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リアクション
第9章 始まりの記録
源 鉄心(みなもと・てっしん)は、町に聞き込み調査に行く前に、アヴカンに忠告をした。
「例え腕が立つとしても、雇う相手は選ばなくては、寝首を掻かれますよ」
「冒険者が、金を払う相手を裏切ると?」
「用心に越したことはない、ということです」
そもそも、地球から来た契約者達は、依頼を受けるのにギルドを通しているわけではないので、暗黙の掟のようなものはない。
そして鉄心がそう懸念するに足る者が、今、屋敷の内部にいるのだ。
屋敷を出る為に廊下を歩いていて、正にその懸念の相手が歩いて来るのとかち合う。
三道 六黒(みどう・むくろ)だ。
睨み据えつつ、彼等は無言ですれ違う。
すれ違った後で、六黒のパートナーの吸血鬼、ヘキサデ・ゴルディウス(へきさで・ごるでぃうす)が、ちらりと後ろを振り返りながら
「警戒されているようですな」
と苦笑した。
「フン、構わぬわ。それよりも、沙酉の方はどうだったのだ」
「件の盗賊は、イルダーナでほぼ間違いないですが、お探しの杖は、今は魔女の手に渡っているようです。
結界に関するものは……すみません、読みとれませんでした」
六黒に命じられ、ブリジットの遺した腕にサイコメトリを掛けてみた、強化人間の九段 沙酉(くだん・さとり)が答える。
六黒は頷いた。
「棲処は」
声をひそめた六黒に、それは大丈夫です、と頷く。
「読み取れたのは、場所の映像なので、それが何処の風景かを探す必要があるのですが……」
「では探せ。判明した後、わし自ら奴等の塒へ赴くとしようか。
龍の杖、彼奴等などより余程、わしが扱うに相応しい力よ」
六黒の狙いは、イルダーナが持っていたと聞く、龍を召喚する杖、『フラガラッハ』だった。
「――しかし、結界に関する物が解らないままとなると、交渉するには些か材料に事欠きますな」
「構わぬ。どうとでもなるわ」
ヘキサデの言葉を、六黒は一蹴した。
彼等は再び来るのだろう。
次は逃がさず、捕らえればいい。交渉の材料には、命を使えばいいだけだ。
なるほど、とヘキサデは頷いた。
「島一つを覆う結界に、龍の杖……。
このような僻地で、暇潰しのつもりが、思わぬ宝に出くわしたもの。賊に感謝ねせばなりますまい」
くく、とヘキサデは笑う。
そして、沙酉とヘキサデは、捜索の為に屋敷を出、六黒は領主の護衛を名目に残り、報せを待って部屋に戻ったのだった。
「忠告より、実力行使すべきだったか……」
町に調査に出つつも、鉄心は、六黒達のことを考えていた。
何か起きてからでは遅い。その前に、悪い芽は摘んでしまうべきかとも思うのだ。
「まさかあの男が、涼しい顔をして護衛を引き受けているとは……」
今迄の、六黒の所業を知る鉄心としては、彼がまさか、自分達と同様に、好意で此処にいるとは思っていない。
そして、疑われていることを当然の如く、六黒も承知しているようだ。
「……もう出てきてしまったしな。考えても仕方ないか」
屋敷にはまだ、契約者達が多数残っている。
何か事を起こしたとして、そうそう最悪の事態になったりはしないだろう。
鉄心はそう考え、今は目の前の調査に集中することにした。
再びギルドを訪れると、受付の男は、予想していた顔をした。
「また来ると思ったぜ。最近、奴のことで賑やかなことになってるからな」
「悪いが……もう一度話を聞きたい。相応の報酬は払う」
「ああ、そいつはそっちの男に聞きな。
近々来ると思ってな、丁度顔を見せてきたんで、引き止めておいたぜ」
男が示す方向を見ると、壁際の少ないテーブルのひとつに、中年の男が座っている。
じっとこちらを見ているのを見て、歩み寄って名乗った。
「キアンについて何か知っているのか?」
男は肩を竦めた。
「昔、駆け出しのあいつと、何度か組んで仕事をしたのさ。
最も、あいつはこの島を出られない、外の依頼は受けられないって言うんでな、最初の頃だけだが」
「5年前、ですか」
鉄心のパートナーのヴァルキリー、ティー・ティー(てぃー・てぃー)が訊ねる。
「ああ、奴はギルドには1年もいなかったか」
「その前は何をしていたのでしょう?」
「まっとうに生活してたらしいぜ?
読み書きできるんで、町の子供に文字を教えたりしていたらしい。
だが、『このままじゃ埒があかない』ってんで盗賊になったそうだ。詳しいことは知らないがな。
最初は自分で色々行動してたらしいが、『埒があかない』んでギルドに入った。
色々情報が欲しかったんだろうな。
だが、それも1年もたなかった、というわけだ。
その後はずっと一人で……いや、二人で、か、やってるようだな」
「治世の乱れに苦しんだ結果、悪事に手を染めてしまった、ということでしょうか……」
ティーが暗く呟くと、男はくつくつと笑った。
「いやあ、違うだろう。
奴には目的があって、その為には普通に暮らしてるんじゃあ足りなかっただけさ。
盗みは後からついてきたもんだ」
「何故です?」
「そりゃ、盗めば働かなくて済むだろうが。
で、生活するのに余った分をばらまいてるだけだろうよ」
「そういう性格の奴なのか?」
鉄心が訊ねる。働かない為に盗みを働く、とは、呆れた話だ。
「まあ、悪い奴じゃあなかったな。
確かに、下町の方を、難しい顔をして見ていることはあったぜ」
「だから、ばらまく先が貧民層、か……」
「実力がついたらやりたいことがある、と言っていた。それが何かは知らないが。
どうなんだろうな、奴の欲しい実力は、もうついたのか? お前等は、何を探ってる?」
「……この島には、結界があるそうだ。
キアンは、それを解除したいらしい」
詳しいことは解らないが、と、鉄心は前置いて説明する。
「結界、ねえ……。だから奴は島の外に出られなかったのか?」
「それは、まだ解らないが」
「あいつを捕まえるのか?」
「それも解らない。本人から話を聞きたい、とは思っているが」
「……あまり手荒なことはしないでやってくれよな」
男は、肩を竦めてそう頼み、善処する、と鉄心は答えた。
居場所は解らなかった。彼は頻繁に根城を変えているらしく、まあ基本だろう、と男は言う。
一通り話を聞き終わり、礼を言って鉄心達はギルドを出た。
「……イコナ」
深く溜め息を吐いて、鉄心は、パートナーの魔道書、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)を見下ろした。
「ぶつぶつ……やったあ、スリを捕まえましたわ!
シマリスさんはああ見えてスリだって、まあやさんが言ってましたもの……」
「誰だそれは。ほら、落ち込むのもいい加減にして帰るぞ!」
前回、ニ度も推理に失敗したイコナは、すっかり落ち込んで、隅の方で動物型クッキーを齧りながら意味不明のことをぶつぶつと呟いているのだった。
そんなイコナを、鉄心は引っ張り上げるようにして立ち上がらせた。
キアンは、結界を解く何かを見付けて、何を成そうとしているのか。
氷室 カイ(ひむろ・かい)のパートナー、強化人間の雨宮 渚(あまみや・なぎさ)は、三道六黒によって落とされた、ブリジットに腕にサイコメトリを掛けてみた。
「何か見えるか?」
「ええ……。どこに集中すればいいかしら?」
「……じゃあ、一番古い記録だ」
二人の居場所も気になるが、何より目的が気になる。
カイの言葉に頷いて、渚は流れてくる映像を一気に遡り、始めの記憶を読み取ろうとした。
ブリジットと、もう一人の男が、巨大な毛玉のような獣に乗っている。
スナネズミという、砂漠に生息する巨大ネズミだ。
先まで降り続いていた雨で、その毛並みは重く濡れていた。
男はキアンではない。
ブリジットの前にいる男は、肩までの長さの、薄い色の金髪だった。
ふと、その男が何処かを見る。
少し見つめて、ブリジットを振り返った。
「あの子供の前にいる魔女を蹴り飛ばして」
命令に、ブリジットは素早くスナネズミの背を降り、二人の間に飛び込む。
「きゃぁっ!!」
蹴り飛ばされて地を転がった魔女は、突然の攻撃に驚愕しながら、
「誰よ!?」
と叫んだ。
「通りすがり」
後ろから、スナネズミを降りた男が追い付く。
「そんな世間知らず風の子供を、魔術まで使って誑かすものじゃない」
憑き物が落ちたように、少年の表情が変わり、みるみる青ざめて行く。
魔女は立ち上がった。その手には、大きな杖がある。
「ふふ……あっはははは!」
自ら手に握る杖をチラリと見て、魔女は笑い出した。
「う……ううっ!」
突如目を押さえて、少年がうずくまる。
「ふふ、もう遅いわ。
誓約は成された。その子は、あたしのものよ」
魔女は杖を構え持つ。
「杖も、目も貰ったわ。あとはその子だけ。さあ、こちらに渡しなさい!」
「……やれやれ……」
男は、心底面倒そうに溜め息を吐いた。
「こういうのは、本当、苦手なんだけどねえ」
私には向いてないんだけど、そう呟きながら、彼は何気もなくブリジットの方を見る。
「ブリジット。その子を護りなさい」
ぷつ、と映像が途切れた。
「……ここまでみたい?」
物は、無限の時を記録し続けられるものではなく、サイコメトリはその全てを読み取れるものではない。
渚が見た映像の光景を聞き、カイは考え込んだ。
「……じゃあ、二人の居場所に関してだ」
渚は頷く。
比較的読み取り易い映像に、二人が出て来る、町の中の建物が見えた。多分、ここが二人が住む場所だろう。
「よし」
あとは実際に町へ出て、映像と同じ建物を探し出すだけだ。
「……それが苦労しそうな気もするけど」
「やるしかないさ。行こう」
言いながら、何となく解った。
この島の結界は、あの魔女からあの少年を護る為のものであり、あの少年――成長したキアンは今、この結界を煩わしく思っているのだ。
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