|
|
リアクション
「おい、おっさん。げんだだっけか? さすがにここはおっさんが出てくしかねーんじゃねーの?」
この乱闘の最中、まだその波が押し寄せてきていないげんだの元に高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)がやってきていた。
「正直言ってさ、舎弟ボコられまくってんのは、相手の力量を読み違えてたからだろ? ここで出てかねーと、周りに示しがつかないわな」
「…………」
「でまあ、この場をうまく収める方法を思いついたんだけどな」
「……言ってみろ」
げんだに促され、悠司はこの場に収拾をつける提案を行った。
曰く「1対1のタイマン」である。
考えてもみれば、げんだは何もしていないのに要にケンカを売られていることになる。だからといって650人も動員するのは無茶もいいところとしか言いようが無く、その結果、悠司が言うところの「めんどくさそーなこと」になってしまったのである。
この事態を収めるには、今のような乱闘を行うのではなく、トップ同士の勝負によって行うべきである。悠司はそれを主張していた。
「タイマンってのはいい考えだ。というか、戦いが始まる前に同じ提案をしにきたのがいたな」
「へぇ、それは偶然だな」
「だがな、男には戦わなければならない時ってものがある」
げんだはその場を動かず戦況を眺める。確かに一部の契約者によって何人もの舎弟が倒されたが、それもまた一興だとげんだは考えているのだ。
「この場を収めるのにはいい手だが、今更それができるのかと聞かれると――」
答えを悠司に語ろうとしたが、その言葉はある乱入者によって阻まれた。
「何事!? 代表者はどこよ!? 荒野にだって秩序はある! 一体誰が混乱の原因なのよ!?」
足にダッシュローラーを履き、強化光翼を背負って暴れながら登場したのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)とカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)だった。
2人はシャンバラ教導団――現在国軍に所属する軍人だが、特にルカルカの方は個人的な訓練と称してよく荒野に訪れるのである。その理由は、強くなるにはうってつけの環境だからであるという。
「ルカルカ、今でも十分強いのにまだ強くなるつもりなのかよ」
今日も訓練と荒野に出かけようとするルカルカにカルキノスは言ったが、ルカルカは胸を張って主張した。
「これでいいと思ったら堕落よ。強くなれば多くを守れるし失わずにすむもの」
「はあ、そりゃまあごもっともなことで」
「それで荒野に行くけど、ちゃんと偽名の方で呼んでよね」
「確か、『ルウ』だったっけか?」
「そう。今日は教導のルカじゃなくてルウ、ただのD級四天王よ。しかも言われるまで名乗らないことね」
髪を後ろで縛り、簡単な変装を自らに施すと、ルカルカは自らの武装と共に出発したのだ。
同じD級四天王には挨拶でもしておこうと、カルキノスに酒を持たせて「硬派番長のげんだ」の元へとやって来た、その時にこの騒動にめぐり合ったのである。今日は単なるD級であるとはいえ、元々が軍人気質である以上、どうしても仲裁に走りたくなる。
それで彼女は立ち塞がる不良を適当に殴り倒し、偶然にもげんだの元へとやってきたのだ。
「それで、この状況は一体何よ! これじゃケンカというよりただの乱闘じゃない。秩序を回復するために責任者をここに出しなさ――ああもう、今は取り込み中よ!」
騒動の原因を探ろうと適当に声をかけるが、突然現れたその登場の仕方と、現れた場所がげんだの近くだったということから「げんだを狙ってやってきた」と勘違いした不良たち数人がルカルカに襲いかかる。
ルカルカはそういった連中をあっさりと退けるが、また別の人物による介入を受ける。
「だから取り込み中だって言ってるでしょ!」
手に持ったヴァジュラから光の刃を発生させ、自分に攻撃してきた者を目掛けて攻撃するが、その刃は突き出されたショットランサーによって阻まれた。
「! 今のザコとは違う……!?」
先ほどは名前も知らぬザコたちだったため特に気にせずに叩きのめしたが、たった今現れた相手ではそうはいかないと感じ取り、ゆっくりと相手を認識する。
ショットランサーの持ち主で、ルカルカの攻撃を止めたのは、パラ実の【2代目総長】夢野 久(ゆめの・ひさし)だった。
「おおっと、待ちな。おまえにそのつもりがあるのかどうかは知らんが、ここで暴れるのは感心しねえな……」
久がここにいるのは、ひとえに「げんだに加勢したいから」だった。
そもそも彼は硬派番長のような男と戦いたいからこそパラミタにやってきた猛者である。せっかくの硬派な男、しかも何百人と舎弟を引き連れるほどの人間を、この乱痴気騒ぎで潰すのは非常に惜しい。どうせなら真正面から挨拶を交わし、果たし状を渡して、きっちりと筋を通した上で正々堂々と勝負がしたい。
それならば自分は、乱闘でげんだを潰さないように彼に加勢し、彼を守るのに専念するべきだ。久はその考えの下にこうしてルカルカに槍を向けているのである。
「ルウは別に硬派番長を狙いに来たってわけじゃないんだけど……」
ルカルカ自身はこの乱闘の原因を突き止め、中止させるのが目的ではあったが、それ以上に彼女は強い者と戦うことに喜びを見出していた。
相手が四天王ならもちろん、ましてそれ以上の存在である総長ともなれば、相手にとって不足無し! いつの間にかルカルカは久と戦うという方向に意識が動いていた。
「でも別にいいわ。元々ここには強くなるために来てるんだもの。それならあなたに相手してもらうのもいいかもね」
「……そうかい。それなら相手してもらおうか。もちろん、タイマンでな」
「上等!」
久の槍をはじき返し、ルカルカは彼と距離を置く。
「それじゃあ私は、そっちのドラゴニュートさんの相手でもしようかねぇ」
隣に来ていた久のパートナー佐野 豊実(さの・とよみ)が海神の刀を構えてカルキノスと対峙する。強者との1対1の勝負にこだわる久だが、そんな彼の邪魔をするために乱入する者が現れるかもしれない。まして相手が契約者ならば、契約したパートナーが近くにいる可能性が高い。久の勝負に邪魔が入らないように、そのパートナーの相手をするのが自分の役目だ。
(挨拶して果たし状渡して後日キッチリねえ……。本当、久君は何でああ変な所でクソ真面目なのか……)
だがそこが面白いところでもある。だからこそ豊実は久を手伝うのだ。
(それに、これだけ大規模の『喧嘩』というのも、中々見応えがあるしねえ)
実は久よりもいくらか強かったりする浮世絵師は薄く笑う。
「やれやれ、俺はどっちかといえばあいつの援護に回るつもりだったんだが」
指名を受けたカルキノスもまた如意棒を構える。
「ま、本気でケンカしてぇなら、よければ付き合うぜ」
「まあ、しがない絵師の刃ではあるけどね。一生懸命、全力で振るわせて貰うよ。だからちょいと付き合ってくれたまえ」
「それは構わねえが、俺もあいつもかなり強いぞ? 下手に手を出して怪我しないようにしなよ」
「ははは、まあ、お手柔らかに頼むよ」
2、3言葉を交わし、カルキノスの棒と豊実の刃が交差した。
「先手必勝! 行くわよ!」
両手に1本ずつ、ヴァジュラを構えルカルカが突進する。そしてそのまま通り過ぎると、久の体全体に残撃の裂傷が浮かぶ。ルカルカのエンドゲームによる先制攻撃だ。
「ほう、かなり強いな……。でもな――」
だが久は何事も無かったかのように、通り過ぎたルカルカに向けて槍を突き出す。まさか飛んでくるとは思っていなかった攻撃に、ルカルカはギリギリのところで回避した。
「そう簡単に俺を崩すことはできねえぜ」
「龍鱗化……」
久は攻撃を受ける前に自らの皮膚を龍の鱗へと変貌させていた。後はこれまでに培われてきた防御術を駆使すれば、たとえ「すでに終わっている」攻撃であってもある程度は受け止められる。防御に自信のある久だからこそ取れる無茶な戦法だった。
「へぇ、なかなかやるじゃない。今ので倒れなかったあなたに敬意を払うわ」
「あえてネタかますなら、『その命がけの防御、私は敬意を表するッ!』ってとこかな?」
「あら、結構面白いじゃない。でも、これから先、そんな余裕を見せていられるのかしら?」
互いに笑い合い、そしてまた打ち合いが始まる。
(やれやれ、どうして世の中ってのはこんなにも強い奴らばかりなんだろうな……)
ダッシュローラーと強化光翼による立体的な攻撃、女神イナンナの戦の力による光の刃の雨、その中に紛れ込ませた真空波、その上から飛んでくるドラゴンアーツによる接近戦、それら全てを久は受け止め、カウンターとしてショットランサーを繰り出す。基本的に防御中心であるため、攻撃技の準備はあまりしてこなかったが、むしろそれだけしか考えないのが久の戦い方なのだ。
(だがまあ、やっぱ相手がこういうのでよかったぜ。これは伏見明子だったら、さてどうなっていたことか……)
攻撃を受けながら、久は戦場をちらりと見やる。そこではいまだにヒポグリフで大暴れする伏見明子の姿があった。
「こらーっ! そんな根性ナシで硬派が名乗れると思ってるのか?! アンタ達それでもパラ実かーっ!」
立っている学ランの数が減ってきたことにも構わず、彼女は暴れ続ける。所々から「鬼ー!」だの「悪魔ー!」だのといった声も聞こえるが、もちろん明子は聞いてはいない。
「なーによーぅ! 不良ならもっと意地張んなさいよーぅ! 途中でへたばるよーな軟弱は舎弟にして鍛え直しちゃうわよほんとにもー!」
(おまえには鍛えられたくねえよ……)
つくづく彼女だけは避けておいて正解だった。やはり昔なじみの人間の相手は難しいし、同じ「夜露死苦荘」の住人なのだから、決闘しようと思えばいつでもできるのだ。こんなところでヒートアップしすぎた明子の相手はしたくなかった。
「楽しいわ……」
さらに攻撃を重ねるルカルカがつぶやく。
「強い相手と戦って、より強くなれるのは楽しいわ!」
「そんなに強くなりすぎて大丈夫か?」
「大丈夫、問題無い!」
それからも2人の戦いは続いた……。