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浪の下の宝剣~龍宮の章(後編)~

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浪の下の宝剣~龍宮の章(後編)~

リアクション


5.パイルバンカー始動



 残党の襲撃により、パイルバンカーの護衛隊は厳しい戦闘を強いられていた。
「物陰からちくちくと!」
 月詠のショルダーキャノンが、海底から突き出した岩石を吹き飛ばす。その衝撃と爆風によって、ソナーが乱れその辺りに隠れていた敵のイコンの姿を有耶無耶にしてしまう。
「慌てずに……残党勢力の狙いはパイルバンカーの鹵獲です。滅多なことではパイルバンカーには攻撃してきません」
 残党勢力の目的が龍宮への突入なら、侵入に必要なパイルバンカーを破壊するとは思えない。サー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)の言う通りだ。
 もちろん氷室 カイ(ひむろ・かい)もわかっているが、遠くからこそこそとしている残党部隊の戦い方に苛立ちが募る。
「向こうのイコンはほとんどボロボロですから、前に出たくてもでれないんでしょう」
「よくもまあ、そんな状態で戦おうなんて思ったよな」
 人間が作った乗り物のほとんどは、風や水の流れを計算にいれる。そういった抵抗を無視すると、大きくエネルギーをロスするからだ。それは、当然水中用のイコンとて変わらない。
 だが、残党のイコンのほとんどは急場の補修や、物によって腕が無かったり足が無い状態のまま先頭に参加している。当然、ただ移動するだけでロスが発生するという反エコ使用だ。
 速度が低下し、本来の性能も出せない。そんな状態で果敢に突っ込む意義は無い。ああして、持久戦の構えを取るのは妥当な判断だろう。
「しかし、持久戦をしても向こうに勝ち目はあるとは思えないのですが」
「何かして無いと、心が腐っちまうんだろ。もしくは、戦って死にたいかだな」
「死に場所を求めるですが、心意気はわからないでもないですが、付き合わされる方はたまったものではありませんね」
「同感だ」
 じりじりとした戦闘を続けている間にも、パイルバンカーは目標地点へと進んでいく。それに合わせて、少しずつ残党も前に出ているようだ。それでも、一向に距離だけは縮まらない。
 そうこうしているうちに、護衛のイコン全員に通信が入った。
「こちら作戦本部。パイルバンカーが目標地点に到達した。これより、内部突入を開始する。護衛部隊はより一層敵を近づけぬように奮戦するのだ……おい、こんなもんでいーのか?」
 後ろから、マイク切ってマイク、という声が入る。作戦本部に居るカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)だろう。通信を聞いていたカイは何故彼が、と思ったが様子を見る限り通信役を押し付けられたようだ。
 なんでだろう、声がいいからかな。確かに、こういう場面では低い声で発破をかけられた方がそれっぽい気がしないでもない。
「少し気が抜けそうでしたが、なんとか折り返し地点までは来ましたね」
「そうだな。あとはちゃんとこのデカブツが動いてくれるかどうか」
 聳え立つパイルバンカー、やはり人が乗るものにはどうしても見えない。

 パイルバンカーから少し離れた地点、ツェルベルスはツギハギガネットを睨みつけていた。
 残党勢力の中で唯一飛び込んできたこのイコンを、志方 綾乃(しかた・あやの)ラグナ・レギンレイヴ(らぐな・れぎんれいぶ)が無理やり引き剥がしてここまで追い払ってきたのだ。
「やっとあのデカブツが動くってよ」
 先ほど入った通信によると、やっとこさあのパイルバンカーが目標地点に到達したらしい。モニターに表示された作戦時間を見ると、予定より十五分ほど遅れている。
「あの状況で十五分なら、上出来ですね」
 残党の妨害に、防衛システムの本格稼動。ある程度予想はしていたが、それでも起ってしまえば厄介な問題だ。今回の護衛対象は戦闘能力どころか、防御力もほとんどない。
 十五分の遅れというのも、あくまで妨害がゼロの時の行軍スピードでの計算だ。戦闘移動を考えれば、十分作戦の範疇だ。むしろ、少し早いぐらいか。
「防衛チームは優秀ですね。これなら、心置きなく戦えます」
「俺のツギハギイコンツェルベルスと、あっちのツギハギガネットのどっちが上か教えてやるぜ」

「よう、そっちの調子はどうだ?」
 夏侯 淵(かこう・えん)にカルキノスから通信が入る。
「お前、なんださっきの通信は」
「しゃーねーだろ。こちとら、雑用に追われて忙しい最中にいきなりやれって言われたんだ」
「……まぁいい、そっちは問題無いようだな」
「おう、こっちに手を回すほど戦力に余裕がねーみたいだな。静かなもんよ。そっちはどうだ」
「これからこのパイルバンカーを起動させる。問題無いとは思うが、何かあったら」
「救命部隊の準備はできてる、心配すんな」
「ならいい。これから、こいつを動かすぞ」
 とにかくあるもので無理やり作ったこのパイルバンカーに遠隔操作なんてしゃれたものはついておらず、車の運転席を改造した作業室で生身の人間が操作しなければならなかった。
 最悪イコンが飛び回る水中戦に生身で行動する羽目になる危険な役割だ。というか、現状はもうそうなっている。その危険な仕事を担当することになったのが、淵である。操作そのものはそこまで難しいものではないが、みんなが戦っている中動けずに見ているだけなのが少し辛かった。
「よし、時間は問題無いな。パイルバンカー、頼んだぞ」
 パイルバンカーの先端が、龍宮にシールドに対して直角になるように調節させる。先が釘のように尖っており、これでシールドを穿つのだ。一度ゆっくりと杭がさがり、そして周囲の機体が煽られるほどの勢いで突き刺さる。
「……おい、突き破ってないぞ」
 淵が通信機に怒鳴る。杭はシールドを突破できていない。
「ちょっとまて……ええとだな、大体三回ぐらいで突破できるとよ」
「三回、三回か、あれを三回……」
 同じ動作で杭が下がり、同じようにシールドを貫こうと飛び出していく。二回目も突破できなかった。そしてまた、同じ動作が繰り返される。
「……乗り物酔いで、済むのか、これは?」
「そんなにすげーのか……」
 見た目からして、人間が登場するべきものではないと誰もが思っていたが―――やはり、人間が搭乗するべきものではなかったようだ。
 もっとも、それもそのはずで、あれは中をパジャールで満たして使うものであり、生身の普通の人間が乗り込むことなど、最初っから想定されていないのである。
 そして三発目。ついに杭が突き刺さった。
 半分ほど食い込んだ杭のうち、先の方が開口し乱暴に中身の調査員が登場しているポッドをシールドの内部に放出する。ここまで一連作業は、ひとまず成功したようだ。
 そうしている間にも、シールドの修復が進む。海水が内部に入っていかない様子から、シールドど水を弾くシステムは別物なのだろう。このままでは杭がシールドに食われてしまうため、台車を急発進させる。
「成功か?」
「成功だ!」

「おっと、でかぶつが離れはじめたぞ」
 ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)に言われて、レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)はそちらの方に目をやった。確かに、あの不恰好な杭打ち機が龍宮から離脱を始めている。
「うまくいったのならいいのですが」
 心配そうにレリウスが呟くのに被せるようにして、広域通信で作戦の第二段階成功の報が入る。調査員は全員あの中に乗り込めた、はずだ。あのシールドのせいで、まともに連絡を取りようが無いため、そういうあやふやな表現になる。
「でもとりあえず、目だった問題は起こらなかったみたいだな」
 失敗を隠蔽する理由は雇われ集団である我々には無い。問題発生の報が入らなかったという事は、レリウスの言う通りに事が運んだというわけだ。
「さて、帰るまでが遠足ってね」
 内部に調査員を送り込んだら、彼らの帰路を確保するために一度パイルバンカーを本部まで回収しなければならない。底の見えない防衛システムを倒し続けるよりも、帰還時間まで退避していた方が現実的だ。
 しかし、その為には残党が塞いでいる道を突き進む必要がある。
「味方機から通信だぜ」
 レリウス達の機体に通信をしてきたのは、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の乗るレイからだ。
「今日の射撃の精度はどうだ?」
 声の主はダリルだった。
 唐突に聞かれた問いに、レリウスはほんの一瞬言葉に詰まった。その隙に、ハイラルは自信満々に答えてしまう。
「百発百中だぜ」
「ほんとか?」
「全弾命中はいきませんが、命中率では八割を超えています」
 まだ試行回数が少ないため確率にすれば大きくブレが出るが、それでも馴れない水中戦での狙撃だと考えればかなりの命中精度だ。魔道レーダーと小型増設アンテナのおかげかもあるだろうが、何より今日は少し調子がいい。
「いい調子のようだ。それなら―――」
「背中は任せたわよ!」
 途中からルカルカの乗り出すような声がかぶさる。背中は任せたとはどういう意味が問う前に、画面に彼女達が乗るレイが特出していくのが見えた。
 不意の一機による突貫に、残党の部隊は咄嗟の対応ができない。それもそうだろう、彼らの機体はそもそも本領が発揮できないのだ。だからこそ、ああして距離を縮めないように我慢の戦いを続けているのだ。
「全く、無茶振りもいいところですね」
 クェイルがスナイパーライフルを構えなおす。
 さすがに一機で飛び込んでいくだけあって、レイの動きはいい。それに対し、ボロボロの機体でなんとか対応しようとする残党も、決して腕は悪くない。悪くはないが、しかし余裕が無い。
 そういった手合いは、狙撃手には格好の獲物だ。
 さっそく一機、こちらに背中を向けていたシュメッターリングの推進装置を撃ち抜く。狙われている事に気づいた敵の何機かがこちらに注意を向けるが、もう遅い。
「この調子で、ぱっぱと片付けちまおうぜ」
「ええ」



 何か嫌な予感は最初からしていたのだ。
「大丈夫で、ございます……か?」
「そ、そちらこそ……」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)の二人は、這い出るようにして突入用のポットから抜け出した。自分達でこのポッドは最後だ。脱出に使うわけではないので、このままコレは放置する。
 あのパイルバンカー、まさか人を乗せたまま作動するとは思わなかった。てっきり、シールドを破壊してから突入用ポッドを入れるのだろうと思っていたら、まさかそのままガツンガツンとシールドに叩き込むなんて想定外だ。
 おかげで、ポッドの中では阿鼻叫喚の地獄絵図となった。誰かの「吐くなよ、吐いたらそれがシェイクされちまう」という悲鳴にも似た声が頭に残っている。誰の事だかわからないが、吐かなくて本当によかった。本当に。
「しかし、苦労した甲斐というのもあったように思えております」
「確かに、これは壮観だねぇ」
 庭園付きの巨大な宮廷。これだけで十分絵になるが、見上げるとこちら側からはシールドの外を見る事ができる。光源はわからないが光によって外の海を眺める事ができた。幻想的な風景だ。
「しかし、その代償にしてはねぇ」
 周囲を見渡すと、調査員のほとんどがダメージを受けているのが見てとれる。
「死ぬかと思ったですぅ」
 ふらふらと歩きながら心境を告白しているのは、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)だ。それを、ステラ・クリフトン(すてら・くりふとん)が支えている。機晶姫は人間みたいに乗り物に酔ったりはしないのだろうか。
「もう次は乗りたくないね」
「帰りは……大丈夫ですわよね」
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)も青い顔をしている。
 これからが本番のはずなのだが、全体の士気は低そうだ。それもさもありなん、といったところだが、あんまり集団でこんな見通しのいい場所にいると、という北都の不安はすぐに的中した。
「何かが近づいています……あれは、防衛システムです」
 ステラがいち早く気付いて、声を出して全員に敵襲を伝えた。
 その姿はすぐに確認できた。カニだというのに、直進している。
「いかがなさいますか?」
 クナイはいくらか回復したのか、いつの間にか背筋をピンと伸ばしていた。
「そうだねぇ。僕達の目的はあくまで調査。危険物の排除なんて命令はされていないねぇ」
「あの大きさであれば、建物の内部までは入る事はできないでしょう」
「なら、決まりだねぇ」
 カニの群れを背にして、北都とクナイは走り出した。他の面々も、ここで戦闘するのは得策ではないと判断したのだろう。それぞれに逃走を始めている。目の前の大きな宮殿のほかにも、いくつか建物があるがそれぞれに散っていくようだ。他の場所の調査は、そちらに走っていった人にしてもらうとしよう。
 二人は素直に、正面の一番大きな宮殿へ向かった。