薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

リアクション公開中!

七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

リアクション


第5章(5)
 
 
「二人とも、風が強いけど本当に大丈夫なのか?」
 アークライト号の甲板で飛び立つ準備をしている二頭のペガサス。そのそばに寄り、篁 透矢が尋ねた。
「確かに、この嵐の中だと私達でも少ししか飛べないと思う……でも、逆に言うと私達なら少しは飛ぶ事が出来るわ……」
「そういう事だ。空の事はオレ達に任せときなって」
 騎乗準備をしながらリネン・エルフト(りねん・えるふと)フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が答える。二人は普段から空賊として活動している事を活かし、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)達のいる敵旗艦オールド・ワンへと直接乗り込もうとしていた。
「左右両方から新しい奴らが来てるし、隙を突くなら今がチャンスだ。ま、大船に乗ったつもりでいな」
「大船か。それはアークライト号くらいでいいのか? フェイミィ」
「ははっ。そうだな、それくらいあれば十分だ。それじゃ、行くぜリネン。ちゃんとついて来いよ!」
「うん……」
 二人が乗ったペガサスがそれぞれ飛び立つ。突風にあおられる中を、二人は時に手綱の制御で、時にバーストダッシュを使った強行策で突破して行った。
「くっ、この! グランツ、こっちの言う事を聞きやがれ……!」
 割とスムーズに進んで行くリネンに対し、フェイミィの方は苦戦をしている。彼女が乗っているペガサス『ナハトグランツ』は気性の荒い若牡馬で、常にフェイミィと主導権争いを続けているほどだった。
「だっ、こら! 勝手に進む――なっ!?」
 ペガサスの動きが急に大きくなったその時、フェイミィの横をレーザーが通過していった。アーマード レッド(あーまーど・れっど)の撃ったレーザーガトリングだ。
「攻撃対象、回避。天馬ニヨル行動ト推測」
「あ……あっぶねー……」
 驚きながらもオールド・ワンの甲板に着陸する。そしてリネンと背中合わせになり、大剣を構えた。
「随分なご挨拶じゃねぇか。お前達の船、オレ達が制圧させて貰うぜ!」
「そうは行かないぞ! あたし達が返り討ちにして――って、また何か来た!」
 フェイミィ達に対峙しようとした緋王 輝夜(ひおう・かぐや)の前に、接近したエル・ソレイユから乗り移ってきたセシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)霧雨 透乃(きりさめ・とうの)達が立ちはだかった。
「ん? あの眼帯してる子供がボスか?」
「その隣の方じゃない? 強そうだし」
「こ、子供って何だー! あたしがこのオールド・ワンの船長だぞ! 宝玉だって持ってるんだから!」
「へー、あれが宝玉って奴か。じゃああれを手に入れれば次の海に行けるって事だな」
「そうだね。でも私はあっちと戦わせて貰おうかな。強そうだし」
「じゃあ俺がこの子供か。まぁ宝を賭けてボスと決闘って事で我慢しとくか」
 敵の本陣で言いたい放題な二人。その言い草に膨れる輝夜を慰めながら、エッツェルが前に出てきた。
「いやいや、実に愉快な方達ですね。それでは、物語の山場を作らせて頂きましょうか」
 そう言って隣の船へと飛び移る。それを追うように透乃とそのパートナー達も次々と飛び移って行った。
「あ、そうそう。輝夜さんとレッドさん、お二人と戦う方は気をつけた方が良いですよ。人は見た目によらないですからね、フフ……」
 不吉な事を言い残すエッツェル。そして透乃達へと振り返ると、恭しくお辞儀をして見せた。
「お待たせ致しました、皆さん。それでは始めましょうか」
「それはいいけど、お前は一人でいいの? さすがに四対一じゃ目に見えてるから私達は一人ずつでもいいけど、そうすると三人が暇しちゃうんだよね」
「ふむ、そうですね……そういえば先ほど聞いた話によると、この世界では貴方がたアークライト号の船乗りが努力して壁を越えられるよう、様々なご都合主義が働いているそうですね」
「そうだね。それがどうしたの?」
「いえ、それならこう言った事も出来るのではと思ったのですよ……さぁ、出て来なさい」
 エッツェルの呼びかけに応え、彼ら以外いなかった甲板に多くの海賊達が現れた。ネクロマンサーであるエッツェルの意識を反映したものだからか、それらはアンデッドのような姿をしている。
「おや、本当に出てくるとは。いささか驚きですよ。ですが、これで貴方がたのお相手をするには十分でしょう」
「至れり尽くせりだね、ほんと。それじゃぁ……行くよ!」
 透乃が先手を取り、軽身功で船の揺れに対応しながら接近する。対するエッツェルは旗艦の名の基になった奇剣オールドワンを取り出した。どこか不気味な感じのするその剣に、透乃は若干警戒する。
「見ない剣だね。それにそいつから感じられる変な感覚……どんな仕掛けを用意してるのかな?」
「いえいえ、ごく普通の剣ですよ。出来る事などたかが知れています。そう、こんな風に……ね!」
 透乃の連撃をギリギリの所でかわし、受け止めながらエッツェルが反撃に転じて横薙ぎに剣を振るう。本来であれば僅かに避ければ済む攻撃――だが、透乃は相手の行動に隠された意図がある事を予測し、大きめの回避行動に移った。そんな彼女が先ほどまでいた位置に、射程を伸ばしたオールドワンが突き刺さる。
「おや、今のは当たったと思ったのですが……フフ、どうやら戦い慣れしていらっしゃるようですね」
「普通の剣……ね。随分と変わった『普通』じゃない」
 エッツェルの持つオールドワンは一見普通の剣のように見えるが、実際は小さめのナイフ状の刃が肉のような物によって繋がれた連接剣だった。その肉状の部分が伸びる事により、見た目以上の射程を捉える事を可能にしているのである。
「そうそう、だからと言って余り距離を取る事はお勧めしませんよ。攻撃は物理的な物だけとは限りませんからね」
 更に不思議な呪術を使い、実体を持たない何かが透乃を襲う。
 外からでは無い、内から聞こえる古の呼び声が身体では無く、心を狙って侵食して行く。
「なっ!? ……くっ」
「透乃ちゃん!」
 アンデッドを相手にしていた緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が駆け寄ろうとする。透乃はそれを止め、エッツェルの方を見つめた。
「大丈夫、陽子ちゃん。こんな物……気合でねじ伏せる……!」
 侵食を心の強さで喰い止め、再びエッツェルへと向かって行く。
 それを見届け安堵の息を吐く陽子の脇に月美 芽美(つきみ・めいみ)がやって来た。
「あの透乃ちゃん相手にやるわね、あの人。向こうもネクロマンサーみたいだけど、陽子ちゃんの目から見てどう思う?」
「そうですね……力そのものは透乃ちゃんや私と大差無いと思うけど……どこか底が知れない感じがしますね。状況に応じて打つ手を用意しているというか……」
「真っ向勝負の透乃ちゃんとしては対処に困る部類ね」
「えぇ。でも海賊の頭領との戦いを透乃ちゃんが望んでいたのも事実。なら私達は透乃ちゃんを信じるだけです」
「そうね。その為にも今は――こいつらを片付けますか」
 二人が反対側へと振り返る。そこにはエッツェルが呼び出した大量のアンデッド達がいた。そしてそれに対峙するように霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)が立っている。
「泰宏君。どんどん揺れが酷くなってるけど……大丈夫なの?」
「だ、大丈夫さ……船酔いした上にさっきのアレで終わったら、いくらなんでも情けないじゃないか。だからせめて、ここで汚名返上しないと……」
「無理はしない方が良いですよ、やっちゃん。私達二人でもこの程度の相手に後れを取るつもりはありませんから」
「確かに二人に比べれば私はまだまだだ。でも、アンデッド相手なら一番効果的な攻撃を出来る自信がある……!」
 泰宏が倒れないように縁に捕まったまま、片手をアンデッド達に向ける。動けなくても自身が役に立てる方法、それが――
「バニッシュ!」
 神聖な光が亡者の間を駆け抜け、その身体を脅かしていく。
 確かにこの攻撃は三人の中で一番効果があり、そして多くの相手を巻き込める物だった。
「あらあら、さすがは男の子ですね」
 陽子がどこか嬉しそうに言い、彼の攻撃に続いてエンドレス・ナイトメアを放った。
 光を受けた直後のアンデッド達に間逆の属性攻撃が襲い掛かる。
「このまま決めるよ、陽子ちゃん!」
「えぇ……!」
 更に芽美と、ナックル型を光条兵器を構えた陽子が敵陣に突っ込む。二人の攻撃を受け、役目を終えたアンデッド達は次々と霧散していった。
 
 
「何か知らねぇけどボス狙いの奴らが沢山いやがるな……仕方ねぇ、リネン! オレ達はあの狙撃野郎を叩くぞ!」
「分かったわ、フェイミィ……」
 旗艦オールド・ワンの艦首。こちらでは空賊と海賊の戦いが始まっていた。リネンがフェイミィをサポートする形となり、レッドへと向かって行く。
「対象レベル測定……ターゲットワン、59。ターゲットツー、44。状況ハコチラノ優勢ト推測」
 再びレッドがレーザーガトリングを起動させる。至近距離で喰らってはたまらないので、二人は散開する事を攻撃を回避した。
「何度も狙われて大人しく喰らってられるかよ。貰った!」
「――! フェイミィ、ダメ……!」
 素早く斬り込んだフェイミィが大きく薙ぎ払う。するとレッドはダッシュローラーによる急加速でそれを咄嗟に回避してみせた。
「何っ!?」
 しかもそれだけに留まらない。方向転換でフェイミィへと向かうと、左腕で殴りつけるべく大きく振りかぶって来る。
「くっ、んなろっ!」
 幅の広さを利用し、大剣でガードする。そうして相手の拳を押さえ込むが、レッドは更に手を打ってきた。
「左腕部内臓機構作動。追加攻撃開始」
「うわっ!?」
 左腕に内臓された隠し武器、パイルバンカー。拮抗していた状態から放たれた杭打ちによって、フェイミィは体勢を崩されてしまった。
「ターゲットツー、即時行動不能。タダチニ制圧ヲ――」
「させない……!」
 追撃をしようとしたレッドの前にリネンが光の弾丸を撃ち込み、それを制止する。
 パートナーによって稼いで貰った時間を使い、フェイミィが体勢を立て直す事に成功した。
「助かったぜ、リネン……くそっ、この前といい今回といい、オレは誰かに助けられてばかりかよ……」
「……それは違う、フェイミィ」
「リネン?」
「フェイミィが前で戦ってくれるから、私は私の間合いで戦える……助けられているのは、同じ……」
「……そっか。ありがとな、リネン。確かにあいつは強ぇ。けど、『シャーウッドの森』がこんな所で負ける訳には行かねぇよな……!」
 再び剣を構えるフェイミィ。その目はただ前を見つめていた。
「背中は護る……行くわ」
「おう! これで決めるぜ!」
 二人が再び突撃する。対するレッドは前衛のフェイミィの攻撃を回避し、再びダッシュローラーでの反撃を行おうとした。
「高機動モード。対象ヲ制圧スル為ノ連続攻撃ニ――」
「させないと言った……フリューネ、技を借りるわ……!」
 それを防ぐ為の、リネンの即天去私。光の弾丸があちこちへと撃ち込まれ、レッドの行動を制限する。
 更にもう片方の手に持った光条兵器による攻撃が襲い掛かる。銃と剣、二つを同時に操るリネンにより、レッドはその場に足を止める事になった。
「貰った……! 今度こそ喰らいな!」
 追撃として繰り出されるフェイミィの薙ぎ払い。一人ひとりの強さはレッドに劣っても、二人で連携を取る事で測定以上の実力を出していた。
 先ほどと違いまともに喰らってしまったレッドは勢い良く弾き飛ばされ、そして――
「あ」
「……フェイミィ、落とした」
 海を覗き込む。だが、見えるのは波ばかりでレッドの姿はどこにも無い。
「あ、あー!? 何やってるんだよー!」
 二人の後ろから、セシルと対峙している輝夜が声を上げた。その顔は驚きに満ちている。
「レッドは凄く重いんだから! 海に落ちたら浮かんで来られないじゃないか!」
 ちなみにレッドの体重は約7トン。正直船板が抜け落ちなかった事の方が奇跡なレベルである。
「…………」
 沈黙するリネン達の前で、海の中から光が上がって来た。これまでの者達と同様、物語から弾き飛ばされたレッドが現実世界へと還って行く。
「あー、まぁ何だ」
 どう言った物かと思案するフェイミィ。結局考えた末に輝夜に向かって片手を軽く上げた。
「……悪ぃ」