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結成、紳撰組!

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結成、紳撰組!

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■其の四


 朝が到来しつつはあったがそれは未だ薄闇に彩られた、世が言う明けの明星が顔を出す前の事である。
 街から扶桑へと続く路、境岩が鎮座する陰の通りで、人斬りをした浪士が二人、笑いながら夜道を歩いていた。胸には高揚感が募り、人を殺めた感覚と攘夷という空虚で実質は無いが一体感と万能感を教えてくれる新たな思想が、二人に蛮行を繰り返させる。
「今日は三人斬ったなぁ」
「俺なんて五人斬ったぜ」
 人の命を舞う桜の葉のように数え、二人は笑っている。そんな侍二人の前に、その時誰かが立ちはだかった。
「なんだ?」
 一方が顔を上げると、もう一方は視線も向けずにただ笑った。
「死にに来たんだろう、どうせ」
 応えた侍が、手を刀の柄にかける。
 しかし、頽れたのは、その侍の方だった。そこへ現れ手を下したのは、樹月 刀真(きづき・とうま)である。冷徹そうな赤い瞳が、先程まで笑っていた浪士達へと向けられた。銀色の髪が静かに揺れている。凍てついた憤怒の情が、彼の顔には宿っている。
「扶桑が傷付きマホロバが乱れるのなら逆も又然り、マホロバを平定して扶桑を癒す……俺が思う俺なりの方法で」
 もう一人の浪士を手にかけてから、刀真が呟いた。
 ――このまま扶桑が傷付いていけばそれに取り込まれ命を与え続けている白花も死ぬことになる、そんな事はさせない。
「俺は後悔している、あの時扶桑を燃やした奴等を殺さなかった事を」
 彼は静かに目を伏せると、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)の事を思い出した。彼女の乳白金の色をした、少しだけ癖のある美しい髪、そして金色の瞳は、決して刀真の意識から消えはしない。彼女は現在、扶桑の中へと取り込まれているのだ。その扶桑に、火の手が上がった事は、未だ記憶に新しい出来事である。
 ――……何故殺さなかった? 何故殺さなかった! 次は無い、扶桑をマホロバを傷付けるものは全て敵だ必ず殺す……例えそれが扶桑見廻組であろうと、新撰組であろうともだ。
 そんな悲愴を含んだ決意の元、刀真が進んでいく。その後ろでは、不安そうにパートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が瞳を揺らしていた。長い黒髪が、夜と同化しているように見える。同色の儚げな瞳を、刀真へと向けながら、彼女は思案していた。
 ――刀真が扶桑の為に頑張っているけどその方法が危険。昔の刀真に戻っちゃった気がする……嫌だな。
 冷静な思考でそんな事を考えた時、彼女の隣から、刀真を追いかけて玉藻 前(たまもの・まえ)が歩き始めた。
「月夜は心配しているが、我は今の刀真の方が好きだな」
 視線だけを月夜へと向けて、彼女は妖艶な表情で薄く笑んだのだった。
「どこへ行くのだ?」
 それから彼女は、先を歩く刀真へと声をかける。
「見回りを続ける」
 本当は扶桑の大樹の事が気になって仕方がないのだろう刀真の声は、しかし屹然としていた。それは、扶桑の木には仲間が出向いているからかも知れなかった。その信頼ゆえなのかもしれない。

 彼らは、紳撰組でも扶桑見廻り組でもない。
 けれど同様に、扶桑の都を、そして扶桑自体を憂う者達だった。
 ――彼岸花、である。
 今となっては頓にこの都で存在感を増しつつある、第三勢力だ。

 実際その頃扶桑の木の傍には、彼らと知己である秋葉 つかさ(あきば・つかさ)が一人立ち、大木を見上げていた。彼女は元々は、前将軍鬼城貞継の御花実様であったのだが、少しばかり前より扶桑の都に長屋を借りそこで生活を始めているのである。
「この扶桑の都も物騒になってきましたね……」
 思わず一人呟いた彼女のピンク色のツインテールが静かに揺れる。
 ――これ以上皆の囚われる『扶桑』に傷をつけられるわけにはいけません。
 そんな強い想いを抱いて、彼女は一人大きく頷いた。彼女もまた彼岸花の一員だ。
「そう……せめて噴花までは……貞嗣も連れていかれたのにここに残っているのは理由がありますから……」
 自身と前将軍の御子の名を舌に載せ、彼女は白くなり始めた空を仰いだ。
「まぁ……ここまでやってくるような物好きも居ないとは思いますが」
 それでも自分は扶桑の警備をしっかり行おうと、彼女は考えていた。

 だが彼女の予測に反して、もの好きでなくとも扶桑の傍を通りかかるものがあった。東條 カガチ(とうじょう・かがち)東條 葵(とうじょう・あおい)である。二人は旧知の仲である芹沢 鴨(せりざわ・かも)の姿を捜して、このマホロバへとやってきたのであるが、本日は会う事が叶わなかった。そうしてここにいる。
 なぜならば、葵が迷子になってしまったからだった。度々自主的に迷子になるパートナーに対し、カガチが端正な表情にきまぐれそうな色を載せて、微笑した。
「葵ちゃん、何か面白いものでもあったのかぃ?」
 扶桑を見守る御花実様――それをさらに遠巻きに、闇に乗じて眺めている黒い装束姿の何者かを目視しながら、カガチが訊ねた。
「朱い面……牛だろうか」
 するとセミロングの黒髪を揺らして、葵が静かに口角を持ち上げた。
「興味無いねぇ。兎に角明日こそ、鴨ちゃんに会いに行こうじゃないか」
 カガチが呆れ混じりにそう呟くと、牛面の黒装束が、気配に気づいたのか身を翻して去っていく。それをしっかりと見据えたまま、葵もまた形だけ、黒い瞳で頷いたのだった。
「今頃、『新撰組』の人たちが何をしているのか。俺は、そっちの方が気になるな」
 諦観混じりに、カガチがパートナーの横でそう口にする。それでも未だ、葵の目は消えていく黒装束の姿を捉えたままだった。


 その数日前、噂の主達はといえば、武家の邸宅が並ぶ魅谷甲良屋敷を少し外れた場所に位置する宵保野亭という料亭で、顔を合わせていた。
「しかしここは……新撰組時代を思い出すな」
 近藤 勇(こんどう・いさみ)が口にした。精悍な顔立ちの彼は、静かに頬を持ち上げる。するとマイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)が、頷いて見せた。
「紳撰組という組織が出来たらしい」
 その声に、勇が軽く頷く。
 彼も話を聴いて、紳撰組の事を志を継がんとする『後輩』として好意的に捉えていた。
 その為には、――可能な限り助力も惜しまないつもりだ。
 だが勇本人は、自分は幕末で全うしてやりきったと考えてるので新撰組局長として公に介入するつもりも野心もない、というのが正直な胸中である。
「試衛館の扶桑支部道場を立ち上げましょうよ、近藤先生。旧新撰組の仲間達の活動の拠点とするんです」
 酔いも回った夜更けの事だ。
 そこへ沖田 総司(おきた・そうじ)が、そう提案した。すると、勇が考えるように瞳を揺らした。
「総司が師範か……お前の指導は昔から荒っぽいからなぁ……」
 そんな言葉に、周囲から笑みを含んだ吐息が漏れる。聴いていた風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が優しげな黒い瞳で、パートナーの総司を見やる。
「最近の扶桑の都は物騒なようですし、民衆にとってもいざという時の自衛の手段を見に付けたいと思っている人もいるでしょう? 丁度良いかもしれませんね」
 美少年である優斗の麗しい声がその場に消える前に、諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)が頷いた。
「沖田殿、運営の資金繰りは任せて下さい」
 スキルである財産管理を念頭に置きながら、孔明が微笑した。後ろで束ねた黒髪が静かに揺れている。彼は、昔の経験を活かし経理や運営に必須となる事務的な仕事を担当して助力しようと決意していた。昔というのは、彼が英霊になる前に過ごした中国後漢末期から三国時代の蜀漢の事である。当時の孔明は、政治家・武将・軍略家・発明家だった。
「私も民と交流し自分が学んで来た剣術を伝える事で、マホロバの民の役に立てるのならば嬉しい。それに、戦に備え鍛錬し己の技術を更に磨きあげたいとも思っている」
 そこへ鬼城の 灯姫(きじょうの・あかりひめ)が、同意を示した。彼女は、前将軍鬼城貞継の腹違いの姉である。勿論その事を公にして、この場へ訪れたとなれば、将軍家が難色を示すのは目に見えていた。その為本日は、お忍びである。
「そう言う事なら、まだまだ人手不足とも聴くし、練度の問題もあるから、芹沢さんを通して、紳撰組の連中にも声をかけてみるか」
 原田 左之助(はらだ・さのすけ)がそう口にすると、大きく椎名 真(しいな・まこと)が頷いた。
「そういう事ならば、明日にでも話しをして、『新撰組』として影から紳撰組のサポートしようか」
「賛成だ。ただな……会いたくない奴がいるんだよな」
 左之助が深々と吐息する。
 ――生まれ変わって水に流して……というのは難しいもんだ。
 すると左之助の心中を見透かし同意するように、土方 歳三(ひじかた・としぞう)が唇を動かした。
「影からフォローするのは良いとしても――あいつ、楠小十郎は、正直快くは思ってない」
 彼もまた紳撰組自体には好意的だったのだが、気になる人物がいるのである。
「確かに異国でこの時代に新撰組を名乗るとはどういうつもりなのかしら。あんまり気が乗らない」
 日堂 真宵(にちどう・まよい)がそう応えると、土方が嘆息した。
それには気づかず真宵が続ける。
「そもそもわたくしはこの手の体育会系のノリは好きじゃないのよね。だから試衛館の扶桑支部道場も――」
「それは違う。練度不足の未経験は不要な死を招く。だから道場は――」
「ん!? え? な、ななな、何も言ってないわよ」
 少しばかり怒気を帯びた土方の低い声に、真宵は顔を背けたのだった。
 こうして一同は、試衛館の扶桑支部道場を都の一角に構える事に決めたのである。
 新撰組縁の者達が、そうして賑々しく、楽しさと疑念があい混じった調子で、料亭で夜を越そうとしている頃、その床の下を抜け、一匹の太った猫が道へと進み歩き出した。
 その日は、これから街へと繰り出すところだったのである。

 さて時は戻って本日、夜道を歩く猫が最後に帰り着いたのは、『久我内屋』という商家であった。
 どうやらその店が、猫の住まう家であるようで、太ったその猫は、寝静まった家の中へとはいると、定位置の箪笥の上へと飛び乗った。
 そうして目を伏せる。
 このようにして、扶桑の都における喧噪の契機といえる夜が一つ、過ぎていったのだった。