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荒野の大乱闘!

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荒野の大乱闘!

リアクション

「むぅ……さすがに連中は強いな……」
 ハリボテ校舎から10メートルほど離れた所、肉が焼ける匂いをかすかに感じつつ、げんだは腕を組み状況を眺めていた。
 舎弟650人全員を動員したものの、やって来た相手はそれなりに熟練した契約者ばかり。今回中心となっているバカ女と真面目男のコンビは、連中と比べればかなり弱い方だろうが、それでも舎弟たちを叩きのめすだけの実力は備えているらしい。
 このまま普通に戦い続けていては、自分たちが負けるのは時間の問題だろう。だが、たとえ負けることになったとしても、
「こちらが謝って終わらせるわけにはいかんのだ……」
 幸いにして死者が出たという話は無い。倒されてもせいぜい「戦闘不能」レベルであって、命を奪われた者がいないのだ。それならば無茶を通して戦闘を続行しても問題は無い。これで死者が出たとなればさすがに撤収を命じただろうが……。
「……ところで」
 げんだが鼻をひくつかせながら後ろを振り向いた。先ほどから肉が焼ける匂いが漂っているのが気になって仕方がない。
「さっきからそこは何をやってるんだ!?」
 匂いの発生源はげんだの後方数メートルの所に置かれた七輪の上からだった。どうやらそこで何者かが焼肉を食べているらしい。
「あら、あっさり見つかっちゃいました? ブラックコートとかベルフラマントとか光学モザイクで姿は隠していたんですけど……」
「さすがに七輪は隠せなかったから、それが原因じゃない?」
「なるほど〜」
 七輪の近くから声が聞こえ、そしてそこから2人の女が姿を現した。この大乱闘の最中、暢気に焼肉パーティーを開いていたのは葉月 可憐(はづき・かれん)アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)である。
 連れてきたガーゴイルに七輪を運ばせ、贅沢と称して牛肉、牛タンの串とタレを用意してまで焼肉を食べていたのは、ひとえにこの乱闘を観戦するためである。それ以外に深い目的は無い。
「な〜んかどこかで見たような顔というか雰囲気というか……。まあそれはともかくとして、こんなところで何を?」
 呆れた表情を隠しもせずげんだは2人に問いかける。
「観戦ですよ〜」
「この牛タン串おいしいよねー」
「いや、観戦って……。ここは危ない人がたくさんいて、しかもケンカの真っ最中なんですけど?」
「ですから、それを見に来たんです」
「もぐもぐ……、うん、このタレがまたなんとも言えない味で……」
「ケンカを見に来たって……。またえらく酔狂な」
「あむあむ、だって皆さんが頑張ってる姿って見てて楽しいですし。あ、よろしければ皆さん一緒に食べますか? 七輪と材料とタレはたくさんありますので、皆さん、味わって食べてくださいね♪」
「いえ、結構です。っていうか食べてる暇無いと思います」
 校舎を背にした方向ではいまだに乱闘が続いており、いつ誰が突撃してくるかわからない。そんな状況下で、いくら今は周囲が落ち着いているからといって暢気に焼肉を食べてなどいられない。
「え〜、そんなあ。私の料理は食べられないってことですか?」
「そうじゃありません。っていうかですね……」
 そうしてのんびりした会話を展開させている最中だった。
 げんだの後方――つまり乱闘の場から「ぶんなげすぺしゃるー!」という掛け声と共に何かが飛んできた。
 それはケンカに参加していた学ランの男だった。
「おわっ!?」
 振り向いて、ミサイルのように飛んできた不良を避けるげんだ。受け止めるものが無いまま、不良はそのまま飛んでいき、可憐とアリスが食べていた焼肉の七輪、そしてアリスの命により材料等の荷物を運んでいたガーゴイルに衝突した。
「あああああああっ!? 七輪と焼肉とタレが無残なことに!?」
 もちろんこれに驚いたのは可憐だ。観戦のつもりで焼肉を用意しておき、ついでに不良たちにも振る舞えるなら振る舞い、そのまま友達付き合いができればと思っていたのだが、それを達成する前に全てを台無しにされてしまったのである。
「せ、せっかく用意したものが、全部、全部……!」
「あ〜、なんつーか、スミマセン?」
 絶望に打ちひしがれる可憐とアリスに、げんだは――特に何もしていないのに平謝りするしかなかった。

「というか、そっちはそっちで一体何やってんだ!?」
 今度はげんだの耳に何かをかじるような音が断続的に聞こえてくる。音のする方に向くと、そこにいたのはスナック菓子を片手に観戦していたトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)だった。
「あ、俺ぁ見学だから気にしないでくれ」
「さっきも似たようなこと言ったが、こんな乱闘の真っ最中に見学なんかされてたら気が散るわ!」
「ははは、まあいいじゃねぇか。カタいこたぁ言いっこなしってことで」
「おい、そりゃ硬派を名乗る俺に対するあてつけか、それともジョークか!?」
「両方」
「おい!」
「ははははは。まあ手ぇ出したりとかはしないから、ホント気にしないでくれよ」
 悪びれもせず笑い続けるトライブに、げんだはもう何も言えなかった。少なくとも手を出してくる様子は無いようなので、そのまま放っておくことにした。
(それにしても、えらく数が多いよな。約650人だって? まあ見えてる分はもっと少ないだろうが、それにしてもこりゃ壮観だ……)
 スナック菓子を食べながらトライブはそんなことを思う。確かに大人数がまとめて乱闘を起こすというのは、普段ならばあまり見られない光景ではある。かつてはパラ実と教導団が荒野を舞台に戦争を起こしたことがあったが、あれはあくまでも銃弾が飛び交う「戦争」であり、男たちが素手素足でひたすら殴り合う「乱闘」ではない。そういう意味ではこの光景は意外と新鮮なものだったりするのだ。もっとも、瞑須暴瑠(べいすぼうる)であれば、乱闘が当たり前のように起こったりするのだが……。
「こらそこ、気合が入ってないぞ〜。もっとしっかり殴れよな〜」
 などと野次を飛ばしつつ、トライブは乱闘を眺める。すると、殴り合う不良たちの中の1人に目が留まった。
「どりゃ〜! びっぐぼんばー!」
「どぅぶっはぁ!」
 叫びと共にアッパーカットを決め、不良の1人を高く殴り飛ばす要である。
(お? ありゃ確か、今回の騒動の原因の、高島要、だっけ? 話だけは聞いてたが、ずいぶんと元気いいっぽいな。武器は使ってないのか。でかい光条兵器持ってるもんだと思ってたが……。で、近くにいるのが確かアレックス・レイフィールド。あっちは全然戦ってないから実力がわかんねぇ。まあ戦う気が無いみたいだし、あれは放っておいてもいいか。にしても……)
 常に全力で不良を殴り飛ばす要の姿はこの場においてはかなり目立つ。他にも契約者が不良たちをぶっ飛ばしてはいるが、それでも要ほどのインパクトを持つ者はあまりいない。
「面白え……」
 乱闘の熱気にあてられたのか、トライブの口の端がつりあがっていく。気が変わった、あの要と少しばかり勝負したくなってきた。
 思い立ったらすぐ行動。げんだが制止する声を無視し、トライブは不良たちをかき分け、要の元にたどりついた。
「よぉ、そこの。ちっとばかり、俺と遊んでいかないか?」
「ん?」
 横合いから声をかけられ、さすがに疲れてきたのか肩で息をしながら要はトライブの方を向いた。学ランではなく蒼空学園の制服を着た男が、どうやら自分と勝負したがっているらしい。
 トライブは武装として「ブレード・オブ・リコ」を持っていたが、今回はそれを使わず、素手で戦うことにした。何しろ今の要は素手である。ケンカで勝負するのに刀を持ち出すのはアンフェアというものだ。
「まあ遊ぶっつったって、勝負のことなんだけどな」
「え、勝負するの? まあいいけど?」
「よし来た! そんじゃあ行くぜ!」
 そうしてトライブが要の懐に飛び込もうとした、その時だった。
「ちょっと待ちな!」
 突然上の方からトライブに向けて大声が発せられたのである。その場にいた全員が上の方を見るが、声の主らしき人物は見当たらない。
「あ、あそこだ!」
 不良の1人がようやく見つけたと、ある1点を指差す。それはげんだのハリボテ校舎の屋上だった。
 屋上に何やら奇妙な人影が見える。目を凝らしてみると、シャツにネクタイ、スカートに、裾の長い学ランと学帽という出で立ちの少女が腕組みで仁王立ち――本当は太陽を背にしたかったが、高い所が校舎以外に無かったため、それだけはうまくいかなかった――しているのがわかった。
 その少女は特にトライブに向けて警告でもするかのように声を張り上げる。
「1人の女に向かって集団で襲いかかる上に、思いっきり疲れてるところで実力者が乱闘に参加するとは何事だ! パラ実新生徒会会長・姫宮和希。義によって高島要に助太刀するぜ!」
 そう、彼女こそ現在のパラ実生徒会の会長を務める姫宮 和希(ひめみや・かずき)その人だった。
 最初は要の実力や根性を見極めるため、その戦いを見守る。それなりの腕前と根性があるなら、新しいパラ実を作っていく仲間としてスカウトするつもりだった。いまだ途上段階にあるパラ実の改革、それを行うためにも仲間が欲しかった。
 そんな仲間候補が今にも彼女以上の契約者によって倒されんとしている。ならば助けに入るのが彼女の彼女たる所以というものだ。
「な、何でこのケンカに生徒会長が!?」
「いくらなんでもそれは相手が悪すぎる!?」
 さすがに硬派を謳う不良どもとはいえ、パラ実の生徒会長が相手と知るとたちまち戦意を無くしてしまう。校舎の上から突撃してくる和希を止められる者はおらず、自然と彼らは生徒会長のために道を開けた。
「おいおい、まさかそんな大物が出てくるたぁ、さすがに予想してなかったぜ?」
「そりゃまあそうだろうな。さっきまで見つからないようにしてたんだしな!」
 要を守るかのように、両手に疾風のオーラを纏わせトライブと対峙する和希。トライブもせっかくだからと拳のままで戦う姿勢を見せる。
「まあいいや。ちょうどこの熱気にあてられてたところだし、疲れてる奴よりも、元気な奴を相手にする方が気楽でいいぜ!」
「いつまでもそんな余裕かましてられると思うなよ!」
 先手必勝とばかりに和希は神速の動きでトライブに肉薄する。
「ちいっ、スピードタイプかよ!」
「甘いな! パワーもあるぜ!」
 振り下ろした和希の拳はトライブの眼前をかすめ、そのまま地面に突き刺さる。瞬間、轟音と共に地面が少々えぐれた。ドラゴンアーツ――ドラゴニュートが扱う竜としての武術。和希はその恩恵にあずかる契約者だった。
「こりゃ嫌な相手と当たっちまったな。だが……」
 こっそりぼやくがトライブも負けてはいない。バーストダッシュを発動して和希から身を離すと、一転、またバーストダッシュで逆に肉薄する。一度離れたのは、バーストダッシュの「勢い」を乗せるためだ。
「確かこう言うんだよな。お前に足りない物、それは! 情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ! そして何よりも!」
 逆に先手を取った形で、トライブは両手に光のオーラを纏わせ、和希の腹に則天去私の一撃を叩き込んだ。
「速さが足りない! ……ってなぁ!」
「ぐっ!?」
 先手を取ることばかり考えていたため、その分防御が疎かとなってしまったのか、和希は数メートルほどを飛ばされる。
「へっ、なかなかやるじゃねえか。だが!」
 和希は再び足に力を入れ、飛ばされた分を取り戻すべく高速で動いた。
「そんなのでこの俺を倒そうったって、そうはいかないぜ!」
 今度は真正面からではなく、周囲の学ランの体等を利用して縦横無尽に飛び回る。体型も服装も女のそれだが、性格は男であるため、スカートが翻るのにも構わずにトライブの死角へと回り込んだ。
(ちっ、ああは言ったけど、さすがに速い!)
 死角に飛び込まれたのは認識できたが、それに対処するよりも速く、和希のドラゴンアーツの蹴りが飛び込んできた。
「新入りへの大人気ない歓迎はほどほどにな!」
「ごふうっ!」
 死角から横腹をえぐられるような蹴りを受け、トライブは不良たちを巻き込んで数メートルほどを吹き飛ばされた。
「やべぇ……。俺って、格好悪ぃ〜……」
 地面を転がり、落ち着いたところで大の字に寝そべったまま、彼は意識を手放した。
「よっしゃあ! ……って、あれ、要、どこ行った?」
 拳を握り締め、勝利を手にした和希だが、ふと要とアレックスがいないことに気がついた。どうやら今の戦闘の最中にどこかに行ってしまったらしい。
「こら〜! 人がせっかく全力で戦ってたのに無視するな〜!」
 和希の叫びは、少なくとも周囲の学ランたちには聞こえた。その数秒後、学ランたちと同じく熱血硬派道を追求する和希が、彼らを相手に乱闘を起こしたのは、もしかしたら気のせいかもしれない……。

「しかし本当にパラ実には色々いるもんなんだなぁ。敵も味方も入り混じってやがる」
「ホントだよね〜。それにパラ実だけじゃなく、他の学校の人たちが敵として登場したりと、わけわかんないよ」
「まあその学校の人間だからって、全員が全員、同じ思想ってわけじゃないだろうしな」
 トライブと和希が戦闘を始めたそのどさくさを利用して、その場から脱出した要とアレックスの2人は、ひとまず不良が集まっていない場所を目指していた。何しろここまで連戦続きであったため、体力に自信のある要にさすがに疲れが見えていたのである。要するに、休憩する場所を探していたのだ。
「はあ、はぁ……。それにしてもホント数多いよね。やっぱ剣使った方がいいんじゃないかな?」
 疲れはあるが、戦意の衰えていない要はアレックスに光条兵器を出すようねだる。
 だがそのような要望が聞き入れられるはずがなく、あっさりと却下された。
「お前な、あの剣で斬ったらさすがに死者が出るかもしれないからやめろとか言われたんだろうが。だから今回は却下だ」
「ぶ〜、ケチ〜!」
 息を整えつつアレックスに食ってかかるが、やはり結果は覆らず、要は頬を膨らませる。
 そんな時だった。
「ケンカ……。それは熱き男たちの拳と拳が交じり合い、そして奏でられる魅惑のConcerto」
 最後の英字の部分だけ妙に発音のよい声がどこからとも無く聞こえてくる。
「お兄さんは、そんな協奏曲が奏でられる舞台に添えられる、一輪の華……」
 聞こえてくる声に、要もアレックスも、そしてそこかしこに存在する不良たちもどこが源かと探し始める。
「お兄さんの光り輝く肉体、存分に皆さんに見せ付けてやりましょう! コレがお兄さんの――」
 そして誰かが「それ」に気がついた。先ほどは和希が上っていた校舎の屋上、今度はそこに別の人間がいたのだ。
 その人間はなぜかピンクの花柄のパンツ1枚という出で立ちで、なぜか油を全身に塗りたくり、とことんまでのコーティングによって完成された肉体を、なぜか全体に見せ付けるようにポージングを取っていた。
「Shining Body!!」
 その妙に発音のよい声と共に、その男は光術を利用して後光を演出する。
 どう考えても変態としか思えないこの男の正体はクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)。知っている者なら知っている、【冒険屋ギルド】所属の変態トリオが1人――ちなみに今回はもう1人、天空寺鬼羅も参加している――である。
(ふっ……、決まった……。何がしたかったのかお兄さん自身もよくわからないけど、そんなのはどうでもいい。なぜならお兄さんは変態……。変態が変態らしいことをするのに、動機なんて、いらないんだ……)

 本当に何がしたいのかよくわからない男である。

「ん?」
 ふと下を見たクドが何かを見つけた。学ランを着た不良たちの集団の中において、1人遠目にはわかりにくい性別の人物がいるではないか。
 クドの視線の先にいたのは、まるで珍獣でも見るかのような目をした要だった。
「やや! あんなところに見目麗しき御仁を発見!!」
 正確に性別を判断することはできなかったが、少なくともクドの「何か」に触れたのは間違いない。
「性別がよくわかりませんが問題無い! もし男の子なら構いません! もし女の子ならなおさら問題ありません! もし男装の麗人なら大好きです! もし男の娘ならむしろドンと来い超常現象! 何であっても構いません! 可愛いは正義! それがジャスティス! そしてDestiny!」
 最後だけ非常に発音よく言いながら、クドは屋上から飛び降り、そのまま滑空飛行の体勢で要に突撃した。
「さあ、お兄さんの熱い抱擁を受け取ってくだ――」
 どういう原理で飛べたのかはさておき、要の元に到達したクドの視界は次の瞬間、天地がひっくり返った。
 それは本当に一瞬の出来事だった。
「アレックス〜」
「あいよー」
「ギャー!」
 要がアレックスに呼びかけると、彼はすぐさま体内から巨大剣の光条兵器を取り出す。要が剣の柄を握ると、引き出す勢いを利用して振り上げ、刀身を横向きにし、振り下ろすと同時にクドをホームランしたのだ!
 今回、武装はパンツのみ、使う気でいたスキルも光術のみ――「肉体の完成」はわざわざ使うためのものとは呼べない。他に攻撃にも防御にも使えそうなものは一切用意せずに突っ込んだ結果、クドはハリボテ校舎の壁を突き破りながら、大荒野の空を一直線にいずこかへと飛んでいった。
「で、結局アレってなんだったんだろうね?」
「さあ、悪い夢でも見てたんじゃねえか?」
 要の言葉に、光条兵器を体内にしまいながらアレックスが答える声だけがその場に残された……。