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酷薄たる陥穽-シラギ編-(第2回/全2回)

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酷薄たる陥穽-シラギ編-(第2回/全2回)

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第12章 決  着

 砂浜で血まみれになって石の欠片を探す男の醜怪さに、ドゥルジは嫌悪を隠さなかった。
 力を、強い敵を、そしてその敵を超える力を、盲目的に求める。
 永遠に潤うことのない渇き。

 アエーシュマはひたすらそれを求め、アストーとドゥルジを置いて去った。

「ただ貪欲に力のみを欲する。何のために? そのことにどんな意義がある?
 どうせおまえの中に、その答えは存在しないのだろう」
 おまえのような輩が、俺は一番嫌いだ!

 ドゥルジが右腕を掲げると、男は苦しみ始めた。腹を抱え、膝をつく。
 丸まったその背を突き破って飛び出す無数の石。ドゥルジは自らの石を回収した。
 そして同じく、男の持っていた正悟の石、シラギの血の中に混じっていた小石の欠片も。
 サイコキネシスで取り上げ、それらの石は、腰の袋に入れる。
「シラギさん!!」
 動脈を食いちぎられたせいで、シラギは猛烈な勢いで血を失っていた。
 砂浜が、どんどんどんどんシラギの血を吸い取っていく。
 2人の救助に駆け寄ろうとした者たちを、ドゥルジのエネルギー弾が退けた。
「もう石は手に入ったのでしょう! シラギさんは助けて!」
 加夜が叫ぶ。
「駄目だ。こいつだけは絶対に許さない。この手で殺す」
 すぐ横に降り立ち、殺意にぎらつく目で自分を見下ろすドゥルジを、シラギは受け止め、受け入れた。
 抗う気はいっさいない。
 もとより、彼の手で死ぬ覚悟はできている。
 できれば失血死する前に、ドゥルジの手で殺してほしいと願うのみ…。
「ずいぶん老いたな、シラギ。10年前とずいぶん変わっている。石がなければ分からないところだ」
 だが、かといって彼のしたことを許せるはずもない。
「死ね」
 シラギを貫く手が振り上げられたとき。
 森から数台の飛空艇が爆音を立てて舞い上がった。
 ドゥルジを追う手段として、飛空艇を選んだ者たちだ。
 パワードアーマーで身を固めた戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が、ヴォルケーノから飛び降りる。できれば飛空艇のミサイルポッドで中距離攻撃を行いたかったが、シラギとドゥルジの距離が近すぎた。
 まずは2人を引き離すことだ。
 小次郎はタックルをかけ、ドゥルジを弾き飛ばした。
 足から着地し、砂浜をすべって止まったドゥルジ。
「やはりだ」
 小次郎は確信した。
 もうフォースフィールドは使えないか、ほぼ使えない状態にあるのは間違いない。
 外見は初めて見たときと寸分たがわないが、内部のエネルギーはかなり底をついているのだろう。先に石を回収しているのを見たが、あれだけではほとんど回復にはいたらなかったと見える。
 小次郎は走って間合いに飛び込み、肉弾戦を挑んだ。
 砕き、その部位を修復させる。それには拳を叩き込むのが一番効率的だ。
 だが小次郎の攻撃は全て紙一重、最小限度の動きで避けられるか、脇に流されてしまった。
「そんな物をつけているから遅いんだ、人間」
 ドゥルジの拳が小次郎の胸部に入った。アーマーをものともせず、打撃が小次郎の肋骨を砕く。
 よろけた小次郎の両腿に、ドゥルジの回し蹴りが決まった。
「ぐあっ…!」
「小次郎!」
 ヴォルケーノから戦いを見ていたリース・バーロット(りーす・ばーろっと)が、凍てつく炎を放った。
 ドゥルジが吹き上がる炎にひるんでいる隙に倒れている小次郎をヴォルケーノに回収し、あとは一目散に逃げ出す。
 ヴォルケーノと入れ違った飛空挺の棗 絃弥(なつめ・げんや)が、追い討ちをかけようとするドゥルジに向け、魔銃モービッド・エンジェルを連射した。
「二度と元に戻れないように、徹底的に粉々にしてやる!」
 アルティマ・トゥーレで冷気を帯びた銃弾を、スプレーショットで叩きつける。
 やはりフォースフィールドは展開されず、ドゥルジは両腕を盾として持ち上げただけだった。
 削り取った欠片は氷結されたためか、ドゥルジに飛び戻らない。
「土は土に、灰は灰に、塵は塵に……そして石ころは石ころに、ってな」
 少しずつ、しかし確実にそぎ落とすため、絃弥は遊撃を続ける。
「……うるさいハエだ」
 頭部を庇っていた腕が、だらりと落ちる。
 自分を中心に楕円軌道を描いて飛ぶ飛空挺を、ドゥルジは視線だけで追う。
 攻撃のため、最接近を果たした飛空挺に、ドゥルジが仕掛けた。
「うおっ!?」
 突然鼻先に現れたドゥルジに絃弥が目を見張る。
 とっさのことに対処できないでいるうちに、ドゥルジは両手を飛空挺に叩きつけた。
    ベコッ
 強力なサイコキネシスによって、飛空挺の前部がへこむ。
 燃料のにおい、そして火花。
「くそっ」
 墜落する機体を捨て、海に飛び込む絃弥。エンジンを破壊された飛空挺は空中で爆発し、黒煙を上げて海に落ちた。
 砂浜に降り立とうとするドゥルジに、妖刀村雨丸を手にした氷室 カイ(ひむろ・かい)が背後から走り込む。地点予測をしていたため、距離は近い。
 左肩を狙った攻撃に、ドゥルジは部分的にフォースフィールドを張ることで対抗したが、出力の落ちたフォースフィールドではサー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)がかけたパワーブレスで増加された威力は防ぎきれなかった。
 岩を砕くような音がして、ドゥルジの左腕が肩から飛んだ。
「レオナ!」
「はいっ」
 すかさず腕の落下地点へ走り込んだレオナ・フォークナー(れおな・ふぉーくなー)が機晶キャノンで腕を破壊する。
 できる限り粉々に、飛び戻ることができないように。
 飛び戻ったとしても、修復するエネルギーの消耗が増大するように。
「気をつけてください、カイ! 彼はエネルギー消耗を抑えるために一撃必殺を狙っています!」
 流れるように繰り出されるカイの攻撃をことごとく避けるドゥルジの姿に、サー・ベディヴィアの忠告が飛ぶ。
「――そうとも。だから手加減はできん。
 人間。きさまは死ね」
「なに!?」
 宣言とともに、ドゥルジは身を沈ませ、カイの足を払った。続いて地を蹴った彼の足が、よろけたカイの背に入る。
 どれも刹那の出来事。
 カイに知覚できたのは、足の激痛と背に走った重い衝撃のみだった。
 自分がいつ倒れたのかも分からない。
「終わりだ」
 カイの首の骨を折ろうと上がった右足。
 そこに天川 翠(あまかわ・すい)が突っ込んだ。
「させないっ!!」
 右足に向け、綾刀をふるう。
 飛びずさり、距離をとったドゥルジに破邪の刃を連発し、さらに後ろへ下がらせた。
 背骨を損傷し、動けないでいるカイを、レオナとサー・ベディヴィアが後方で治療を行っている者たちの元へと運ぶ。
 近寄らせまいと、翠は力の続く限り破邪の刃を放ち、弾幕代わりとした。
「翠、ペースを落とせ! すぐにSPが尽きるぞ!」
 セディ・レイヴ・カオスロード(せでぃれいう゛・かおすろーど)が、めずらしく声を荒げて叫んだ。翠への心配の前には、とても泰然となどしていられないようだ。
「うるさいよ! セディはそっちでみんなの治療につとめてなよ!」
(セディ…。私、覚悟できてなかったんだ。この世界で生きていく覚悟。まだ日本で守られて暮らしてるのと同じ気持ちだった。我を忘れて、やっと気付いた。逃げてた。いくら言葉で言っても、肝心の心の方が、まだ覚悟を受け入れきれてなかったんだ…。
 まだ、完全に受け入れてるとは言えないけど、だからといって、ここで逃げちゃダメなんだ。逃げないために、自分と戦うよ)
「みんなに迷惑かけた分もね!」
 翠は破邪の刃を、主にドゥルジの下半身に集中して放っていた。
 人の身で、そんな猛攻は長く続かないと分かっていてか、ドゥルジはあえて特攻をかけようとはしない。
 やがてSPが尽きた翠は、綾刀を手に走り出した。
「無茶をして…!」
 セディがその背にパワーブレスを放つ。それ以外の方法を持たない自分がもどかしい。
「おろかすぎる」
 真正面から突っ込んでくる翠に、ドゥルジがカウンターをかけようとしたときだった。
 いつの間に距離を詰められていたのか――死角をついて振り下ろされた刃のきらめきからそれと察知したときには遅く、ドゥルジの胴にはブレード・オブ・リコが深く食い込んでいた。
「ドゥルジ! 今さらおまえの事情を知りたいとは思わない。だがおまえに護りたいものがあるように、俺にも護りたいものがある! 正義だとかどっちが正しいとかは関係ない! 俺は、俺の護るべきものの為におまえに戦いを挑む!」
 白銀のロングコート形態の魔鎧・アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)をはためかせ、御剣 紫音(みつるぎ・しおん)がそう宣言をする。
 もう1つのブレード・オブ・リコで、その首をはねようとしたが、フォースフィールドに阻まれてしまった。
    ギイイイイィィィ…ン
 刃とフォースフィールドの間で音波のような音がして、フォースフィールドがさらに白光を強める。
 拮抗する力に、紫音の腕の筋肉が悲鳴を上げて震えた。
「ドゥルジ!」
 こう着したドゥルジに、翠の綾刀が振り切られる。
 ドゥルジは瞬時に2人から距離を取り、砂の上に着地した。
「紫音、無茶はいけまへんぇ。この敵相手にごり押ししても、無理はきかんどす」
 綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)が最古の銃を撃ってけん制をかける。
「分かってる…」
 まだ痛む腕をさすって、紫音はあらたに構えた。
 さっきは不意打ちがうまくいったが、同じ手は効かないだろう。だがドゥルジは片腕を失っていて、修復は遅々として進んでいない。自分は両手利きだ。今ならまだこちらに分がある。
「行くぞ!」
「主様、援護は任せるのじゃ。風花、協力してがんばるのじゃ」
「へぇ」
 ドゥルジの放つエネルギー弾をアルス・ノトリア(あるす・のとりあ)の天のいかずちと風花の最古の銃が粉砕する。
 2人が攻撃を全て叩き落してくれると信じて疑わない紫音は、ドゥルジだけを目標と定め、一気に間合いを詰める。
「くらえ!」
 ブレード・オブ・リコが、左右から同時にドゥルジを襲った。



 そして今ここに、その戦いを崖から見下ろす4つの影があった。
 小型飛空挺や空飛ぶ箒を駆って、朝イチで到着して以来、ずっと、このときを待っていた。
 今この時こそが、ヒーローとして覚醒するのにふさわしい時。
「どんな譲れない理由があろうと、人々の命を盾にし、弄んで質にした悪行を許すわけにはいかない。だから、戦う! ヒーローとして!
 行くぞ、エリュト!」
「おう!」
 ルナティエール・玲姫・セレティ(るなてぃえーるれき・せれてぃ)の望みに応じて、エリュト・ハルニッシュ(えりゅと・はるにっしゅ)はその身を魔鎧に変化させる。
「オンステージ! セレインナーーーーーガ!!」
 彼女の叫びに気づいて、砂浜の何人かが崖の上を振りあおいだ。
 逆光に目を細める人々の前、白光に包まれるルナティエール。
 深い紫の全身タイツの上に、白蛇の意匠を凝らした流線型の白い軽鎧。白い腕あて、白い具足。フルフェイス型の兜の両側には花びらを思わせる優美な流線型の翼が三枚ずつついている。
 黒のバイザーが目元を隠し、わずかに口元が見えるのみではあったが、兜からこぼれ出た長く美しい髪と鎧では隠し切れない優美なフォルムが、この戦士は女であることを物語っていた。
「待っていろドゥルジ! このセレインナーガが今おまえを裁く!」
 とうっっ! というかけ声とともに高くジャンプし、宙返りで崖を飛び降りた。
 ザシュッと音を立て、見事な着地を披露する。直後、砂を蹴散らしながらドゥルジの元へ走った。
 履いているのがハイヒールであることを思えば、その速度は驚異的だ。
「すっかりいつものルナだね」
 半日前、昏睡した夫のそばで自分も死ぬと泣き崩れていたのと同一人物とはとても思えない。
 腰に手をあててにんまりする夕月 綾夜(ゆづき・あや)
「やっぱりルナは、ああでなくちゃ」
「そうだな」
 隣で、やはり満足気に見送っていたセディ・クロス・ユグドラド(せでぃくろす・ゆぐどらど)が頷く。
「ルナは、ずっとその熱い魂をもてあましていた。ぶつける場所を探していたのだ。そして今、ようやく見つけることができた。
 今、彼女はこれまで以上に強く光り輝いている。私たちはそれを全力で支えてやろう」
「うん。彼女がずっと輝いていられるように」
「さあ、われわれも下に下りよう」
 自分たちが一緒にいたことがばれると、セレインナーガの正体が気づかれてしまう。
 さすがに崖を飛び降りるわけにもいかないので、海岸に続く道に戻るしかない。
(ルナ。私はお前をどこまでも支える。お前の味方だ。
 これは、その証のひとつ)
 早くもドゥルジに肉薄し、光条兵器・セレニティスゲイザーで斬りつけるセレインナーガに向け、セディはパワーブレスを放った。


 
「我が正義の舞を見るがいい! ドゥルジ、覚悟っ!!」
 紫音の持つブレード・オブ・リコを拳で破砕させ、彼ら3人をエネルギー弾で続けざまに弾き飛ばした直後。
 そんな宣言とともに、全身を白鎧で包んだ謎の人間がドゥルジを襲った。
 ドゥルジは言葉より剣より、その格好に驚いたようだった。
 その一瞬の隙をついて、セレインナーガのセレニティスゲイザーが振り切られる。
 後ろに退いたドゥルジの方が一歩早く、胸部を一部砕いただけに終わったが、飛び散った石はもはや、ドゥルジの元に戻る力も完全に失っていた。
 両肩にマントのようについた半透明のショールをたなびかせ、セレインナーガはさらにブラインドナイブスで下からすくい上げるように斬り上げる。
 絶対に動きを止めず、なめらかに、最大限の効果を得るため遠心力を利用して、斬上げから両袈裟、真向、両水平と連続技を決めていく。肩口でなびくショールの効果もあって、その姿は、まさに舞を踊っているようだった。
 剣先が、僅かずつではあったが、ドゥルジの体を砕いていく。
「くらえ! 必殺・百舞雪月花ぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」
 渾身の一撃を放つセレインナーガ。
 見る者に、雪・月・花の残照が見えることを願う、光り輝く一撃をイメージして…。

 その一撃を、ドゥルジは真っ向から拳で受けた。
 ドゥルジの拳が砕ける。
 だが同じく、セレニティスゲイザーも破砕した。
「……ひどい…」
 上空に距離をとったドゥルジの姿に、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)はうめいた。
 左は肩口からないし、右の拳はつぶれている。胸部はえぐられ、全身いたる箇所がひび割れだらけだ。
「こんなの、何の意味があるの? ねえ真人!? シラギさんは助かったし、村人も救出してる。なのにこれ以上、どうして戦わなくちゃいけないの!?」
 セルファの言葉に、御凪 真人(みなぎ・まこと)は無言で前に出た。
 その手に魔法力を集積させる。
「なぜなら、彼は簡単に人を傷つけるからです。ここで情をかけ、逃せば、また罪のない者が苦しめられるでしょう。
 言ったでしょう、彼は。「できるから」と。俺たちにだって人は殺せます。でも、それをしますか?「できる」ことと「する」ことは、全く違うんです」
「でも、私たちだって生き物を殺すよ? 殺さないで生きてきた人なんて、だれもいないのに!」
「……セルファ、嫌なら下がっていてかまいません」
 凍てつく炎、サンダーブラスト、天のいかづち――最大出力で次々と発動させていく。
 今ならフォースフィールドを展開されたとしても、貫いてダメージを与えることができるだろう。
(なぜなら、俺たちは人間だから…)
 その理屈をセルファに理解してもらうのは難しいかもしれない。
 ここにいる者たちは、意識的にしろ、無意識的にしろ、そのことを理解している。
 自分たちは人間だから、人間を殺す存在を許してはならないのだ。

 しょせん人間。
 人は、人を殺す存在を、決して許さない。

 ドゥルジから、複数のエネルギー弾が真人に向かって放たれた。
 その全てをセルファが打ち落とす。
「セルファ」
「私も、やる…。そのためにここにいるんだから…」
 目尻に浮かんだものをこすり落として、セルファはヴァーチャースピアを構えた。
(難しい理屈は分かんない。ひょっとしたら、あとで泣くかもしれない。でも……勝手だね、私。真人を傷つけることだけは許さない、それがどんな相手だったとしても!)
「防御を頼みます」
「うん」



 これで終われるのか?
 砂浜に集まった人間たちから数々の魔法攻撃を受けるただなかで、ドゥルジは考えた。
 なんとか右の拳は再生することができたが、もうエネルギーがほとんど残っていない。
 おそらくはあと数発。もしかすると1発かもしれない。
 母との約束は守れそうになかった。
 アエーシュマも復活させるのは無理らしい。

 よかった…。

 どこかでほっとする自分がいた。
 母の願いをかなえてやりたい気持ちは大きかったが、その影で、ささやく自分の声もあったのだ。
 それでいいのか? と…。

「母さん……ごめん…」

 そうつぶやいたとき。

《リミッター解除 方位四点計測開始》

 カチカチと、体のどこかで演算機能が働き始めた。
「母さん!?」
 ドゥルジの中に組み込まれたアストーの一部が、弱ったドゥルジの支配下から解放され、独自に稼動を始める。
 自らを抱きしめて苦痛に身をよじるドゥルジの背中から、2つのコブのような突起が現れた。
 それがみるみる伸びて角のようになり、節が割れ、4つのアンテナのようにさらに伸びた。

《ドゥルジ、私のいとしい息子。あなたを死なせたりしない》

「だめだ、母さん! 力を使っちゃあ――」
 アストーは遠距離型攻撃兵器。
 遺跡と連動し、その地下で生み出されるエネルギーで敵を殲滅する。
 だがかつて、その力を使う度に、アストーは崩壊死しかけた。今は彼女の崩壊死を食い止める科学者たちはいない。

「なに? どうしたの、彼」
 ざわざわと地上の者たちに動揺が広がる中。

 音もなく、斜面の一部がえぐれた。

「えっ…?」
 なだらかな草地の斜面が続いていた場所が、いきなり消えている。
 あとには、直径10メートルはありそうな、すり鉢状にえぐり取られた空間だけが空いていた。

「ちょっ……えっ…?」
「どうして、こんな…」
「なんだこりゃーっ!?」
「もしかしてグラビトン砲かーーーーーっ!?」
「マジーーーーっっ!」
「どんだけのことができるんだよ、あいつは!!」

 パニックを起こす地上をよそに、ドゥルジは自ら引きちぎったアンテナを、海に落とした。
「駄目だ、母さん…。こんなこと、しちゃいけない…」

《…………》

 ドゥルジの中のアストーが沈黙する。
「帰るよ、母さん。必ず。約束する。だから…」



「ドゥルジ!」
 だれかが彼を呼んだ。
 崖の上に立つ、1人の人間が何かを掲げている。
「おまえの望んでいた物を持ってきたぞ! 蒼空学園にあった石だ!」
 垂が、声の限りに叫んでいた。
 その手に握られているのは、たしかにアエーシュマの石だ。
「受け取れ!」
 垂は大きくふりかぶって石を投擲する。
 楕円の軌道を描いて飛ぶ、その石にドゥルジが近づくのを見て、すばやくもう片方の手に持っていた石を、手袋をしていない手に移した。
 蒼空学園の力のある方の石と、やはり力ある教導団の石は、既に合体させてある。

   おまえの願いをかなえてやろう
   どんな望みでも思いのままだ……

 石が垂の心に直接語りかける。
 石の誘惑に、垂は唇を引いて笑みをつくった。
「――俺の願いは、あいつを消滅させることだ!!」
 垂の突き出した両手から、エネルギーが放たれる。
 10年前にシラギがドゥルジに対して使用したのと同じ方法だ。
 だがそれと気づけないほどドゥルジはおろかではなかった。
「同じ手をくうか!」
 石をサイコキネシスで引き寄せ、エネルギー弾の弾道から離脱する。
「ちくしょうッ!」
 石はもう力を失って、死んでしまっている。2発目はない。

 だがそのとき、1発の銃声が響いた。
 
 要の放った銃弾が腰に吊るしてあった、石の入った袋を破く。
 落ちる石を追って、ドゥルジは自ら弾道に飛び込んだ。

「アエーシュマ……父さん…!!」

「いやーーーーーっ!! ドゥルジ!!」
 森から転げ出たオルベールが叫ぶ。
 石の放出した力が消えたとき、ドゥルジの姿もまた、消えていた…。