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浪の下の宝剣~龍宮の章(後編)~

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浪の下の宝剣~龍宮の章(後編)~

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7.帰艦



 格納庫に入りきらなかったイコンが甲板に並んでいた。
 パイルバンカー護衛の任務を果たし、無事帰還した一同は海水を浴びて水浸しではあったがどこか誇らしげだ。
 ここに並んでいるのは、戦闘に参加してなおほとんど損傷を受けなかった機体達だ。そのため、整備作業というよりは補給が優先される。
 その中を慌しく走る南蛮胴具足 秋津洲(なんばんどうぐそく・あきつしま)の姿があった。
「このタイプの弾薬は、あちらの機体にお願いします」
 指示を出しながら、自らも忙しく補給作業に従事する。武装はイコンごとに違うので大変な作業だ。
 そんな慌しい秋津洲のすそを、敷島 桜(しきしま・さくら)が掴んで静止させた。
 どうしたのかと尋ねる前に、指で指し示す方を見ると、先ほど帰還した高島 真理(たかしま・まり)源 明日葉(みなもと・あすは)の二人が手を振りながらこっちに向かってきていた。
「すっごい大変そうだね。何か手伝おうか?」
「いえ、大丈夫です。それよりも、次の出撃に備えて休養していてください」
 真理の申し出を秋津洲は断ると、すぐさま作業に戻っていった。
「ほら、やはり邪険にされたでござろう」
「んー、でもさぁ」
 明日葉には邪魔をしては悪い、と先に言われていたが手伝えることがあるなら手伝いたかったのだ。幸い、先の戦闘でこちらに大きな被害も出てないし、余力も残っている。整備班は見るからに人数が足りていなさそうだ。
「人の戦場に土足で入り込んで、いい顔はされぬものであるぞ。彼らも誇りをもって、自らの任に従事しているのでござる」
 確かに明日葉の言う事はもっともだ。
「……わたくしも、頑張るから」
 桜がそう言うと、駆け足で行ってしまう。
「しょーがないなぁ、ちょっと休もうか」
「うむ。こののちに、龍宮へもう一度赴かねばならぬでござる。しばし休養を取り、万全の体制で挑むことこそ、パイロットの我等の役目よ」



 甲板で補給作業が進む一方、船の内部にある格納庫で急ピッチで機体の修復作業が進んでいた。こちらに回されているのは、損傷を受け修復を必要とするイコン達だ。
 この場には、先日の武装集団との戦闘の時に参加している整備士が多く居た。グライス著 始まりの一を克す試行(ぐらいすちょ・あんちでみうるごすとらいある)もそのうちの一人だ。
 水中用の改修という厄介な改修作業を請け負い、その技術を蓄えている整備士達が参加している事もあって、相変わらず余裕は無い状況だがそれでも作業は進んでいた。
「これが龍宮のシールドを突き破るシステムですか」
「このようなものの打撃を受けてしまえば、堅牢な城門でさえ一撃で崩れてしまうでしょうな」
 回収されたパイルバンカーを眺めて、感慨にふけっているのはハーヴィット・カンタベリー(はーびっと・かんたべりー)モルガン・ル・フェ(もるがん・るふぇ)の二人だった。
 無骨で簡単な造りではあるが、見るからに「何でも壊しますよ」という風貌のパイルバンカーは、確かに人の目をひきつけるものがある。ある程度、知識がある人にとってはかもしれないが。
「……これに人が乗るなんてね」
 グライスは、これがどう動いてどうやってシールドを突破するのか、作戦前から知っている。資料に目を通したからだ。
 あんな乱暴で危険なものを、笑顔でオススメした技術班の人間は悪魔よりも悪魔らしいだろう。報告では、無事に突破したとのことだが、シールドの影響で中に突入した調査員とは連絡が取れない。本当に無事かどうかは、神のみぞ知るというものだ。
 しかし、手段がコレしかないうえに、シールドの性質で次の機会は一ヵ月後ともなれば、焦るのも無理も無い話しである。
「結果よければ、というのは少し調子がいいわよね」
 上手く言ったんだから、なんて言ってしまうと実験を繰り返して技術や知識の向上を図る事の意味が消えてしまう。事故はゼロにはならないが、技術者としては常にゼロを追求する必要がある。
 恐らくは、コレを見ていけると判断した誰かは、技術者ではないのだろう。
「しかし、いくらなんでも使い勝手は悪いですな。このような大きな、それでいて脆いものが城門に近づいても、容易く破壊されてしまっておしまいですな」
「今回は、やはり護衛部隊の腕あってこそですね」
 二人は相変わらず、パイルバンカーに心を奪われている様子だ。
 誰かが近づいてくる気配を察したグライスは、二人を残してその場をさっさと通り過ぎた。作業はまだまだ残っているし、アレについては作戦が終わってからでも十分に観賞できるだろう。
 なにせ、あんな汎用性ゼロの一点突破に限った使い道しかない道具だ。この先利用する方法があるとは思えない、よくて保存かもしくは解体か。調べごとなら、その時にさせてもらえれば十分だろう。

「そこー! いつまでもぼーっとしてんじゃないよ! 仕事しろ仕事!」
 パイルバンカーを眺めていた二人に撃を飛ばすと、慌てて持ち場に戻っていった。
「やれやれ」
 クリスチーナ・アーヴィン(くりすちーな・あーう゛ぃん)は小さくため息をついて、自分の持ち場に戻る。
 今回の作戦で整備士に回された新しいマニュアル、通称Mマニュアルは水中用改修及びその後の整備作業における効率化を図るために作られたものだ。今までに蓄積したノウハウを元に、作業のスピードアップしつつ質をあげるというとんでもない目標を掲げている。
 質と効率は基本的には反比例するものだ。それをマニュアルでなんとかしよう、というのは貪欲にも程がある。しかし、今までの技術士にとっても半信半疑の部分があったり勘に頼っていた水中用改修のデータが揃ったことや、新型機ガネットの運用データも蓄積された。それによって、不安要素であった部分に明確な答えが出て、ある時は勘に頼らざるえなかった部分が無くなったのは大きい変化となった。
 この大層な理想に対して、マニュアルはかなり薄いものになっている。ありがちな精神論みたいなものではなく、あくまで整備のマニュアルなのだ。簡素で単純で、困った時はすぐに開ける程度のものになっているのは、いざという時に分厚い整備用のマニュアルを開いても中々目的にたどり着けずに苦心した経験が生かされているのだろう。
 本音を言えば、少しばかり整備士個人の知識や技量に頼っている部分があるが、それでも利便性のために殺した部分だと言われれば納得できる範疇だろう。まがりなりにも、整備士のプロであるなら知っておくべき程度の話が多いわけだし。
「無音航行がいまいち安定しないのよね」
「でも、水中の戦闘距離じゃ完全な無音は無理じゃない? ガネットってエンジンカットしてちゃ沈んじゃうじゃない」
 自分の持ち場に向かう途中、SeeDrakkhenを前で天王寺 沙耶(てんのうじ・さや)クローディア・アッシュワース(くろーでぃあ・あっしゅわーす)が真剣な面持ちで議論をしていた。
「居場所がばれたって、この子を捕まえたりできないから大丈夫だよ」
 アルマ・オルソン(あるま・おるそん)がコクピットから顔を出しながら言う。
「今は水中最速かもしれないけど、これより早い機体が永遠に出ないわけじゃないし、やっぱり水中用なら無音で移動できるのは大事だよ」
「確かにそうだけど、でもガネットは偵察機じゃなくて戦闘用よ。多機能化ってもてはやされるけど、複雑になりすぎるのはよくないんじゃない?」
「でも、存在がバレてしまうと奇襲はできませんね」
 シャーリー・アーミテージ(しゃーりー・あーみてーじ)がSeeDrakkhenの肩から顔を出して言う。
「あー、活発な議論中に悪いんだが、お二人さんパイロットだろ。もう一回出撃があるんだから、パイロットは休まないとダメじゃないか」
 クリスチーナは少し困った顔でその集団に話しかけた。沙耶とアルマの二人は、この機体のパイロットとして出撃している。沙耶は整備科の人間でもあるから、自分の機体を自分で整備したいという気持ちはわかるが、この作戦はあと一回確実に出撃が待っている。
 調査隊の出迎えだ。シールドが元の強度に戻る前に行わなければならないため、この整備も時間に追われているし、突入した調査隊の時間も限られている。
「大丈夫、もう大体やる事は終わってるし、それに休んじゃったらぼんやりして逆に集中できないよ」
「まぁ、そういう事なら構わないけど、あんまり無理すんなよ」
「わかった。ありがとね」
 例えば上司や指揮官だったら、休むのもパイロットの仕事だ、とでも言って彼女を連行したりするのかもしれない。しかし、機体の整備を他人任せになんてできないよ、という気持ちもわかるクリスチーナにこれ以上は言えなかった。
 整備作業にパイロットが参加するのはむしろいい事だ。パイロットの使用感や感想などが整備に生かせれば、それだけ質がよくなる。もっとも、これは効率と完全に反比例するタイプの質だ。自前で整備ができて操縦もする、そんな彼女の機体は幸せ者だろう。
 あと自分が手をつけるべき機体は何体だったか、そんな算段をしているところに長谷川 真琴(はせがわ・まこと)が満面の笑みでこちらに向かって駆け寄ってきた。
 近くにくるなり、「手、ほらこう」と人の手をあげさせると、彼女の行動の意味が理解しきれていないクリスチーナの手にハイタッチ。クエスチョンマークを浮かべているクリスチーナに畳み掛けるようにして、真琴は嬉しそうに言う。
「聞きました? 聞きましたか?」
「いや、何を?」
「この作戦の帰還率ですよ」
 嬉しそうにしている真琴のおかげで、聞かなくてもどんな数字が出たか予想がついた。
「100%か」
「惜しいです」
「え、惜しいってどういう事よ」
 出撃した機体のどれだけが戻ってきたかであるなら、100%を超える事はありえない。何故か戦艦の主砲はエネルギー充填率が100%を超えるものが多いが、そういうものとは違うのだ。
「104%です。調査中に、友軍の機体を一機保護したため100%を越えちゃったんです」
「なんだよ、そりゃ。作戦に参加してないのに、勝手に戦ってた奴がいるってのかよ」
「はい。そんなところです。なんでも凄い情報を持っているとかで、作戦本部に招かれてしまったみたいですが。とにかく、今回は一機残らず全部が帰還できました」
「なんかよくわかんないけどさ、とにかくやったな。けど、まだ終わりじゃないんだぞ」
「わかってます。次の出撃でもみんなが帰ってこれるよう、頑張りましょう」
「ああ」
 整備士の間で評判がいいMマニュアルを作った人物が、こんなにはしゃいでいる女の子だと知る人はどれだけいるだろうか。Mという字は真琴の名前から取ったものである。
 もっとも、本人はみなさんの意見やデータをまとめたものであって自分の手柄なんかじゃないですよ、なんて言いそうではあるが。
「さて、あたいももうひと頑張りするかね」
 さすがに今日は朝から出ずっぱりで疲れを自覚していたが、先ほどの笑顔のせいで全部吹っ飛んでしまった。
 移ってしまったのか、クリスチーナも自然笑みがこぼれた。