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恐怖の五十キロ行軍

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恐怖の五十キロ行軍

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   「森 その1」

 ほんの少し時間を遡る。
 島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)は森の中を歩いていた。時折立ち止まっては目に付いた木の実や野草、キノコを摘み取り、【適者生存】を発動する。ウサギや鳥が叫ぶように転ぶように逃げ出していく。
「……これでよし、と」
 ヴァルナは呟いた。
 彼女はこれを、朝から繰り返している。パートナーである、クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)の命令により。


「じゃ、今日はこの辺で野営ってことでー」
 曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)はのんびりと声を上げた。瑠樹は少尉で上級生だが、好んで行軍に参加している。自身の能力向上のため――などではなく、単に「面白そう」という理由からだったが、トマス・ファーニナルに「だったら、新入生の面倒を見てください!」とお守――と瑠樹は思った――を押し付けられた。
 まあでも、こういうのも面白いかな、と考え直しているところだ。
「それじゃ食事の調達を――って、りゅーき、何やってるんですかー!?」
 どこから見ても猫のゆるキャラ、見ているとつい和んでしまうマティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)は、パートナーの瑠樹に怒鳴った。
「んー? 山菜でも探しに行こうかと」
「りゅーきはここのリーダーなんですから、でんっと構えていてくださいっ」
「……つまらないなあ」
 瑠樹は口を尖らせた。
 マティエと十七夜 リオ(かなき・りお)またたび 明日風(またたび・あすか)とルネ・トワイライトらが調達に出た。戻ってきたのは一時間後だ。マティエとリオは困惑気味だった。
「どうした〜?」
「おかしい、んです」
 マティエは首を捻った――いや、頭を大きく傾げた。
「動物が全然いません」
「鳥もウサギも蛇も、何もいないよ!」
とリオ。
「山菜が少し採れたぐらいで」
「後、自然薯とむかごが少しです」
「ええ〜? それじゃオレの華麗なるナイフ捌きを見せられないじゃないかあ〜」
「そこですか!?」
 マティエの華麗なるツッコミが入ったとき、明日風とルネが戻ってきた。明日風は釣り竿を担ぎ、ルネは魚を手に余るほど持っている。
「ばっちりですよぉ」
 明日風はVサインを出した。
「おおっ、すごいじゃん〜」
「本当。さすが花妖精ですね」
 瑠樹とマティエの賞賛に、明日風も悪い気はしないらしい。鼻腔を膨らませ、
「いやいや、【人の心、草の心】を使い、水辺の情報を得て虫をちょいちょいと捕まえて、この釣り竿でね!」
 釣り具は明日風の標準装備である。沙 鈴に咎められたが死守した。その甲斐はあった。
「まだまだ獲れるんで、必要だったら言ってください」
「よおっし、オレがいっちょ華麗に捌いて――」
「むかごは茹でて自然薯は擂るとして、ご飯もないし……魚にかけて食べますか?」
 瑠樹とマティエでどう調理するか盛り上がっていたが、不意にリオは眉を寄せた。
「待って。自然薯もむかごも、季節が違うんじゃないかな?」
「え?」
 リオは自然薯とむかごを手に取り、じっと眺めた。
「――やっぱり。毒が入ってるよ、これ」
「えっ、本当!?」
「僕の【博識】に間違いはない」
 リオはきっぱり言い切った。
 マティエがへなへなとへたり込む。「そんな……「幻槍モノケロス」を使って頑張って掘ったのに……」
「あれ使ったのか!?」
 今度は瑠樹が突っ込んだ。
 魚と数少ない山菜は問題なかった。
「こちらも見ていただけますか?」
 リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)がやってきた。水筒を持っている。
 芋に毒を仕込んだぐらいだ。水に流した可能性もある、と二人は考えた。もっとも魚は無害なのだから、こちらの可能性も低い。実際何ともないとリオが答えると、リリィはホッとした表情を浮かべた。
「水は貴重品ですからね」
 リリィは普段、荒野を旅しているのでその価値がよく分かる。
「ろ過は出来ても、毒となるとちょっと面倒だものね」
 ヒルダが相槌を打った。リリィは【キュアポイゾン】を持っているし、探せば他にもいるだろうが、全ての水を清浄化するのは至難の業だ。
「敵の使う水源に毒を入れたり、食料を確保できないように田畑を枯らすなどは長期戦ではよくとられることね」
「水は最後の生きる糧ですから……」
 流砂と平原を抜けてきたのだから、おそらく水筒の水は皆、空のはずだ。リリィとヒルダは、全員に安全と確認された水を配ることにした。ちょっとした大仕事になりそうだが、遣り甲斐はあった。


 見事に芋の毒を見破ったので、クレーメックは満足していた。さすがに水のことまで考えなかったが、来年は取り入れてもいいかもしれない。
「これで、皆、補給の大切さを身にしみて理解したはずだ」
 決して見つからぬよう設置されたカメラからの映像を眺め、第四師団の中尉は端正な顔立ちを僅かに綻ばせた。


 完全な暗闇になる前に、緋王 輝夜(ひおう・かぐや)セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)ロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)らでさっと調理した。体調に問題なく、腹がそこそこ膨れれば、味は二の次だ。
 とはいえ、それぞれに拘りがあり、見た目も味も、この状況下では申し分ないものが作られた。
 瑠樹がつまみ食いしながら、今夜の野営についてどうすべきかねえ、と言った。どこか他人事である。
「調理し終わったら、ここから少しでも離れるべきだと思う」
と言ったのは、シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)だ。「ここは水も手に入れやすい場所だから、上級生も狙いを付けやすいはずだ」
「確かにある程度の広さを持つ場所は限られているし、いつまでも同じところにいるのは危険ですね。ある程度の人数なら【ディフェンスシフト】で防御を固められますが、こう多いと」
 リリスティア・ハイゼルノーツ(りりすてぃあ・はいぜるのーつ)が同意する。生憎、同じスキルを持つ者は少ないようだった。
「でしたらこうしましょう」
 調理しながら、セラフィーナが【防衛計画】を使った。指を一本ずつ立てていく。
「少人数のまま、この調理場から離れる。食事は代表が取りに来る。仮眠を取りながら、見張りを立てる」
「周囲に鳴子を仕掛ける」
 シャウラが付け加え、セラフィーナも頷いて四本目を立てた。
「んじゃ、そういう感じで」
 本来なら少尉である瑠樹が指示すべきことであるが、今は訓練。一つ任せてみようか、と彼は考えた。決して、面倒くさいとかそういうことではない。多分。そう、マティエは信じた。