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コンビニライフ

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コンビニライフ

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 コンビニが朝に殺気立つ事はコンビニでのバイト経験の無い小次郎でも知っていた。
 朝の出勤時間帯は、1日の中でも1、2を争う混雑する時間帯である。
 そこを客の多さに圧倒されずにテキパキと捌けるように努めて冷静に対処しているのは、小次郎が軍人の家系に生まれた賜物であった。
 食料品、飲み物を1品買いしていく客が多い中、コンビニは余り時間をかけずに物が買えることが一寸した売りにはなっているという事を把握していた彼は、素早く対応していく。
「ありがとうございました! お次、お待ちのお客様、三番レジへどうぞ?」
 小次郎は店員にモタモタされると朝から気分が悪くなってしまうという事態を危惧し、これを避けたいと、セルシウスに三番レジを頼んだのである。
「(仕方ない。皆、まだ不慣れなのです。お客様は第一印象で店を決めてしまいますからね)」
 小次郎の速度をもってしても、そもそもコンビニの使い方が判らない人が多数な状況なので、基本的に何もわかっていない事を念頭において、きちんと丁寧に説明し教えていては、やはりレジが混雑し停滞する原因を作ってしまっていた。
「小次郎?」
 隣のレジのアコが小声で呼びかける。余談だが、ルカルカとアコ(ルカ)はほぼ同じ顔つきをしている。見分けるポイントは金髪がセミロングかショートウェーブかだけである。
「何です?」
「三角クジ、500G以上お買い上げの方に、だよ? 忘れないでね?」
「ああ……そうでしたね」
 手は止めず、小次郎はレジ傍の小箱を見やる。
 現在、クランマートではオープンを記念して、500G以上お買い上げの方には、コンビニ三角クジを引いて貰っていた。
 商品は、大当りはセイカチョコ12種パック、小当りは次回ご利用時から使用可の10G値引き券、ハズレは5G値引き券である。
 セイカチョコは12星華イラストが付いた12の味の一口チョコであり、所謂チロルである。
 レジ横にも売物として置いてあるが、売れ行きは上々であった。
 小次郎は袋詰めした商品を客に渡す。
「ありがとうございます。お会計520Gになります。こちらのクジを一枚お引き下さい」
「何だい? これは?」
「500以上お買い上げですので、記念のクジになります」
「へぇ、じゃあ一枚、と……お、セイカチョコ12種パックだってよ?」
「おめでとうございます!! こちらが景品になります!」
 小次郎が景品のチョコを渡す。
「いやぁ、いい買い物したよ、また来るわ!」
「ありがとうございましたー!!」


 そんな小次郎の様子を見ていたセルシウスが静かに頷く。
「(成程。基本的にはごく普通の商売をすれば良いのだな! だが、私は生まれてこのかた、設計図と向きあうばかりで、まともな商売をした事などない……果たして……)」
 セルシウスの前に客として現れたのは、猫パーカーとねこぱんち(猫の手を忠実に再現したグローブ)姿の クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)であった。
 レジに菓子パンと袋詰めの菓子を数個転がすクマラを見て、深々とお辞儀するセルシウス。
「いらっしゃいませ」
「うんとねー。あ、揚げたてのフライドフードが美味しそう。オイラ唐揚げとコロッケが欲ちい……いや、面倒だから、もう全……モゴッ!?」
 クマラの首根っこと口元を同時に掴んだエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)がにこやかに訂正する。
「唐揚げとコロッケだけで構わないよ、お兄さん?」
「モゴッ……モゴッ!」
「……わかりました」
と、セルシウスはフライドフードを取るため一旦レジから離れる。
 エースは朝から植物調査のため、パートナーのクマラと共にこの地帯を訪れていたが、見慣れたクランマートを見つけたクマラが「何か食わせろにゃー」と騒ぐため、昼食用の買出しも兼ねて立ち寄ったのである。
「暑いからソフトクリームは買ってもいいよ」と言っていたエースであるが、案の定クマラが「今あるホットフード全部の種類をひとつずつちょーだい」とか言い出しかねたため、強制的に止めに入ったのであった。
「あにすんだよー、エース? 植物調査に付き合って朝早くから出掛けて来たんだから、このぐらい譲歩しなヨ?」
「食べ過ぎでお腹壊したら、調査も何もなくなるだろう?」
 抗議するクマラを置いて、ミネラルウォーターと自身の昼食用のサンドイッチとコーヒーをレジに出す。
「エースだってお菓子買ってるじゃないか?」
「これは、地域限定だからさ。それにしても、『ポテトスナック シャンバラ国境ピリ辛味』とはある意味シュールだねぇ」
「オイラ、コロッケとチキンだけじゃあ昼までお腹持たないよ!」
「だからパンを買っただろう? それにコロッケやチキンはクマラが今食べたいって顔してる。
 お金払ったら駐車場においてある飛空艇のトコで食べなさい」
「うー」
「やれやれ……」
 エースは苦笑いしながら、セルシウスの方に目を向けると、小次郎に指導された通りに唐揚げとコロッケを袋詰めして戻ってくる。
 レジ打ちをしたセルシウスが「合計で680Gになります」と言うと、エースは携帯電話をスッと懐から取り出す。
「(!? 携帯電話だと? 何をする気だ?)」
 身構えるセルシウス。暫しの時が流れる。
「あの、カードリーダー出して貰えるかな?」
「カード……リーダー?」
「うん。電子マネーのNYAONを使おうと思うんだ」
「NYAON?」
 クマラがねこぱんちをブンブンと振り、
「そうそう。これ、決済時に『にゃお〜ん』て鳴くんだよ?」
「にゃお〜ん……だと? それは魔法か?」
 戸惑うセルシウスに、ぼさぼさの黒髪姿のクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が近づく。
「確かに。高度に発達した科学技術は魔法と区別がつかない。BYアーサー・C・クラーク」
「ぬっ!? 何者だ」
「レジを、ただのお会計と侮ることなかれ……パラミタの魔法技術より優れ、呪いより恐ろしい秘密が潜んでいるのです。セルシウスさん、良ければ俺が解説しましょうか?」
 セルシウスは目の前に立つ龍騎士の面を付けたクロセルを見やる。
「(確か、コンビニにはヘルメット等で来店してはいけないと、マニュアルにあった気がするが……)」
 しかし、セルシウスの心配をよそに、クロセルは語り始める。
「このNYAONはクレジットカードの情報を設定した携帯電話を読取機にかざす。それだけでキャッシュレス&サインレスの支払いができるシステムです。客に「お金を使っている事」を意識させず、「自分が合計幾ら使って、残金は幾らあるのか」といった購買意欲の抑制意識を麻痺させる呪いのような技術なのです」
 あたかもマジックショーの「サプライズ!!」の如く両手を広げるクロセル。
「なんと!!!」
 驚くセルシウスを横目にエースが「俺は残金知ってるよ」と言うも、彼の耳には入らない。
「つまり、これで支払いを済ませ、「釣りはいらねーぜ」と去って行くのが通の手法。「釣りなんかねーよ」とツッコミが入れば我々の勝利です」
「くぅ……何たるシステム!!」
「……店員さん、いい加減決算してくれないかなぁ? 冷めちゃうよ?」
 クマラがレジの上に顎を乗せ退屈そうに呟く。
 その間にもエースは、「こんな可愛い店員さんとは何という幸運」と、なななに花1輪をあげようとして、アコから「500G以上お買い上げなので、一枚どうぞ?」と三角クジの小箱を押し付けられていた。
 余談になるが、エースが引いたのは、次回ご利用時から使用可の10G値引き券であった。