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魂の器・第3章~3Girls end roll~

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魂の器・第3章~3Girls end roll~
魂の器・第3章~3Girls end roll~ 魂の器・第3章~3Girls end roll~

リアクション

 
「…………」
 明日の予定が決まってからこちら、アクアは部屋の隅に落ち着いてずっとノート――結生 遼の日記を読み続けていた。カリン達、舞達に返してもらったのだ。
 自らと同じ種族が、機晶姫が子を産んだ。その瞬間の光景、赤子の顔、祝福に包まれた研究所内の空気。
 これまでに聞いた、数多の言葉が彼女の脳裏に浮かび、また消えていく。
「生きているというだけで素晴らしい、ですか……」
 日記の文はほぼ彼の口語そのままで、彼女は、読んでいると彼自身を容易に思い出すことができた。いつの間にか没頭し、懐かしさについ笑みも零れてしまう。同時に、突き上げてくる何かもあるのだが――
「日記、ね……」
 ラスに話しかけられたのは、そんな時だった。
「手前の殺した男の日記読んで悠長に笑えるとはな。神経までは修理して貰わなかったのか? ……ああ、元々か」
「…………!」
 アクアは弛緩させていた心を一気に張り詰めた。
(あの、妹は……?)
 急いで室内を見渡すが、ピノの姿は何処にもない。ここ数日、ずっと友人達と楽しそうに遊んでいた。その友人達の姿も無く、無事に赤子も見られたしとどこかに遊びに行ったのかもしれない。歌も終わり、室内はすっかりいつもの様子だ。休みに戻ったのか、ポーリア達の姿も無い。
 ――全く、気付かなかった。
 改めて、ラスに視線を戻す。目覚めた後に見た、怜悧で感情の無い目。そこからは、静かな怒りが感じられる。ピノやファーシーの前では見せたことのない、表情。
 ずっと避けていた。何か、嫌な予感がして。だが、彼が話しかけるタイミングを見計らっていたのは明白で。この部屋にいつまでも留まっていて、避けられるわけもなかったのだ。
「……話は聞いた。ピノに攻撃を指示した理由も。俺達を滅茶苦茶にしたかったんだって? ……そんな私的な、陰湿極まりない理由で、随分な事をしてくれたな」
 言葉の端々に悪意を感じる。言葉を刃物にし、切り付ける為に話している。
「……私は、貴方が何故怒っているのか、理解出来ません」
「…………」
「良いじゃありませんか。彼女は元に戻りました。貴方との関係も、変わっていない。無事に貴方の“妹”を取り返したのです。元凶であるバズーカを作った山田太郎は死にました。あのバズーカが無ければ、そもそも事件は起こり得なかった。私は少し、後押しをしただけです」
「だから、自分は悪くない……か」
「そうは言いません。私が関わったのは事実ですから。ですが……私が言わなくても山田太郎はいずれ事件を起こしたでしょう。その時に、他意無く彼女が撃たれた可能性だってある。結局の所、彼女が被害に遭ったのは貴方が不甲斐なかったからでは? 貴方が傍に居れば……」
「お前……!」
 ラスの手が振り上げられる。殴られる、とアクアが認識した瞬間――
 ぱしん、という乾いた音と共に、時間が停止した。
「貴女……!」
 彼等の話は、いつの間にか複数に聞かれていて。それを耳にした茅野 菫(ちの・すみれ)が、2人の間に立ったのだ。
「……菫?」
 ただならぬ様子に、チェリーが彼女達に近付いてくる。
「……あ……」
 菫の赤くなった頬と自らの手を見比べ、彼はうろたえた。その間隙をついて、菫は言う。
「頭、冷えた? ……ねえ、話を聞いたなら、もう解ってるんじゃないの? チェリーの事情を知って和解出来たんなら、アクアのことだって、そんなに怒ってないんじゃないの?」
 動揺の残る顔で、ラスは菫を見返す。一方で、アクアは話し出した。『理解出来ない』その理由を。
「テロの引き金となった者として、法に裁かれるのなら判ります。今回の事で何か取り返しがつかなくなったのなら、責められる道理も分かります。……チェリーに反駁されるのなら、まだ。ですが、何1つとして失っていない貴方にそこまで言われるのは……」
 そう言って俯き、ノートを持つ手に力を入れると、外に出て行った。
「あ、待っ……」
「ねえ、あんた、何様?」
「は……?」
 怒りを含んだ声で言われ、アクアを追いかけようとしていたラスは足を止めた。
「何様って……」
「何だか許せないわ。今の事もそうだけど、チェリーだって……チェリーは、反省してる。悪いと思って、後悔してるのに、更に責めて追い詰めるなんて……何なの? あんた、そんなに偉いの?」
「別に、俺は……」
 あれ以来、チェリーを責めたつもりはないが。
「朝……、弔いに行きたいってファーシーが言った時、何て言ったか覚えてる?」
「朝……?」
 戸惑いつつ、何か言ったか、と会話の流れを思い出す。と同時に、ふ、と心が冷えるのを感じた。
「ああ……山田を弔う義理は無いって言ったやつか。罪を……」
「言わなくていい」
 菫は途中で遮った。聞きたくもなかったし、今、傍にはチェリーも居る。同じ言葉をもう一度聞かせるなんてそんな酷な事は、させない。ラスは他に、こう言った。
 ――『何故、山田にこだわるのか』
 ――『罪を犯した奴が死んだ、ただそれだけの事』と。
 それを聞いた瞬間から、菫は頭に来ていた。イラっとした。すぐには噛み付かなかったが……。
「あの時、チェリーがびくってなったの、気付かなかった? どうして……? どうして、チェリーだけが未だ罪の意識に苛まれてるの? 納得出来ない。山田は死んだのに……」
「…………」
 ラスの視線がチェリーに流れる。またびくりと震える彼女に、彼は息を吐いた。仕方ないな、というように。
「なんで死ななきゃいけなかったのか……。あたしはどんな相手でも、命を奪うまではしたくない。どうしてもという時はあるかもしれないけど……、でも、それを正当化したらダメじゃない? それを、死んだだけ、なんて……当然みたいに。チェリーが死んでも、そう思うの?」
「……アクアが死んだら、そう思うかもな」
「……!」
「つまり……お前が人の死を、山田の死を受け入れられなくて、俺が死を軽んじるような事を言って、それがチェリーを責め立ててるように見えて腹が立つってことか?」
「……そ、そうよ……」
 自分でもはっきりと気持ちを整理立てて纏めることが出来なかったが、このもやもやは多分、そういうことだ。
「……俺は、チェリーに対してはもう何も思ってない。あんな事したし、むしろ気まずいってのはあるけど……。もし俺が言った事でチェリーがショックを受けたなら……謝るよ」
 チェリーは、自分に謝罪の言葉が投げられた事に驚き、顔を上げた。そんな彼女にラスは苦笑する。そして、菫に向かって話を続ける。
「でもな、お前に受け入れられない事があるように、俺にも許せない事はあるんだよ。それこそ、相手が死んでも収まらないような……な。……チェリー、俺まだ遠慮の無い事言うから……聞きたくないなら、どっか行ってろよ」
「…………」
 そう言われて、チェリーは束の間迷いを現した。だが、首を振る。
「……なら、傷付いても文句言うなよ。山田とアクアは……あいつらはな、自分達の行為が何を齎すのか全部判った上で行動してたんだよ。それも、悪意を持って」
「悪意……?」
「山田は、剣の花嫁を人形と決め付け、それを破壊する為に。アクアはファーシーの現状を恨み、明確に俺達を壊す為に。チェリーのように、壊れる意味を知らなかったわけじゃない。これ以上ない程、知っていたんだ。お前、誰も死んでないって言ったよな……?」
「そうよ。今回の事件……山田以外、花嫁もパートナーも、死んでないわ」
「――死んでるんだよ」
「え……?」
「……死んだんだ。沢山の花嫁達が」
 撃たれた事で復活した花嫁達が――今の彼女達に戻す為に、消えていった。それこそ、蝉よりも短い命で。復活した花嫁達に罪は無い。復活の意志など、どこにも無かったのだから。
「彼女達は、死というものを2回も体験したことになる」
 それ自体はやむをえない事。だからこそ、許すことは出来ない。花嫁達を元に戻したのは主にファーシーだったらしいが――それについて彼女に言うつもりはなかった。ファーシーが罪に苦しむ必要は、無いのだから。

                            ◇◇

(私は、私は遼を……!)
 外に出たアクアの視界に、知った男女の姿が入る。他に、何か1人増えているがあまり気にせず歩いていると、その1人から呼び止められた。
「アクアさん!」
「…………?」
 立ち止まると、彼女――カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)緋山 政敏(ひやま・まさとし)の腕を引っ張って走ってくる。訝しげな顔をするアクアにカチェアは軽く自己紹介し、政敏とリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)にこれまでの経緯、事情を聞いたと言った。
「全く、最近はリーンとばかり」
 政敏を横目で軽く睨む彼女に、リーンが言う。
「カチェアは何処で嗅ぎつけたのかしら。逃げてても、いつも追いつかれちゃうわ」
 その言葉をどこ吹く風とスルーすると、カチェアはアクアに向き直った。
「それで思ったんですが、アクアさん、その廃研究所に行きませんか」
「廃研究所……、あそこに、ですか? 何故……」
「施設について、ちょっと気になることがあるんです。アクアさんは当事者ですので、一緒に探してもらいますよ」
 戸惑い、明らかに気が進まない様子のアクアに、彼女は当然だと言わんばかりだ。そして、政敏の方に目で合図する。
(そういうことでいいんですよね?)
 という視線を受け、彼はカチェアの勢いに呆れ半分感心半分の念を抱きつつアクアに頼んだ。仕方ない、という体を装って。
 アクアは罪を犯した。それは確かなことで。
 リーンの言葉にあった通り、逃げても、いつかは追いつかれる。
 でも、此処には、今は居たくないのではないか。彼女がノートを抱きしめているのは、此処に留まろうとするのは――
 自分を許せないからじゃないか、と。
 だから、彼らは彼女を誘う。依頼という形を取り、彼女をいざなう。
 理由が無いと、勇気は出ないかもしれないから。
「付き合ってくれるか? 『報酬』は出すから」
「報酬……」
 アクアは廃研究所の方角を見て、それから、今出てきた建物をちらりと振り返った。黙考すること数十秒。
「……分かりました。何が気になるのか知りませんが……、付き合いましょう」
 無感情な瞳で、そう言った。

 そして。
「これは……」
 蔦に覆われた廃墟を目にし、アクアは少なからず衝撃を受けたようだ。建物から目を離さず、ふらふらと歩み寄っていく。彼女のすぐ後ろを行きながら、緋山 政敏(ひやま・まさとし)リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)に聞いた。
「研究所には花は無かったのか? 割と心を落ち着かせてくれるものなんだが」
「見かけなかったけど。そう言うなら自分が用意しなさいよ、気が利かないわね……雑草でも何でもいいから、芽吹いている所を探してみる?」
 リーンはそう提案し、歩きながら花の咲いていそうな所を目で探す。果樹の根元、乾いた土の上、建物周り――
「……花、ですか?」
 2人の会話を小耳に挟み、アクアが立ち止まった。そんなものを探しに来たのか、と不審げだ。
「せっかくだから、ね」
 そう言って、リーンは廃研究所の裏へまわっていく。今のアクアが生まれた場所に帰って、歩き出してもいいと思うから。
(それに――政敏じゃないけど、心に潤いを持たせる為に花を置くのって良くあるしね)
 ――政敏がチェリーさんに送った道端の花のように。
 生ある限り、咲き誇るものがあると信じている。
 だから。
「……ほら」
 建物の裏手を少し行った所。山の斜面を2メートルほど登った位置に、薄桃色の花が咲いていた。内部に咲いているような毒々しい食肉花ではなく、薄い花弁のささやかな花だ。笹みたいな葉に守られ、細い茎に支えられている。
 リーンはその花をそっと摘み、アクアに差し出した。
「……私に、ですか?」
 意図をはかりかねて怪訝そうにする彼女に、凛とした瞳でリーンは言う。
「貴方が生まれた時は、周りが笑顔で。貴方は泣いていた。なら、貴方が死ぬ時は、貴方が笑って、周りが泣くような人生であればいいわ」
「…………」
 アクアは花を見詰め――
 そして、ためらいがちに手を伸ばした。

「パソコンにはメールのデータが保存されていたようだけど、ここは電波も届かないし荒野の地下はケーブルも走ってないでしょう。どうやって、メールのやり取りをしてたのか興味がありますから」
 中に入って先頭を行くカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)に、アクアは眉を顰めた。
「そんな事が気になるんですか?」
 彼女の声には、大した問題には思えない、という疑問が含まれている。
「なるんです」
「……?」
 腑に落ちない様子の彼女の横で、政敏は脇から来たモンスターを剣で倒しながら考える。
(煙草買いに出た時か、ライナスさんと連絡入れた時にデータを吸い取ったんだろうな)
 アクアの足が止まる。その目は階段の上に注がれていて。
「それなら……上に行けば何か分かるかと。書斎や寝室がありますから。パソコンのケーブルを辿れば……」
 そう言って、アクアは2階に上っていく。住み慣れた場所である筈なのに、どこか落ち着かなさげに視線を彷徨わせている。政敏達は、その頃から彼女に先導を任せて所内を歩いた。最初に訪れたのは、書斎でも寝室でもなくベッドと棚、ソファだけがある簡素な部屋だった。彼らは目にしたことがなかったが、それは、キマクにあったアクアの部屋に雰囲気が酷似していて。
 無臭の為、食肉花もそこらで口を開けていたりするのだが――
「…………」
 冷え冷えとした室内に入り、アクアは棚の引き出しを開ける。そこには、彼女の体にぴったりの衣服がいくつか入っていた。
(……実験の為とか言っていましたが、これはそういうのとは関係が無かったんですね。ただ、着せ替えたかっただけという……)
 残されたノートには、そういった割としょうもない事も書かれていた。その文を思い出し、胸に感じる刺すような痛みと共にもう1度衣服を眺めて引き出しを閉める。
「いいんですか?」
 カチェアの問いに、アクアは戻りながら頷いた。
「……持ち帰っても、仕方ありませんから」

 更に、アクアは部屋を巡る。遼の関係している区画に入った途端にモンスターの気配が無くなったことを不思議がる彼女に、政敏は煙草の話をした。
「……そんなに嫌な匂いでしょうか……」
 そう言いつつ1つ1つの部屋を訪れ、そこで、彼女は記憶を辿るように目を閉じた。暫く佇み、退出するの繰り返し。そして最後に入ったのが、寝室だった。
「ここには入った事はありませんが……割と、散らかっていますね」
「その日記は、このベッドの下に入ってたんだ」
「ベッドの下……? 理解に苦しみますね……」
 見られたくないもの、大切なものはベッドの下へ。
 その心理が解らない彼女は、眉間に皺を寄せてベッドを睨み――
 独白を、開始した。

「遼……、貴方は、自身を殺した私をどう思っているのでしょう。あの瞬間、貴方は何を思ったのでしょう。
 恨むのは当然、憎むのは当然と思いますが……、きっと、貴方は違うのでしょうね。
 私はいくつもの罪を犯しました。貴方を殺したのも、その1つ。
 それは永遠に消えません。私は犯罪者です。責められるべき、者です。

 ――罪というのは、多分、法を犯すことではないのでしょうね……。

 でも……皆は、私に幸せになっても良いと言いました。
 私にとっての幸せが何なのか……、それは未だ分かりません。ですが、誰かがそれを望むなら、それが赦されるのなら…………――――」

 ベッドを、枕を眺めてからカーテンを開ける。
 日の光の眩しさから、アクアは目を逸らした。その先、扉の向こうでは政敏とリーン、カチェアが立っていて――
 彼らの存在を一時忘れていた彼女は顔を赤くして、それから目を伏せた。小さく肩を震わせる彼女に、リーンが近付く。アクアは、その胸にぽすっと額をつけた。

「……それはどうする? 戻すか、焼くか。それとも、持ち続けるか?」
 数分後、顔を上げたアクアはいつも通りの無表情に戻っていた。手の中にあるノートを示す政敏の言葉に、アクアは束の間考え――
「そうですね……」
 机に置きっぱなしになっていた、100円ライターを手に取った。

 外に出てノートを地面に置き、アクアは迷わずにライターを擦った。一番上に乗せた結生 遼の写真に火が点き、端から少しずつ焦がしていく。その光景から目を離し、彼女は空を見上げる。
 誰かの死によって罪に気付く。これほどの皮肉は無いだろう。
 だが。
(チェリーも、そうだったのでしょうか……)
 少し見ないうちに随分と芯が強くなったように思う。それは、山田の死が――
「この世には天国なんか無い。あるのは奈落だけですが……殴りたくなったらいつでも歓迎しますよ、遼」
 やがてノートは燃え尽き、灰色の細い煙を立ち上らせる。
「アクアマリンの意味、知りました。……名字をつけてくれて、ありがとうございます」

 そして、政敏達の方を振り返ってアクアはふてぶてしく言った。
「調査は終わりました。報酬を払う、ということでしたが?」
「報酬か……」
 政敏は少し考えて、平然と答えた。
「体で払おうか」
「……!? な、何を言っているんですか貴方は!!」
 アクアは思いっきり驚きを現すと、慌てて彼に背を向けた。
「も、戻りますよ! ……あの研究所に」
「契約をって意味だったんだけどなあ……」
 彼女を追いながら、政敏は呑気にそう言った。まあ、わざと勘違いされそうな言い回しをしてみたのだが。
「……ま、彼女の今後を考えればしない方がいいのかな」