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リアクション
水中……。レン・オズワルド(れん・おずわるど)は、奥へ奥へと向かっていた。
水中照明の明かりを見かけ、そちらへ近づいていく。長原 淳二とミーナ・ナナティアが部屋のひとつを探っているところだった。
(……何をしてるんだ?)
こちらの姿に気づいたらしいふたりに、レンは身振りで問いかける。
(部屋の中を、調べようと)
ミーナが部屋の中を示して答える。
(意味がない。やめておけ)
レンが水中で手を振り、さらに奥を示す。
(目的のものはもっと奥だ)
淳二がミーナの肩をぽんと叩き、小さく頷いた。
(確かに、そうです。急がないと)
ふたりの反応を気にした様子もなく、レンは身を翻して奥へ向かう。水は、わずかずつだがどこかへ向かって流れている。となれば、水流が行き着く先が深部だろう。
レンは進む先、罠をかいくぐる。毒霧はこの状況ではまったく恐るるに足りなかったし、水圧で開きっぱなしの落とし穴の上を悠々と進む。壁から放たれる矢はさすがに危険だが、見極めればかわすのは難がなかった。
(少し、拍子抜けですね……。いや、でも、気を抜くわけにはいかないか)
淳二は背後からその様子を眺めつつ、心中で呟いた。ミーナも、着いていくだけの状況に緩みそうになる心を静めていた。
そのとき。
猛烈な勢いで近づいてくる何かの気配。背後からだ。三人が一斉に振り返る。
「お退きになってあそばせ。わたくしの進む道ですわよ」
キワドい黒乃ビキニ水着、足の先は人魚のしっぽ。マーメイドの装いの神皇 魅華星(しんおう・みかほ)である。
肌も露わな姿に、思わず淳二の口から泡がこぼれた。つまり、噴き出したのだ。
「な、なんて格好を……」
「あら、美しく生まれついてしまった以上、わたくしには皆の目を楽しませ、その記憶を華やかにして差し上げる義務というものがありましてよ」
魅華星の手元には指輪が輝いている。水中呼吸を可能にするものだろう。おかげで、彼女は平然としゃべっている。
「す、すごい自信ですね」
と、ミーナ。魅華星は尻尾をくねらせて髪をかき上げた。水中でうまくいかなかったようだが、表情は完璧に決まっている。
「わたくしほどではありませんが、あなたもなかなかでしてよ。でも、せっかくならその胸をもっと見せる方がよろしいのではなくて?」
「な……な、なんてことを!」
今度はミーナが大きな泡を吐いた。レンはそのやりとりを苦笑しながら眺めていたが、
「それでは、ごめんあそばせ。わたくし、この奥の女王器に用事がありましてよ」
魅華星が尻尾を踊らせて奥へ向かおうとするのを見ると、
「待て、むやみに突っ込んだら……」
慌てて止めようとする。が、時すでに遅し。通路を曲がった途端、がしゃん、と音を立てて壁から伸びた腕が、魅華星の体を掴んだ。
「まったく、言わんこっちゃない……」
レンが頭を抱える。幸い、致命的な罠でも、解除が難しいものでもなさそうだ。
「……こ、これは……私の内なる闇が突然、暴走を初めて……くっ! これを抑えこむために力を使っていなければ、この程度の罠には……」
「はいはい。あー……おまえら」
淳二とミーナを振り返り、レンが上を示す。
「このあたりは罠が多い。つまり、大事なものが近いってことだ。俺はこのお嬢さんを助けてから戻るから、先に引き返して、皆に伝えてくれ。このあたりに女王器がありそうだって」
水中のため、声だけでは意図が伝わりにくい。身振りやサインを加えて、レンは告げた。
(は……はい、分かりました!)
ミーナが大きく頷く。
(もうすぐだ。……行こう)
了解の合図で指を立てる淳二と共に、引き返していった。
ドーム状の広い空間に、それはあった。
不思議な青みが混ざり合い、中でくるくると踊っているような、大きな宝珠だ、人間ほどのサイズがあろうか。今は機嫌が悪いとでも言うようにぎらついた光を反射していた。
「お宝発見、だな」
卓越した第六感が告げたとおりに遺跡の中を探り、国頭 武尊(くにがみ・たける)はその場所に辿り着いていた。
「よし、皆に知らせて、調べましょう」
ハンドヘルドコンピューターを操作しながらザカコ・グーメルが示すのに武尊は頷き、女王器へと近づいていく。身を守るために攻撃をしてくる……というようなことはなかった。防備はゴーレムに頼りっぱなしだったのだろう
「傷は……ないですね。外傷が原因ではありませんか」
ザカコがオーブの周りをゆっくりと調べる。
「オレが調べよう。疲れるから、あまりやりたくはないんだが」
武尊が告げ、そっと女王器に振れる。超感覚……サイコキネシスだ。
「……ぐうっ!?」
荒れ狂う魔力が、女王器の記憶と共に流れ込んでくる。びりびりと体の中を痺れさせ、焼かれるような感覚を味わいながら、武尊は女王器の過去を探っていく。
「こいつは……く、そうか……地下……もっと、深い場所に……」
刺激を受け、女王器の魔力がさらに乱れる。ごうごうと水が渦巻くのが感じられた。
「大丈夫か!?」
水の中に飛び込んできたのは、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)。傍らにはゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)を連れ、アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)を身に纏っている。
「ああ、とりあえずはな。しかし、こりゃ、やっかいになったぜ」
女王器から手を離し、武尊が答える。
「やっかい……とは? 女王器の魔力が狂っていることか?」
ザカコが問う。女王器を中心に水が動き始めているのだ。
「それもそうだが、原因の方だ。こいつは……」
武尊が言いかけた時。
「ぐ……あ!? ああああ!」
突如、グラキエスが声を上げた。
「まずい……女王器の魔力の暴走が、グラキエスの体内に宿った魔力をかき乱しているんだ!」
「なんで探索にきたんだよ!?」
思わず武尊が声を上げるが、グラキエスの魔力は周囲の水を手当たり次第に沸騰させ、巨大な泡を作り始めている。力場を海だし、手当たり次第に放つ。
「どうすれば止まるんですか!?」
「気を失えば……やめろ、グラキエス!」
ザカコが剣を抜き、ゴルガイスがグラキエスの体を押さえつけようとする。が、その鎧がゴルガイスを弾き飛ばす。
「主には触れさせん!」
「アウレウス、貴公……」
「俺は鎧だ。どんな状況でも、主を守ることこそわが使命!」
アウレウスが叫ぶ。その間も、グラキエスの魔力は渦巻き、ますます水をくねらせている。
「畜生、これって、ヤバいんじゃねえの!?」
手がつけられない様子に、武尊が叫ぶ。腰から小型の装置……機晶爆弾を取り出す。
「破壊する気ですか?」
ザカコが問う。武尊がきっと目を向けた。
「こうなったら、仕方ないだろ。それに、どっちにしろこうするしかねえんだ!」
グラキエスの魔力から身をかわしながら、流れるような動作で設置。そして今度は本当に水に流されながら、部屋の出口へ向かう。
「なんだ、どうした?」
その出口にひょいと顔を覗かせた静麻に、武尊は叫ぶ。
「泳げ! 巻き込まれるぞ!」
「破壊する気か?」
「そのやりとりはもうやったよ!」
泳ぐ。グラキエスは部屋に残したままだが、仕方ないだろう。
やがて、カッ……と小さな先行と、衝撃が水の中に広がる。
機晶爆弾の爆発が、宝珠を粉々に砕いた。
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