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浪の下の宝剣~龍宮の章(前編)~

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浪の下の宝剣~龍宮の章(前編)~

リアクション


1.もう一つの戦い



 天御柱学院から提供された、イコン改修用の簡易工場にはシャンバラ中の様々なイコンがずらりと並んでいた。中々こうして多種多様なイコンを眺める機会というのは、戦場を除いては珍しい。
「随分と大勢の人が集まったみたいですね」
 南蛮胴具足 秋津洲(なんばんどうぐそく・あきつしま)の言葉には、少し呆れが混じっているようすだった。これは、集まったイコンに対して、というよりも、これだけ大事を呼び寄せてくれた、海上の武装集団に対してのものだった。
「そりゃねぇ。小さめって言っても空母を二隻、しかもイコンをうろうろさせて話し合いに応じない、なんて奴らが居座ったら大事にもなるって。ほい、少し休んだら、ずっとかかりっきりじゃん?」
「ありがとうございます」
 クリスチーナ・アーヴィン(くりすちーな・あーう゛ぃん)の差し出したのは栄養ドリンクだった。一つ五百円ぐらいするちょっといいやつである。
「水中用の改修作業って結構面倒でしょ? どう、終わりそう? なんなら、手伝おうか」
「いえ、改修事態はもう終わってます。今は細かい調整ですね」
 秋津洲は、自分が整備しているMeteorを見上げた。水中用の改修といっても、見た目に大きな変化が出るわけではない。
「そりゃよかった。手伝おうか、なんて言っておいてアレだけど、こっちはこっちで手一杯だったりして」
「こちらが終わったら、お手伝いしましょうか?」
「ありがと。でも、たぶん大丈夫、のはず。前回の改修の時のデータがあるからね、みんなだいぶ馴れてきたいみたいだし、これからは少しずつ効率あがってくるんじゃない?」
「なになに? 何のお話ですか?」
 二人のもとへ、満面の笑みを浮かべた長谷川 真琴(はせがわ・まこと)がやってくる。整備班のリーダーとして自分以外の人の作業も見ているはずなのだが、疲れを一切感じさせない。
「水中用カスタムの話。最初はちょっと戸惑ったけど、今はだいぶよくなってきたってね」
「そうですね。今回が初めてというわけでもないですから、戸惑いや疑問も最初の段階でほとんど潰せたのは大きかったです」
「ってか、なんでそんな上機嫌なのさ?」
「上機嫌に見えますか?」
 クリスチーナと秋津洲は顔を見合わせると、呼吸を合わせたように頷いた。
「実は、先ほどガネットを触らせてもらったんですよ。凄くいい機体でした。複雑な可変機構を搭載しているのに、装甲がほとんど犠牲になっていないんですよ。丁寧に設計されているのがよくわかって、ちょっと嬉しくなりました」
「新技術の実験機は、欠陥持ちってのはよくある話だからな」
 目的のために、他の機能を殺したら目的も達成できなくなりました。なんて新兵器は少なくない。それが実験機のまま封印されたり、次世代の叩き台になればいいが、カタログスペックをうたったまま戦場へ、なんて話も珍しくないのだ。
「先日の戦闘での活躍もありますし、今回も働いてくれるでしょうね」
 海京にイコン部隊が襲来してくる、という事件がついこの間発生し、それがガネットの初陣となったのは記憶に新しい。水中用と銘打たれただけあって、その名に恥じぬ働きをしてみせてくれたのだ。
「そうですね。今回は全機がちゃんと帰還してくれればいいんですけれど……」
 真琴の表情が少し陰る。前回の戦闘では、ガネットの活躍は大いに宣伝されたが、決して全ての機体が帰還できたわけではない。出撃したうちの二機は、そのまま帰ってこなかった。
 その時には真琴は整備に参加していなかったが、出撃した機体が帰ってこないのは整備を担当する人の凄く辛い気持ちを真琴はよく知っている。もしかしたら自分の整備が原因で、と考えはじめてしまうのだ。
 最新鋭機、とりわけイコンのように複雑で高度な技術の塊になると、手をいれられる部分は無限といっても過言ではない。機体そのものから、内部のプログラムまで、乗り手の癖なども考慮しはじめると、それこそ終わりがない。だから、どうしてもある程度のところで見切りをつけないと、仕事が終わらない。それは仕方ないことではあるが、しかし人命を預かっていると考えると、仕方ないで片付けてはいけないという気持ちもある。
「はいはい。暗い顔すんなって、パイロットはちゃんと脱出して無事だったじゃん。つまり、機体はちゃんと正常に動いてた。だろ?」
 クリスチーナはパンパンと手を叩いて、話題を断ち切る。この手の話は、整備班にいると付きまとう話だが、このことを考え込んで得るものなどない、というのも整備を行う者であれば当然のごとくわかっている。
「さて、そろそろ仕事に戻るか。まだまだ順番待ちの機体がごまんといるしな。さーて、頑張るぞー」
 持ち場へ戻っていくクリスチーナ達を見送って、秋津洲が自分も作業に戻ろうと振り返ると、敷島 桜(しきしま・さくら)が立っていた。
「見てほしいものがあるの」
 そういう桜は、少し困っている様子だった。彼女は、作戦に必要になるだろう海底の地図などの情報を集めていたはずだが、何か問題でもあったのだろうか。
 疑問に思いながら、普通紙に印刷しただけの地図に目を通した。
「……なんですか、これは?」



「つまり、一言でまとめるとどういうことなの?」
「私達はよくわからない場所で生活している。ということになりますね」
 シャーリー・アーミテージ(しゃーりー・あーみてーじ)の的確にまとめた一言に、クローディア・アッシュワース(くろーでぃあ・あっしゅわーす)はうへぇ、と声を漏らした。
 二人が見ているのは、ノートパソコンの画面だ。画面に映し出されているのは、海京の領海を含む地図なのだが、よくよく見ると不自然なところがある。
「メガフロートを建設するにあたって、海中の調査をしなかったとは考えられません。となると、意図的に隠しているんでしょう」
 シャーリーが指摘しているのは、海京の領海の水深妙に浅いという一点だ。そして、古い資料を引っ張り出すと、表示されている数字よりもあと少なくとも千メートルは深くないといけない。
「わざわざ地図やデータを改ざんしてまで、龍宮とか言う場所を隠しておきたかったんでしょうね。あながち、海京が滅んだり沈んだりするのも眉唾では無いと思えてきました」
「ってことはヤバイじゃん! そこを今、武装集団が抑えてるんでしょ?」
「そうですね。かなり危険な状態だと思います。色んなところのデータを見てみましたが、ほとんどこの新しい偽造データに差し替えられています。この古いものは、昔の本をスキャンした画像がたまたま見つかったものでして、むしろこっちが計測ミスであって欲しいと思えます」
「いきなり攻撃してくるとか、ヤバイ奴らだとは思ってたけど、これってさりげない重大な問題だったりするんだね」
「だからこそ、これだけのイコンを用意して一刻も早く排除しようとしているんでしょうね」
 ずらりと並ぶイコンは、これだけで戦争でもできそうな気分になってくる。二隻の軽空母の搭載量から考えても、数ではこちらが上だろう。
「私はもう少し調べてみようと思います。これだけ隠したがる龍宮が一体どんな施設なのか、気になりますしね」
「うん、お願い。私もこの子をしっかり整備しておくよ。それで、さっさと危険な武装集団には帰ってもらわないとね!」



 分厚い冊子に、びっしりと細かい文字が並ぶ。
 新型イコン、ガネットの整備マニュアルだ。人によっては、眺めるだけで頭が痛くなりそうな代物であるが、グライス著 始まりの一を克す試行(ぐらいすちょ・あんちでみうるごすとらいある)は黙々とページをめくっていく。
「経験が少ないから仕方ないけど、どこまでやればいいのかってのは判断に迷うだよね」
 十七夜 リオ(かなき・りお)が整備の終わったガネットを見上げながら、不満そうに呟く。整備作業には、マニュアル的な作業ももちろん大事だが、経験からくる何か変な感じ、というのが掴めないのは不安でたまらない。
 特に、変形機構を持つガネットの場合は、今までのイコンの常識が通用しない部分がいくつもある。今まで動かなかった部分が曲がったりするのだ、新型機に対する魅力と期待が半分、不安が半分といったところか。
 前回の戦闘データから、カタログスペックにあからさまな嘘が無いというのはわかっているが、今回はそれからロールアウトされた機体も多くある。
「怖い顔してるよ」
 フェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)に指摘されて、リオは苦笑を浮かべた。
「思ったより、残念なイコンだったの?」
「そんな事ないよ。一つ一つの部品の精度も高そうだし、一番初期型のを実践投入して戦果をあげてるし、文句のつけどころは少ないよね。これで、イーグリッドより耐久性が5%ぐらいしか下がってないとか、信じられない」
「いい機体なんだ」
「そうよ、いい機体。すごくいい! けど、だからこそ完璧に整備しないとって思うんだけど、これでいいのかなーって、ね。せめてもっとデータがあればなぁ、これから取るんだから仕方ないんだけどさ」
 実験段階から今日まで、既に頭が痛くなりそうなほどデータは取って取ってとりまくっている。でも足りないのだ。テストはテストであって、実践とは違う。まして、水中用となると負荷のかかり方が空気中とは全く違う。今までの経験が通用しない、というのは大きな不安要素だ。
 もっとも、これは水中改修を行っている他のイコンにも言えることだ。
 前回もそして今回も、技術者にとっては壮大な実験みたいなものだ。果たして、イコンを水中で戦闘させるとどのような状態になるのか。そのデータは、ぶっちゃけ喉から手が出るほど欲しい貴重で重要なものだ。
 そういう頭があるから、これから出撃するパイロット達にはどこか負い目のようなものを感じないでもない。そのため、整備はより完璧にとは思うが、データが足りない状況で変にいじれば悪影響が出るかもしれない。
 結果、マニュアル通りの整備になってしまう。イコンは生き物のようなものだから、そんな型にはまった整備じゃ本来の力は発揮できない、というなまじ技術者としての気概みたいなものがあるから、マニュアル的に完璧に整備していてもどこか納得いかない。
「と、アレコレ悩む前にまず動け! ね。今は考え込んでも仕方ないし、とにかく今はやれることをやらないと」
「そうだね。次は何をすればいいかな?」
「我も手伝えることがあれば、何か言いつけてくれ」
 と、グライスが言う。
「え? もうマニュアル全部読んだの?」
「大概は」
 嫌がらせとすら思える400ページを超える整備マニュアルを全て読んだと、グライスは豪語してみせた。実際のところ、全部が全部ガネット専用というわけではないので、全部に目を通す必要があるわけではないのだが、それでも凄い。ちゃんと覚えているかどうかは定かではないが。
「それじゃ、さっそく手伝ってもらうよ。この機体は終わってるから、次は―――」

 昼も夜もなく、技術者達の戦いは続いた。