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リアクション
第10章 父を探すこども
名を訊ねられ、その少年は、スレンと名乗った。
「よろしくね、スレン。
私はリネン……あっちはヘイリー、フェイミィ」
リネン・エルフト(りねん・えるふと)が自己紹介をし、パートナー達も紹介する。
トオルや火村 加夜(ひむら・かや)達も、それぞれ名乗った。
「特徴が似てるんですけど……まさか、探してるお父さんというのは……」
加夜が、スレンの特徴と、イルダーナの特徴を脳内で並べる。
同じことを、鬼院 尋人(きいん・ひろと)も思った。
「お父さんというのは、もしかして、イルダーナ?」
名を言われ、スレンはことん、と首を傾げる。
「お母さんは、お父さんの名前は、教えてくれなかったんだ。
ただ、ファリアスにいる、って」
スレンの説明によれば、母親は昔ファリアスにいて、スレンの父親と恋仲になったらしい。
だがその後二人は別れることとなり、母親はファリアスを出た後で、スレンを産んだのだ。
「お母さんが死ぬ前に……お父さんは、ファリアスにいる、って」
「つまり父親は、スレンのことを知らないのだな」
尋人のパートナーの獣人、呀 雷號(が・らいごう)が呟く。
「ここまで、どうやって来たの?」
「いっぱい歩いて……。あとは、馬車とかに乗せてもらったりしたんだ」
此処よりもヒラニプラ寄りの、小さな村、母親の故郷であるというそこから、1ヶ月ほどかかって来たのだという。
「……大変だったね」
尋人が頭を撫でると、スレンはへへ、と笑った。
「……そうすると、僕達もどうしてもファリアスに渡る必要があるね」
尋人は雷號にそう言った。
好きにしろ、と雷號は頷く。
ファリアスに渡ることには正直不安のようなものもあったが、行き来する飛空艇の定期便の運行は確実で、戻って来れないということは無さそうだということは確認しておいた。
「……オリヴィエ博士らも、ファリアスに居るらしいな」
雷號の呟きに、尋人は黒崎 天音(くろさき・あまね)を思い出す。
つまり彼も、ファリアスに居るらしい。
「……合流できるかな」
会えればいいな、と期待する。
「いや、黒崎にも黒崎の目的があるんだろうし……。
でも、できることがあるならそれに協力したいし……。いやでも」
単に、会って一緒に居たいだけなのだが。
「一緒に行きましょう」
と、加夜がスレンを誘った。
「私達も、探している人がいるんです。もしも同じ人なら、一石二鳥ですね」
「にがーい」
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)のパートナーの剣の花嫁、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)は、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)の餌付けの為に常に忍ばせてあるチョコレートを、どうぞ、とスレンにあげた。
知らない場所で一人、心細い思いをしてきたのだろう、と彼の身を案じ、甘いもので心をほぐすことができたらと思ったのだ。
しかし一口口にして、スレンはうえー、と顔をしかめた。
「え、苦いですか? 甘く作ってあるお菓子なのですが」
エオリアは驚いて、スレンが持て余すチョコを受け取る。
「ごめんなさい、お口に合いませんでしたね」
思わず声をあげてしまったものの、折角の好意に申し訳ないと思ったのか、スレンは
「……ごめんなさい」
と謝った。エオリアは微笑む。
「謝らないでください。嗜好は人それぞれなのですから」
イルダーナの名やエリュシオンなどの名前は安易に出すべきではないのでは、と、パートナーの魔鎧、漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)を纏った中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)は考えていたが、同行の仲間達にそれを伝える間もなく、イルダーナの名は出されてしまっていた。
それはそれで仕方がないので、スレンの反応を見るまでは、他の際どい単語は出さないように周知する。
だが、ひとつだけ、と、ファリアスに向かう船の中で、綾瀬に憑依する奈落人、中願寺 飛鳥(ちゅうがんじ・あすか)が訊ねた。
「私達は、タルテュという方の依頼で、『フラガラッハ』という杖を探しているのですが、噂やお母様のお話で聞いたことはございませんか?」
「ふらがらっは?」
スレンは首を傾げて訊き返す。
「……ううん、知らない」
ドレスはその会話を聞きながら、当初はこの少年がイルダーナなのではと感じていたが、外れていたかしら、と思う。
「十年前、彼がフラガラッハを使用することは強引な行いだったらしいから……極度の魔力消費によって心身に何らかの変化が起きていたとしても不思議ではない、と、思ったのだけど」
例えば、記憶喪失や心身、年齢の変化、退化などだ。
だが、この少年は、その大きな目印ともなる杖を持っていない。
「……まあ、特徴が同じで、気になることも多々ありますし、この少年に同行するのもいいんじゃないかしら」
そう締めたドレスに、そのつもりですわ、と綾瀬は答えたのだった。
「では、その父親という方の特徴などを、教えていただけますか」
「えっと、僕と同じ、髪と目の色だったって。あと、目を怪我してた」
「目を?」
「うん。こっちがわの目が潰れてた、って、お母さんが言ってた」
こっちがわ、と、スレンは左目を指差す。
「……それは、特徴的でございますね」
解り易い目印という意味です、と、首を傾げたスレンに、そう説明した。
飛空艇はもうじき、ファリアスに到着する。
スレンは、飛鳥が用意したお菓子やお茶にも全く手をつけなかった。
「そういえば、噂のネヴァンっちは何処にいるんだろー」
置いてきぼりの魔女、クマラは、エースのツケでタラヌスの食堂街を片っ端から網羅しつつ、自分と同様、結界に弾かれているという魔女、ネヴァンのことを思い出した。
港の近くにいると聞いたが、その姿は、ざっと町を歩いてみたところ何処にもない。
「……ま、いーか」
まだ全店攻略をしていないクマラは、先にやることがある。
とりあえず、その件は頭の隅に除けておくことにした。
ファリアスに到着すると、エースとパートナーの吸血鬼、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は、情報を集めに冒険者ギルドを訪れた。
「情報収集の定番は、夜の酒場だと思うけどね」
「それは夜まで待つことですね」
あまり目立つのはまずいと思うので、なるべくこっそり訊くように気を配る。
「ところで、タラヌスでこの島の結界を解いて欲しいという内容の依頼があるようですけど、それってこの島内部にも来てるのですか?」
「ああ、そんな話を聞いたな。だがここには来てないぜ。
島の外から来た連中が、色々ごそごそやっているようだがな」
基本的に、他人事、という感じらしい。
そもそも地元の者にとって、この島に結界が張られている、という感覚が稀薄なのだろう。
「……この島って、ギルドにどんな依頼があるんです? 宝石探し、とかですか?」
でもそれって今ひとつ、ロマンというものが無いですね、と言うメシエの問いに、はっは、と彼は笑った。
「まあ、小さい島だからな。ギルドっつっても、島内部の仕事は少ないな。
ここの使い道はもっぱら、島の外の情報源、てところだ。
あとは、島の外の依頼をここで受けることもできるが、仕事を受ける場合で、身元の証明が必要な場合に使う、とかな」
「なるほど……」
「ところで」
雑談はその辺で、と、エースが本題を切り出した。
ファリアスでは、火村加夜がスレンと手を繋いで共に行動した。
「あんま大きくない町だって聞いてたけど、結構ごちゃごちゃ人がいるなあ」
迷子になるなよ、と、トオルがスレンに声を掛ける。
「うん、大丈夫……」
答えながらも、スレンも人に酔ってしまっている様子だ。
「今日は休日らしいな」
トオルのパートナー、シキが周囲を見渡して言った。
話に聞いていたフラガラッハは、目立つ杖だ。
加夜は杖を目標にしてイルダーナを探したが、芳しい情報は得られなかった。
「むしろ、目立つからこそ、杖は隠すとかするかもな」
「そうですね……」
トオルが言って、確かに、と加夜も思う。
もし身を隠していると仮定するなら、目立たないようにするだろう。
「今も杖を持っているとは限らないですしね……」
「シキ、何か解らないか?」
シキを仰ぎ見るトオルに、彼は困った顔をする。
「人が多過ぎる」
「そっか、お前も人込み苦手だもんなー」
全く役に立たねえなー、と何故かにやにや笑いながら言う。
「シキさんが調子悪いのに、嬉しそうですね」
加夜が苦笑しながら言うと、そりゃあな、とトオルは頷いた。
「こいつ、普段生意気だからな」
してやったりという気分なのだろう。その言葉にシキは苦笑する。
「地道に行きましょう」
人込みで、集中力を高め難いのは、加夜も同じだ。
お互い様とそう言って、彼等は捜索を続けた。
その人込みを見下ろし、鬼院尋人は、黒崎天音に贈られたオーロラハーフに乗って上空から探索していた。
物珍しげに地上から見上げてくる視線が恥ずかしいが、この際有用性を重視だ。
雷號の姿は見えなかったが、見えないところで控えてくれているだろう。
そういえば、と思い出す。
黒崎天音がオリヴィエ博士と共にファリアスに来ているということは、恐らくハルカも来ているということだ。
「ハルカさんにこれを見せたら喜ぶかな。……乗せてあげたいな」
「見付けた! スレン! 加夜!」
上空から、彼等を探していた、リネンのパートナーのヴァルキリー、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が降りて来た。
「どうした?」
訊ねたトオルの方はチラとも見ずに、フェイミィは手早く説明する。
「イルダーナらしきヤツが見つかったぜ!
お前の親父かもしれねえがそこはまだ解らねえ。だから早く来い!」
加夜達は顔を見合わせた。
「行きましょう!」
リネンは、パートナーの英霊、ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)と共に、ファリアス領主、アヴカンの元を訪れた。
フェイミィは屋敷の外で待機である。
噂によれば、この領主は十年前にこの地位に就いたのだという。
十年前、という単語が引っ掛かった。
イルダーナが行方不明になった時期と符合することにも、彼がファリアス地方で行方が解らなくなっていることにも。
「確かに、偶然にしてはできすぎよね」
ヘイリーは、リネンの思惑を聞いて、苦笑しつつも頷く。
回りくどい方法は、無駄に時間がかかるだけだ。だから直接、正面から問い質してみることにしたのだ。
面会は、あっさり叶った。
屋敷内には既に多くの契約者達がいる。今更一人二人を警戒するようなことはないのだろう。
だが質問が質問なので、リネン達の方が警戒を忘れない。
「……私達、イルダーナという人を探して、此処へ来たわ。……心当たりは、ないかしら」
「エリュシオン人だと?」
話を聞いて、アヴカンはぽかんとした。
その国名は、まるで別世界のものだったからだ。
「偉けりゃ何でも知ってるというわけでもないぞ?」
むしろ何も知らないといった方が、と密かに突っ込む声は、音にはなっていない。
アヴカンは、容姿どころか、年齢もイルダーナとは合わない。
これは違うわね、と、リネンもヘイリーも思った。
帰り際、どうする? とヘイリーは目で問う。
当初の予定通り、と、リネンは頷き、屋敷を出ずに、そのまま屋敷内の調査に残ったのだった。
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