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イコン最終改造計画

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第4章 小さいことはいいことだ?

 2体のイコンのパフォーマンスが終了したところで小休止となる。連続して観賞するにはやはり暑くてたまらず、椎名真が持ってくる差し入れが欲しくなるのだ。
「今の2体だけでも割と参考になるんじゃないか?」
 休憩中、アレックスが汗を拭きながら要に目を向ける。
「うん、そうなんだよね。それなりの準備さえあるなら見た目は完全に変えちゃっても大丈夫っぽいし、武装の内蔵もそれなりにいけそうだよね。ただ……」
 基本的に要が求めるのは「大きさ」である。やはり明確に「大きくできる」何かが無ければ充足感は得られないだろう。
 単に大きいイコンが欲しいというだけなら、エリュシオン帝国が所有するものを鹵獲した、いわゆる【ヴァラヌス鹵獲型(機体コード:VaranusCV)】を手に入れる。あるいは要に百合園女学院に転校できるだけの頭があるのなら、そこが持っている【キラーラビット(機体コード:LG001-VB)】を手に入れるという方法がある。だがそれは、あくまでも他校のイコン、他国のイコンを自分のものにしたということでしかない。
 要はパラ実生である。だからこそ要はあくまでも「パラ実イコン」にこだわるのだ。彼女に言わせれば、
「パラ実生なんだからパラ実イコンを使わなきゃ意味無いじゃない。だから別の所のイコンを使うってことは……、なんとなく負けた気分になるっていうか……」
 ところでパラ実には1つ変わったものがある。何度も名前が出てきている【出虎斗羅(コード:Truck_Dekotora)】である。コンテナ部分、その表面に独特のペイントを施した大型のトラック。うまく武装を積めばイコンにも太刀打ちできるであろうそれは、少なくともパラ実のイコンよりは大型である。だが出虎斗羅はあくまでも「大型車両」であり、「イコン」ではない。「パラ実イコンの魔改造」を求める要としては、どうしても出虎斗羅に目が行かないのだ。
 そんな出虎斗羅がどこからとも無く荒野――品評会の会場へとやってきた。ピンク色を基調とし、表面に「AKB」だの「48」だのといった英数字が書かれたそれは、「秋葉原四十八星華」専用の【移動劇場】であった。
「な、なにこのトラック……?」
 出虎斗羅というよりはゲリラライブ用の簡易ステージと呼ぶべきそれに乗ってきたのは弁天屋 菊(べんてんや・きく)である。
「よう高島要。初めまして、かな? 弁天屋菊だ」
「あ、どうも初めまして〜」
 執事服に褌という出で立ちの菊は挨拶もそこそこに、両手にみかんを持ちそれを要に突き出した。
「色々と言いたいことはあるが、それを説明する前に、まずはこれを食え」
「これって……みかん?」
「みかんはみかんでも、こっちの小さいのはいわゆる冬みかん。で、こっちの大きいのが夏みかんだ。ま、とりあえず食いな」
「あ、どうも、いただきま〜す」
「ああ、みかんは大量にあるからみんなも食ってくれ」
 そうして菊はその場にいる人間に片っ端から2種類のみかんを配っていく。
「で、要。食ってるとこ悪いが、どっちが好みだ?」
「ほえ?」
 夏みかんを平らげ、冬みかんも半分ほど口に入れた要は質問の意味がわからないといった風に軽く首をかしげる。
「味の好みだよ。おまえはどっちのみかんが好みだ? ちなみにあたしは、当然冬みかん派だ」
「う〜ん……」
 そこで要は軽くかしげていた首をさらに傾ける。
「う〜ん……」
 だんだんと目元にしわが寄ってくる。
「えっと、ねぇ……」
「……どっちの味が好みかどうかでなんでそんなに悩むんだよ。冬みかんは甘くて、夏みかんは酸っぱい。どっちが好きかなんてすぐに決められるだろ?」
「それもそうなんだけどねぇ……」
 どうやら本当に答えを出すのが難しいらしい。
 悩んだ末に要はこう答えた。
「どっちかといえば甘いのが好きだから冬みかん、なんだけど……、でも夏みかん大きいし――」
「味と大きさを天秤にかけてどうすんだコラ!!」
 要は酸っぱいものよりは甘いものの方が好きなのだが、夏みかんが「冬みかんと比べて大型」である点から判断ができなかったらしい。
「とにかく、味だけで考えたら――いいか、味だけで考えたら冬みかんがいいんだな!?」
「うん、冬みかん」
 大きさを無視させた結果、菊は自らが望む回答を得られたらしく、満足げに頷く。
「そうだろうな、やっぱ甘いのがいいよな。まあ要するに、あたしが言いたいのはそこなんだ」
「つまり?」
「つまり『大きいからいいとは限らない』ってことだ。ほら『山椒は小粒でもぴりりと辛い』とも言うだろ?」
「え〜、大きい方が断然いいじゃない」
「いや、意外とそうでもない。魚とかなんかそうなんだが、あんまり大きく育ちすぎると逆においしくなくなるってことがある。いわゆる『大味』ってやつだな。つまりは、ほどほどが一番いいってことなんだよ」
「……それさっきも聞いたよ?」
「なんだ同じこと言った奴がいたのか」
 ちなみにその発言をしたのは、ほどほどとは言い難い胸を持つリネン・エルフトとユーベル・キャリバーンである……。
「それに冬みかんなら冷凍にしても食えるぜ。これは夏みかんじゃできない芸当だ。ってなわけでこれもやるよ」
「あ、ありがと〜」
 一体どこに持っていたのか、菊は冷凍みかんも要に進呈する。
「ところで要、聞いたぞ?」
「ん、何を?」
「おまえがパラ実イコンのことばかり考えてて、出虎斗羅シカトしてるってことだよ」
「……あ〜」
 そもそも菊がこの場にやってきたその動機とは「出虎斗羅をシカトされた」ことに対する怒りである。今回の趣旨が「パラ実イコンの魔改造」であり、厳密にはパラ実「イコン」に含まれない出虎斗羅が無視されてしまうのは仕方がないといえば仕方がないのだが、それでもやはり話題にすら上らないというのは、彼女には耐えられないことなのだ。
「そんなおまえに小さいことの利点ってヤツを教えてやる」
 言いながら菊は移動劇場のコンテナ部分の展開に取り掛かる。
「いいか、小さいということはだ、出虎斗羅のコンテナにすっぽりと収納可能だってことだ。そうすりゃどうなるか。出虎斗羅で運び放題だぜ」
「なるほど〜、それは確かに便利そうだね」
「だろ? まあそのまま詰め込んだだけじゃ収まりが悪いだろうから、コンテナに収まる形に変形させておく必要がある。こんな風にな!」
 そして菊はコンテナを開放する。そこにはコンテナ一杯に詰め込まれた「琴音ロボの等身大プラモ」があった。
「おお〜!」
「ま、こいつを詰め込んだら他の物が一切入らなくなっちまったけどな……」
 素直に感心する要に菊は苦笑で返す。
「な、要、小さいのもいいだろう? 大きすぎてもいいことは無かったりするんだぜ?」
「……それもそうなんだけど、う〜ん」
「……それでも大きさにこだわるのかよ」
 要が大きさにこだわるというのにはそれほど大した理由は無い。単に大きければそれでいいという程度の話なのである。だがその一方で菊の主張は正しかった。確かに大きすぎてもいいものではないというのは、2つのみかんと琴音ロボのプラモが証明した。
 ここで要が取るべき行動は2つ。1つは「やはり大きい方がいい」として菊の主張を完全に突っぱねること。もう1つは「小さいのも時にはいい」として受け入れること。
 だが要はその両方ともができなかった。主張を突っぱねるということは、冬みかんの甘さを否定するということであり、それは甘いものは好きな彼女の好みに反する。一方で小さいものの利点を受け入れてしまうと、大きいものがいいという彼女のアイデンティティーの1つを否定しかねないのだ。
 基本は大きさ重視、しかし時には小さいものも。そう考えれば済む話なのだが、高島要の足りない頭では、たかがその程度の判断ができなかったのである。
 結局要はこう答えた。いや、こう答えるしかなかった。
「ゴメン、やっぱり大きい方がいいと思うんだ……」
「……いやまあ、考えた末の判断だから、別にいいんだけどな……」
 こりゃ重症かもな。菊はひとまずこの話を打ち切ることにした。