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SPB2021シーズン 『オーナー、事件です』

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SPB2021シーズン 『オーナー、事件です』

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【四 遅咲きのニューカマー】

 シーズンもいよいよ大詰めという時期になっても尚、プロの選手を目指そうという者は後を絶たない。
 例えばワルキューレでは、実に四人もの入団希望者が現れ、ワルキューレ共同オーナーのひとり、ナベツネこと田辺 恒世(たなべ つねよ)を相当に驚かせた。
 しかしダイヤの原石はいつ、どこで、どのような形で見つかるかは分からない。だからこそ恒世は、この時期に於ける入団テストを許可したのである。
 さて、その入団テストであるが、スカイランドスタジアムとは別の、蒼空学園第三グラウンド内にある野球場にて実施される運びとなった。
 試験官は、現役の選手数名とコーチ、そして編成部門の職員達である。
「ちょっと前までは、ボクらが見られる側の立場やってんけどなぁ……変われば、変わるもんやで」
 現役選手試験官として入団テストに呼び出されたカリギュラ・ネベンテス(かりぎゅら・ねぺんてす)が、如何にも感慨深げな様子でうんうんと頷きながら、これからテストを受けようとする者達の、幾分緊張した面立ちを呑気に眺めていた。
 カリギュラは今や、ワルキューレにとってはなくてはならない存在として、ブルペン内にて重要な位置を占めている。
 その圧倒的な球威を誇る直球を駆使して勝ち試合の最後を締めくくるSPB最強のクローザーは、しかし普段はどことなく昼行灯的な言動が多い。その為、何も知らない者が見れば、彼がリーグトップの14セーブをあげている豪腕投手であろうなどとは、恐らく想像もつかないだろう。
 カリギュラが投手目線の試験官であるならば、野手目線の試験官としてはレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が呼び出されていた。
「あちきが他人様を試験するだなんてぇ、何だかちょっと、むず痒い感じがしますわねぇ〜」
 日頃はダッグアウト内で、その天性の明るさからムードメーカーとしての役割を自認しているレティシアだったが、この時ばかりはいささか落ち着かなさそうな様子でパイプ椅子に腰掛けており、時折不安げな表情を浮かべたりもしていた。
 入団テストは、テスト生が打席に入り、現役投手からの投球にどう対処するのかを見るシート打撃形式を取ることとなった。
 テスト生に投球するのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)であった。そして彼女の球を受けるのは、マッケンジーである。
 さてそのルカルカだが、テスト生として打席に入ってきた朝霧 垂(あさぎり・しづり)の緊張した面持ちを見て、マウンド上で苦笑を禁じ得なかった。
「まさか、垂ちゃん相手に投球する日が来るなんて、思っても見なかったわ」
「遠慮は要らないからなぁ〜。本気で投げ込んでこい!」
 一体どっちがプロで、どっちが素人なのか分からなくなるような、そんなふたりのやり取りであった。
 だが、実際に投球が始まると、そこは矢張りプロである。ルカルカの投じる直球は唸りをあげて本塁上を通過し、垂はまるでぴくりとも反応出来なかった。
(うっ……は、速ぇぇ!)
 思わず内心で舌を巻いた垂だったが、面には極力出さないよう、必死に表情を消そうと頑張っている。しかし態度には出てしまっているらしく、いささか腰が引けてしまっていた。
 だが、それも無理の無い話であろう。
 ルカルカはワルキューレのセットアッパーを務める速球投手なのである。加えて、プロとして三ヶ月間を戦い抜いてきた実績と経験がある。
 これから入団しようとしている垂にとっては、ルカルカは仲間ではあっても、野球選手としては遥か先を突っ走っている目標と捉えるべき相手であった。

 あっさり三振に切って取られた垂に続いて、次に打席に入ったのはフィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)である。
「よぉ〜し、絶対に打ち返してやる!」
 打席内で意気込んでいたフィーアではあったが、矢張り彼女も垂と同じく、結局三球三振で仕留められてしまった。
 高めの釣り球や外角低めのボール球に、特に狙いも無く手を出してしまったのだから、とてもではないが、現状ではプロとして通用しない。
「うーん、あのまんまやったら、ちょっと厳しいかなぁ」
 討ち取られ、すっかり意気消沈して打席から退くフィーアを眺めながら、カリギュラは幾分難しげな表情で腕を組んだ。
 対するレティシアは、似たような色を浮かべながらも、決して否定的には捉えていなかった。
「そうですわねぇ〜……でも、二軍に居るひと達も同じようなレベルが多いからぁ、そんなに気にする必要も、無いかも知れませんわねぇ〜」
 実は、それがワルキューレの抱える問題でもあった。
 つまり、一軍と二軍とでは実力差があり過ぎ、一軍の選手が半ば固定しつつあるのである。これはひとことでいえば、選手層が薄い、ということになるのである。
 この後更に、戸次 道雪(べつき・どうせつ)立花 眞千代(たちばな・まちよ)が連続して打席に入ったが、いずれもルカルカの手玉に取られ、あえなく凡退。
「どわ〜、全然駄目じゃ〜」
「ちょっと、マジかよ〜。あんな速いのがくるなんて、聞いてねぇよ〜」
 道雪と眞千代が口々にぼやくのを、カリギュラとレティシアは僅かに苦笑を浮かべながら聞いていた。
 それにしても、とふたりのプロ選手は思う。
 トライアウトからキャンプ、オープン戦を経て、シーズン三ヶ月を戦い抜いてきたカリギュラやレティシアの目からすれば、今回のテスト生達はいずれも、何かが物足りないという気がしてならなかった。
 カリギュラにせよレティシアにせよ、トライアウトから現在までの半年間は、元MLB現役選手や元NPB現役選手と直接対決し、実戦の中で技術を磨き、経験を積んできた。たかが半年と思われるかも知れないが、この半年の中で得てきたものは、ふたりが思っている以上に大きな財産となっているのである。
 だからどうしても、カリギュラとレティシアがテスト生達を見る目は、厳しい観点になりがちであった。
 ところが、恒世はどうも違うらしい。
 彼女はルカルカの前に手も足も出なかった四人のテスト生を、二軍スタートではあるものの、受け入れる姿勢を見せていた。
 マウンドから戻ってきたルカルカを、恒世がタオルを手渡しながら出迎える。
「で、実際に対戦してみて、どんな感じだったかしら?」
「う〜ん……いきなり一軍は無理かなぁ、ってところかしら。でも、四人ともコントラクターなんだし、二軍でしっかり鍛えれば、ものになると思うよ」
 言葉を選びながら答えたルカルカだったが、その時彼女は、すっかり落ち込んでしまっている垂に対して、一瞬申し訳無さそうな視線を送った。
 垂は仲間ではあったが、ルカルカはプロ選手として、決して手を抜くわけにはいかなかったのである。
(後で、真一郎さんと一緒にフォローしておいてあげないといけないかなぁ)
 いずれ野球選手としても仲間になるのであれば、それぐらいの気遣いはしてやっても良い、というのがルカルカの思いであった。
 と、そこへ今回の入団テスト実施に際して、SPB審判部から審判員として派遣されてきていたキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)が、その独特の容姿でのそのそと歩いてきた。
「今日のお勤めは、もう終わりなのカシラ? ミーはこう見えても公式審判員だから、暇じゃないのよネ」
 そうなのだ。
 実はこのキャンディス、SPB審判部にて一ヶ月間に及ぶ研修を修了し、見事SPB公式審判員として採用されていたのである。
 『金髪ろくりんくん』という、奇抜ともいって良い外観ではあったのだが、キャンディスはSPB公式戦に於いては最高の権限を握る存在として君臨するようになっていたのである。
 ちなみに外観の話をもう少し続けると、SPB審判員のプロテクター入りユニフォームを見に着けた時のキャンディスは、もうほとんどプロレスラーにしか見えず、その異様な外観が一部の野球ファンの間でたびたび話題に上る程であった。
 以上、余談。
「ご苦労様でした。結果は追って、SPB事務局の方にお知らせします」
「どのチームに誰が入ろうと、ミーは知ったこっちゃないけどネ〜。でも、久々に公式戦以外でジャッジ出来たから、ちょっと楽しかったヨー。それじゃあまた、試合でお会いしまショー」
 妙に意味ありげな笑みを口元に浮かべながら、その場を辞するキャンディス。
 その悪魔的なまでに下心たっぷりの笑みを受けて、カリギュラとレティシア、そしてルカルカの三人は、何ともいえない薄ら寒さを感じたのか、互いに変な表情で首を傾げあうばかりであった。