リアクション
* * * そのころ、笹野 冬月は西へ続く道を走っていた。 朔夜は戻らなくていいと言ったが、そういうわけにもいかないだろう、と朔夜がいると思われる西の避難所を目指して走っている最中だった。 その手には、少年の手が握られている。道すがら、救助した子どもだ。半べそをかいて机の下にもぐっていたのを見つけたのだ。 「おい、そこのおまえ。そんな所で何をしてるんだ?」 「……隠れてるの…」 少年はそう答え、わーっと泣いて冬月にしがみついてきた。慰めたり、機嫌をとったりするのは苦手なタチなので、すっかり高ぶっていた少年の気を落ち着かせるのに思ったより時間がかかってしまったが、この子を見つけられただけでも、西に向かうことにしてよかったと思った。 「さあ、あの角を曲がればあとはまっすぐ――」 前方に見慣れた背中を見つけて、冬月はぴたりと足を止めた。 「朔夜。おまえ、なんでこんな所にいるんだよ?」 「ん? ああ、冬月さん」 駆け寄ってきた冬月を見て、にっこり笑う。 「避難、間に合わなかったのか?」 避難支援に来て自分が避難しそびれるとは、それはあまりにマヌケすぎる、と思っていたら。 「いえ、臨時避難所の礼拝堂にいたんですけど、きっと冬月さんのことだから西へ向かうと思って」 「礼拝堂に避難してたんなら、そのままいろよ? 危ないだろ」 「でもほら、やっぱり冬月さん戻ってきたじゃないですか」 どこまでもお気楽、のほほんと答える朔夜に、冬月は一気に脱力する。 「ああほら、見てください、ワームですよ。すごく大きいですよね。なんだかさっきから妙に大きくなっている気がするんですよね。もしかしてこっちへ近づいているんでしょうか?」 町の地下壁をくぐって中に入ったらしいんですよ。トンネル作るのに便利そうな子ですよね、などなど。 二の句が告げないでいる冬月にも気づかず、朔夜はにこにこ話し続ける。 「……っ! いいから、おまえも避難しろっ!!」 普段は冷静すぎるくらい冷静な冬月だが、このときばかりはプツンときて。 朔夜を避難所に引っ張り込んだのだった。 * * * 突然、激しい地揺れが起きた。 天井から剥がれた漆喰が、パラパラと頭の上に降ってくる。それをパッパと振り払い、榊 朝斗(さかき・あさと)は肩に乗せた棒切れをあらためて握り締めた。 「今の、何でしょう?」 地下室のドアの前にしゃがみ込んでいたルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が朝斗を振り仰ぐ。 「さあ。分かんないけど、アイビスが何も言ってこないから大丈夫じゃないかな」 アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)は上空で待機していて、2人がこの区域を調べる間、ワームが近づいてこないか、戦いがどうなっているのか見張る役目になっている。 気持ち半分に答えつつ、朝斗はうーんと肩に力を入れ、棒を押しやった。棒の先は、崩れた壁の瓦礫に大半をふさがれた地下室の木製のドアに挟んであって、彼はてこの原理でドアを破壊しようとしてるのだった。 ばきりと音がして、ドアの一片が半分の所で割れる。 地下に続く階段の2段目まで、小さな光が当たった。 「ルシェンは、とにかく励ましてあげてて」 「はい」 ルシェンは反対側で、できるだけドアに顔を近づけ、中にいる2組の夫婦に話しかける。先の音に驚いてか、赤ちゃんのものらしき泣き声が聞こえてきて、夫婦だけでなく子どももいるのだと分かった。 「朝斗」 ちょうつがいが剥がれて傾いた入り口をくぐって、アイビスが姿を現す。 その意味に、朝斗はどきりとして動きを止めた。 「こっち!」 振り返り、手を振って気づかせる。 「……足音が、アイビスだけじゃないようですわね」 身を起こしたルシェンの前、アイビスが部屋に入ってくる。 「朝斗、もう時間切れだ。ここを撤退す、る…?」 後ろに続いていたユリウスが、そこまで口にしたところで、朝斗たちの状況を把握した。 「やはり人がいたのか」 「うん。なんか、大分前から住みついていた人たちらしいよ」 「事情はあとだ。早く助け出そう」 ユリウスがドアをふさぐ大きな瓦礫に指をかけた。 4人がかりなら持ち上がるかもしれない。 「ルシェン、アイビスも手伝って」 ユリウスの反対側に朝斗、ルシェンがつき、正面からアイビスが持ち上げた。膝近くまで浮かんだところで、朝斗が下にもぐり込み、背中を使って押し上げる。八分目持ち上げてしまえば、あとは簡単に倒せた。 ズシン、と重い音がして瓦礫は反対側に倒れて、ドアに乗っているのは中位の石ばかりだ。手分けして取り除き、ドアを持ち上げて開く。 「さあ、急げ。一輝からの連絡では、ワームはすぐそこまで迫っている」 ユリウスの指示で外に飛び出したとき、巨大な影が通りに落ちた。 「うわーっ、ワーム!」 朝斗が叫ぶ。その声に反応してか、ワームが不意にこちらへと正面を向ける。 前に立ち、アイビスが冷静にクロスファイアを放った。 「きたぞ、準備しろ!」 一輝の飛空艇が通りすぎていく。 1、2、3と数えてから、出雲 竜牙(いずも・りょうが)はひそんでいた路地から飛び出した。 「コウ、交代だ」 すっかり息の上がったコウとタッチして、竜牙は火術をワームに放った。そうすることで、アイビスたちにそれようとしていたワームの気を、再度自分の方に向かせる。 突然の火炎にワームが驚くその隙に、コウは朝斗たちがいる通りによろめきながら入り、そこでしゃがみ込んだ。 「こっちだ、化け物め!」 火術を連発しているその横に、際どく毒液がぶつかった。 「おっと! って、遙遠! ちゃんとかばえよ!」 「もうSPが尽きます。あとは1人でがんばってください」 ふいと遙遠はいなくなる。 「ちくしょう、はくじょうものめ〜」 ワームに背中を向け、バーストダッシュで走り出す。 そのとき、いつまでも追いつかない追いかけっこにさすがのワームもじれてか、攻撃方法が変わった。真上から毒液を吐くのをやめ、丸呑みすることにしたらしい。 ちらと背後を確認した竜牙に見えたのは、すぐそこで大きく口を開けたワームの内側に生えた三重の牙だった。 ノコギリ歯が三重になって埋め込まれているような歯に、背筋がぞぞっとくる。 あの中へ飛び込めとは、モニカもよく言ったものだ。却下して、ほんとーによかった! 「まったく、じょーだんじゃねぇぜ! あんなのに噛まれたらマジ、シャレになんねー!」 俺はもっともっと生きて、たくさんの女の子たちとお近づきになるんだ! カナン一の美女にだってまだ会ってねー! 「うおおおーーーっ!」 舗装の行き届いていない悪路を、竜牙は全力で走った。命の限りと言っていいくらいにがむしゃらに。 カーブを曲がるときは、勢いを殺さないため三角蹴りで強引に曲がった。 彼の足が離れた数秒後、ワームがその壁を粉砕する。 「モニカ、まだかーっ」 「ロックオン。竜牙、エサの役目ご苦労さま」 地面に片膝をついた体勢で照準機を覗きながら、モニカ・アインハルト(もにか・あいんはると)はつぶやいた。 照準機の中の竜牙は、巨大ワームに追いかけられてちょっとびびっているように見えて面白い。 巨獣狩りライフルを構えたモニカが見えたのだろう、竜牙が目くらましのようにありったけの火術をワームに打ち込み、さっと脇の路地に転がり込んだ。 ほぼ同時に――ということは竜牙ごと貫くつもりだったのか? それともスレスレを狙っていたのか?――巨獣狩りライフルから放たれた弾がワームの口腔内を貫く。ただのライフル弾とは違う、巨獣用の弾は威力も桁違いだ。肉をえぐり、貫通する。それをモニカはありったけ、まるでチキンレースのようにどんどん近づいてくるワームの口内に連射した。 しかしワームの勢いは衰えなかった。そのまままっすぐモニカの背後の家屋に突っ込む。 「モニカ!!」 「なによ」 「うわっ!」 いきなり横にブラックコート姿のモニカが現れた。 「そこにいたのか…」 「あんな危険な所、いつまでもいるわけないでしょ。ミンチよりヒドい事になるのはゴメンよ。あんなの相手にマジになるなんてバカみたいなこと、私がするわけないじゃない」 さっと肩口の髪を払い込む。 「ミンチ、って……おまえ、それを俺にさせようとしてたんじゃ…」 とは、言いたくても言い出せない竜牙だった。 家屋に突っ込み、そこをめちゃくちゃにするワームを、赤羽 美央(あかばね・みお)は少し離れた家屋の屋根の上から見ていた。 よく見ると、かなり傷ついている。頭にきて暴れているようだが、相当弱っているはずだ。 (痛々しい…) モンスターとはいえ、相手も同じこの世界に生きる命を持つものである以上、そう簡単にその奇跡(命)を奪いたくはない。かといって、これ以上ここでいたずらに苦しめ続けるわけにもいかない。 人が傷つくのも見たくないから…。 「迷っているのか?」 美央に装備された魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)が、心を読んだようにつぶやいた。 「私は…」 「迷いは常に必要だ。迷いがなければ、そのときこそ己を疑うべきだろう。けれど、いつまでも迷うのはやめなさい。一度心を決めたなら、あとはそれを貫くことだけ考えるべきだ。それが真実正しいか正しくないかを決めるのは、おまえではないのだから、そんなものに気を回す必要はない。 おまえは、おまえの正しいと信じることをすればいい」 「――はい」 「龍飛翔突で相手を突いた後、私のスキル・アルティマトゥーレで内部からさらに冷気で攻撃をしなさい。その上で、あの命を奪うかどうかは、おまえの判断に任せよう。 だがもし生命を取る方法しかないのならば、生半可な一撃を与えるな。余計に苦しませる事になるし、建物は崩されるだろう。思いやるが故に、本気の一撃を叩き込みなさい」 「分かりました。――行きます」 ワームを攻撃する最適なポイントを探すべく、美央は宮殿用飛行翼で高く飛翔した。 「ああっ、ワームもぐっちゃったっ」 「もぐっちゃいましたねー」 屋根の上で思わず叫んでしまったミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)に、おっとりとオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が同意した。 「あのまま戻ってこないといいんですけどー、無理でしょーねぇー。ネルガルにここの破壊を命じられてるんですからねー」 「そんなのんきなこと言ってたらだめー。早く見つけないと、避難所近くに出て、みんなをガパーって襲っちゃうかもしれないんだよぉー?」 ぐるんぐるん両手を振り回して力説するミネルバに 「ふん。じゃあミネルバならどうするのさ?」 頬杖をついたまま、桐生 円(きりゅう・まどか)が訊いた。 「うーーーんーーー……そうだ!」 ピコーン。頭の中で、そんな音がして豆電球が光ったらしい。 ぴょんっと地面に飛び降りて、ゴールドマトックでそこかしこを叩きだした。 「こうしてここに人がいるよって教えてあげれば、ワームくるよねー」 ガンガン、ガンガン。舗装路を叩く。最初は弱く、だんだん強く。 「同じ所を叩くよりー、引きずって走った方が効率いいんじゃありませんー?」 「あっ、そーか!」 オリヴィアの助言に頷いて、ミネルバはゴールドマトックを地面につけたまま路地を何往復も走り出す。 「……もうこの辺にはいないのかもな」 一度撤退して、またあとで襲ってくる可能性もある。 円の懸念をオリヴィアは首を振って否定した。 「いいえぇー。この近くにひそんでいますわぁ。だって今も私のディテクトエビルにビンビンきちゃってますものー」 と、そう言う間も転経杖をくるくる回している。 その言葉の的確さを示すように、ミネルバの足元がモコモコと突然盛り上がった。 周囲の家屋ごとミネルバを跳ね飛ばし、ワームが出現する。 「わーいっ釣れたー……って、あれ?」 ふわふわ浮いている自分に、はじめてオリヴィアが空飛ぶ魔法↑↑をかけてくれていたことに気づくミネルバ。お礼を言おうとした彼女の前で、オリヴィアは転経杖を力いっぱい振り回した。 「やっちゃってー、炎の聖霊さーん」 放たれた火炎がワームに絡みつく。たまらず悲鳴を上げたワームの口内に、すかさず円がとどめの一撃で機晶ロケットランチャーを叩きこんだ。 ズン、と重い音がして、内部で爆発したのだが。 「……ち。これだから下等生物は。でかいだけで、本当に目障りだ」 ますますひどく暴れだしたワームに、円は舌打ちをもらす。 ワームの上に人影が落ちたのは、そのときだった。 「はあっ!!」 飛竜の槍を手に、ワームの真上にジャンプした美央だった。何の気負いもない、美しいファランクスの構え。そして宮殿用飛行翼の加速で一気にワームを刺し貫く。 既に幾多の攻撃を受け、また建物を押しつぶして進むことで傷ついていたワームの表皮は、使い古したゴムのようにもろかった。 巨獣用特殊硬弾とロケット弾でボロボロになっていた体内でアルティマトゥーレを発動したあと、前方の肉壁を切り裂いて飛び出す。 「龍飛翔突!」 そのあとを追うように、上空で待機していたロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)もまた、ワームに突撃をかけ、深緑の槍を胴体に深く突き刺した。 「武器は刺さりました!」 ロザリンドの言葉を合図に、オリヴィアが両手を振り上げ、サンダーブラストを導く。 「女神イナンナよ! たとえその身は封じられていても、心は愛するカナンとともにあるはず! この地の民のために戦うわれらが戦士や冒険者へ、あなたの加護のお力を!」 オリヴィアのサンダーブラストに合わせ、避雷針となった槍へ向けて雷術を放つ。 強烈な電撃がワームの内部を焼き焦がし――――ワームは数度の痙攣ののち、がくりと頭を垂れ、そのまま動かなくなった…。 |
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