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リアクション
第6章
その頃、ヴィナ・アーダベルト達の誘導によって一般市民の避難がほぼ完了しようとしていた。
広い運動公園に集められた人々は、一様に不安そうな表情だ。
それは当然。ここに集められた人々にはコントラクター達のような強靭な肉体はない。自分を守れるような技術もない。
万が一刹苦人形たちに襲われたら、その一撃で確実に命を落とすだろう。
「……なんだってこんな事件ばかり起こるんだ……。地球の連中が来る前までは、こんなことはなかったのに」
群集の中から、そんな呟きが聞こえた。それは徐々に伝染していく。
「そうだ……今回のコトだって、地球から持ち込まれた人形のせいじゃないか……。どうして我々が被害に合わなきゃならないんだ」
「地球の連中のせいだ……。地球の連中が俺たちの国に入り込んでから、俺たちの生活はメチャクチャだ!」
なるほど、パラミタの人間にとって地球人の存在は歓迎できるものばかりではない。確かに、地球人が契約者としてパラミタの地を踏んでから、本当に激動と言える日々が続いていることも事実だろう。
その全てを地球人のせいにしてしまうのは短絡的とはいえ、不満の捌け口を求める群衆の心理というものは恐ろしい。ほんのちょっと、水が漏れる穴が開いてしまえば、そこからダムが決壊するかのごとく日々の不満があふれ出てくる。
「――まずいな」
ヴィナはその様子を見て呟いた。今はまだ文句をこぼしている程度だからいいが、これがエスカレートするとパラミタの民と地球人たちの間にしこりを残しかねない。
だが。
「――みんな、落ち着いて――」
それは、静かな声だった。
静かすぎて、群集のざわめきに押し潰されそうな。
それでもその声が皆の耳に届いたのは、その声がとても真剣な想いを乗せていたからかもしれない。
その少女は、八日市 あうら(ようかいち・あうら)だった。
「みんな、ごめんなさい。今はとても不安な気持ちだと思う。でも、聞いて欲しいの」
あうらは、手に持った雛人形をすっと差し出した。
それは、折り紙で作った雛人形。誰でも作れるような、簡単な雛人形。
「私は地球人。今はこうしてパラミタに来て普通に生活できているけれど、昔ママと二人きりで暮らしていた頃はお金もなくて、毎年雛祭りにはこうして紙の雛人形を折っていた。そうして二人一緒にささやかなお祝いをして、お祭りが終わったら二人で川に流しに行ったの」
あうらの胸中に昔の雛祭りが思い出される。ひなあられも甘酒も満足に揃えられなかったけれど、それは幸せな記憶だった。
「今年も一年、健康に暮らせたのはおひなさまのおかげだねって、ママと二人でありがとうって川に流したよ……。本当の雛祭りって……そういうものだと思うの――だから、地球の文化とか、雛祭りとか、誤解しないで欲しいの」
知らず、あうらの瞳からは一筋の涙が流れる。
その言葉に、人々の興奮は徐々に収まっていった。小さな女の子が一歩前に出て、あうらの服の裾を掴む。その少女の頭を撫でたあうらは微笑み、折り紙でできた雛人形を渡した。
「大丈夫だよ、ありがと――これ、あげるね。落ち着いたら一緒にお祝いしよう。こんなのじゃない、本当の雛祭りで」
少女はあうらの言葉に笑顔を見せた。
その花が咲いたような笑顔につられて、あうらの顔にも微笑みが戻る。
メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は、そんなあうらの肩に手を置いて、人々に向けて言葉を発した。
「――皆さん、彼女の言う通りです。確かに我々地球人との交流でパラミタの人々の生活が大きく変化したことは事実だと思います……、ですが、我々がいることで貢献できることも多くある、ということも事実だと思うのです」
メイベルのパートナー、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)もその傍らに寄り沿った。
「そうだよっ! 僕も地球人のメイベルと出会っていろんなことがあったよ。それは確かにいい事ばかりじゃないかもしれないけれど、メイベルとの出会いを後悔したことなんて一度だってなかった!!」
メイベルはセシリアを見て、微笑んだ。
「……そうです。そしてそれは、私も同じ。地球人とパラミタの皆さんは、互いに協力し、助け合うことで大きな力を発揮できるのです」
そこにクライファー・ネル・アログリエ(くらいふぁーねる・あろぐりえ)が現れ、告げた。
「その通りじゃ、皆の者。あれを見るが良い」
クライファーが指差した先には、冴弥 永夜(さえわたり・とおや)と凪百鬼 白影(なぎなきり・あきかず)の二人がこちらに向かって来ていた官女人形に応戦しようとしているところだった。
「行こう、白影。一般市民を危険な目に合わせるわけにはいかないからな。あっちは爺様に任せて、こっちは俺たちが守る」
「了解です。最優先事項は一般市民の皆さんに近づけさせないことですから。自分がサポートします」
ルカルカ・ルーや師王 アスカたちとの戦いで傷ついた官女人形たちはもう余裕がない。殺気を剥き出しにして、二人に襲いかかる。
「殺す、殺ス殺ス殺すコロスころス!!」
だが、永夜たちの目的は人形の破壊ではなく、白影の言葉通りに一般市民の安全確保である。
永夜はサイコキネシスで官女人形たちを牽制し、隙を見つけては遠当てで少しずつダメージを与えていく。決定打にはなりえないが、距離をとって苛立たせるには充分だった。
「ふむ、やはり……催眠攻撃は効果が薄いですね」
白影は永夜の攻撃の隙を縫うように、サイコキネシスとライトニングブラストでサポートする。
官女人形たちは長い爪を振り回しつつも近づけない状況に苛立っていく。
だが、のらりくらりと戦闘を引き伸ばして一般市民から敵を遠ざけようとする二人にも、危険がないわけではない。
「――っ!!」
「白影!」
官女人形が発した闇術が白影を襲った。すかさず永夜が援護に入り、白影はその陰から最古の銃でライトニングウェポンを放つ。
「大丈夫です。彼女らの相手をするべきは自分達ではありませんからね。……そこまでお送りして差し上げるとしましょう」
二人はそれぞれに精神感応を使って、官女人形を撃退できるであろうコントラクターのいる場所へと敵を誘導して行った。
二人が官女人形を充分に引き付けている甲斐あって、徐々に一般市民と刹苦人形たちとの距離は離れていく。
その様子を見て、クライファーは市民に呼びかけた。
「あの通りじゃ。確かに異なる文明との接触が摩擦を生むことは確かじゃろう。じゃが、あの者たちが戦っておるのは他でもない、わしらやそなたたちのためであることも忘れてはならぬ、とは思わぬか?」
「……そ、そりゃあ……確かに……」
一般市民の間に動揺が走る。コントラクター達が今戦っているのは、戦う力を持たない市民のためだ。地球との交流がなければトラブルの数は減っただろうが、地球からの文明的、文化的な恩恵を受けていることも忘れてはならない。
そもそも、もともと選択の余地がない事について議論すること自体がナンセンスであることに一般市民も気付き始めていた。
メイベルのパートナー、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)とシャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)も市民の前に立った。
「そうですわ。今は大変ですけれど、どうかご安心下さいな。仮に他の人形が現れましても、わたくしたちが全力でお守りしますから!」
フィリッパの呼びかけに、シャーロットも賛同する。
「大丈夫です、ここは私達が一歩も通しません。命に代えても市民の皆様には傷ひとつ、つけさせません」
という勇ましい姿を眺めながら、あうらのパートナーのヴェル・ガーディアナ(う゛ぇる・がーでぃあな)とノートルド・ロークロク(のーとるど・ろーくろく)はあうらが持っていたのと同じ、折り紙の雛人形をせっせと折っている。
「……どうなるかと思ったが、まぁどうにかなりそうだな」
口にくわえた紙巻きタバコから、スパッと煙を吐く。
「ふ〜ん、ふふふ〜ん♪」
ノートルドは楽しげに折り紙を折っている。外見的には20歳前位のノートルドだが、精神的にはかなり幼い。折り紙で雛人形を折るというのが楽しいのだろう、鼻歌混じりでご機嫌のご様子だ。
だが、あうらに教えてもらったはずの折り方をちょっと忘れてしまったようだ。手が止まったノートルドにヴェルが教える。
「……ノートルド、そこは折り方が違うんだ。一歩戻ってやってみろ。そう……そこだ」
ヴェルが指示したところを折り直すと、今度はちゃんと完成した。
「あ、できた。ヴェル、ありがとう」
笑顔を見せるノートルドに、ヴェルも笑顔を返す。
「よしよし。でも今度は、分からないところはちゃんと声に出して聞くようにしような」
ノートルドは普段から精神的にあうらに依存していて、彼女との会話は全て精神感応で済ませてしまうほどだ。ヴェルはその状況をあまり良く思っておらず、折を見て自分の声で喋らすようにしていた。
「……ごめん……」
まるで小さな子供のようにしょんぼりしてしまうノートルド。その背中をぽんぽんと優しく叩いて、ヴェルは笑った。
「別に怒ってない。今は頑張っていっぱい雛人形を折ろうな」
「うん! さっきあうらもね、僕の作ったお雛様を褒めてくれたよ。だから僕、もっといっぱい作るんだ!!」
その様子を見た立花 ギン千代は、自分で折った雛人形をヴェルに渡した。
「うむ、私のようにしっかり折るといいぞ」
ヴェルは、手渡された折り紙を見て、口を開いた。
「あー……ギン千代はあうらの手伝いに行ったほうがいいんじゃないかな……」
彼女は、その様子に怪訝そうな表情を見せた。
「ん? 何故だ? あうらの頼みとあれば私とて折り紙の手伝いくらいはやぶさかではないぞ?」
一度、タバコの煙を吸い込んでから吐き出し、ヴェルは告げた。
「あー……あれだ。雛祭りっていうのは、女性が主役なんだろ? 裏方は俺たち男に任せてさ、その方があうらも喜ぶぞ?」
彼女は、その言葉にハッとしてあうらの方へと駆け出していった。
「そうか、確かに雛祭りは女性が主役! なるほど折り紙を折っている場合ではないな。今いくぞ、あうら!!」
普段からあうらを妹のように可愛がっている彼女としては、そう言われては行かないわけにはいかない。
皆で折った雛人形を持ってあうらの方へと走っていく後ろ姿を見送って、ヴェルはため息をついた。
「はぁ……やっと行ったか」
その様子にノートルドは首を傾げた。
「ねぇ、どうして折り紙を折らせないの?」
「ああ……これを見ろよ」
と、ヴェルが見せたのは彼女が作ったと思しき雛人形である。
もっとも、それは既に雛人形とは呼べない形をしているわけだが。
「まぁ……壊滅的にヘタだから作らなくていい、とは言えないしなぁ……」
「ああ……ねぇ……」
ヴェルの吐き出した紫煙が、風に乗って散った。
あうらはヴェルとノートルドが作った折り紙の雛人形を受け取り、メイベルとあうらはそれを一般市民にひとつずつ手渡していった。
「はいっ! もうちょっとだから、頑張って!!」
メイベルは手渡された折り紙の雛人形を眺めて、感嘆の声を漏らした。
「へぇ……細かいですねぇ。さすがに日本人は器用ですねぇ〜」
メイベルはカリフォルニア出身。資産家の娘として生まれたが、孤独な幼少期を送った彼女は、日本の『オリガミ』など知識としてしか触れる機会はなかった。
「後で、私にも作り方を教えて貰えますか?」
あうらに申し出ると、帰ってきたのは向日葵のような明るい笑顔だった。
「もちろん! 一緒に作ってみようよ、簡単だからすぐにできるよ!!」
そのあうらの服を、パラミタの少女がまた引っ張った。
「おねーちゃん、わたしもー」
少女の頭を撫でて、あうらは笑った。
「うん。一緒に作ろっ!! みんなで仲良くやれば、何でも楽しいんだよっ!!」
その笑顔を見て、一般市民を守っているメンバーは一様に微笑むのだった。
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