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うそ~

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うそ~

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    ★    ★    ★
 
「今、何かボロぞうきんを引き裂くような悲鳴が聞こえた気がするが……」
「多分空耳だよ。早く行こっ♪」
 東の展望台から景色を見ていたトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)に、小ババ様がにこやかに言った。
「そうだな。よし、俺の肩に乗るといい」
 そう言うと、トライブ・ロックスターは、小ババ様をひょいと拾いあげて肩に乗せた。
「わあい♪」
 小ババ様が、ちっちゃなちっちゃな手を叩いて喜ぶ。それにしても、この小ババ様、不自然に流暢だ。
「楽しいか? これなら、景色がよく見えるだろう」
「うん、とっても♪」
 ニコニコ顔で、小ババ様が答える。
「うふふふふふふ……」
 思わず、トライブ・ロックスターが不気味な笑いをもらした。
 たとえ嘘だと分かっていても至福である。
「でも、だが、はたして、これが俺の求めていた小ババ様なのだろうか……」
 ふと我に返ったトライブ・ロックスターが自問した。
「小ババ様というのは、もっと自由で、正義感にあふれていて、気ままで、小悪魔で、かわいくて、うおおおお、やっぱりこれは偽……」
「どうしたの?」
 トライブ・ロックスターの異変に気づいたのか、小ババ様が彼のほっぺにしがみついて、チュッとした。
「うおおおおおおお……。これは死んでもいい。俺はなんて罪深い小ババ様キラーなんだ。こんな俺には天罰が下るに違いない!」
 へなへなと床にしゃがみ込んだトライブ・ロックスターが、両手を突きあげて雄叫びをあげた。
 
    ★    ★    ★
 
「ふむ。面白い。実に面白いぞ。今日はネタの宝庫だ!」
 スケッチブック片手にあちこちを回っていた土方 歳三(ひじかた・としぞう)が、歓喜の声をあげた。
 さすがに、漫画連載を持っているだけのことはある。土方歳三の絵は、ラピス・ラズリと比べると実にまともであった。
 世界樹周辺では、イコンが転がったり、偽魔法が炸裂したり、いきなり噴き出した温泉で地祇が溺れたり、カレーが空を飛んだりと、様々な不条理がまかり通っている。まさに、これこそがわたぬき空間である。
「何を言っているの。もちろん、今日一日でなんか終わらせはしないわよ。今日こそ、わたくしが永世超絶魔王として全パラミタ、いいえ、全世界に君臨する輝かしき最初の日となるのよ!」
 世界樹の枝の一本の上に立って、日堂 真宵(にちどう・まよい)が高らかに宣言した。
「さあ、鷽よ、わたくしの言葉を叶えなさい。一つ、鷽は日堂真宵の僕になって永久に尽くす! 一つ、日堂真宵は超大魔王になって君臨する! 一つ、この地図に書かれている場所はすべてわたくしの物よ! 一つ、この世の女性はすべて日堂真宵よりぺったんこになる! 一つ、男性は皆ぺったんこな女性を好きになる!」
 次々に、日堂真宵が法外な要求を口にしていった。だが、何も起こらない。
「ちょっと、どうなっているのよ!」
 おかしいじゃないかと、日堂真宵が叫んだ。
 どうせ、鷽はまた世界樹中にはびこっているはずだ。そこら中に鷽空間が存在しているのでないのか。
「うそみゃ〜ぁ」
 少し離れた小枝の上で、鷽がじっと日堂真宵を見つめていた。
「いるんじゃない。早くこっちに来なさいよ!」
 じりっと、日堂真宵が一歩前に踏み出した。ピョンと、鷽がその分後ろに跳び退る。
「何よ、この微妙な距離感は……」
 ちょうど十メートルの距離感であった。
「うむ、ほどよい緊張感だ」
 構図を決めて、土方歳三が日堂真宵VS鷽の対決の構図を描いていく。
「こっち来なさいよ!」
「うしょ〜ん」
 飛びかからんばかりに突進してきた日堂真宵を避けて、鷽が飛びあがった。
「このお、来ないと撃ち落とすわよ!」
「うううっ、うそー」
 それを聞いた鷽が、飛び去ろうとする。
「あああ、ごめんなさい。今のウソです。ウソ」
 あわてて、日堂真宵が鷽を引き止めた。ここで逃げられては元も子もない。
「るーるるるるる、ほーら、おいでおいで……」
 日堂真宵が鷽を呼ぶが、相手は警戒してなかなか近づいてこない。
「も、もう。ほんとは、あんたなんか構いたくなんかないんだもん」
 ぷいと、わざとらしく日堂真宵がそっぽをむいて歩き始めた。
 無視された鷽が、えっという顔をして追いかけてきた。それを、突然振り返った日堂真宵がむんずとつかみ取る。
「はははははは、引っかかったわね。鷽、ゲットよおぉぉぉ!」
 鷽をつかんだ手を高々と突きあげて、日堂真宵が勝ち誇った。
「でかしました、日堂真宵。さあ、その鷽を我が輩に渡しなサーイ」
 待ってましたとばかりに、アーサー・レイス(あーさー・れいす)が駆け寄ってきた。いったい、今までどこにいたのだろう。
「嫌よ。渡すわけないじゃない」
 鷽をぎゅっと握りしめて、日堂真宵が言い返した。
「ダメです。そういう物は、このテスタメントが使ってこそ、世の中の役にたつのです!」
 アーサー・レイスの後ろから駆けてきたベリート・エロヒム・ザ・テスタメント(べりーとえろひむ・ざてすためんと)が、嘘争奪戦に加わった。
「オー、何を言いますカー。その鷽は、カレーの普及のために役だってもらうのデース。まずは、リン・ダージ(りん・だーじ)を激辛カレー好きにしマース。そのためには、逃がしまセーン」
 空飛ぶ魔法↑↑で一気に迫りながら、アーサー・レイスが言った。その後ろから、ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントが、よじよじと世界樹の枝をよじ登ってくる。
「そうはさせるものですか! 男性は皆ぺったんこな女性を好きになる!!」
 先に願いを叶えてしまえとばかりに、日堂真宵が叫んだ。すでに何か他の物と勘違いしているのではないだろうか。
 日堂真宵が叫んだ直後に、突っ込んできたアーサー・レイスが激突する。
「きゃっ」
 次の嘘をつく前に、日堂真宵が尻餅をついて倒れた。
「おおお、かわいいデース♪」
 間が悪かった。アーサー・レイスが、日堂真宵の嘘空間に巻き込まれた。
「ぺったんこは、カレーより美味しいデース!」
 アーサー・レイスが、じりじりと日堂真宵に迫っていく。ぺったんこの日堂真宵が、完全に墓穴を掘った形であった。
「ちょ、ちょっと、正気に戻りなさいよ。鷽ったら、あいつを正気に戻しなさいよ!」
 つかんでいる鷽をブンブンと振り回して命令するが、鷽は願いを叶えてくれる幸福の青い鳥ではない。むしろ、真っ赤な嘘で人々を翻弄する魔鳥である。
「嘘なんかつくからなのです。日堂真宵は、本当は聖女となって世界平和と聖書の普及にすべてを捧げて尽くしまくる存在なのです。それはまさに聖女!」
 やっと登ってきたベリート・エロヒム・ザ・テスタメントが大声で叫んだ。もちろん、そんなはずもなく、ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントの妄想的希望なのであるが、彼女自身は盲信してもいる。
「おお、聖女様デース」
 アーサー・レイスが思わずその場にひれ伏した。
「こ、これは、使える……」
 その姿を見て、ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントが素早く後ろを振り返った。
「チャーンス。この状況を利用しない手はありません。そう、すべての人々が聖人君主となって、世界平和のために尽くすのです。そして、汝の隣人を愛せよ。さあ、テスタメントの願いを叶えるのです。さすれば、このメロンパンのパン屑を与えましょう」
 掌の上にメロンパンの欠片を載せたベリート・エロヒム・ザ・テスタメントが、日堂真宵の握りしめている鷽にじりじりと近づいていった。
「だめデース。この鷽と日堂真宵は我が輩の物デース」
 その前に、アーサー・レイスが立ちはだかった。
「冗談じゃないわよ。鷽も、わたくし自身も、ぜーんぶわたくしの物ですもの!!」
「いーえ、私の物デース!!」
「みんな、なんと罪深い。今こそ、天罰を下すのです!」
 もみ合う日堂真宵とアーサー・レイスにむかってメロンパンを投げつけながら、ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントが叫んだ。
「あっ!?」
 その言葉と共に、二人が枝から足をすべらせて下に落ちた。
「ああ、罪深い俺に天罰を……」
 小ババ様をだきしめて嘆くトライブ・ロックスターの真上に、日堂真宵とアーサー・レイスが落ちてくる。
「むぎゅっ」
 全員が天罰に潰された。
 ひっくり返った小ババ様がボンという音と煙と共に鷽の姿に戻る。日堂真宵に握りしめられていた鷽は、そのまま握り潰されて消滅してしまった。
 小ババ様に化けていた鷽は、さっとメロンパンをつかむと、あわててその場を逃げだしていった。