リアクション
● 辺境の町だった。 ユトの町から幾数日。それなりに名のある有名な町や村を経て辿りついたところは、いわば『村』というものを表した典型的に典型的な村だった。そしてなによりシャムスたちが驚いたことは――伝説のイコンであるギルガメッシュの乗り手が、畑で汗水を流しながら鍬を振りおろしていたことだった。 「……? 何を鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてるんだ?」 「いや、何をと言われてもだな……」 「俺がこうして働いているのはおかしい、とかか?」 図星だったようだ。 いつだって、レン・オズワルド(れん・おずわるど)はこうして自分を見透かしている。シャムスはそれにほんの少し頬を膨らませるも、彼の顔が楽しげにこちらを見ていることに気づいた。 「確かに、呆れるかもしれんがな……だが、こうして自分自身で汗を流し、手を動かして得た感触を俺は大事にしたい」 「自分自身で?」 「お前達も膝を付いて地面に手を触れてみると良い。靴越しでは伝わらない……直に触れることで伝わる『温度』があることが分かるはずだ。そしてこれが、俺達が守り、これから向き合っていく相手だ」 そう言って、レンは再び畑作業に戻った。 シャムスは、彼の言葉を反芻する。直に触れることで伝わる『温度』……それを、自分は知っているだろうか? 気づけば彼女は、かがみこんで大地に手を触れていた。 それを見やったレンは、口元を緩める。 「やってみるか?」 「え?」 「畑仕事を手伝うつもりがあるなら、それに見合った服装を用意させる。別に村人の服が着れませんなんて、そんな玉じゃないだろ?」 ほんの少し逡巡するシャムス。だがその足は、すでに畑へと踏み出さんとしていた。 「剣を振るうのとは違った、鍬を振って流す汗も気持ち良いもんだ。……俺が見ていてやるから、試しにやってみろ」 「試しに……と言われてもだな」 そうは言いつつも、シャムスはとりあえず鍬を振って土を耕し始めた。もともと、伊達に『黒騎士』と呼ばれていただけあって、運動神経は良い彼女だ。レンが見込んだ通り、基礎を教えればある程度は自分で飲みこんですぐに鍬の扱いを覚えていった。 村人たちも、領主が自ら自分たちの畑に入ってくれたということで、嬉しそうにしている。地味な服装と言えども、彼女が進んで動き始めたときの内面の輝きというものは、村人たちに届いていた。 とはいえ――彼女の護衛を頼まれた者からすれば、ハラハラものなのは当然のことで。 「おいおい……」 十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は己が守護するVIPが土にまみれて働いていることに、色々と危険信号を発しざるをえなかった。なにせ、畑はおおっぴらに広がっているため、刺客でも入れば格好の的だ。あのレンが傍にいるため、そうそうひどい事態にはならないと思うが、危険なことには変わりない。 高額な時給ということで軽いバイト感覚で引き受けたはいいが、まさかカナンを分かつ一地方の領主さまだとは思ってもいなかった。なにかあっては自分にも責任が降りかかるわけだ。 色々と後悔を含んでため息をつく宵一。 そこに、ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)の声がかかった。 「心配しなくても大丈夫ですよ、宵一さん」 近づいてきた彼女に、宵一は口をへの字にする。 「っつってもだなぁ……」 「そうですよ、宵一さん」 「エンヘドゥさま……」 エンヘドゥが遅れてやってきた。彼女は、何やら手に持ったカゴからおにぎりを差し出した。どうやら村人たちに配って来たものらしく、宵一はどこか釈然としなさそうな顔ながらもそれを受け取る。 ぱくっ……うん、美味い。 「お姉さま自身も強いですから。それに、護衛と言っても便宜上のものですよ。さすがに、私たちの旅に近衛騎士だけを連れて行くというのは議会が許さなかったものですから」 「……そんなもんかねぇ」 ぼふっと地面に寝転がってもぐもぐとおにぎりを食べる宵一。 と、そのとき――彼の目が何かに気付いて見開いた。その瞬間、背後の茂みから黒い影が飛び出してきた。 舌打ち一つ。宵一は地に転がしていた櫛状の短剣――女王のソードブレイカーを手にした。黒い影の正体はそのときには明らかになっている。 獣だ。図体がでかく、獰猛に吠える猪のような獣。この辺の畑を荒らしまわることでも有名だと、どこかの村人が言っていた。襲いかかって来た獣の標的は、エンヘドゥだ。 シャムスは良くても、そっちも領家の娘ってことだからな。それを獣が理解していたかどうかは定かでないが、そいつは一度口にしたものを一瞬で引きちぎるような鋭利な牙をむき出しにし、エンヘドゥへと迫った。 宵一の短剣がそれを防ぐ。牙を折るような勢いで、敵を弾き飛ばした。更なる攻撃に備えて、体勢を整える宵一。と、そのとき―― 「うーりゃぁっ!」 獣の上。大木の緑の中から突如落下してきた人影が、そいつをぐしゃっと踏みつぶした。きゅう……と気の抜ける声を発して気絶する獣。 助かった。と、思うのもつかの間、人影はエンヘドゥに気付くとズバッと指を指してきた。 「お、お前はファンナンバー001のエンヘドゥ!?」 「…………はい?」 人影――葛葉 杏(くずのは・あん)は、なにやらよく分からないことを仰り、エンヘドゥに敵意を向ける。ナンバー001ということは、002以上もいるということだろうか? 「あ、そういえば……村人さんにナンバーを付けてた人ですね」 ノアが思い出して呟いた。 なんでも、獣や野党から人々を助けるたびに、ファンナンバーを順に付けていたのだという。ありがた迷惑この上ないが、村人としても助けられた手前断るわけにもいかず、かくてファン会員は順調に増えていったと。 そして、エンヘドゥに全く自覚はないが、杏にとって彼女は自分のファン一号らしかった。 「相変わらずファンなのに私より目立つ格好してるわね」 「は、はあ……」 胸元や太ももをぱっくり露出させたエンヘドゥのきらびやかな服装に、杏はご立腹だ。 「畑の人を見習いなさいよ、地味で素敵じゃない」 そう言って杏が見たのは、村人の服を着ているシャムスだった。褒めているのかけなしているのか。彼女にとっては、自分より目立たないことが素敵なことらしいが。 じろりとエンヘドゥを見つめる杏。諦めたようにため息をついた。 「まあいいわ、何を言っても無駄でしょうし、私より目立っていても大目に見てあげるわ」 ほっと一息つくエンヘドゥ。だが、杏はまだ話は終わってないとばかりに顔をあげた。 「けど、もし貴方がそのわがままボディでアイドル界に足を踏み入れるのならば一人のライバルとして叩き潰してあげるわ!」 ビシィッと指を突きつける彼女。決まった、と言わんばかりの笑みを浮かべた。 「あーはっはっはっは!」 その後、高笑いをあげながら去っていった杏。ボー然とするエンヘドゥたち。ぽろっと、エンヘドゥが声を漏らした。 「私……アイドル界に足を踏み入れないといけないんでしょうか?」 「……どうでしょう?」 宵一が気のない返事を返した視線の先では、シャムスがノアからもらったおにぎりを子どものような笑顔でほおばっていた。 ● |
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