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リアクション
【十 幕切れは呆気ないもの】
ところが。
破竹の3連勝で上位2チームを追い落とそうかという勢いを見せていたワイヴァーンズとワルキューレであったが、最後の3試合は全勝しなければならないという状況にありながら、揃って痛恨の一敗を喫してしまったのである。
詰めが甘いといわれればそれまでだが、矢張り最後の最後で、経験の差が出た格好となった。
結局、優勝したのはヒラニプラ・ブルトレインズだった。以下、SPB2021シーズンの最終順位。
勝数 負数 引分 勝率 勝差
1.ブルトレインズ 28 24 2 .538 −
2.ワイヴァーンズ 26 26 2 .5 2
3.Nボーイズ 26 27 1 .491 0.5
3.ワルキューレ 26 27 1 .491 0
ツァンダ・パークドーム内にて出張営業していたメイドカフェ『第二』では、シーズンを終えた選手達が反省会という名の納会を開催していた。
理沙とセレスティアが忙しそうに店内を駆け回る中、選手達は思い思いに喫食を楽しみ、シーズンを振り返ったり、或いは雑談に興じたりしている。
「おーい、理沙さんやーい。飲み物無くなったよー」
どこかのテーブルで、ショウが理沙を呼んでいる。理沙は理沙で、目の前の光一郎がやたらと味に細かい注文をつけてくるので、その対応で手一杯になってしまっていた。
「俺様にゃあ、もうちょっと甘いテイストが丁度良いんだよなぁ」
「はいはい。分かったから、後にして頂戴」
一方で、ショウは尚も容赦無く理沙を呼び求める。
「おーい、理沙さんってばー」
「あー、もう! ちょっと待っててよ!」
半ばブチ切れそうになりながらも、理沙が店内を所狭しと走り回っていると、歩がメイド姿でひょっこり顔を出してきた。
「理沙さ〜ん、皆さん連れてきたよぉ」
「げっ、もう来たの!?」
以前、円が立案したふれあい企画が、実は今日、この出張版『第二』で開催される運びとなっていたのだ。よりによってこんな日に……と半ば泣き出しそうになっていた理沙だが、泣き言をいっていても始まらない。
とにかく今は、多少仕事が荒っぽくなってでも対応に走り回らねば。
理沙が珍しくそのような乱暴な思想に傾きかけた時、不意に何人かのメイド姿が理沙の前に現れた。
「えっ……ちょ、ちょっと皆、どうしたのよ!?」
思わず理沙が目を白黒させてのけぞった。
それもその筈、メイド姿で出張版『第二』に姿を現したのは、いずれもワイヴァーンズの女子選手達だったのである。
チームのおっかさんであるあゆみを筆頭に、巡、葵、ミネルバ、オリヴィア、シルフィスティ、リカイン、
イングリットといった面々が、胸を張ってずらりと並び、にこやかに笑っている。
「あゆみ達が来たからには、もう大丈夫! 心を込めておもてなしするよ! クリア・エーテル!」
何故か誇らしげに笑うあゆみだったが、猫の手も借りたい心境だった理沙には、まさに渡りに船。断る理由は何も無かった。
しかし、全員が全員、メイドになり切れている訳でもなさそうであった。特にリカインやシルフィスティなどは、物凄く居心地の悪そうな顔つきで、頭を掻いている。
「こういうの、正直いって、あまり慣れてないのよね……」
「ほらほら、ぶつくさいってないで、一杯お仕事するよっ!」
ぼやいているリカインの尻を、葵が思いっ切り叩いて、接客に引っ張ってゆく。リカインは情け無さそうな表情で、溜息を漏らしながら葵に引きずられていった。
一方でイングリットなどは、バットをトレイに持ち替えて、得意に三手打法ならぬ三手オーダー取りで、チームメイト達から喝采を浴びていた。
そんな賑やかな出張版『第二』の片隅で、ジェイコブ、優斗、隼人、オットー、ソルランといった面々が、いささか周囲からは切り離されているかのような落ち着いた空気の中で、互いに顔をつき合わせていた。
「……しかし、例の再編話はどうなったんだろうな」
優斗が不安げに呟く。
シーズン終了後、チーム存続に関わる話が、ぴたりと聞こえてこなくなったのである。おかしいといえば、これ程おかしな話も無かった。
「今、フィリシアがオーナーから情報を聞き出そうとしているところだ。じき、判明するだろう」
それまでは無駄にじたばたせず、黙して待て、というのがジェイコブのスタンスだった。確かに、今更ここでじたばたしたところで、何も始まらないだろうし、何も変わらない。
それは、優斗も同意見であった。
「でも、最終的には2位に食い込んだんだし、多分、うちは大丈夫なんじゃないでしょうか」
「確かに。2位のチームを成績不振で取り潰そうなんてことになったら、SPBは一体何をやっておるのだ、という話になるだろうな」
オットーが顎先を(といっても錦鯉っぽい外観に、顎があるのかどうか、いまいち不明だが)指でさすりながら、したり顔で応じる。
しかし今はとにかく、SPBからの通告を待つしかない。
が、実はもう、結論は出ていたりする。
「オーナー、事件です! 我がツァンダ・ワイヴァーンズは、正式にリーグ残留という決定が届きました!」
円が珍しく声を張り上げて球団内のオーナー室に飛び込んでくると、先客が居た。
「あ、こ、これは九条先生……失礼しました」
慌てて円がぺこりと頭を下げると、九条先生は笑って頷いた。そこへ、ティーセットをトレイに載せたフィリシアが奥の湯沸し室から出てきた。
「その話なら、今しがた、九条先生が持ってきてくださいましたわ」
「あ、あれ、そうなの?」
円が素っ頓狂な声をあげて、スタインブレナー氏と九条先生の笑顔を交互に眺める。スタインブレナー氏は、脂がたっぷり乗った顎先を何度も頷かせて、満足げに笑っていた。
「いやぁしかし、このたびは九条先生には大変お世話になりました」
「いえいえ、私は大したことはしていませんよ。SPBからの圧力を撥ね退けた、現場の皆さんの努力の賜物です」
実は九条先生は、SPB専属スポーツドクターの立場を大いに活用して、医者の見地から二球団を対象とする再編は得策ではない、とSPB事務局に直接申し入れていたのだ。
スタインブレナー氏が礼を述べたのは、九条先生の協力姿勢に対しての感謝の気持ちからであった。
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