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人形師と、チャリティイベント。

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人形師と、チャリティイベント。 人形師と、チャリティイベント。

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6.パラミタ男装連盟の秘密会合。


「フィルさんってさ、この店一人で切り盛りしてるの?」
 『Sweet Illusion』の常連客である佐伯 梓(さえき・あずさ)は、いつもと同じようにケーキを買ってからフィルに話しかけた。
「俺とパティシエ一人と、あとアルバイトが二人居るねー」
「パティシエ居たんだ?」
「うん、究極の引きこもりで厨房から出てこない対人恐怖症の子が居るよー。はい、紅茶入った。ゆっくりしていってね♪」
 トレイに乗せられたケーキと紅茶を渡されて、梓は適当な席についた。真っ赤な苺が美味しそうな、ショートケーキ。
 梓はここのケーキが好きだ。
 スイーツ大好き、苺大好き。クリスマスだってここに来た。
 ――もし、ここで出るようなケーキを作れたらなー。
 ふわふわと柔らかいスポンジにフォークを刺して、一口ぱくり。くどすぎない甘さの生クリームと絶妙に絡んでいる。美味しい。スポンジの間に挟まれた苺の酸味もほどよいアクセントで。
「フィルさーん」
「なーにー?」
「もし良かったら雇ってくれない? なんでもするよー」
 フィルがよくやっているように、ふりふりふわふわな恰好のウエイトレスだってなんだって。
「食欲薄い恋人に美味しいもの食べさせてぎゃふんと言わせてやりたいんだー。ねーねーどうかなー。こう見えて真剣だよー、えへへー」
「真剣そうに見えない緩んだ顔してるけどねー」
「ケーキが美味しいんだもん」
 いつかこんなケーキを作ってみたい。人を笑顔にさせられるもの。幸せな気分にさせられるもの。
「お試し期間とか設けてもらってもいいからさー、どうかなー?」
「そこまで言われちゃ雇ってみるしかないよねー」
「ほんとにっ?」
「ほんとにー。制服どっちがいー? 今俺が着てる男物と、女物と。両方あるよー。まあサロンが長いか短いかくらいしか違いないけどね。梓ちゃんって確か身長俺と同じだったよね。ならサイズは丁度いいかなー」
「えっと、じゃあとりあえず男物で!」
「りょーかーい。じゃあこっちね、従業員用の控室ー」
 レジの傍にあったドアを開けるとそこは厨房。直進するフィルに続いて足を踏み入れる。店内よりも甘い香りがした。
 ――ここで、ケーキが作られてるんだなぁ……。
 どんな子が作っているんだろう、と軽く見回したけれど、見当たらなかった。ちょっと残念だ。
「はい、制服」
「ありがとう店長!」
「……わはー♪ なんかむずがゆい響き♪」
「えへへー」
 ほのぼのと喋りながら着替えて、店に戻った。戻って店内に居たリンスを見た時に、
 ――そういえば、フィルさんって性別どっちなんだろ?
 そんなことを思った。長く通っているけれど、女か男かわからない。年齢さえもわからない。
 ――リンスはフィルさんと知り合いなのかな。
「ねーねー」
「?」
 紅茶のお代りを注ぐという名目で近付いて、
「フィルさんの性別ってどっちかわかる?」
 こそっと聞いてみる。
「あれは俺にもわからない」
「えっ本当?」
「うん、本当」
 リンスとフィルは長い付き合いだという会話を、ケーキを選んでいる最中に聞いたのに。
 ――長い付き合いでもわからないのかー。フィルさんって謎店長だ。
 ――リンスの性別も俺には謎だけど。
 ――本人に訊くのは、さすがに躊躇われるなぁ。
「梓ちゃんがこっそり俺をリサーチしてるー」
「わぁ!」
 後ろからフィルに囁かれて驚いた。
「気配なかったよフィルさん!?」
「ふっふっふ。おねにーさんはおねにーさんだからねー」
「性別:おねにーさん?」
「そうその通り☆」
「じゃあリンスは? どっち?」
「リンちゃん? ……さあどっちだろう?」
「俺は男だってば」
「本人の弁は無視でね☆」
「こら」


 そんなやり取りを、橘 舞(たちばな・まい)は観察していた。
 養護施設のチャリティに参加する前に、新作のケーキを見に行こうと金 仙姫(きむ・そに)に連れられて入ったケーキ屋さん。
 そこで思わぬ知り合いの顔を見つけて、じっと見てしまった。
 外でリンスを見ることはまず滅多にないことで、更にはこんな場所で出会うとも思わなかった。
「びっくりですね……」
「うむ、店長か? 男か女か微妙な人物じゃろ。微妙すぎて、わらわも最初にこの店を訪れた時は驚いたものよのぉ……」
「や、そっちではなくて」
 人形作りに行き詰って気分転換にでも来たのかもしれない。それにしてはクロエの姿が見えないけれど。
 声をかけてみようか。そう思って足を踏み出そうとしたところ、
「ちょっと待ちなさい」
 ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)に止められた。何やら神妙な顔をしている。
 どうかしたのだろうか。
「簡単な推理よ」
 舞の心情を読んだように、ブリジットがそう言った。
「甘い物は好きそうだったから、ここに居ること自体は珍しくない。
 でも何か挙動不審だと思わない? ……いつもだなんてツッコミは受け付けないわ。いつもだと思うけど。
 そして、この店の店長。男性にも見えるけど、女性よね」
「え、そうなんですか?」
「知らん、わらわに訊くな」
「つまりリンスは、この間私に女性だってバレたのがショックで、ここの店長に男装のレクチャーを乞いにきたに違いないわ。
 そうこれは……パラミタ男装連盟の秘密会合」
「「…………」」
 その言葉に、思わず仙姫と顔を合わせた。
「パラミタ男装連盟の秘密会合……って、なんですか?」
「というか……ブリ、アホじゃろ。いつものことなんじゃが、輪をかけて」
「これで実はGLでした、っていうオチだったらどうしよう……付き合いを考えなおさなくっちゃね」
「そもそもそなたの頭の中を考え直した方が良いぞ」
 でも、と舞は思う。
 リンスは男だと自称しているが、男性と言い張っている女性という解釈だって可能なのだ。
「何かパラミタ男装連盟じゃ……そんなものあってたまるか。というか意味がわからぬわ」
 仙姫はそう言ってブリジットの意見を一蹴したが、一蹴するにも材料が足りないと思うのだ。
 それを探るために、こそっと聞き耳を立てるだなんて。
「なんだかスパイ映画の主人公みたいですよね」
「店内に隠れるスペースがなさすぎるけどね」
「ちょっとドキドキですよ」
「私も別の意味でドキドキだわ。……本当にGLだったらどうしましょう」
「駄目じゃこやつら……」
 仙姫がため息を吐いた。何が駄目なのだろう。そしてじーえるとはなんなのだろう。
「まあ、リンスの様子が違うのは事実じゃな。早くチャリティー会場に入って伽耶琴の調整もしたいところじゃが……気にならないといえば嘘になる。こそこそと盗み聞きなど性に合わんが、たまにはアホブリにつきあってやろうかの」
 結局三人で店内の円柱に隠れて、リンスの座る席を見て聞き耳を立てるという行動に出た。


「ヴィンスレット」
「んー?」
「あれ。気付いてるよね?」
「うん」
 あれ、とは舞たち三人のことで。
「客でしょ。接客しろよ」
 何やらぽそぽそ会話しながら、ずっとこっちを見てるのだ。
「ヤダ。だって面白いもん」
「面白いって」
 小声すぎてリンスは内容が聞こえないのだが、フィルには聞こえているらしい。さすが情報屋だ、五感が鋭い。
「リンちゃんの性別と俺の性別が気になってるみたい。GL展開まで見通して心配されてるよ、楽しいねー☆」
 内容を教えてもらっても、どこが楽しいのかリンスにはさっぱりだったが。
「っていうかじーえるって何」
「え? ガールズラブのことでしょ? 女の子同士のこと。ほら男の子同士のことをBLって言うでしょ? あんな感じだよ」
 さも常識のように説明された。そうだったのか。つまり、GL展開ということはフィルと付き合う展開ということか。……それは、
「……お断りすぎる……」
 想像したら寒気がした。酷いなー俺だってお断りだーとフィルが笑っている。特に気にした様子はない。
「ちょっとあいつら止めてくる……」
「面白いからほっとけばいいのにー」
 フィルの言葉はすっぱり無視して、リンスは三人に近付くのだった。


*...***...*


 月崎 羽純(つきざき・はすみ)が密かに通っているケーキ屋さんがあることに、遠野 歌菜(とおの・かな)は気付いていた。
 そして、気付いてしまってからというもの。
 ――なんで一人で通ってるんだろ?
 ――私も甘いもの大好きなのに。
 ――ズルイ。
 一緒に行こうとか言ってくれてもいいじゃない。
 ――それとも何か、私が一緒だと不都合があるの?
 そんな、マイナス方向にまで思考が発展。
 これではいけないと、歌菜は決意した。
 ――こうなったら……羽純くんの後を尾けるしかない!
 気付かれないようにと帽子とサングラスで変装し、細心の注意を払って尾行開始。
 どきどきしながらケーキ屋さんに潜入した。
「いらっしゃいませ」
 という柔らかな店員さんの声も、ケーキの甘い香りも、可愛らしい店内も。
 五感に一つ情報が入ってくるだけで、落ち着かない気持ちになる。
 さっと店内に目を向けて、羽純を観察でき、尚且つ物陰に隠れられる席を探した。運よくあった。しかも空いている。
「あそこの人と同じものを」
 注文はレジでする形式の店だったので、その時羽純にバレないだろうかとどきどきしたけれど、そんなこともなくて。
「かしこまりました♪ お席でお待ちくださいね」
 その言葉に安心して、席に行く。
 間もなく、ガトーショコラとエスプレッソを用意された。美味しそうな香りに目が輝いてしまう。
「わぁ……美味しそうっ」
「ありがとうございます。あちらのお客様も、その二つを贔屓にしてもらってるんですよー。いつもその組み合わせかな?」
「そうなんですか」
 いつもの、と言って注文したら、これが出てくる。
 そんな羽純とこの店員さんを想像して、なんだか面白くて笑った。
「ではでは、ごゆっくりー」
 店員さんが去って行って、ケーキを食べた。甘すぎなくて丁度良い。
 コーヒーのカップを手にしながら、窓際の席に座った羽純を見た。
 ――一人の時の羽純くんって、こんな雰囲気なんだね……。
 静かで、涼しげで、なんだか時の流れまで違うような気がしてしまって。
 ――遠いなあ。
 距離にしたら、近いのに。
 いつもと違う雰囲気が。
 ――あれ?
 そんなふうに思っていたら。
 不意に雰囲気が軟化した。
 ――何を考えているんだろ……?
 ――凄く……優しい顔、してる。
 ぼうっと横顔を見続けていたら。
「…………」
「あ」
 バレた。
 視線に気付かれてしまったらしい。
 変装してるし、バレない……と思っていられたのは、ほんの一秒程度。
 羽純が席を立って、こちらへ来る。
 ――ど、どどどどどどうしよう?
 同じく窓際の席に座っていた人を見て、閃いた。立ち上がる。
「に、人形師のリンスさんですよね?」
 羽純の横を通り抜け、リンスに手を差し伸べた。
「私ファンなんです。サインしてくださ」
「歌菜」
 誤魔化せなかった。
「…………あは、はー。こんにちは羽純くん。奇遇だね……?」
「ああ、奇遇だな」
 誤魔化せ、
「……と言うとでも思ったか?」
 なかった。
 ぴしっとデコピンを食らい、「あう」と声が漏れる。
「何やってんだ」
 羽純が座っていた席の向かいまで連行されて、問われた。答えづらい。だって尾行してたんだから。
「……だって、羽純くんが」
「俺が?」
「一人で行くから」
 置いて行かないでほしかった。
 一人で行かないでほしかった。
 隣に居たかったし、少しでも長く一緒の時間を過ごしたかった。
 ……それだけ。
 だけど、今言っても言い訳にしかならなさそうで、歌菜は口を噤む。
 はぁ、と小さく息を吐かれた。
 ――呆れられた?
 不安半分、羽純を見上げる。
「悪かった。……次は、一緒に来よう」
「え、」
「なんだ?」
「一緒でも、いい?」
「? 変なこと言うな。そもそも次は歌菜を誘って来ようと思っていたんだ」
 多少予定が変わっただけだな、と羽純が言った。
「……ん。えへへ」
「何を笑ってるんだ?」
「えっと、次はどのケーキ食べようかなって!」


*...***...*


 近くでカップルがにこにこしているのを見て、皆川 陽(みなかわ・よう)はまた考える。
 恋ってなんだろう。
 愛ってなんだろう。
 街にはカップルが溢れてるけど、彼らの気持ちは唯一無二なの?
「…………」
 美味しいと評判のケーキも、味がよくわからない。
 なんとなく申し訳ない気持ちになりながら、パートナーの顔を思い浮かべた。
 プロポーズを断った。
 あの日以来、あまり彼と顔を合わせることなく過ごしてきた。
 だって。
 思い浮かべただけで哀しくなるのに、会ったらどれほどに哀しくなるのだろう。
 なんで哀しくなるかとか。
 どうして胸が痛くなるのかとか。
 ずっとこのことを考えている理由とか、全部わからないけれど。
 モヤモヤ。
 モヤモヤが、晴れない。
 好きと言えば、恋だろうなのか。
 ――それは、言われたらすんなり信じられるようなものなの?
 ――自分ひとりに向けられた、ただ確かなひとつのカタチなの?
 わからなくて。
 はぁ、とため息を吐いた。
 ――リンスさんは、モテるよね。
 陽が店に来た時から静かに席に座っていたリンスを見て、また考える。
 告白されたり、チョコをもらったり、気持ちのこもった贈り物をもらっているという人形師さん。
 ――何か聞けないかな。
 そう思っては、初対面だからとやっぱりやめて。
 でも、このモヤモヤと戦い続けるのも大変になってきた。
 何かわかるなら教えてよ。
 勇気を出して、「あの」声をかけた。
 軽く、ごくかるーく事情を話してから。
「リンスさんは、好きってキモチを『この世でただひとり、自分のために、自分のためだけに、他の誰でもなくリンスっていう個人だけに宛てられたキモチ』だって心の底から信じられる?」
 問い掛けてみた。
「相手はただ単に、ちょっと見た目がよくて格好良い彼氏が欲しいだけかもって、疑ったりすることはないの?」
 リンスは黙っている。
「告白の言葉の中に、『リンスさん宛でなければ、告白として成り立たない何かの言葉』はちゃんと入っていたの?」
 沈黙は続く。
 静寂の後、
「どうだろうね」
 リンスは言った。
「言葉って、ひとつひとつ意味の幅が大きいよね。だから『俺宛てじゃなきゃ成立しない言葉』なんてものがあるのかどうかすら疑わしいと思う」
 疑おうと思えば、だけど。
 そう、言葉を付けたして。
「疑うのって、相手を知るために考えるって意味合いもあると思うけど、それ以上のものは自己防衛なんじゃないかな。傷つきたくないから、最悪の形を想像し続ける。もちろん、自己防衛って大事だけどさ。マイナスに考え続けるってことになるよね、多くの場合。
 それって苦しくない?」
「……じゃあ、信じるのは苦しくないの?」
「苦しいと思うよ」
 何をしても苦しいとか、厄介だよねと小さく零す。
 ああ、本当に、厄介だ。
「どっちも苦しいなら、信じてみたいなって思っただけ」
 その答えを参考にできるかは分からないけど。
「ありがとう」
 答えてくれたことに礼を言って、陽は店を出た。
 どっちも苦しいなら。
 ――ボクは、どうしたい?