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冒険者の酒場ライフ

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冒険者の酒場ライフ

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 蒼木屋に三つしかない、仕切りで囲まれた四人掛けの個室席。
 そこでキマクコーチンの焼き鳥串セットとビールを注文し、のんびりと食事を楽しんでいたのは宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)であった。普通の座席だと混雑時には有無を言わさず相席にさせられるが、この個室席には拒否権があったため、祥子は一人でお酒と料理を楽しんでいた。
 そんな祥子が久とセルシウスを見つけ、自分の席に呼んだのである。
「おーい! こっちにおいでよー!」
 よく通る祥子の声に久とセルシウスがやって来る。
「よぉ! おまえも来てたのか?」
「うん。お客としてのんびり料理を楽しむつもりだったけど、騒がしいわね、ここは」
「そういう場所だからな。でも、席が無くて困っていたところだ。助かったぜ?」
 久が笑って祥子の対面に座る。
「あら、また会ったわね? セルシウス?」
「フッ……偶然とは恐ろしいものだな」
「そうそう、こいつ、またドリンクバーの前で一人哲学していやがったんだ」
 久が笑う。
「うむ。しかし酒場にドリンクバーがあるのはやはり解せんからな」
「酒場にソフトドリンクがある理由? 日本じゃ未成年者はお酒のんじゃ駄目だからよ。エリュシオンはいいの?」
と、祥子がビールをプハーッと飲み干し、やや赤みの刺した顔で言う。
「そもそもエリュシオンでは未成年は酒場に来ない。あくまで大人と冒険者の社交場だからな」
「だから甘いのよ。いい? 居酒屋・ファミレスのはただの酒場ではなく、冒険者のその家族や友人との繋がりを守るものなのよ!」
「後進教育のため、という事か?」
「考えすぎだぜ、セルシウス。無理やり大人の世界に引きずり込むこたぁないが、ちょっと背伸びしたい時はいいだろう? ってことだ」
 その時、セルシウスの目に、祥子がテーブル傍の機械を押して話かける姿が映る。
「あ、すみませーん。枝豆と生追加お願いしますー。久、あなたは?」
「ああ、じゃあオレンジジュースで」
「ええ、お酒飲まないのー?」
「俺はまだ未成年なんだよ」
「そんなゴツい体してるのにぃー?」
「まぁ、来年には堂々と飲みかわせると思うから、楽しみにしておいてくれよ? ……ん?」
 久がテーブルの機械を見つめているセルシウスに気づく。
「どうした?」
「いや、この機械は一体?」
「ああ! この個室席に設置されてる機械は注文機だな。店員をいちいち呼ばなくてもこれで直接厨房に注文を送れるんだ。ほら、個室に店員呼ぶ相互の手間が省けるだろう?」
「くッ……!!」
 テーブルに顔を伏せるセルシウス。
「あ、凹んだ」
 焼き鳥を齧りつつ祥子がセルシウスを見つめる。
「私は、快楽の追求において、我が帝国こそが一番優れていると思っていた! だが、ここに実際足を運んで思う。我が国はナンバー2でしかない!!」
「だーかーら、さっきも言ったでしょう?」
と、焼き鳥串でセルシウスを指す祥子。酔っているためか声は上機嫌である。
「居酒屋・ファミレスのチェーン展開はただの酒場の開業にあらず! どのような地域でも常に同じ内装、同じメニューを提供することで故郷から遠く離れた場所にいる冒険者に対して「故郷との繋がり」を提供するものなのよ。チェーンは鎖という意味だけど、鎖は金属の輪が連なって形ができるわよね? 同じ存在の連なりが形となり、それに触れることで冒険者たちは遠く離れた場所にあって故郷を偲ぶことが出来る。そして故郷を思い返した冒険者たちは生きて還ろうと決意を新たにするのよ!」
「故郷……帰るべき場所」
「祥子が言うのもわかる気はするな」
 ウンウンと頷く久。
「ハイヨロコンデー!とか、店員がやたら威勢良いのは……まあ、威勢がよくて悪い事ぁねえけどとか思っていたが、そういう意味もあるんだろうなぁ。エリュシオンの酒場の店員もそうだったりするか?」
「いや、エリュシオンではあまりそういった会話はない。ただ、静かに語らうか、一人で飲むか……だな」
 そう言えば、少し前にいた客にもそういった話をしたな、とセルシウスが回想する。


 846プロの感動のステージの少し前。
 相変わらずの満席状態な店内だったので、セルシウスはアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)シグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)達の席に相席していた。
「やはりチェーン店というのは良いな。安くてそこそこ美味しいモノが飲み食い出来るのだからな」
 セルシウスの発言に、アルツールの青い瞳が光る。
「セルシウスと言ったな。君はチェーン店の事をやや理想化し過ぎているな」
「む? どういう事だ?」
「確かに、こうした形態の店は安いし便利で色々なものも楽しめるが、裏を見ればあまり良い所ばかりってわけでも無いってことだ」
 その発言にシグルズが苦笑する。
「そう言うアルツールも、僕がここに飲みに行こうと誘ったら結構ノリノリだったじゃないか?」
「シグルズ様。俺はこの店が地球資本と提携しているらしいので、ドイツビールが飲めるかもしれない、と期待したから来たのですよ」
「で、飲めたわけだ。お味は?」
 アルツールが黒いエールビールを飲んで、
「美味しい」
「じゃあ、いいだろう? どんな名店にも悪い部分はあるんだし。ただ……」
と、セルシウスを見て、
「僕としては、0から作ったならこういうのもありだと思うのだがね。だが、古き良き伝統と雰囲気を持つ店ってのも大事にせねばいかんと思う。何せ歴史の重みってやつは、一朝一夕じゃあ作り出せんのだからな」
「うむ。確かに!」
「エリュシオンの酒場ってのも気になるなぁ。どうなんだ?」
「いいだろう……語ろう。だが、その前に」
 アルツールを見るセルシウス。その目付きは何時になく真剣である。
「チェーン店の悪い部分を詳しく教えて欲しい」
「ああ……」
 ツマミのチーズの味噌漬けを口に含んだアルツールが、セルシウスに向き直る。
「チェーン店は大量仕入れや一括調理などで値段が安いし、どの店でもほぼ一定の味のレベルが保障されている。その事は地球では良く言えば懐の厳しい庶民の味方とも言える。だけど逆に言えば、どこへ行っても味が代わり映えしないとも言える。しかも、悪く言えば常に安定した品質や価格などで地元の個人経営の店を圧迫する。新たな客層の掘り起こしより、手っ取り早く既存の客を奪う形で収益を上げたりなどしてな」
「地産地消とは真逆だな」
「そしてその土地での商売が儲からなくなれば地元民の都合など考えず実にあっさり撤退してしまうと言う冷徹な面も併せ持つ。まあ、利益確保を至上としている以上は仕方の無いことなのだが……。競争相手のいないこんな土地ならそんな心配は無さそうだが、調べるならこうしたチェーンの良い面ばかりでなく、そうした負の側面も知っておいた良かろうよ」
「つまり、貴公はチェーン店は他の店を淘汰してしまうのが危険だ、と?」
「ああ」
「僕は少し考えすぎだと思う」
 シグルズが、魚のフライをタルタルソースにまぶしながら反論する。
「庶民は庶民で美味しいモノには金を払う頭を持っている。それくらいで淘汰されてしまう店ならば、ハナからその程度だったて事じゃないか?」
「むぅ……」
 椅子の背もたれをきしませるセルシウス。
「確かに、我が故郷にも美味いモノはある。親子何代にも渡っての料理店や酒場等いくつもあるし、そんな店の一子相伝のレシピ、秘伝のソースとやらも絶品だ」
「へぇ、エリュシオンにも美味い店があるのか」
と、シグルズがカリッという心地良い音を立てて魚のフライを食べつつセルシウスに聞く。
「ここいらで言う天然素材のモノばかりだがな。だが、中には、店の看板と歴史に寄りかかり味の追求を止めてしまった輩もいる」
「そうか……喝を入れる目的、というのも有りだな」
「ああ。確かに何でも新しいモノを入れるのも問題だが、それを拒むってのも文化の進歩性がないのだな」
 その後、セルシウスはエリュシオンの酒場の話を二人に淡々と語り、その長所と短所の問題点を洗い出していったのであった。