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リアクション
【十一 2022に向けて】
蒼空学園内スカイランドスタジアムのクラブハウス。ここに、山葉オーナー以下、選手やチーム首脳陣、そして球団スタッフといった面々が集まっていた。
彼らはたった今、この場でSPB事務局からの正式なリーグ残留通告を、共同オーナーたる恒世の口から聞かされ、ある者はほっと胸を撫で下ろし、またある者は喜びを爆発させるなど、様々な反応を見せていた。
そんなクラブハウス内の喜びに満ちた空気を、恒世は苦笑を浮かべて小さく肩をすくめながらも、何となく嬉しそうに眺めていた。
SPB2021シーズンは、SPB事務局からの通告を以って、正式に終了した。
すると、一部の選手達が自分のロッカーから荷物を取り出し、スーツケースやボストンバッグに詰め込み始めたではないか。
実は彼らは、今季限りでワルキューレを去ることになっていたのである。
「こことも、もうおさらばね」
ロッカー内の荷物を整理する手を休めて、ブリジットが感慨深げに呟いた。荷物整理を手伝っていた春美が、一瞬寂しそうな表情を浮かべてブリジットの横顔を眺める。
その春美に、ブリジットはいささか残念そうな面を向けた。
「ね……やっぱり、ヴァイシャリーに来るつもりは無いのね?」
「お誘い、ありがとうございます。けど、春美はこのチームに残ります。やっぱり、愛着がありますから」
そう応える春美の目頭に、光るものが見えた。
「来シーズンからは、敵同士……いえ、ライバルですね」
「そう……だね。探偵野球も、もう一緒に出来なくなっちゃうかな」
ブリジットもつい、柄にも無く鼻をすすりあげた。何となく、こみ上げてくるものがあったのだろう。すると春美が予告無しに、ブリジットの長身に飛びつくような形で抱きついてきた。
「来季は……う、うちが、絶対、優勝貰いますから……」
もう最後の方は涙声になってしまって、何をいっているのかよく分からない。ブリジットはそんな春美の頭を優しく撫でてやるだけで、精一杯だった。
一方、感傷とはまるで無縁という者も居る。ミューレリアなどは、まさにその典型であった。実は彼女も、ヴァイシャリー・ガルガンチュアへの移籍が決まっているひとりだった。
「残念だなぁ……お嬢ちゃんのμジャイロ、見たかったんだけどねぇ」
「安心しな。秋季キャンプ中には完成させるからさ、来季対戦する時にゃ、嫌ってほどお見舞いしてやるよ」
クドが本当に残念そうな顔を見せているのに対し、ミューレリアはからりと笑って、僅かに胸を張った。するとその時、カイが横から首を突っ込んできて、全く別の話題を振ってきた。
「割り込んで悪いけど、お客さんだ。何でも犠打職人さんに、弟子入りしたいんだってさ」
いいながらカイがクドの前に押し出してきたのは、垂だった。
「……あのさ、犠打のスペシャリストなんだよな? ポジションも同じだし、色々教えて欲しいんだけど」
「へぇぇ、お兄さんちょっとビックリだなぁ」
いつもセクハラばかりしている為、女性に逃げられることはあっても、逆に近づいてこられることなど滅多にないクドであるから、垂からのこの申し入れは、クドにとっては本当に驚きだったらしい。
ところで、実は同じような場面が、クラブハウス内の別の場所で見られた。
和輝がフィーアにせっつかれて、道雪を真一郎のところへ連れてきていたのである。
「あのう、すみません真一郎さん。こちらの方が、捕手として弟子入りしたいとのことなんですが」
「ん? 俺に弟子入りですか?」
ぎょっとした表情で真一郎が振り向いてみると、二軍で捕手の練習を積んでいる最中の道雪が、ぺこりと頭を下げてきた。
どう対応したものか困り切っていると、背後から、ルカルカの突き刺さるような視線が飛んできていた。
「うっ……あ、いや、これは、そのう」
「しーんーいーちーろーおーさーあーん」
殺意に近いような鬼気迫る視線に、真一郎はまるで蛇に睨まれた蛙のように、その場で硬直してしまった。
そんなふたりのやり取りを、カリギュラがレティシアと並んで面白そうに眺めている。
「いやぁ、こらもう、たまりまへんなぁ」
「これはちょいと、選手会新聞でも立ち上げて、この後の展開を追いかけなければなりませんわねぇ」
ふたり揃って、物凄く趣味が悪い。他人の不幸は蜜の味とは、よくいったものである。
そしてまた、別の場所では。
裁、椎名、エリィの先発ローテガールズとも呼ぶべき三人が、引退を表明した狐樹廊を囲んで、驚きの声をあげていた。
「えぇ〜! やめちゃうのぉ!? 勿体無いよぉ!」
と裁が叫べば、椎名も、
「折角、曲者って呼び名が定着してきたところなのによぉ……本当にやめちまうのか?」
曲者云々のところで、つい苦笑を浮かべてしまった狐樹廊だが、彼が引退の理由を、空京での球団設立の可能性を探る為だと説明すると、ひとりエリィだけが納得した様子で頷いた。
「空京にしろ海京にしろ、本当に場所が無いからねぇ……その気持ち、何となく、分かるかも」
「まぁそういう訳ですので、手前は本日これにて退散ということで……本当にお世話になりました」
残念そうに顔を見合わせる先発ローテガールズの面々だが、狐樹廊の意志は固そうであった。
そこかしこでシーズンの終了を名残惜しそうに振り返る者が多い中、セレンフィリティはひとり陽太だけが、微妙な表情でぽつんと、この雰囲気から浮いているのを見逃さなかった。
「どうしたの? 何か随分、居辛そうだけど?」
「いや、実は……俺、結局最後まで二軍だったから、他のひと達みたいに、話に入っていけなくて」
陽太が素直に告白すると、セレンフィリティはからりと笑って、陽太の背中をどやしつける。
「なぁにくだらないこと気にしてんのよ。そんなこといいだしたら、あたしやセレアナなんて、年中マスコットガールの二軍やらかしてるようなものよ! あぁでも、最近セレアナったら妙にやる気出してて、あたし以上にマルコットガールで張り切ってたみたいだけど」
「ちょっとセレン……余計なこと、いわないで」
思わず口を挟んできたセレアナだが、しかし陽太はセレンフィリティとセレアナのそんなやり取りを、眩しいものでも見るかのような表情で、にこやかに眺めていた。
「……仲が、良いんですね」
「ん? 何いってんのよ、当然じゃない。あたし達は、パートナーなんだから」
セレンフィリティの台詞に、なるほど、と頷きながら、陽太は掌の中に大切なロケットを握り締め、複雑な想いを胸中に抱いていた。
今季は結局、何も出来ないままで終わってしまった。しかし、来季こそは――陽太は心中、期するものがあったのだが、それは決して口には出してはいわない。
その頃、スカイランドスタジアムのライトスタンド席では。
日傘を差した舞が座るベンチの左右に美羽と加夜が席を陣取り、何となく寂しげな様子でグラウンドを眺めていた。
「……終わっちゃったね」
「そう……ですね。あっという間の、半年間でした」
美羽に話を振られて、加夜が感慨深げに、ひとことずつ噛み締めるようにいう。次いで美羽は、舞の横顔を覗き込んだ。
「舞さんは、もうここで観戦することは無いんだよね?」
「えぇ。ブリジットがヴァイシャリーに移籍しますから、私も来季からはレフトスタンドで日傘を差すことになりますね」
「それじゃあさ」
不意に美羽が立ち上がり、舞と加夜の前でチアリーディングの仕草を見せて、にこりと笑う。陽光を浴びながら明るい表情を浮かべる美羽に釣られて、舞と加夜もつい、小さく笑った。
「来季から、応援合戦が出来るね! ヒッティングマーチとかも、真剣に考えなきゃ」
「あ、それ良いですね。お手伝いしますよ」
美羽のアイデアを受けて、加夜が嬉しそうに身を乗り出し、大きく頷いた。すると舞がすっと立ち上がり、淑女の礼を取る。
「来季はグラウンドだけでなく、スタンドでも正々堂々、勝負致しましょう」
「ふふっ……望むところだよ」
美羽が差し出した拳に、舞と加夜が差し出した拳が、ちょこんと優しく重なり合う。
SPB2022シーズンに向けて、戦いはもう、始まっているのだ。
『SPB2021シーズン 「オーナー、事件です」』 了
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