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リアクション
第1章 たとえばこんな、領主さま 3
『太陽農場』――と、呼ばれる場所がある。
「ふっふっふ……人助けはヒーローの基本中の基本! 親分のために不肖、この桜、尽力いたしましょうぞ!」
「なーにをブツブツ言ってるんだよ、桜」
「なにって……そりゃーヒーローとしての役目の復唱だよ。じゃ、僕は雑用でもしようかな。サポートもヒーローの務めってね!」
きっと、恐らくは何でもいいのだろう。
飛鳥 桜(あすか・さくら)はウキウキ気分で農場を手伝い市民たちにお茶を配りに行った。そんな己が契約者のことを半ば呆れた目で見送って、アルフ・グラディオス(あるふ・ぐらでぃおす)は苗植えの続きに戻る。
『太陽農場』は町からそう離れていないところに広がる農場施設だった。市民にも開放されているその農場は、いわば町全体の併設施設としての機能を持つ。
牧場主たるロランアルト・カリエド(ろらんあると・かりえど)は、農場を手伝ってくれる市民たちに指示を出しつつ、楽しげに周りを見回した。
「おい、ロラン。お前もサボってないで手伝ってくれよ。指示出しだけで手伝いませんなんて反則だからな」
「わぁってるって。お? あれは……」
アルフに恨みがましそうに見上げられたロランの目が、とある一点に止まる。そこには、農場へとやって来た一団が市民と会話に興じている姿があった。市民がロランを紹介するため指を指した。向こうも、どうやらこっちに気付いたようだ。
「領主さんやん!? おーい……って、ありゃ……?!」
こちらへとやって来たのは、大戦時にともに戦った領主――シャムスだった。
とはいえ、その姿はあのときのような黒騎士の鎧ではなく、女の子らしいワンピース姿だったが。恥ずかしそうにしているシャムスを見て、ロランは声を上げる。
「ふわー。領主さん、どこのべっぴんさんかと思うたわ! 似合うとるよー」
「そ、そんな恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言うな」
「いいやん、いいやん。あ、せっかくやから、親分の所も、見てってや……って、おわ!」
「なーにナンパしてやがんだ、ロラン阿呆畜生が!」
声をあげて笑うロランの脳天に、アルフの飛び蹴りが炸裂した。
「ったく、とんだ親分だぜ。農場主はキリキリ働きやがれ!」
「あたた〜。ちょ、アル……飛び蹴りはあかんていつも言うてるやないか。それに、親分さぼっとらんよー」
なにやら騒がしくなってきたロランたちのもとに、さらにはエンヘドゥたちまでやって来る。
なんでも、視察の旅で立ち寄ったのだということだった。そこに、遅れて桜が犬っころのように駆け寄って来た。
「うわっー! 領主様、今日は可愛い服着てるんだぞ!」
みんなに視線に晒されて、どんどん縮こまるシャムス。
和やかムードは広がるが……そこで桜はあることに気づいた。
「あれ、そういえばハナウシが一匹いない……。んー、迷子になったのかな?」
「ハナウシ?」
「ありゃ、領主さま知らない? 可愛いんだぞー」
なんでも、この農場で飼育されているペットらしい。その一匹の姿が見えないということだ。すると、背後からアルフの悲鳴にも似た声が聞こえてきた。
「ぬぉああぁぁっ!?」
「あ、ハナウシいたー」
背中に植物のようなものを生やしたのそっとした生物が、アルフにのしかかってふがふがと鼻息を鳴らしていた。どうやら、これがハナウシらしい。
「だぁぁっ! ……畜生、柵が壊れたからって野放しにしてんじゃねーよロランの馬鹿野郎。驚いちまったじゃねえか! って、お前らも笑うなー!!」
ハナウシに懐かれて身動きが取れなくなっているアルフを、くすくすとみんなが笑う。さすがにかわいそうになってきたのか、ひょいっと桜がハナウシを掴んであげた。
「もー、驚かさないでくれよ。じゃじゃ馬だなー、君は」
桜はシャムスに掴んだハナウシの顔を見せてあげた。もふっと声をあげるハナウシ。両手で抱きあげないといけないぐらいの中々の大きさのせいか、彼女は少しビクつく。
「領主さまも触ってく? 可愛いんだぞー」
「う、うむ」
さわ……もふっ。さわさわ……もふもふっ。
ハナウシは元来人懐っこい動物ということもあるせいか、シャムスはすぐにとろんとした顔になってハナウシを撫でさすった。ハナウシも嬉しそうに声をあげる。
「……それよりも俺の心配をしてくれよ」
立ちあがったアルフの身体は、農場の土とハナウシのよだれまみれになっていた。
●
「この辺みたいだな」
いくつかの町を経て――シャムス一行がやって来たのはユトの町だった。正確には、その近郊とでも言うべきか。
案内役を買って出た
マクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ)の先導に従って、ユトの町で宿をとった後、すぐ近くにあるというとある施設へとやって来たのである。
「それで? マクスウェル……あれがそうなのか?」
何やら建物らしき影が見えてきたところで、馬に乗っていたシャムスが問いかける。ちなみに、彼女はすでにあのワンピース風の服から軽装の鎧へと着替えていた。日が経ったせいというのもあるが、釈然としていなかった彼女がどさくさに紛れて着替えを済ませていたということもある。
エンヘドゥたちにとっては、不満が絶えないところだった。それを無視して、シャムスはマクスウェルと話を進める。
「ああ……確か、案内役がいるはずなんだがな」
「案内役?」
「お待ちしておりましたわ」
眉を曲げたシャムスたちの前に、何やら育ちの良さそうな女性が現れた。彼女は恭しく頭を下げると、花弁が開くように美しくほほ笑みを浮かべる。
「私、
早見 涼子(はやみ・りょうこ)と申します。以後、お見知りおきを」
「こ、これは丁寧に……」
「ああ、よろしく頼む」
ついつい恐縮してしまったマクスウェルに対して、シャムスは平然としたものだ。さすがに一地方を治める領主とあっては、慣れたものなのだろう。
「ときに……シャムス様」
「うん?」
逆に慣れないことがあるのも然り。ほほ笑みの形を変えないながらも、瞳の中にキランと光を輝かせた涼子が、シャムスに詰め寄った。
「こちらの服装はいかがなさったのですか?」
「い、いかがなさったのですか……とは?」
「私どもの農場や荘園は、ユトの町の民の方々が知恵を出し合い、彼らの復興への足がかりとなるよう努めております。つまり……中心は民ということですわ。領主である貴女が無骨な鎧に身を固めていては、町の皆様が心から平和の訪れを実感出来ないおそれがあります。人々の前では平服を纏って頂けないでしょうか?」
「平服、というと私の出番ですわね!」
「おい、エンヘドゥ!?」
突然身を乗り出してきたエンヘドゥが、満を持してとばかりに馬車を呼んだ。クローゼットよろしくカバッと開いた馬車の中には、様々な『女の子らしい服』が詰まっている。
「よろしいですわね? シャムス様」
「し、しかしだな……」
「復興のため、民のため、平和のため……ご理解いただけない貴女様ではないと思っておりますわ!」
「ぬぐ……」
ぐんぐんと詰め寄ってきた涼子に何も言い返せず、いつの間にか背後に回っていたエンヘドゥのその他仲間たちがシャムスの腕をがしっと掴む。
「あ、おいこら待て! オレはまで良いとは言って……」
「問答無用ですわ、お姉さま」
「おいバカ! やめっ、や、た、たすけ……助けてええぇっ!」
ボー然とするマクスウェルたちの目の前で、馬車の中に引きずり込まれたシャムス。
涼子がエンヘドゥに耳打ちした。
「……エンヘドゥさま、これで宜しいでしょうか? では、カロリーフレンドの採用の件は、よしなにお願いいたしますわ」
「うむ、良きにはからえ」
どこぞの悪代官のようにニタリ顔で笑い、オホホと声をあげるエンヘドゥ。マクスウェルは呆れるような目でエンヘドゥを見つめ、これだけは確実に言えると思った。
――こいつ、もう駄目だ。
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