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長雨の町を救え!

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長雨の町を救え!

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 永倉 八重とアッシュ・レドリックもまた、ゴーレムと対面していた。
「お、大きいわね……」
 改めて、八重は見上げるようなゴーレムの巨体に驚いていた。
「なんだ、怖じ気づいたか?」
「だ、誰が! わ、私たちには明子さんみたいに、正面切っての戦い方はできないから、どうしようか考えていただけよ」
 つんと胸を張って、八重が答える。
「そりゃあ、お前、魔法を使ってなんとかやるっきゃないだろ」
 アッシュが胸を叩く。八重が、こくんと頷いた。
「私が前衛! アッシュは後衛よろしく!」
「俺がフォワード! お前はガードだ!」
 ……というわけで、二人はまったく同時に飛び出した。
「一緒に飛び出してどうすんのよ!?」
 叫ぶ魔もなく、ぴったり並んでいる二人に向け、ゴーレムが拳を振り下ろした。
「うっぎゃあ!?」
 飛び出してきてすぐまた診療所に戻るハメになるか、と思った時。
「危ないっ!」
 白い影が飛び出し、ゴーレムの拳を盾で受け止めた。
「はあっ!」
 気合い一声、その人影はゴーレムの拳を弾いた。
「うは、すっげ……」
 思わず声を漏らすアッシュの眼前で、相田 なぶら(あいだ・なぶら)は盾を構え直した。
「けがはないかい?」
 問いかけに、二人はコクコクと頷いた。
「気をつけてくれ、むやみに突っ込むのは危険だよ」
 なぶらが告げる。その背後から、フィアナ・コルト(ふぃあな・こると)カレン・ヴォルテール(かれん・ゔぉるてーる)がなぶらを追ってきた。
「他のゴーレムが近づいてきています。ここから離れなければ、囲まれてしまいますよ。それに、カレンが……」
 フィアナが傍らのカレンに目を向ける。炎熱の精霊であるカレンは、雨に打たれてその力を減じられていた。
「でも、そしたらゴーレムは他の人のところに行っちゃうんでしょ?」
 八重が問う。その視線は、体勢を立て直すゴーレムに向けられたままだ。
「そうだね。俺たちの役目は、女王器の元へ向かった人たちのためにゴーレムを引きつけておくことだ。カレン、辛いかも知れないけど、戦えるか?」
「炎の魔法を使うんじゃなきゃ、なんとかなる……」
 無愛想と伏し目に顔色を青くして、カレンが答える。
「でも、ほんとに調子が悪そうだぜ……」
 と、アッシュが言いかけた時。彼らの傍らの建物を打ち倒して、別のゴーレムが巨大な鎚のような腕を振るった。
「……っ!」
 フィアナはその拳を避けようとして、戦士の勘が訴えてくるのが分かった。他の皆はともかく、カレンはそのゴーレムの存在に気づくのが一瞬遅れている。このままでは、避けきれない……
「カレン!」
 かわそうとした体勢を無理矢理に引き戻し、カレンを突き飛ばす。一瞬の後、ゴーレムの巨腕がフィアナの体を打ち倒した。光翼を展開しても、間に合わない。カレンの体は石造りの壁に穴を開け、その中へ吹き飛ばされた。
「フィアナ様!」
 地面に倒れたまま、カレンが悲鳴を上げる。
「なんで……そんな、オレが守らないといけねえのに……」
「悔やんでる場合じゃないわよ!」
 八重が両手に真紅の剣を掲げ、その刃に魔力を伝わせる。一瞬のうちにその刃から爆炎が放たれ、雨を水蒸気に変えながらゴーレムを押し返した。
「フィアナ! 無事……か……?」
 なぶらが崩れかけの建物に駆け寄り、フィアナの様子を確かめる。アッシュは雷を放ってゴーレムをけん制している。
 がれきの中から、光翼を広げたフィアナが立ち上がる。額から血を流し、その目には異様な光がたたえられていた。
「フィアナ様、まさか……」
 カレンが何かを言うよりも早く。
 フィアナが獣のように叫びを上げ、翼をはためかせる。がれきの中から飛び出したかと思うと、一瞬のうちに飛び上がり、一気に最高速へ。トンボのように急角度で旋回し、掲げた大剣をゴーレムの頭に向けて振り下ろした。
「どうした!? そんな無茶な戦い方……からだがもたないぞ!」
 なぶらが思わず叫ぶ。その通り、頭に剣が打ち立ったゴーレムよりも、むしろその反動で血を噴き出すフィアナの方が目に見えてダメージが大きい。自らの攻撃で傷ついているのだ。
「あぁあああ!」
 にも関わらず、フィアナはさらに雄叫びをあげ、ゴーレムへ向けてむちゃくちゃに剣を振り回している。
「なぶら! それにおまえ達も……フィアナ様を助けてやってくれ。あのままじゃ……」
「分かった!」
「任せて!」
 最後まで話を聞きもせず、アッシュと八重が大きく頷く。そしてそれぞれが呪文を唱え、左右のゴーレムへ向けて撃ち放つ。
「とにかく、傷を塞がないと!」
 なぶらが回復の呪文を唱え、空を飛び回るフィアナの傷を塞ぐ。しかし、雨にさらされた傷は血が止まりにくい。やむなくなぶらは前へ飛び出し、ゴーレムの攻撃からフィアナを守ろうとする。
「フィアナ様、どうか、耐えてください!」
 カレンの呪文が酸の霧を生み出し、ゴーレムの体を包む。それはあっという間に雨に流されるが、わずかにゴーレムの表皮を腐食する。
「おおおあああ!」
 フィアナの剣が、そのゴーレムに向けて振り下ろされる。硬いもの同士が激しくぶつかる耳障りな音を立てて、ゴーレムの肩から胸に剣が突き立てられた。防御を一切考えない、捨て身の一撃である。
 ゴーレムの表面に走る紋様が輝きを失い、活動を停止する。その剣を引き抜こうとするフィアナの体を、後ろからなぶらが押さえた。
「フィアナ、落ち着け! そんな戦い方、命に関わるぞ!」
 しかし、フィアナは身をねじって彼の腕から逃れようとする。回復の手も追いつかない。
「今のを、こっちにも!」
 ゴーレムを挟んだ向こう側から、カレンに向けて声。戦いの音を聞きつけ、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が駆け込んできたのだ。
「あ……ああ!」
 カレンが再びアシッドミストを唱える。アッシュも並んで、同じ呪文を放った。霧がゴーレムを包む。
「タイミングを合わせてくださいまし!」
「任せて!」
 小夜子に八重が答え、太刀を手に駆け出す。
「邪魔をさせはしません!」
 小夜子の両手から破壊のエネルギーが放たれ、腐食されたゴーレムの背を打つ。同時、八重の紅い剣が胸を突く。
 両面からの衝撃はゴーレムの体内でぶつかり合い、びしりと核にヒビを走らせた。こちらも、輝きを失って前のめりに倒れた。
「大丈夫ですか? ひどい怪我……」
 小夜子が駆け寄り、問いかける。フィアナは敵が居なくなったことで、ぶるぶると震えてから気を失った。
「すまねえ、迷惑をかけちまった……。全部、オレのせいだ」
「今はそれどころじゃない。フィアナの傷を治さないと」
 うなだれるカレンに、フィアナを抱えたなぶらが告げる。小夜子が小さく頷いた。
「とにかく、雨を避けられる場所へ。治療の心得くらいならあります」
「私、周りを見張ります。また敵を見つけたら、殺気みたいに戦いはじめるかも……」
 八重が肩で息をしながら告げる。アッシュが、ぐっと拳を握った。
「ああ、任せたぜ」
「あなたもするのよ!」
 渋々了承するアッシュを尻目に、なぶらはフィアナのか細い呼吸と、カレンの悔恨に満ちた様子を気遣っていた。