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リアクション
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「久々にここに来れたな」
以前は通い慣れていた図書室にやってきて、マクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ)はうーんと大きくのびをした。こきこきと身体の関節をほぐして、これからの読書に備える。
ここ最近は何かと面倒ごとも多かったので、ゆっくりとした時間をとることができないでいたのだ。そのため、好きな読書もあまりできてはいない。
今日は久々にできた休みだ。思う存分読書三昧の時間を過ごすつもりでいる。
学生証を図書館の入り口にあるゲートのリーダーに通すと、正規の図書館の奧へと入ることができる。他校の生徒に開放されているブロックとは別の、蒼空学園の生徒だけが閲覧できるブロックに立ち入ることができるのだ。
ここは、いわば一ランク上の世界だ。
所蔵されている書籍やデータも、扱いや情報の管理がちゃんとできる生徒たちだけに限られたものとなっている。
受付で端末を借り受けると、マクスウェル・ウォーバーグは、とりあえず読みたい本をリストアップしてみた。
クラウドタイプのデータベースに接続されたパッドタイプの端末に書名を指で書き綴ると、自動的に正確な書名に補正してくれて、候補を表示してくれる。そこまでであれば、通常の検索システムと同等だが、位置検索システムを使えば、該当図書の書架の位置をマップで示してくれ、書架の方でもその本がある場所にLEDが点灯してガイドしてくれる仕組みになっている。
書架にない稀少本や重要書類などは、その場で閲覧許可の認証が行え、ピッカーシステムの所で端末から入力したデータを転送すれば、自動的に該当書籍が全自動で運ばれてくる仕組みだ。この特殊な書庫に収蔵された書籍は、施設そのものを破壊か分解でもしない限り、人間が取りにいくことはできない。セキュリティ的にも万全というわけだ。もっとも、このパラミタでは、絶対と言うことはありえないので、万全とは言えないが。
いくつかの本を書架から抜き取った後、端末つきの閲覧デスクに座って、最新のデータを引き出す。
マクスウェル・ウォーバーグとしては紙でできている本の方が好みなのであるが、紙になっていないデータとしての形の書籍は、実は蒼空学園の場合、紙の本よりも多い。物体としての書籍を膨大な数揃えているイルミンスール魔法学校の大図書室とは実に対照的だ。
どうしても、本として出版されるまでにはタイムラグという物が生じるので、最新情報は電子書籍の方が早くなる。必要となれば印刷すればいいのだが、いかんせん製本されていない物は趣にかける。知識を得るのであれば、データで充分だ。
では、なぜ本を読む。
マクスウェル・ウォーバーグにとって、それは趣味であるとしかいいようがないが、ある種の儀式であるとも言えるかもしれない。活字、あるいは書籍に対する、一つの敬意である。
とりあえず、今日の彼の興味は、各学校の生徒数の推移というところだろうか。まだそれほどの歴史がない各学校ではあるが、各学校の史誌を紐解けば、その母体となった学校をも含めていろいろと面白いことが見えてくる……かもしれない。読書とは、情報を手に入れることだけが目的ではない。装丁など、本自体を楽しむのもまた読書なのであった。
マクスウェル・ウォーバーグは、のんびりと、読書を楽しんでいった。
★ ★ ★
「ふう、いい天気だねえ」
のんびりと借家の縁側に出した座布団に座りながら、滝川 洋介(たきがわ・ようすけ)がずずずずっと緑茶をすすった。
ちょっとじじむさい気もするが、この暖かな陽射しと、縁側から望む庭の落ち着いた緑、そして、そそよそよと吹いてくるそよ風、もう、これは今だけ楽隠居したっていいではないか。
「はうっ〜」
全身の力を抜いて、滝川洋介は深く息を吐き出した。軽く目を閉じて、視覚以外の感覚も楽しむ。
すると、突然膝にちょこんとした重みがかかった。
目を開けてみると、ジャタ竹林の精 メーマ(じゃたちくりんのせい・めーま)が膝の上にちゃっかりと座っている。
「メーマもいっしょにのんびりするじょ。それとも、一緒に遊ぶにょ?」
「のんびりとお茶にするよ」
上目がちに訊ねるジャタ竹林の精・メーマに、滝川洋介をゆっくりと即答した。
「そーか。ぢゃ、お菓子をとってくるじょ。一緒に食べてお茶を飲むのぢゃ」
一緒にまったりするために、ジャタ竹林の精・メーマがお勝手にお饅頭とお茶を取りに走っていった。
パタパタと、慌ただしさが去って行く。
「平和な日だなあ〜」
またまったりと、滝川洋介が軽く目を閉じた。
再び膝に軽い重みがかかる。
ちょっとさっきよりも重い気が……。
「ふーか!? 今度はお前か……」
膝の上にちょこんと座った百科事典 諷嘉(ひゃっかじてん・ふうか)を見て、滝川洋介が言った。
「美味しい豆大福を見つけたのですぅ。あるじ様、とりあえず、ふーかと一緒に食べませんかぁ」
お盆の上に載った豆大福のお皿を指し示して、百科事典諷嘉が言った。
「兄ぃ、なぜか、豆大福がなくなってい……、ああっ! にゃ! ふーかずるいじょ、兄ぃのおひざはメーマのせきだじょ!」
言うなり、ジャタ竹林の精・メーマが、百科事典諷嘉にむかって跳び蹴りを放った。あわてず騒がず、百科事典諷嘉が持っていたお盆でジャタ竹林の精・メーマのキックを軽く受けとめて弾き返した。
「うふふ、これはとった者勝ちですぅ」
「メーマが先なのぢゃあ〜!!」
「聞き分けのない子は、バカには見えない剣で真っ二つですぅ! えいっ!」
なおも突っかかってくるジャタ竹林の精・メーマに、百科事典諷嘉がバカには見えない剣――実際にはバカだけに存在が見えるエア剣――を振って反撃した。律儀に、ジャタ竹林の精・メーマが大きく横に転がってそれを避ける。
「ふう、危ないところだったのぢゃ。危ないぢゃないか、ふーか。ぢゃが、メーマにはそんな物はきかないにょ!」
意味もなく、ジャタ竹林の精・メーマが勝ち誇るが、滝川洋介の膝の上は未だに百科事典諷嘉の領地だ。
「えーい、ぼかぼかぼかなのぢゃぁ〜!」
「なんの、ていていていていですぅ!」
「こら、二人共いいかげんにやめないか。仲良くしなさい!」
えんえんと続くおこちゃまレベルの戦いに、さすがに滝川洋介が間に入った。
「仕方ないですわね。じゃあ、半分こですぅ」
「うむ、仕方ないのぢゃ。今日はそのへんで勘弁してやるのぢゃ」
とりあえず無理矢理和解した二人が、仲良く滝川洋介の膝に半分ずつ座る。ちょっと座りが悪いのか、うっかりするとずり落ちそうだ。
「落ちないように、だっこするのぢゃ」
「はいはい」
ジャタ竹林の精・メーマに命令されて、滝川洋介は仕方なく両手で二人をだきかかえた。膝の上に、ずしりと二人の体重がかかってくる。
「いったい、いつの時代のだき石の拷問だよ……」
重さで痺れる足を耐えつつ、滝川洋介は二人の髪の間に顔を埋めて溜め息をつこうとして、謎生物に張りつかれてタケノコが突き刺さった。