲のための手段は揃えてきた。後はうまく見つけ出して作戦を実行に移すのみ。
果たしてそれは見つかった。集団から離れて森で1人森林浴を楽しむハルピュイアが、小夜子の前方5メートル程の所にいたのである。
御姉様から貰った蜜蝋の耳栓をつけ、小夜子は早速行動を開始した。
まず彼女はハルピュイアの姿を認めながら、風上に身を移す。そこから彼女はしびれ粉を撒いた。
「……!?」
粉の存在にハルピュイアが気づいた頃には、彼女の体はすでに痺れで動きが鈍っていた。それを見た小夜子はその足から繰り出される神速の動きと、軽身功を利用した身軽さを組み合わせハルピュイアに飛び掛る。
そのままハルピュイアに組み付き、小夜子は最後の1手を行使する。その首筋に噛み付き「吸精幻夜」を発動、ハルピュイアの幻惑にかかったのだ。
「いい人を紹介しますから、大人しくついて来てくださいね」
ハルピュイアは小夜子のその言葉に逆らうことはできなかった。
「うん、上出来よ小夜子。これほどまでに見事にやってのけるとは、さすがね……」
傍らの小夜子を褒めながら、亜璃珠はハルピュイアを治療していく。しびれ粉の影響に加え、吸精幻夜による噛み痕もあるのだ。このまま放っておけば、いくら亜璃珠がハルピュイアと友人関係になりたくともなれないだろう。
亜璃珠の最終的な目的は、ハルピュイアの「お持ち帰り」であった。そのためにはまず相手の警戒を解く必要がある。治療行為は、その警戒解除の一環なのだ。
「私の妹がごめんなさいね。でも怖がらないで。私たちはあなたと仲良くなりたいだけなのよ」
治療を行いつつ、頭をなでながらハルピュイアに優しく亜璃珠は話しかける。そういったスキンシップが功を奏したのか、ハルピュイアの方もだんだん落ち着きを取り戻し、警戒を緩めていった。
「そう、いい子ね……」
治療を終えた亜璃珠は、そのままの態勢からハルピュイアを優しく抱きしめる。突然の抱擁にハルピュイアは少々驚いたそぶりを見せたが、すぐにその表情が緩む。
「ねえ、子供を作るだけじゃ色々ともったいないわ。男だけでも駄目よ。あなたの知らない素敵な世界はまだ沢山あるもの……」
耳元で囁きながら、亜璃珠はハルピュイアの体をなでていく。
「ふふ、大丈夫、私がリードして、全部教えて――」
「オオッ?」
だがその至福の時は長くは続かなかった。
別のハルピュイアが突然やってきて、その鷲の足で亜璃珠に抱きしめられた仲間を掴み、強引に引っ張り上げ、そのまま飛び去ってしまったのだ。
「ああっ!? まだ誘惑の途中だったのに! っていうかなんてスピード誘拐!?」
唐突に自分の体からぬくもりを奪われてしまい、亜璃珠は呆然と立ち尽くすしかなかった。
「お、御姉様……」
「……残念。まあ、しょうがないわね。今回は諦めましょう」
同じく呆然とする小夜子を咎めることはせず、亜璃珠はすっぱりとハルピュイアのお持ち帰りを断念した。
「それよりも小夜子……?」
「はい?」
目を細めて亜璃珠は隣の「妹」を見やる。
「ハルピュイアがいなくなっちゃったから、手持ち無沙汰なのよ。あなたが物欲しそうな顔をしてたのはわかってたのよ。だから……」
皆まで言われずとも小夜子は分かる。彼女が求めに応じるのに時間はかからなかった。
それからの彼女たちの動向は、彼女たちのみぞ知る……。
「それより、だ。美しい歌声もいいが、こうも多くいると、中には周りからそうでないと思われる者もいるのではないか?」
「ハア……?」
エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は手近なハルピュイアにそう質問していた。
「いやなに、地球のアニメの熱血ソングに合うような歌声の持ち主がいれば、ひとつ出演の提案でもしようかな、と……」
「出演……?」
「そう、出演」
ロボマニアでありアニメマニアで通っている彼は、ロボットアニメの復興を望むべく、ハルピュイアに協力を依頼しようとしていたのだ。彼曰く、ロボットアニメのテーマソングにハルピュイアを起用すれば、おそらく視聴者はみんな釘付けになるだろう。歌詞はもちろん90年代風で。ハルピュイアの歌声の助けを得て、ロボットアニメを再び燃え上がらせるのだ!
「というわけで教えてくれ。そんなハルピュイアがいたりしないか?」
「残念ダケド……」
そんなエヴァルトの思いもむなしく、ハルピュイアから事実が告げられた。
「残念ダケド、はるぴゅいあノ歌声ッテ、ホボ全員ガ似タリ寄ッタリッテヤツナノヨ」
「へ? ということは……?」
「多分、ソノあにめそんぐニ似合ッタ歌声ノ持チ主ハイナイト思ウワ」
「……マジですか」
仮にそんな歌声の持ち主がいるのならば、おそらくそのハルピュイアは仲間から迫害されているかもしれない。その辺りを気遣いつつ、熱血系アニメソングを歌ってもらおうと考えていたエヴァルトだが、それ以前にその歌声の持ち主がいなければ話にならなかった。
「ア、デモ……」
ふと思いついたように目の前のハルピュイアが両手、いや両方の翼を合わせる。
「ソノあにめそんぐッテイウノニハ興味アルワネ。私デ良カッタラ教エテクレナイ?」
「もちろん喜んで!」
求めていた結果とはかけ離れていたものの、エヴァルトはハルピュイアにアニメソングを教え込むことに成功したのであった。
そうして交流が進む中、広場全体に声が響き渡った。歌勝負のステージの完成を告げる声である。
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