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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)
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第12章 アガデ会談 3

「俺は神崎 優、蒼空学園の生徒です」
 ロノウェに向かい、あいさつをすると、神崎 優(かんざき・ゆう)は淡々と自分の考えを述べ始めた。
 魔族がこちらをどういう存在だと思っているのか。
 過去に何が起きたのか。
 そして何故今回のような行動を起こしたのか。
 それらを聞いて、納得したこと。
「……悲しいことですが、たしかにロノウェさんの言ったことは大部分が人間の特徴として挙げられるものです。それに目をつぶることはできないでしょう。
 人間には良い面もありますが、同じくらい悪い面もあります。それどころか、己を正義として動く者たちですらも結局己の利益のために動いているわけですから、結果がどうあれ、結局だれもが利己的であることには変わりないんです」
 しかし、それは利他で考えてのこと。
 相手の事を想い、行動する者も少なくない。自己を犠牲にして、他者を救う者だっているのだと。
「そうです! 人間には悪い人だっていますが、それでもすばらしい人は大勢いるんです」
 優のパートナーである神崎 零(かんざき・れい)神代 聖夜(かみしろ・せいや)陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)が、口をそろえて優の発言を補った。
「私は魔導書で……優のパートナーとなる前は、さまざまな人に利用され、悪用され、裏切られてきました。もうこれ以上傷つくことはできないと思うほど、つらかった……。だけど、優が私を救ってくれたんです。私の心を。
 人に対して心を閉ざし、二度とかかわることを拒否していたなら、今も私の心は救われないままだったでしょう!」
「俺もだ。俺はずっと孤独だった。仲間もなく、ただ独りで……存在するだけだった。長い時間、ひたすらに。
 そんな俺に、優は手を差し伸べてくれたんだ。パラミタにはさまざまな種族がいる。だが俺に手を差し伸べ、受け入れてくれたのは優という人間だった。だから……俺は、優なら魔族たちとも解り合えると信じているし、優なら信頼に値する人間だと、思ってるんだ……」
「ロノウェさん、ヨミさん。これは、人間に限ったことでしょうか。魔族にも、同じような者はいるんじゃないですか?
 戦いが好きな人もいるでしょう、でも争いを好まない、平和を望む人もいるんです。ここに集まった人たちは、みんなそう。一度はあなたたち魔族と戦いましたが、あの戦いがどれだけ無意味なものであるかを実感し、話し合いによる解決を求めてここに来たんです。私たちはだれも、あなたたちと戦いたいとは思っていません」
 ロノウェはすぐには答えなかった。
 答える気がないのではないかと思われたころ、ようやく、ため息をついて口を開く。
 だがその口から出る言葉が決していい返答ではないことに、だれもが気付いていた。
 ロノウェの表情は冴えず、眼鏡の奥の瞳は暗い影で深い沼のように沈んでいる。
「……あなたたちが知っているかどうかは知らないけれど、過去にも魔族と人間の争いは何度もあったの。そしてその都度人間は『争いはやめよう』『魔族が地上に出られるように約束しよう』とか言ったりするけど、100年も経つころには約束したことをすっかり忘れて『おそろしい魔族とは関わらないでおこう』『一致団結して魔族と戦おう』などと、自分たちにとって都合のいいことを言い出すのよ。私たちがあなたたちとは違う、何千年も生きて優れた能力を持つ種族だからということでね。
 さっきも言ったけれど、人間は1000年も生きられない。だから話し合いで解決するなんて、できないのよ。100年経てば同じことの繰り返し。勝手に戦いを挑み、勝手に和平を望み、勝手なことを言い始め、勝手に破る……。
 そんな不毛なことは、もううんざりなの。それくらいなら長命種たるわれわれ魔族が人間を支配する方が、よほど恒久的平和につながると思わない?」
 優は、名乗ったときからずっと変わらない、静かな視線でロノウェを見つめた。
「俺たちは急いでいません。今この場で、あなたたちの人間に対する考えを全て消し去ることができるとは思っていない。だから提案をします。少しずつ、お互いに歩み寄りませんか。話し合うたび、1回に1歩でいいから。そうすれば、いつかお互いの手が触れ合うぐらい近づけるでしょう。今のままでは、距離は1センチだって縮まらない。
 答えはいりません。ただ、よかったら心の隅ででも、考えてください」
 それから、優はパートナーたちに向き直った。
「ありがとう、みんな……」



「こうして聞いていますと、やはり相互理解が足りないような気がしますわね」
 耳が痛くなるほどの沈黙が続く中、おもむろに崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が発言を始めた。
「ロノウェさん。あなたのおっしゃることはいちいちもっともですけれど、あなたの口にされる『人間』というのは5000年前の者たちで、今の人間ではないのですから。人間は100年も維持できないと、ご自分でもおっしゃったでしょう? 5000年前の人間と今の人間は、全く違うんですのよ。
 とりあえず、お友達からはじめません? 人間でも魔族でも、よく知りもしない主に仕えようだなんて思えませんもの」
 ロノウェからの返事を待つように見る。
「どうぞ続けて。そこまで言うのなら、具体策があるのでしょう?」
「そうね……カナンやシャンバラでは魔族のことを『災い』扱いしているようだけど、私としては『パラミタの一種族』程度の認識なのが正直なところですわ。おそらく大多数のコントラクターが、この認識ではないでしょうか。コントラクターは、住まいこそシャンバラにあるとはいえ、もともとパラミタの住人ではない者。
 ロノウェさんの描く人間支配の形、というのをお聞かせいただいてもよろしいかしら? たとえば力と恐怖による弾圧であれば私たちも抵抗せざるを得ませんが、もし一定の社会生活が保障された統治なのであれば、それは一考の価値があると思いますの」
 東カナンの講和会談という席上に東カナン側として座しながらザナドゥの支配を容認するような発言に、部屋のあちこちでざわめきが起きる。ほとんどは壁際で控えている騎士たちだ。
 コントラクターは、条件さえ合えばザナドゥ側につくというのか――
 そんなとまどいの声もかすかに聞こえる中、バァルは目を伏せ、何も口にすることはなかった。
「一定の社会生活が保証された統治、ね。ずいぶん曖昧な表現だわ。「一定」をどこに線引きしているのかしら。それだけでもあなたと私の認識は違っているでしょうし、おそらくこの場にいる者たちの中であっても違っているでしょう。それと同じように、まず間違いなくあなたの思う統治と私の思う統治は、異なっているでしょうね」
 ロノウェの鋭い視線が真っ向から亜璃珠を見返す。
「あなたは肝心なことが分かっていないように見えるわ。支配者と非支配者の思惑が完全に一致する統治なんてあり得ないのよ。
 あなたは今、シャンバラに身を置いていると言ったけれど、シャンバラ政府の思惑とあなたの思惑は一致しているの? あなたは政府の方針全てに納得し、完全に満足しているの? あなた以外の人たちは?
 統治者の利は必ずしも非統治者の利であるとは限らない。私たちが損をする統治こそ、あなたたちにとって『一定の社会生活が保証された統治』であり、反対に私たちが得をする統治は、あなたたちにとって力と恐怖による弾圧に映るのではないかしら」
 ロノウェはそこで一度言葉を切った。
 自分の言っていることが正しく伝わっているか、問うように見る。
 亜璃珠は無言で頷き、ロノウェも頷き返した。
「その上で、あえてするのであれば、至極簡単な話よ。ザナドゥに仇なす者は切り捨てる。そうでなければ、何もしない。ここに曖昧な線引きはないわ。
 現在のカナンやシャンバラと比較して、何も変わらないかもしれない。大きく変わっているかもしれない。それは個々人のとりようね。確実に言えるのは、あなたは満足しなくても満足する者は少なからずいるでしょうし、統治者である私たちがどんな提案をしようとも、どこまでも不満を募らせる者はいるということ。そしてそれが100年も続けば、あなたたち人間は代替わりして、その状況を『一定の社会生活が保障された統治』と認識しているということね。あなたの描いた統治の姿とどれだけかけ離れていたとしても」
 亜璃珠の眉が寄る。
「不服そうね?
 あなたがほしかったのは具体的な将来像でしょうけれど、今ここであなたたちに『私たちが地上に来たらこうなりますね』とわざわざ細部まで説明してあげるほど、私たちは『お人好し』じゃないの」
「……残念ですが、私からこれ以上のお話はできそうにありませんわ」
 亜璃珠はそう言い、以後口を開くことはなかった。