|
|
リアクション
★ ★ ★
パタパタパタ……。
「毎度のこととはいえ、やれやれ」
庭に陰干しした玉藻 前(たまもの・まえ)の着物をハタキで叩きながら、割烹着姿も板についた樹月 刀真(きづき・とうま)がつぶやいた。
「この状況、なんだか、大量の姉をかかえた末弟という感じだが……」
実際は、大量の妹をかかえているという感じなのだが、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)はのぞくとしても、玉藻前は当然として、きっと、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)も年上みたいな態度をとるのだろう。
「まあ、その方が扱いやすいのは確かだけどな」
とはいえ、彼女たちの下着まで洗濯させられるというのは、世間的に見ていかがなものだろうか。とはいえ、ごく普通のスポーツショーツとか腰巻きなので、極端に赤面するようなものでもないのだが。ただ、当然、樹月刀真に見せると恥ずかしいような下着を、漆髪月夜たちが不用意に洗濯させるような迂闊なことをするはずはなかった。気づいていないのは、樹月刀真だけである。まして、封印の巫女白花などは、恥ずかしがって絶対に樹月刀真に洗濯などをさせたりはしない。
ひとまず、洗濯が終わると、樹月刀真は続いて部屋の掃除に移った。まるで専業主夫のような働きぶりだが、いつものことであるし、先日玉藻前と約束した手前もある。
家の中に戻ると、リビングで漆髪月夜が銃の手入れをしていた。
通常の銃とは仕組みが異なるカーマインや魔道銃は、コア部分こそはブラックボックスだが、それ以外の部分はハンドガンなどとあまり差がない。分解しての手入れは基本だった。
部品をなくさないように、テーブルクロスの上に綺麗に部品をならべて汚れを丁寧に取り除いていく。
こうしてみると、インダストリアルデザインとしても、完成品の装飾などの美術デザインとしても、漆髪月夜が愛用している銃は美しい。もっとも、魔道銃は最近は玉藻前に借りパクされっぱなしであるが。こうして、返したもらったときにしっかりメンテナンスしておかなければ、またいつ手入れできるか分かったものではない。
樹月刀真がそれぞれの個室を掃除していく間に、漆髪月夜は組み立てに入っていった。
そんな二人に刺激されてか、玉藻前も自分の扇や銅鏡を手入れしていた。封印の巫女白花がいなくてのびのびとできるが、樹月刀真たちが淋しそうにしているのは好ましく思ってはいない。まあ、その隙間は自分が埋めればいい程度の考えではあるのだろうが。
漆髪月夜、玉藻前、封印の巫女白花の部屋を順に掃除していって、樹月刀真は、こいつらは本当に自分を男と認識しているのか、あまりに無防備じゃないかとちょっと思い悩んだ。さすがに、まずい物は事前に整理されているだなんてことは、樹月刀真は考えてもいない。
「やべえ、俺の部屋が一番汚いじゃないか」
最後に入った自分の部屋の惨状を見て、樹月刀真が思わず唸った。
リビングに戻ると、すでに漆髪月夜が銃を組み立て終わっていた。
「そういえば、光条兵器の手入れっていうのは、どうやるんだ?」
ついでという感じて、樹月刀真が漆髪月夜に訊ねた。
「光条兵器は、私自身も同じ……。だから、私を手入れすれば、光条兵器の手入れになる……はず」
「月夜の手入れって……」
どうするんだと、樹月刀真が聞き返した。
「とりあえず、アイスがほしい」
「はいはい、そういうことね」
キッチンに引っ込むと、樹月刀真はバニラアイスクリームにブルーベリーソースをかけて戻ってきた。
いつの間にか、玉藻前もリビングに来ている。そんなことだろうと思った樹月刀真は、ちゃんと三人分のアイスクリームをテーブルの上においた。
「じゃ、とりあえず、お手入れとして、食べさせて」
椅子に座って一息ついた樹月刀真の膝の上にいきなり座ると、のけぞるように背中を預けて、漆髪月夜が甘えた。
「……油断したか。ちょっと待……」
焦る樹月刀真を、今度は玉藻前が後ろからだきしめた。
「ふふ、月夜だけ構うのはなしであろう?」
前後からサンドイッチにされて、樹月刀真が動けなくなる。
静かに、アイスクリームの上に載せられたブルーベリーの実が、溶けたアイスと共に滑り落ちていった。
★ ★ ★
「昔、俺がリンの腕を傷つけた理由?」
「ええ、そうです」
聞き返すセルマ・アリス(せるま・ありす)に、リンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)がうなずいた。
どれほど前のことだろうか。
兄妹であったはずのセルマ・アリスが、突然、リンゼイ・アリスに刃物で斬りかかってきたのだ。とっさに父親が間に入ったから最悪の事態にはならなかったものの、リンゼイ・アリスは腕に深い傷を負ってしまった。
そのときの傷が元で、リンゼイ・アリスは当時やっていたフェンシングの道が永遠に閉ざされてしまったのだ。
それは、リンゼイ・アリスがセルマ・アリスを憎むのに充分な理由だった。わけも分からず命を狙われた上に、将来の夢を奪われてしまったのだから。
その後、パラミタに登ったセルマ・アリスを追うために、リンゼイ・アリスは強化手術を受けてパラミタに渡ったのであった。そして、セルマの近くに自然にいられるために、パートナー契約を結んだ……。
感情の変化はゆっくりと訪れるもので、あるいは、強化手術で少し鈍感になってしまったのか、復讐心は今のところなりをひそめていた。とはいえ、復讐心と虚無感がいつも鬩ぎ合っていることは事実だ。せめて、理由がつけられれば、どちらかを押さえ込めることができるだろう。そう思いたい。
「ああ、あのとき、俺はいらない存在だったから。なんで、あのときそんなことを思ったのかは、俺自身よく分からないけどね」
淡々と、まるで人ごとのように、セルマ・アリスが語り始めた。
「自分がいらない物なら、その後にできた物も、いらない物だろ? だからなくそうとした」
「な……」
予想もしなかった言葉に、リンゼイ・アリスが絶句する。そんな、理由にもならない理由で、自分はフェンシングの道を閉ざされて、そして強化人間にまでなった……というのだろうか。
「理由にもならない理由だ。吐き気ものだね。でも、多分、事実だ」
多分……。そうとしか言いようがない。なにしろ、自分でさえ、その理由が分からないのだから。あれは事実だったとしても、あれをしたのは本当に自分だったのだろうか。
「そう」
それだけ口にすると、リンゼイ・アリスは踵を返してその場を去った。感情の迷いは、再び一つに傾いていた。