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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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第5章(6)
 
 
「くっそー! こうなったらレッドの敵討ちだ! まずはお前から倒す!」
「いいだろう。エル・ソレイユ船長セシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)。海賊としての誇りを賭けて、お前に一対一の決闘を申し込む!」
 仲間を倒された緋王 輝夜(ひおう・かぐや)が指を突きつけ、対するセシルも神剣イクセリオンを突きつけ返す。共に海賊船を率いる者として、退けない戦いが始まろうとしていた。
「まずはこれだ! 当たれっ!」
「甘いなっ!」
 輝夜の銃による先制攻撃。それは殺気を読んでいたセシルが軽く回避する。そこに連続攻撃としてカタクリズムを放ってきた。
「まだまだ! 巻き起これ……念力の嵐!」
「おっ……とっ! やるなっ」
 直撃を喰らうギリギリの所でバーストダッシュによる回避。エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が言っていた通り、見かけによらず輝夜は的確な攻撃を行ってきていた。
「子供だと思って甘く見てたな。十分決闘に相応しい相手だ」
「当然だろ! あたしはこのオールド・ワンのキャプテンなんだから!」
「エル・ソレイユのキャプテンとして負ける訳にはいかない……一気に踏み込む!」
 セシルが再びバーストダッシュを使い、輝夜へと接近する。先ほどまでが銃の間合いならこちらは剣の間合い。そうなればセシルの領域だ。
「わっ! とっ!」
 今度は輝夜が回避に転じる番だった。セシルによる斬撃は容赦が無く、防御を試みたらそれごと圧し込まれそうな勢いだった。
「どうした! さっきまでの勢いが無いぞ!」
「ま、まだまだ! あたしを舐めて貰っちゃ困るよ!」
「威勢だけはいいみたいだな……こいつでっ!」
 セシルの一撃が輝夜を捉える。勝負がついたかと思われたその時――輝夜の姿が幻影となって消えた。
「なっ、ミラージュか!? ぐぁっ!」
 虚像に油断した一瞬の隙を突き、輝夜の持つフラワシ、ツェアライセンがセシルを切り裂いた。父親代わりであるエッツェル同様、彼女も相手の攻撃に合わせて二手三手先を読む事に長けていたのである。
 『人は見かけによらない』というエッツェルの警告。それが指す一番の理由はここにあった。
「だから言ったでしょ、あたしを舐めるなって。どう? まだ抵抗する気?」
 輝夜が再び指を突きつける。だが、それに対するセシルの反応は無かった。彼はただ静かに俯き、斬られた左肩を押さえている。
「あれ? 本当にもう抵抗しないの? だったら――」
「……中々やるじゃないか。面白い」
 ゆっくりとセシルが顔を上げる。その瞳は赤く染まり、それに共鳴するようにイクセリオンの刀身も紅く輝きだした。
「この代償……高くつくぜ!」
「え、ちょ、ちょっと!?」
 相手の突然の変貌に慌てる輝夜。そんな彼女に向かい、セシルはナラカの闘技を使用して先ほどまで以上の踏み込みで剣を振るってきた。
「はぁっ!」
「わっ! わわっ!」
 強烈な気迫に回避を続ける。それでもなおセシルの攻勢は止む事は無い。
「だ、だったら……お願い! ツェアライセン!」
 今度はフラワシによる攻撃。素早さに優れるこのフラワシはセシルの動きにもついて行き、彼の四肢を切り刻む。
「どうだっ! これなら――」
「うぉぉっ!!」
「って、全然止まらないー!」
 防御度外視でとにかく攻め込むセシル。その鬼気迫る表情もあり、輝夜は全力で逃げ回るのだった。
 
 
「はっ!」
「おっと」
 霧雨 透乃(きりさめ・とうの)とエッツェルの戦いは甲板を縦横無尽に駆け回って行われていた。今は二人揃ってマストの上に登り、僅かな足場での攻防を繰り広げている。
「全く、次から次へと色んな手を使ってくれるね」
「お褒め頂き光栄です。ですが貴方も拳一つで良く戦ってらっしゃる……フフ、その純粋な戦いを求める力、貴方がこちら側の立場で無い事が不思議でなりませんよ」
 二人が再び動き出す。その時、エッツェルの目に輝夜の姿が映った。彼女はエル・ソレイユへと飛び移り、なおも追いすがるセシルの剣から必死に逃げている。
(おや……あれはいけませんね)
 その僅かな隙が命取りとなり、オールドワンの射程を誤ってしまう。体勢を低くしてマストの端から端まで駆け抜けた透乃は、チャージブレイクによって力を込めた一撃をエッツェルの腹にお見舞いした。
「最後の最後で油断? 悪いけど、私はそういうのは見逃さないよ」
「……おっと、これは失礼。少々気が散っていました」
 強烈な一撃を喰らい、普通ならこれで勝負がついたはず。しかし、龍鱗化によって防御力を上げ、更に痛みを知らぬ体躯となっていたエッツェルは何食わぬ顔で屍骸翼『シャンタク』を広げ、嵐の空へと舞い上がった。
「逃げる気?」
「えぇ。申し訳ありませんが、家族愛の為に失礼させて頂きます」
「……家族愛?」
「はい。私は愛の伝道師。縁があったらまたお会いしましょう……フフ」
 良く分からない言葉を残し、去って行くエッツェル。 
 彼は旗艦オールド・ワンを飛び越え、エル・ソレイユへと向かっていた。目的は勿論愛する家族の救出である。
「あーもう! しつこいー!」
 ミラージュを駆使して回避を続ける輝夜。それに痺れを切らしたセシルが即天去私を放つ。
「すばしっこい奴だ。こうなったら……幻影ごと吹き飛ばす!」
「きゃっ!?」
「そっちが本物か! これで終わりだ!」
 アルティマ・トゥーレを使用したイクセリオンを振りかぶる。これで決まりかと思われた時、二人の間にエッツェルが降下してきた。そのまま自身の体質を活かして剣を素手で受け止める。
「はい、そこまでです」
「エッツェル!」
「良く頑張りましたね、輝夜さん。さ、後は私に任せてお戻りなさい」
 宝玉を受け取り、オールド・ワンへと戻らせる。そしてセシルに対して穏やかな微笑を浮かべた。
「いやぁ、素晴らしいお力です。皆様の活躍によって私達の海賊団は壊滅。この海に平和が戻ったという訳ですね。それでは貴方がたのこれからを祝福して、この宝玉を進呈致しましょう」
「そいつは当然貰っておく。だが、お前を逃がすつもりは無いぜ!」
 剣を掴んでいるエッツェルの手を振り払い、彼に突きつける。そんなセシルの、真紅に輝く目をエッツェルは興味深そうに眺めた。
「おやおや……貴方の心の中にも抑え切れぬ力が眠っていますか。その根源となっている物は違うみたいですが、まるで以前とある洞窟で出会った少年のようですよ」
「何を訳の分からない事を言っている。さぁ、剣を取れ! さもないとそのまま叩っ斬るぜ?」
「フフ……その気迫も彼に似ている。ですが……おいたはいけませんねぇ!」
 素早くエッツェルが飛び上がり、懐から魔力の篭った弾を取り出す。
「深淵よりも深きモノ、冥府の闇より暗きモノ、大いなる海原に封じられしモノ……古き混沌の盟主よ!!」
 そして甲板へと叩きつけられた弾から強力な闇と冷気の嵐が吹き荒れた。エッツェルの奥の手、大魔弾『コキュートス』だ。
「くっ! ぐぁっ!?」
「それではお元気で。貴方がたの航海の無事をお祈りしていますよ。フフ……フフフ……」
「ま、待て!」
 飛び去るエッツェルを追いかけようとするセシル。その肩を月の泉地方の精 リリト・エフェメリス(つきのいずみちほうのせい・りりとえふぇめりす)が掴んだ。
「待つのはお前だ。落ち着いて自分の身体を良く見ろ」
 セシルの身体は輝夜のフラワシによる攻撃を受け続けていた為、あちこちが切り刻まれていた。修羅となって戦い続けていたとは言え、これ以上の戦闘は厳しいだろう。
「あの者が宝玉を置いていった以上、無理に追う理由は無い。それに――もう敵旗艦はこちらと距離を開き始めている。追撃は諦めて、大人しく治療を受けるんだな」
 
 アークライト号では、九条 風天(くじょう・ふうてん)ネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)が戦いを続けていた。
「中々に硬いですね……防御に特化したその技能、敵ながら天晴れと言わせて頂きましょうか」
「……そなた……の…………抜刀も……見事な物……です……」
 戦いは全体的に風天が攻める形で進んでいた。基本的に大戦斧を振り回すだけのネームレスに対し、風天は抜刀術と疾風突きを上手く組み合わせた連撃で手数を上回っていたからである。
 だが、それでも決定打は打ち込めずにいた。正確に言うならば、打ち込んでも決定打にならないと言うべきか。それほどにネームレスの防御力は高く、しかもその防御力が最高になる一瞬を上手く風天の攻撃に合わせて来るのだった。その為、他の戦いの大勢が決した今でも二人の決着はついていなかった。
「ネームレス! あたし達の出番は終わり! 退くよ!」
 旗艦オールド・ワンから輝夜が叫ぶ。既にエッツェルも戻っているようだった。
「どうやら……これまで……の……よう…………です……」
 鍔迫り合いを続ける中、ネームレスが撤退の意思を見せる。それを逃がさないとばかりに風天が衣服を掴んだ。
「無駄……です。いくら……近くても……貫け……は…………しません……」
「そうですね。普通にやるだけでは駄目なのはこれまでで良く分かりました。なので最後に一つ試させて貰いますよ」
 そう言って風天がネームレスを持ち上げる。そして金剛力を使った全力で、天高く放り投げた。
「おお……これ……は……」
「さて、この一撃には耐えられますか?」
 真下では風天が刀を真上に構えている。重力による落下の力と、下からの突き上げの力を合わせる事でネームレスの防御力を貫こうという考えだった。
「なる……ほど。最後に……面白い……物…………を……見せて……頂き……ました……」
 ネームレスが僅かに笑みを浮かべる。そして自らを魔鎧とする事によって攻撃を回避しつつ、同時にオールド・ワンへの帰還を果たした。
「さて、それでは参りましょうか、輝夜さん。彼らが物語を終えるまで、私達はこの海でのんびりと待つ事にしましょう」
「オッケー! エッツェル。それじゃ、オールド・ワン、しゅっぱーつ!」
 荒波を越え、オールド・ワンが海域を離れだす。ここに、宝玉を巡った戦いは終わりを告げようとしていた――のだが。
 
 
「宝玉が別の海賊の手に渡ったですって!? ならその海賊達を討伐して取り返すだけだわ! 祖国の為に……アストロラーベ、全速で前進なさい!」
 宝玉を自国の至宝だという記憶を持っているフラン・ロレーヌ(ふらん・ろれーぬ)がエル・ソレイユへと船を向ける。それを受け、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)達の乗るリヴェンジもそちらへと進みだした。
「陛下。大陸の船が針路を変更しました。目標はあの艦船のようです」
「何を目的としているかは知らぬが警戒はしておくべきであろう。ドレイクよ。針路をあの船に」
「了解でさぁ! 陛下」
 
「ん、エル・ソレイユに光が見えるな。宝玉が次の海への道を開き始めたのか?」
 戦闘が終わり、他の船と合流する為に進んでいたアークライト号の舵を握りながら、無限 大吾(むげん・だいご)が僚艦の様子に気付く。隣にいたヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)はその光景に微かな違和感を覚えていた。
「妙だな……今までは光が一方へと飛んで行き、そこに境界が造られていたはずだが……」
「そう言われれば、今回のは光がそのまま膨れ上がってる感じだな。どうしたんだろう?」
 その時、急に嵐が強くなり始めた。風はむしろ暴風と言える強さとなり、それぞれの船を翻弄する。
「む、いかん!」
 ヴァルが耐電フィールドを張り、落雷から船体を護る。だが、船はまるで光へと吸い寄せられるように制御を失っていった。
「駄目だ、舵が利かない! このままじゃエル・ソレイユにぶつかるぞ!」
「総員何かに掴まれ! うおぉぉぉぉ!!」
 光が周囲にいた艦船を巻き込み、徐々に収束していく。完全に光が消え去った後には、ただ吹き荒れる嵐のみが存在していた――