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酷薄たる陥穽-シラギ編-(第2回/全2回)

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酷薄たる陥穽-シラギ編-(第2回/全2回)

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第8章 ドゥルジVS  (1)

 遙遠と要、2人の攻撃を軽く退けたあと。
 ドゥルジは森の中の開けた空き地――おそらくは村の人々が開拓していた場所――で、切り株の1つに腰掛けていた。
 じっと左腕を見る。
 2人の連携攻撃で吹き飛ばされた腕は、いつものように飛び返ってきた石によってすぐさま修復されたものの、どうやら結合がうまくいっていないようだった。
 見た目は変わらないが、指先の感覚が鈍くなっている。
 足元の砂をすくってみる。やはりコンマ数秒、伝達が遅い。
 どうもこれは、力を3分の1程度失ったせいだけでもなさそうだった。

 崩壊が始まっているのかもしれない。

 10年前、シラギの攻撃によって消滅した体は「ドゥルジ」を形造るには足りなかった。母・アストーが自身の一部を与えてドゥルジを再生したのだが、その結果、彼女の機能不全因子をも取り込む結果となってしまっていたのだ。

 このまま力を使いすぎれば、体が結合を保てず、ほどけてしまうだろう。

「駄目だ。もう少しだ……あと少しで…」
 腰に下げた袋に手を乗せる。その下にある石の感触を確かめるように。
 これと、あとこの地にある石が手に入れば、アエーシュマも復活できるかもしれない。
 今まで集めた石にエネルギーを注ぎ込めば、あるいは。
 もし足りなかったとしても、母がしたようにこの身の一部を与えれば、彼は復活できる。
 一部か、大部分か。12年前の戦いで消滅した大多数と、人に使われたせいで力をなくしてしまった量を考えると、それを補えば「ドゥルジ」でいられなくなる公算の方が大きい。
 だがアエーシュマが戻れば、母はきっと喜ぶだろう。
 自分がそばにいるよりずっと、ずっと、彼女はうれしいに違いない。

 大体、この世界に俺がいて、何になる?
 俺が存在する意義も、意味も、理由もない。


 もはや「俺」に価値はないのだ。


「あっ、いたーっ!」
 絶望的に空を見上げる中、突如、横手から声が上がった。
 そちらを向くと、木々の間に少女が雅刀を手に立っている。
「ドゥルジ! 昨日はよくもやってくれたね! おかげで出来たてホカホカタイヤキもアインも逃しちゃうところだったよ! アインの『笑顔』を邪魔する奴は絶対許さないもんね!」
 雅刀に爆炎波をかけ、攻撃態勢をとる彼女を見て、ドゥルジは薄く笑みを刷いた。
「……俺に価値はないかもしれんが、人間。おまえたちに、むざとやられてやる気もないぞ」



「今俺は機嫌がよくない。昨日のような手加減はできないぞ」
 猫、いや虎を思わせるしなやかな動きで、ドゥルジは立ち上がった。
「上等だ。手加減なんざ、したくてもできないようにしてやるさ!」
 国頭 武尊(くにがみ・たける)が携行用機晶キャノンで空き地一面に弾幕援護を放った。
 木っ端と土煙で視界がふさがれる。
 そこに、蓮と赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)が突入した。
「えーい!」
 ブラインドナイブスで左右同時に切りかかる。ドゥルジはそれぞれの刃を掌で受け止め、鋼を貫いて握り込むや腕をクロスし、2人をぶつけた。
「うわ!」
「きゃあっ」
 回避できず、もつれ合った2人。そのうなじに回し蹴りが入る。
「蓮!」
 起き上がれないでいる2人にドゥルジがエネルギー弾を発射しようとしているのを見て、アイン・ディアフレッド(あいん・でぃあふれっど)が氷術で防御壁を張った。
 砕け散る氷片。その無数のきらめきが、ファイアストームを放とうとするアイアン・ナイフィード(あいあん・ないふぃーど)を映し込む。
 伸ばされたドゥルジの手の先で盾形のフォースフィールドが張られる。
 ドゥルジの気が自分たちからそれたと見た瞬間、霜月が、下から居合刀を突き上げた。
「同じ手が何度も通用するか!」
 あざ笑いとともに放たれた強烈な蹴りが、霜月の手から居合刀を蹴り飛ばした。
「……あっ…」
 手首に激痛が走り、押さえ込む。ヒビか、骨折したかもしれない。
「霜月!」
 アイアンの狼狽をついて撃ち出されたエネルギー弾が炎を吹き飛ばし、その肩を貫く。
 苦痛に顔をゆがませた霜月の視界に、さらに繰り出された蹴りが入る。あんなもの、まともにくらえば即死だ。
 紙一重で頭を沈ませてかわし、よろめきつつも距離をとる。
「させないんだから!」
 その背に向かってエネルギー弾を放とうとした腕に、蓮の雅刀が振り下ろされた。
    ギイイィィィン
 鉄をこするような音がして、フォースフィールドによって跳ね返される。
「きゃっ!」
「蓮!」
 恐れの歌で精神攻撃をかけていたアインだったが、ドゥルジのサイコキネシスで吹き飛ばされた蓮を見て、その背後に回りこむ。しかし受け止めきれず、2人は木に叩きつけられた。
「ったく、めんどくさいことを言ってくれるぜ…」
 4人が距離をとる時間を稼ぐため、弾幕援護から直接攻撃に切り替えた武尊が中距離からキャノンを連射する。
 静麻から正悟へ、そして対ドゥルジチームに伝わった戦略は、とにかく消耗させろ、だった。しかも完全に砕こうとするのではなく、再生能力を使用させるように仕向けるのだ。
『完全に消滅させるより再生能力を使用させた方が、やつは倍以上の速度で消耗する』
 おかげで銃舞によって細かく砕き、削り取った欠片を破砕させていく方法はとれなくなった。
 だがキャノンの砲撃は、当たれば有効かもしれないが、いかんせん弾速が遅い。
 ドゥルジは次の敵を武尊と見定めるや、走り込んで一気に距離を詰めた。
「…ちィッ」
 高速で突き出された右手を、勘だけで避ける。しかし続く回し蹴りはまともにくらってしまった。
 ぬいぐるみのように飛ばされ、地面を転がる武尊。
 無意識で立てていたキャノンのおかげで直撃は防げたが、キャノンは完全に破砕してしまっていた。
「大丈夫ですか?」
 霜月が駆け寄る。
「――ああ。肋骨数本やられた程度ですんだよ」
 怪我の具合を推し量るように、ずきずき痛む胸に指を這わせる。
「あんなもの、まともにくらったら人間なんか串刺しだ」
 くの字に曲がったキャノンをまだ握っていたことに気づいて、放り出した。
「ですが、あれは…」
「ああ、そうだな」
 2人は確認を求めてドゥルジを見た。
 そこでは、リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)が金剛力で接近戦を挑んでいる。
 フォースフィールドは全身で展開していないし、エネルギー弾も小さいものを数発程度しか発していない。どう見ても、温存に切り替えている。
「おそらく、大きな攻撃はあと2発か3発ってとこだ」
 それはほかのやつらに任そう。
 武尊は肋骨を気遣いながら息をつくと、背後の木に背中を預けた。


「てやーっ」
 リーズは金剛力の力で、通常であれば両手でしか扱えないコピスを片手でぶんぶん振り回していた。
(砕こうがどうしようが、とにかく休まず動かせてエネルギーを使わせたらいいんだよね!)
 ドゥルジはフォースフィールドを展開せず、リーズの無軌道な攻撃をかすめる程度の最低限の動作で避けている。
 勢いに押されてじりじりと後退するドゥルジに、リーズはさらに距離を詰めて追い込む。
「あ、アホウ!」
 気づいたのは背後で魔力を結集していた七枷 陣(ななかせ・じん)だった。
 枝葉を切り払っていたリーズのコピスが、やがてガツンと音を立てて木の幹に食い込む。
「む〜〜、抜けなーーーいっ」
 なまじか力に任せて振り回すから、コピスはがっちり硬い幹に刃を取られてしまっている。
 空き地の端に追い込んだつもりが、コピスを封じられてしまった。
「わわっ」
「くそっ!
 唸れ、業火よ! 轟け、雷鳴よ! 穿て、凍牙よ! 侵せ、暗黒よ! そして指し示せ…光明よ!」
 リーズの危機に、陣が詠唱を早める。
「セット! クウィンタプルパゥア! 爆ぜろ!」
 リーズが鞠のように蹴り飛ばされると同時に、陣の両手から魔法が放たれた。
 火術、雷術、氷術、闇術、光術――5つの力が次々と打ち出される。
「どうだ! これやったら全身にフォースフィールド張るしかないやろ!」
 確信した陣の前、最初の炎がドゥルジに到達する。
 瞬間、ドゥルジの姿が掻き消えた。
 残像を、炎が、雷が、貫く。
「なんや!?」
 上へ飛んだか?
「ち、違うよ! 横の木!」
 リーズが蹴られた肩を押さえながら叫ぶ。
 陣がそちらを向いた瞬間、ドゥルジは木を蹴った。
 回し蹴りが、反射的に上げた陣のパワードアームを粉砕する。
「うわああっ」
 吹き飛ばされ、切り株に後頭部からぶつかった。
「いってー……なんや、あんな細身で、無茶苦茶パワーファイターやんか…」
「おまえは危険な技を使う」
 地に降り立ったドゥルジが、陣を見下ろす。
 完全に止めておいた方がいい。
「させません!」
 歩き出したドゥルジと陣の間にベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が立ちはだかる。ベアトリーチェは近距離から凍てつく炎を放った。
「くっ…」
 こればかりはドゥルジもフォースフィールドを使うしかない。
 前方のみの盾形、最小限の大きさで展開する。
 それを合図に、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がバーストダッシュで側面から飛び出した。
「やーーーーっ!」
 刃渡り2メートルの大剣型光条兵器で、がら空きのドゥルジの横腹に乱撃ソニックブレードを叩き込む。
 ドゥルジの左腕と胴の一部が切り刻まれ、弾け飛んだ。
 と同時に、刃先が何かに止められる。剣が微動だにしない。
「……サイコキネシスね…」
 ドゥルジと目線を合わせてつぶやく。
「美羽さんを離しなさい!」
 美羽の危機に、ベアトリーチェがさらに炎の勢いを強めた。
 フォースフィールドが白光を強め、炎を押し返す。
「……ねぇ、ここでひとつ訊きたいんだけど」
 目に見えない力と剣の奪い合いをしながら、美羽はささやいた。
「あなたが何を求めてるかは知ってる。どうしてここを襲ったのかも。理解はできないけど、でも、したいって思ってることは分かるよ。
 でも、何のために? こんなことして、どうなるっていうの?」
 何のため?
「母のためだ」
 そう。アエーシュマのためでは決してない。
 あんなやつのためでは…。
「どうなるかはきさまたちの知ったことではない」
「あっ…!」
 剣ごと持ち上げられる。
 つま先まで完全に宙に浮いたと思った次の瞬間には、美羽はベアトリーチェに投げつけられていた。
「美羽さん!」
 美羽が投擲された瞬間、ベアトリーチェは炎を解除する。2人はもつれあって茂みに転がっていった。
 ドゥルジの左腕はまだ修復半ばだ。
「行くわよ、陣!」
 ユピリアはこれを好機ととるや、グレートソードを抜き放った。
 反応速度も臂力もドゥルジが上だ。そうすると、軽さを生かしたスピードで勝負するしかない。
「頭のでっかいコブとみんなに眼鏡ゾンビ男と呼ばれた恨み、思い知れ!」
 いやそれは完全に逆恨みだろう、と内心ツッコミを入れる者たちの前で、高柳 陣がスプレーショットを左から流れるように放つ。
 ドゥルジが避けるのは予測済みだ。追い込んだ右に、ユピリアが全力でグレートソードを突き込んだ。
「ソニックブレード! あーんど轟雷閃ーっ!」
 修復途中だった左腕を再度粉砕し、ドゥルジの腹部に突き立てられたグレートソードを雷撃が伝い走る。
 岩を砕くような音をたてて、腹部の半分ほどが吹き飛んだ。
「くらえ!」
 銃弾が間髪入れず残りの腹部を狙って撃ち込まれる。だが展開したフォースフィールドが、届く前に全ての銃弾を破砕した。
「きゃあっ!!」
 離脱しようとしたユピリアの腕が掴まれた。
「うそ! 昨日より全然速い…っ! ――ああっ!」
 人形のようにねじり上げられ、そのまま木に叩きつけられる。
 パッとユピリアの口から血塵が舞った。
「じ……ん…」
 視界が揺れる。
 背骨をやられ、内臓のどこかがパンと音を立てて破裂したのがユピリアにも分かった。
「ユピリア!!」
「小すずめ。おまえは素早いが、軽すぎる。本来であれば両断できていたはずの踏み込みだ」
 その手からこぼれたグレートソードをひざで蹴り上げ、次の瞬間ドゥルジはまっすぐ陣に蹴りつけた。
「うわ!」
 駆けつけようとしていた陣は、自分に向かって飛んできたグレートソードに目を見張る。地面に伏せることでギリギリで避けられたものの、頬と肩を裂かれてしまった。
「人間。俺からも1つ質問がある。
 この戦いに、どんな意味があるんだ?」
 ユピリアから手を離したドゥルジは、ゆらゆら上半身を揺らしながら前に出た。
 胸部の半分以上を失ったせいだが、それも石が集束し、修復されていくにつれ、しっかりした歩みになる。
「昨夜おまえは、戦うのは自分たちのパートナーを俺が傷つけたからだと言った。
 親しい者が死にかけているのを救うために俺を倒そうとしたのは、選択肢の1つだっただろう。それが正しいかどうかはともかくとして。
 だが今、どうしておまえたちはここにいて、俺と戦おうとする? パートナーは解放されている。このことにどんな意味がある?」
「……おまえが…っ」
「陣、かまうな! やつは自己修復の時間を稼ぎたいだけだ!」
 武尊が叫ぶ。
 それが自分たちの目的でもあったが、かといって相手につきあう必要はない。
「時間を稼ぐ?」
 ドゥルジは最低の皮肉を聞いたように口元をゆがませ、冷笑する。
 だがそれは、自分に向けているような嘲りだった。

 次の瞬間。
 何の前触れもなく、ドゥルジの左足がひび割れ、音をたてて破砕した。