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結成、紳撰組!

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結成、紳撰組!

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■■第三章


■其の壱



 ここマホロバには、二大遊郭がある。一つは、東雲遊郭で、マホロバ城下にある幕府による唯一公許された遊女の街だ。幕府の規制もある。そしてもう一方が、水波羅遊郭だ。こちらは、一般的に出入りが自由であり、扶桑の都にある伝統ある花街である。
 その一角で、甲賀 三郎(こうが・さぶろう)高坂 甚九郎(こうさか・じんくろう)、そしてメフィス・デーヴィー(めふぃす・でーびー)と暁津藩の脱藩浪士が向かい合っていた。
「お主らのやり方、実に気に入った」
 藩の体勢に否を唱えて脱藩したこの浪士は、腕にまいた改革を誓う茶色い革製の腕輪の位置を正しながら、三郎を見据えた。
「流石、異境の忍びの一族だけある。この調子で、抹殺を続けてくれ」
 三郎は、甲賀一族の忍びの出であり、その現実的で冷徹な性格を、顕著に仕事にも発揮しているのである。
 既に朝が近くなりつつあるその夜、他所では、梅谷才太郎風祭 隼人(かざまつり・はやと)らが、他方では松風堅守武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)達が会談を持っているこの夜更け、遊郭のその居室では、花扇と呼ばれる、一人前の遊女を外させ、奇襲に関する密談が成されていた。
 三郎達が行っているのは、『社会的抹殺』である。
 それも徹底しており、月夜を避け、逃げ場は常に確保しておくという戦法だ。また、多勢に無勢は控えている。尤も、止むをえない場合は――推して知るべきであるとはいえ。
紳撰組と扶桑見廻り組を同時に相手にしない事で、不利となる戦いに誘われない様にするなどのルールを自身らに課して行動している彼らは、これまでに他の辻斬りとは異なり、被害こそ甚大に与えては居ても、目はつけられていないのである。
「武士とは『誉』を頼りに生きている生き物であるからこれでも十分であると認識しています。暁津藩の主張もあわせて『天誅』にこめてあると思います」
 三郎の回答に、暁津藩士は拍手を送ったのだった。
「何も殺すだけが全てではありませんから」
 彼が赤い瞳を瞬かせてそう述べると、甚九郎が首を縦に振った。薄茶色のドレッドヘアーに手を添えた彼は続ける。
「パトラッシュを――犬を、伝令用に同行させているのであります」
 その声に、コリー犬に優しい眼差しを送りながら、メフィスがきまぐれそうな赤い瞳に、優しさを滲ませたのだった。
「そろそろ行ってきます」
 そう言い、三郎が立ち上がった。


 そうして三郎達が、朝靄の中、市中へと出る頃。
「なにをしているんですの、レティシア」
 遊郭の格子の正面で、ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が、目を剥いていた。視線が向かう先は、艶やかな着物を纏ったレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)である。
「あちきも女の子だから、雛妓にでも、と思って」
 雛妓とは、見習い遊女の事である。
「さっさと出て。見回りの時間です」
 呆れたように、眉間に皺を寄せ、ミスティが嘆息した。遊女屋の主人である楼主に詫びを入れ、彼女は金子を支払う。
「全く……こうして財政難になっていくのです。戯れならば兎も角、身請け金だなんて」
「ごめんごめん」
 だがミスティもレティシアの悪意のない様子に、つい溜息一つで許してしまうのだった。
 そんな彼女の後ろには、一緒に見廻りをする事になった長原 淳二(ながはら・じゅんじ)が複雑そうな表情を浮かべて立っているのだった。仮面のせいで表情こそ、うかがえないものの、海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)も沈黙している。
「よし、あちき達も頑張ろう」
 レティシアが、外へと出て色気ある装いから、隊服に着替えてから声を上げる。
 それに頷いた一同は、見まわりを開始したのだった。
 ――暫く皆は歩く。
 そして四条大橋へとさしかかった頃、そこに白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)と、纏われたアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)が現れた。
「なかなか強そうな奴じゃねぇか」
 竜造のその声に、アユナが身をかたくする。
 彼女は、急所狙いの淳二の攻撃の前に魔鎧のスキルであるチェインスマイトを使用した。 同時に、パワーブレスもかけてそれを強化する。また、複数人を相手にする事になったので、歴戦の防御術を駆使した。それによって、方々から襲い来る海豹仮面やレティシアの相次ぐ攻撃を受け止める。
「面白くなってきたな。お前らを殺れば、芹沢鴨をひっぱりだせるか?」
「それが目的なんだねぇ――海豹村!」
「何その不自然な宣伝」
 レティシアがつっこみながらも、竜造達を警戒する。
 すると海豹村の若き村長は、何も応えずに竜造らに向かっていった。
「仕方無ぇな。やる気が削がれた。また、な」
 それを受け流し、竜造は踵を返したのだった。


 その頃、甲賀 三郎(こうが・さぶろう)高坂 甚九郎(こうさか・じんくろう)、そしてメフィス・デーヴィー(めふぃす・でーびー)は、別の路地を見回っていた紳撰組隊士達に、始めて見つかっていた。何人もの隊士達が集まってくる。
 ――だが。
 アサシンブレードと月光の指揮杖を携えた三郎が、スキルのリジェネレーションを発揮し、死に難い体を得た。そして、罪と死を、囲む隊士達に向ける。その上で、ファイヤーストームを放った。
 ――大概、高温の炎に巻き込まれたくないと怯むだろうから。
 そんな思いで彼は、大勢に囲まれた現在、血路を開くためにスキルを使用したのである。
「熱っ――!」
 何人かが、その炎の威力に、後退する。
 そこへ三郎を補佐するように、甚九郎が鬼神力を発揮した。鬼神力は、鬼の力を覚醒させるスキルである。続いて彼は、爆炎波で、隊士達を退かせるための攻撃をした。その上で、ライトブレードを握りしめ、ソニックブレードを用いる。すると、音速を超えた一撃が、隊士の一人が持つ刀を、真っ二つにした。
「つ、強い――!」
 一人、また一人と、誰とも無く隊士達が呟き始める。そこにメフィスが、雷術を使用した。
「奔れ、雷遁!! 蒼穹を貫き天蓋を砕け!!」
 直線状に迸る強力な雷撃が紳撰組の隊士達を押そう。それは一種のビームのようだった。続いてメフィスは、アシッドミストというスキルを使用した。逃げだそうとしていた隊士達の動きが止まる。
「逃しはしない――ウイッチキッス!!」
 皆、気絶したのである。広範囲に展開する敵対者を退かせる術であるこのスキルは、甘い香りが神経系に作用して、気絶に追い込む事があるのである。
 メフィスは、正直なところ、攘夷論にまったく興味はないが、何だか面白いのでちょこっと参加してみようと考えていた。基本は専守防衛のメフィスであるが、今回ばかりは、宿主の三郎が危険かなぁと、感じた為に守勢から攻勢に転じたのだった。
 そんな心境は変わらぬまま、闇の宝玉を手に、穏やかにメフィスは目を伏せる。そして、 それを媒介にして魔術を唱えた。
 ――この宝玉が力の源だと思わせることが出来ると思う……かな?
 一人そんな事を思案しながら。


■其の弐


「またやられてるわ」
 額に貼られた天誅という紙を一瞥しながら、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が呟いた。すると傍らで、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)もまた、困ったように眉を顰める。
 巻き込まれる形で紳撰組に入隊した二人は、まったりと扶桑の都で過ごす為に、ある決意をしていたのだった。巻き込まれたとはいえここまで来たら中立を気取れるわけないし、さっさと元凶である不逞浪士をやっつけた方が扶桑でまったりと過ごせるとの判断だ。『急がば回れ』という次第である。
「困ったな」
 近藤勇理が呟いた。棗 絃弥(なつめ・げんや)が、隊士達に連れて行く様視線で指示を出した。
 またも恥ずかしい格好で放置されていた隊士の姿に、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が憤慨する。
 他にも、何体かの首切り遺体が本日は発見されている。新たな辻斬りも出現しているようだった。行方不明の首が、少なくとも三つある。
「早く捕まえないとな」
 正悟が言う。
「犯人の情報が全く出てこないから難しいよね」
 ヘイズ・ウィスタリア(へいず・うぃすたりあ)が呟くと、罪と呪い纏う鎧 フォリス(つみとのろいまとうよろい・ふぉりす)とセレアナがそれぞれ頷いた。
 そこへ扶桑見廻組の一団が、通りかかった。
「なんだ、また逃がしたのか」
「本当にそんなんで治安維持なんて出来るのか?」
「関わるな、無能がうつる」
「言ってやるな、可哀想だろう。人手不足で、猫の手も借りた方が良いような素人の集まりなんだぞ?」
 四・五人の揶揄するような笑い声が響いてくる。
 中でも際だっていたのは、隠代 銀澄(おぬしろ・ぎすみ)の声だった。
「扶桑見廻組、芦原藩が武家隠代家の銀澄です! 国に仇なす不逞浪士、覚悟しなさい!」
 方々でそう告げ、胸を張って見回りを張り切っていた彼女は、紳撰組の姿に侮蔑の視線を向けた。
「志を持たぬ契約者がマホロバを守るなど信じられないです。扶桑の都で暴れだした不逞浪士の影には契約者がいるそうですが……本当に強いのか試してあげますよ?」
「何言ってるわけ?」
 それを聴きとめた楠都子が、くってかかる。
「聞き捨てならないわ」
 セレンフィリティが頷いて、きつい眼差しを投げかけた。
「ちょっと待て、抑えるんだ」
 そこへ正悟が、静止の声を上げる。
「紳撰組と見回組との喧嘩、この時期にそんな意識はマイナスにしかならない」
 彼は考えていた。――紳撰組は外の人間も入れているという部分と世界樹である扶桑はマホロバ人にとって聖域にあたるから扶桑周辺は見回組に町の治安は紳撰組が受け持ってそこから連携を取れるようにしてみるのはどうだろうか?
 これは奇しくも、松風邸で行われた会談にて提案されたものに、実に近い案である。
「その通りだ。マホロバの今の不安定な立場を考えれば、身内同志で争っている場合じゃあないだろう。今俺たちが戦わなきゃいけないのは別にいる」
 そこへここ数日の働きぶりで、扶桑見廻組の中で頭角を現し、正式に入隊を果たした七篠 類(ななしの・たぐい)が声をかけた。すると、扶桑見廻組の面々が、揶揄する言葉を止めた。元々、マホロバ幕府の軍艦奉行並でもある彼は、深く現在の二つの組織の関係に憐憫を覚えていたのである。
 ――扶桑見廻組と新撰組の共存できれば……その橋渡しがしたいんだ。
 そんな思いで、彼は続けた。
「俺たちが今しなきゃいけないのは、今後エリシュオンと渡りあう為に兵士の技術力の強化や鍛錬をする場の提供だ。いがみ合っている場合じゃないだろ?」
 さながら日本は幕末の江戸で活躍した、坂本龍馬のような柔軟な発想を持つ彼は、両組織の事を憂いながら、マホロバを想った。
「世の中の事は月や雲のようだ。どう移り変わっていくものか、全く分からない。だからこそ、手と手を取り合って、この扶桑の都の太平を築いていかないと」
 全く同じ言葉を、坂本龍馬は、姉宛の手紙で綴っている。
「そうだな。そちらにも、こちらにも、同一の指名手配所が回ったと聴くしな」
 勇理が頷くと、正悟が視線を向けた。
「今朝づけで、松風公から指示が降りたんだ」
 絃弥が応えて、正悟とヘイズの前に、手配所を差し出す。
「……子供の落書きみたいな似顔絵だな」
 そこにはオルレアーヌ・ジゼル・オンズロー(おるれあーぬじぜる・おんずろー)の、全く似ていない肖像が描かれていたのである。
「これで本当に捕まえられるのかな」
 ヘイズが呟くと、類が嘆息した。
「扶桑見廻組は、尽力します」
「勿論、こちらも懸命に探す事にする」
 勇理が応えると、類が笑って見せた。こうして互いに目的を再確認し合い、喧嘩の矛を収めて、それぞれは、違う方向へと進み始めたのだった。

 そんな彼らの後ろを、一匹の太った猫が横切っていく。

 その向こうには、茶屋が軒を連ねていた。
「お団子美味しいでござる」
 そこでは、秦野 菫(はだの・すみれ)が、三色団子を頬張っていた。緑と白と桃色の色彩が、陽光を反射して、美味しそうに輝いている。特に積み立てのヨモギで作られた緑色の団子の香りと食感は、舌に載せるとたまらない。傍らでは、梅小路 仁美(うめこうじ・ひとみ)李 広(り・こう)がお茶を飲んでいる。
 菫は、白い団子を噛みしめながら、扶桑の都の事を考えていた。今この都は、マホロバの世界樹である扶桑が危機的状況で、エリュシオンの侵攻も噂され現状である。国内も親エリュシオンの瑞穂藩、親シャンバラの葦原藩、そして攘夷思想が吹き荒れる暁津藩の有力勢力のせめぎあいが続いているのが実情だ。
 ――扶桑の都もそんな状況下で民衆の不安も高まっているでござる。けれど敢えてそんな時だからこそ明るく生きていくべきではござらんか。
 不安になっていても何一つ解決しないと菫は思った。だからそんな事はおくびにも出さず、ただのほほんと毎日を過ごす決意をしていたのだ。
 ――他の人がどのように思っても良いのでござる。自分がやるべきことをしっかりと認識してやるべき時にやれるようにしていれば。
「出会いというのも一期一会。美味しい団子も綺麗な茶屋の看板娘もそういうものでござるよ」
 そう言って、茶屋の店番の娘に笑顔を向けた菫の視界に、歩いていく勇理の姿が入った。
 何とはなしに周囲に気を配っていた勇理が、その姿に気がつく。
「あ、近藤勇理ちゃんでござるよ。紳撰組の」
 菫のその声に、仁美と広が視線を向けた。突然名を呼ばれた事で、タイから離れ、勇理が歩み寄ってくる。
「なにか?」
「勇理ちゃんもお団子を一ついかがでござるか?」
「――有難う」
 唐突な出来事だったが、菫の声と共に、何を言うでもなく店の娘がお茶を差し出してくれた事で、勇理は静かに腰を下ろして礼を述べた。気苦労が絶えない日々の中で、まだまだ紳撰組の存在は周囲に受け入れられていないのではないかという不安が、彼女達の高位によって吹き飛んだ気がしたのだった。
「生き急ぐだけでなく、たまには生き抜きも必要でござるよ。張り詰めた弦はぷつりときれやすいでござる、ニンニン」
 菫がそう告げると、仁美が大きく頷いた。
「紳撰組の皆さんもただ殺伐と過ごすよりもずっと素敵だと思います。たまにはお茶を飲む事も。もっとも、強要するような真似はしません。それは野暮な事ですわ」
 仁美は実の所、菫の本心を察していた。だが、敢えてそれを気づかぬフリをして共に遊び歩いているのである。扶桑の都の春を満喫しているのだ。
「ただ、世の中不景気だからといって、自分の顔まで不景気になる必要は無いのですよ」
 元々の性格が享楽的であり、刹那的な生活を過ごしていた時期もあるので彼女は、端から見ていると、いつも通りの様子である。
 ――逆に自分の生き方を他の方に変えるように言われるのも好きではないですね。人は人、自分は自分。画一的になる必要はないのですから。
 内心そんな事を考えていた仁美の隣で、広がみたらし団子へと手を伸ばした。
 後ろで束ねた黒い髪が揺れている。
「まあ大事の前に英気を養うという意味で今はゆっくりとしているのかもしれませんが」
 広はそう口にしてから、団子を頬張った。甘さと醤油の良い匂いが、瞬間的に口の中へと広がる。
 ――色々と騒がしい世の中ですが、菫たちはちょっとのんびり過ごしがちな気がします。
 そんな事を思いつつも、広は、店の前に連なる桜の木々を眺めた。
「『明日ありと 思う心の あだ桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは』――そんな、世の諸行無常を歌う有名な歌でありますが、だからこそ悔い無きよう、生きたいものです。桜の花の命は短いものです。その時その時を大切にする意味でも、楽しむ時はめいいっぱい、楽しみたいですね」
 広のその言葉に、勇理は深く頷いた。
「そしてその時間が少しでも平穏で、優しい者になるように、私は治安維持に努めようと思う――本当に有難う。気が紛れた」
 再度礼を述べ、勇理は立ち上がり、隊士達の元へと戻っていったのだった。


 勇理が隊列へと戻る姿を、目深に被った笠の奧から天 黒龍(てぃえん・へいろん)がうかがっていた。傍らには、黄泉耶 大姫(よみや・おおひめ)の姿がある。丁度、勇理達がいた茶屋の席と背中合わせになる位置で、黒龍達は、秦野 菫(はだの・すみれ)が訪れるよりも前から、紳撰組に関する話しを、店の娘や来客者達から聴いていたのである。
 黒龍は、こう考えていた。――扶桑の都を守るのがどの派閥であろうと私は構わない。ただ、東雲遊郭では得られないこの地の現状を知りたい、と。
 ――そうすれば……『彼』を動かす鍵にもなろうからな。
 そんな心境で、黒龍は、日のある間は人が集まる茶屋で紳撰組にまつわる噂でも聴くかと考えて、茶屋へとやってきたのである。
 ――良い噂悪い噂、両方あるだろうからな。悪い噂の方は特に細かく聞いておこう。
そう思い、黒龍は、遠目に勇理達の姿を見送ってから、質問を再開した。
「うーん、紳撰組の良い所ねぇ。そりゃぁあれだね、局長が格好いい。副長さんも、鬼の副長なんて呼ばれてるけど、茶屋に来ると本当に優しくて面白い人なんだよ。他にも隊長さん達も楽しいねぇ」
「では、悪い所は?」
「悪い所? うーん、なんだい、そんな事を聴いて。良いところの感想も無しかい? 質問しておいて。愛想が悪いねぇ」
 茶屋の娘のその言葉に、黒龍は、綺麗な緑色の髪を揺らしながら嘆息した。そして特技の誘惑を使用する。
「……愛想が悪い? ……失礼……性分なのですよ」
 その麗しい声音に、娘が僅かに頬へと朱を指した。
「い、いえ、良いんですよ。そうねぇ――悪いところは、やはり良くも悪くも、育ちかしら。扶桑見廻組の下っ端連中は口が悪いんだけどねぇ、あくまでも『口』だからねぇ。御武家さんは違うよねぇ。その点、紳撰組は、下っ端の弱い奴程、よく手が出るのよねぇ。粗忽というか、乱暴者というか」
 一方の大姫はといえば、二人のやりとりを聴きながら、思案していた。
 ――……やはり、辛いものよの……枯れゆく扶桑を目の当たりにするは……。
 元々は、葦原藩士の娘だったが既に家を出奔している大姫は、素性を隠すため編み笠を被り、仮面でなく髪で顔の左半分を隠している。
 ――……これだけはどうしても晒せぬ。
 普段は、人を寄せ付けない荘厳な龍面で口許以外を隠している大姫は、隠している顔に、生まれつきの痣と昔恋人に付けられた傷跡があるのだ。大姫はこれを見られる事を最も恥としているのである。
 ――妾はあの扶桑が愛しい。……何をしてでも、散らせとうはない。
 大姫がそんな事を考えていた時、久我内屋が、茶屋の食材を卸にやって来た。
 荷を運ぶ坂東 久万羅(ばんどう・くまら)が、通り過ぎていく。
 ――……今の男、もしや以前花見の席で会うた……いや、気のせいか……。
 大姫が思案している前方を、太った猫が長屋の方へと向かいは知っていくのだった。
 その隣の店では日下部 社(くさかべ・やしろ)が、情報収集を行っていた。
「ふむふむ。なるほど。不逞浪士と一緒に変な奴らがおるっちゅうのはホンマなんやね? おおきに! またお茶しよな」