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リアクション
第1章 たとえばこんな、領主さま 5
あたり一面は牧草地帯だった。
広がった緑に駆け回る動物たちの姿は、さながらそこが初めからそうであったかのような、そんな錯覚を覚えさせる。だがこれもまた、カナンの再生が成せる力。そして、民が復興へ向けて歩み始めた兆しの一つなのだろう。
「元々は空中庭園と役割の似た植物保護用としてこの植物園は創設されました。大地が痩せて植物が育たないので、土壌改善のためグランドカバーを敷いたら、牧草を使用したためか、いつの間にか放牧地として利用されており、断ることもできずそのまま需要にあわせて広げていったのです」
そうして説明するのは、ランツェレット・ハンマーシュミット(らんつぇれっと・はんまーしゅみっと)だった。塀がなく、境が見えないため分かりづらいが、彼女が案内するのは正真正銘の植物園だ。中心部には木や草木が生い茂っており、自然発生した森の情景を生み出している。
「保護した植物は生命力の強い物が多くてハーブ種が多かったため、民に菜園として利用されています。要望があり、これも生活がかかっている現状では断れず……施設についても大型アーケード付き施設はバタフライ・ファームとして利用しております。植物だけでは受粉できないので種を増やせません。絶滅危惧状態の昆虫にしても、育てなければ生態系を復活させることができない為ですわね。……そういえば、そういった植物の育て方について、先日ある人がレポートを渡してくださいました。そちらも参考にしつつ、今後も村や町の方々に自由に使っていただくつもりで――」
説明を続ける最中、ランツェレットの視線はシャムスへと泳いでいた。
彼女は、短めの黒いスカートに白のブラウスといった清楚で明るい服装をしている。その上からは軽装の剣帯や肩あてなどを装備しているが、当然、普段の彼女の格好とは雲泥の差があるだろう。
視察の旅に出てすでに日も経っているおかげか、ある程度は慣れてきているようだが――やはりどこかで認めたくないものがあるのも事実だ。ランツの視線に気づき、不機嫌そうに仏頂面を作る。
そんな姉を見て嬉しそうに笑顔を浮かべるエンヘドゥや、あえてなにも言わず、生真面目にシャムスの傍につき従っているアムド。
ランツの視線はそちらへと流れて、再びシャムスへと行きついた。
「シャムス様」
「ぬ……?」
「服装というのはご自分がしたい格好をするものだけではなく、相手に配慮し、見せるための服装をするのというのもまた、たしなみというもの」
シャムスの眉が歪んだ。
しかし、にこっとランツェレットはほほ笑んで見せた。
「折角のスカートが残念です、微笑んで下さいな」
「そうです、お姉さま。ランツェレットさんもこう仰っておりますし」
ランツェレットのほほ笑みに乗じて、ここぞのばかりに近寄ったエンヘドゥ。妹にじゃれるように背後から肩を掴まれて、シャムスはどうにもこうにも眉間にしわを寄せた。
そんなとき、ランツェレットたちのもとに、ミツバチや賢狼といったペットを使って植物園の管理を手伝っていたテルペノ・キャットニップ(てるぺの・きゃっとにっぷ)が、ひょこひょこと近づいてきた。
それに気づいたランツェレットは、ほほ笑む。
「そろそろなのね、今から行くわ」
テルペノと手をつないで、ランツは先行した。それにしたがって、後を追うシャムスたち。
「今からちょっとした人気になっているイベントがあるんですよ、こちらへどうぞ」
にこにこと笑うテルペノとランツェレットの姿は、どこか親子のような雰囲気も感じさせた。そしてそれは、植物園の植物を見上げた彼女の瞳にもまた、同じような光を灯している。
「この辺一帯もう暫くして植林を開始すれば森に変えられますよ、望むようになさって下さい」
「植物園が失われても?」
先ほどの仕返しといったように、拗ねた物言いでシャムスが応じる。ランツェレットはくすっと微笑した。
「人はいつまでも子供ではいられません、いずれ大人になります。それはただ大きくなるということではなく人として成長するということです。これは――多分、同じことですよ」
失われる――ではない。それは成長であったり、糧であったり、あるいは一歩踏み出すことであるのかもしれない。
子どもは、歩き出さないといけないときがあるのだ……きっと。
「着きましたよ」
そうこうしているうちに、大型アーケード施設へと辿りついていた。施設の横に立っているのは、ゆうに巨木の丈を超えているシュペール・ドラージュ(しゅぺーる・どらーじゅ)の姿。植物園に初めてやってくる人の目印にもなっている巨人機晶姫は、ぐぐっとゆっくり首を動かしてシャムスたちを見下ろした。
すると、一斉にアーケードの窓が開放された。中から一気に飛び出してきたのは、無数の蝶だった。色鮮やかな蝶たちが空へと舞い、施設の中で花輪を作って遊んでいた子どもたちが飛び出してきた。
「はい、領主さま!」
「あ、ありがとう……」
子どもたちから花輪を渡されて、シャムスは思わず照れくさそうに頬を染めた。花輪をつけていると、空に舞っていた蝶たちが降りてきて彼女たちを囲む。
――武骨顔のアムドの頭にも、花輪と蝶が輪舞していた。
草木と巨人と蝶に囲まれて、子どもたちとの楽しいひと時を過ごす。シャムスたちにとって、それは旅の合間に訪れた穏やかなる時間で……彼女はランツェレットに心静かに感謝するばかりだった。
が。
「ふっふ〜ん♪」
キランと目を光らせたランツの視線の先に、黒猫のしっぽをぴょこぴょこっと動かすティーレ・セイラギエン(てぃーれ・せいらぎえん)がいた。
「任せといてってね。ベッチリ激写するわよ〜」
彼女は茂みに隠れながら、デジカメを片手にシャムス一行を撮影する。被写体はもちろん、言わずもがな、だ。
――その後、スカートをひるがえして子どもたちと遊んだり、花輪を頭に乗せたまま笑顔を浮かべる自分の写真が民衆の間に出回ることを、シャムスはまだ知らなかった。
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