リアクション
* * * ワームがいる南西とは別方向からの爆発に異常を感じたのは、彼らだけではなかった。 町の真ん中に現れたワームにパニックを起こし、家屋に逃げ込んでいた人たちを救助していた赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)もそのうちの1人だ。 「ここの家屋は崩落の危険性がありますから、避難所へ移動してください」 そう説得し、東の避難所へ誘導していたさなかの出来事だった。 「しっ、霜月ぃ〜っ」 通りをはさんだ向こうで起きた爆音に驚いて、戦闘舞踊服 朔望(せんとうぶようふく・さくぼう)がすぐさま魔鎧化して霜月に張りつく。 「まさか…」 飛んでくる瓦礫から頭部をかばいながら、霜月は嫌な予感が当たったことにうめいた。 避難を促す間中、ずっと、もしやそういう輩が現れるのではないかと心の隅で予兆めいたものがあったのだ。だから捜索中も、慎重に様子を伺ってきていたのだが。 これがただの爆発ではないのを裏付けるように、爆音はさらに2度3度と続いた。あきらかに恣意的な、攻撃を加えている者がいる。 悲鳴を上げながら路地から走り出てきた何十人という人の波が、あっという間に通りを埋め尽くした。 「ちょっとちょっと、どうするのよ、これ! まだワームは1匹残ってるのよ?」 自分たちだけではとてもまとめきれないと、早くも恐慌状態になったジン・アライマル(じん・あらいまる)が叫ぶ。 敵の存在に、女王の加護をあらためて発動させた彼女を振り返り、霜月は言った。 「この騒ぎできっとほかの方々も駆けつけてきます。その人たちと一緒に、ほかの避難所へ手分けして誘導してください」 「って、霜月はどうする気? まさか…」 「自分は、食い止めます」 「少し派手すぎますね」 全壊し、燃え上がった東の避難所を前に、東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)は、ふむ、と顎に手をあてて考え込む素振りを見せた。 「ミサイルを打ち込めと言ったのは雄軒だろう」 感情の欠落した声で淡々と答えるバルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)。 鉄仮面の奥、照り映える瞳にも、声と同じく感情はない。 「建物の耐久性がここまで落ちているとは計算外でした」 雄軒は正直に、自分にも非があったことを認めた。 本当は、半壊か損壊程度にしておいて、出てきた者たちをファイヤーストームで燃やすつもりだったのだ。 しかし打ち込み所が悪かったのか、何かに引火したらしく建物は全壊、ごうと火炎が上がっている。おかげでアボミネーションを使って足止めしようにも、火災への恐怖心の方が強くて大部分の人は散ってしまった。 「ま、こうなってしまったのは仕方ない。この火勢です、何十人かは焼き殺すことができたでしょう。それに、考えてみれば、多少派手な方が売り込みにはちょうどいいという見方も――」 そう言う間にも、バルトは人々の逃げる先を狙って、左右の家屋にミサイルを撃ち込んでいた。 崩落する壁や屋根材が、逃げ惑う人々の上に降りそそぐ。 たしかにそうしろとは言ったが。 「……聞いてますか? 人の話」 おーい。 「やれやれ。あれはいまひとつ柔軟さに欠けますね。――ですが」 ギン、と雄軒のうなじの所で、刃同士の噛み合う音がする。 殺気看破で接近を見抜いていたバルトの剣と、霜月の鍵剣・暁月がぶつかった音だ。 「忠実で優秀ではあります」 奇襲に失敗し、飛びずさった先で、霜月は得物を強化光条兵器の居合刀に変えた。相手は巨大な鉄の塊だ。力押しでは負ける。スピードで勝るしかない。 燃える炎に照らされた顔は、ひたと雄軒を見据えている。 「いい目をしています。純粋な殺意に燃える目。すばらしい」 刀を体前に出し、低く構えをとった霜月を見て、雄軒はぱんぱんと手を叩いた。 「なぜこんなことをした」 「なぜ? そんな愚かなことを訊かないでください。世のため、人のため、パラミタのため。そう言えば、あなたは納得するんですか?」 「ふざけるな!」 「でしょう? あなたの質問は、そういった愚かなことなんです。 ではこういうのはどうです? 仲間のため、わたし自身のため、そして――ネルガルのため」 カッと霜月の中を熱い炎が駆け抜けた。 ヒロイックアサルトの強い輝きが一瞬でその身を包む。 「きさまぁっ!」 雄軒を狙った一撃を、またしてもバルトが邪魔をした。 だがそれも読み通り。バルト本人を狙うよりも、雄軒を狙った方が確実にバルトが受けると分かった上での攻撃だ。 切りつけた剣先から、強烈な凍気がほとばしった。 絶零斬でバルトの表面が氷結したのを見てとるや、霜月は間をあけず再び切りつけた。それを、やはりバルトの剣が阻む。だがあきらかに初速が遅かった。ゼロの距離から続けざまに繰り出された剣技と強烈な回し蹴りを防ぐのも。 背中を蹴り飛ばされ、地面を転がったバルト。すぐさま跳ね起きたが、右肩が火花を吹いていた。断ち切られたいくつかの配線が、関節部から飛び出している。だがそんなことなどものともせず、雄軒に肉迫した霜月に向け、バルトは左手の剣で乱撃ソニックブレードを放った。 「霜月、右、右ーっ!!」 朔望の叫びに、霜月はすぐさま攻撃をやめ、距離をとる。しかし近距離から繰り出された無数の剣げきの全てを避けきることはできなかった。 額と頬に炎が走り、赤い血が流れる。 「バルト、そこまでです。そしてあなたも。もうやめなさい。無意味です」 雄軒は燃える避難所に正面を向いた。 窓から吹き上がる炎。そして黒煙。焼け崩れていく人らしきものの影。 「無意味だと…!」 「ここは燃えてしまった。もう中で生きている者はいないでしょう。終わってしまったことのために、あなたが体を張る必要はない」 命を大切に、という皮肉に、霜月の怒りは頂点に達した。 「終わってなどいない。きさまが死ぬまでは…」 地面に突き刺してあった暁月を抜き、居合刀と二刀の構えをとる。その殺気に呼応して、バルトが前に出た、次の瞬間。 「ひとのこと、勝手に死んだって決めつけないでよねーっ!」 真っ赤に燃え上がった扉を蹴り開けて、中からフラン・ロレーヌ(ふらん・ろれーぬ)が現れた。 両脇に子どもを抱えている。 「あたいたちはちゃーんと生きてるよ! もちろんほかの人たちだって、裏からしっかり逃がしてあるよ!」 ……大半は。突然の砲撃にパニックを起こして逃げ遅れた全員を逃がすには、火の回りが早すぎて不可能だった。フランとアンリだけでは、これが精一杯…。 だがそれを教えて、敵を喜ばせることはない。 「きっとあんたたちのようなやつらが現れるに違いないって、分かってたからね!」 「く……ですが、たしかに人影が――」 フランは肩をすくめて見せた。 「知らないよ、そんなの。子どもの人形でも見間違えたんじゃないの?」 「フラン、話はここでなくてもできるだろう。さっさとそこをどいてくれないか」 私は焼け死ぬのはごめんだと、後ろからアンリ・ド・ロレーヌ(あんり・どろれーぬ)がせっつく。彼もまた、気を失った男性2人の腕を肩に回していた。 「ごめんごめん」 あわてて外階段を駆け下り、十分距離をとって咳き込む子どもたちを下ろす。 フランの話を聞いて、雄軒は考えを変えた。 生き残りがこんなにいては、せっかくのパフォーマンスも説得力に欠ける。 「ここはやはり、彼らにむごたらしく死んでもらいましょうか」 雄軒の両手に、紅の魔眼で高められたファイヤーストームの炎が燃え上がる。 生きとし生けるもの、すべてを灰に変える威力を持つ、地獄の業火。 「やめろ!!」 その腕を切り落とそうと前に飛び出した霜月の足元に、どこからともなく銃弾が撃ち込まれた。 「…!?」 見えざる敵の存在に、霜月の体が硬直する。 その一瞬に、おそるべき炎は放たれた。 「くそっ!!」 フランが前に出てフォースフィールドを展開するが、庇えるのはせいぜいが1人だ。それどころか、あの炎の前ではフォースフィールドは紙に等しいかもしれない。 だが、自分やアンリはともかく、あの4人は逃げられない。 どうして彼らを置いて、自分だけ逃げられる? 迫りくる火炎に、覚悟を決めた刹那。 「だめーーーーーっっ!!」 路地から現れた褐色の肌の少女が、フランと炎の間にまっすぐ飛び込んだ。 「!!!」 炎をまともに浴びて少女は一瞬でたいまつと化し、燃え上がる。 「そんな…」 自分の身代わりとなり、黒焦げになってその場に倒れた少女に、フランががくりと両膝をつく。 少女の無残な死に、それを目撃した全員が言葉もなく立ちつくす中で、雄軒だけが渋面を作ってその死骸を凝視していた。 炎は、なぜか少女だけを包み込み、背後にいたフランたちを襲うことはなかった。あり得ないことだ。ファイヤーストームの火炎は、少女ごとフランたちを焼き殺していたはずだ。 なぜそうならなかったのか? だがあいにくと、この場でそれを考証している時間は彼にはなかった。 霜月、フラン、アンリ――3人の涙でぎらつく目が、雄軒の命を欲して燃え上がっている。 「この血に飢えた殺人狂め!!」 フランが怒声とともに銃弾を放つ。 ロイからの合図はあった。もう十分だ。 「撤退します」 銃弾から主をかばって立つバルトにだけ聞こえる声で告げると、雄軒は目くらましの光術を放った。 「ううっ……逃がすものか!」 目をかばいながらサイコキネシスで動きを止めようとするフランをあざ笑うように、雄軒は煙幕ファンデーションを使って煙幕を張る。煙幕に咳き込む彼らを尻目に地獄の天使を広げ、次の瞬間にはもう、彼らの手の届かない高みまで上昇していた。 「そうそう。1つだけあなたに教えてあげましょう。なぜと訊いてはいけません。なんのためにと訊くべきです。相手の思惑を本当に知りたいのであればね」 「待て!」 エルドリッジを構えた霜月に光術をぶつけて、バルトもまた、雄軒を追うようにフライトユニットでこの場を離脱した。 光術の効果が薄れたときにはもう、銃で狙える範囲に彼らの姿はなかった。怒りにかられ、レッサーワイバーンを呼び寄せてあとを追おうとした霜月だったが。 「今はそれどころじゃねぇ! こっちへ来て手を貸せ!!」 意識不明の女性を担ぎ上げながら、ラルクが叫んだ。 爆発音を聞いて集まった全員が、崩落した家屋の下敷きになっている人々を救出しようと懸命になっている。焼け焦げた小さな体に、とりすがって泣いている人々も…。 雄軒は、もう小さな影になってしまっていて、今から追っても追いつけるとは思えない。 「分かりました」 「霜月……あれ」 みんなの方に向かおうとした彼を、朔望が呼び止めた。 けし炭状態になった少女の遺骸のそばに、肩を落としたフランと彼女を慰めようと肩を抱いたアンリ、そして救出された少年たちがいた。 目尻にたまった涙をぬぐい、そっとフランが頬に触れ、払ったとき。 その意外な感触に、フランの眉が寄る。同時に、少年たちが、あっと声を上げた。 「ぼく、これ知ってるー」 「うん。この前見たよね」 「礼拝堂の、女神さまだよ」 黒く煤けたそれは、まぎれもなく、女神イナンナの石像だった。 |
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