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宵闇に煌めく

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宵闇に煌めく

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 差し込む陽光に照らされ、きらきらと美しく輝く水面。
 そこに浮かぶ、四体の異様な影があった。
 一見人に見えるその影の正体は、等身大ジェイダス人形。それぞれに羽根の色を塗り分けられた人形たちが、ぷかぷかと優雅に浮かんでいた。
「湖の中が会場となると、何が起こるか分からないからな。溺れた人の救命用にきっと役立つ筈だ」
 満足げにそう呟いたのは、今まさに五体目のジェイダス人形を浮かべた鬼院 尋人(きいん・ひろと)だ。どうやら彼がこの異様な空間を作り出した犯人、否、提案者らしい。
 尋人は一仕事終えた風に息を吐き出すと、広がる湖を警戒するように見渡した。穏やかな水面を、五体の人形がゆらゆらと漂っている。尋人は双眸を細めると、静かに一人呟いた。
「こんな怪し気な状態、絶対魔の者が周囲にいるはずだ」
 確かに誰かのおかげで非常に怪しげな状態ではあるが、彼が言いたいのはそういうことではないらしい。尋人は剣を携えたまま、一気に水底を目指し湖へと潜っていった。


 さて、尋人にジェイダス人形を託した男の一人、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)はと言えば、一足先に潜った湖の中から見上げた水面の様子に呆然としていた。
 差し込む光を遮る五体の大きな人影。それらがシンクロナイズドスイミングのように円を描いて浮かんでいる様子は、なかなかすぐには理解し難いものだった。
「あ、お久し振りです」
 そんなエメの元に流れ着いてきたヴラドは、小脇に抱えた籠から黒焦げの何かをばら撒きながら手を振る。その中でも特に酷いものを回収しながら後に続くシェディ・グラナート(しぇでぃ・ぐらなーと)も、軽く会釈をして出迎えた。
「お招き頂いてありがとうございます、ご一緒にお茶でもいかがですか? お伝えしたい事もあるんですよ」
「喜んで! クッキーもまだまだ沢山ありますからね」
 そう言って籠に収まる炭素の塊を見せ付けるヴラドを先頭に、三人は水底まで潜っていった。用意してあるテーブルの一つを陣取り、エメは早速とばかりに持参した薔薇のティーセットを広げる。
 次いで淹れた紅茶を差し出しながらエメが口にした言葉は、ヴラドを驚かせるには充分だった。
「薔薇の学舎の校長が変わった!? あの方ではないのですか?」
 そう言って水面を指差すヴラドに、エメは苦笑交じりに頷き返した。
「ジェイダス様は理事になって、イエニチェリは解散となりました。それと……」
 カップをソーサーに戻し、エメは徐に防水の袋を漁ると、中から携帯を取り出した。
 暫し弄った後に、画面をヴラドたちへ向けて差し出す。
「今、ジェイダス様はこんなことに」
「……隠し子騒動、ですか? ゴラクインガー、とか」
 思わず声を潜めたヴラドに、エメは左右に首を振ると「これがジェイダス様です」と返した。
「こ、この子供が!?」
「はい、まあ色々ありまして……色々といえば、実は今、ホスト喫茶【タシガンの薔薇】というのを経営しているんですよ」
 それを聞いたヴラドは、今度はどこか悲しげに眉を下げる。
「そうですか、お金が必要なんですね……でも、うちのたまを誑かさないで下さいよ」
 たまというのは、ヴラドの屋敷の傍に住む、巨大なドラゴニュートの雌である。
 ともかく何やら誤解している様子のヴラドに首を傾げつつ、しかし焦るでもなく、エメはおっとりとした調子のままに説明を続けた。
「ホストといっても趣は執事喫茶に近くて、一緒に紅茶やタシガンコーヒーを楽しみながらお喋りをするような感じです。いかがわしい感じはないですよ」
 それを聞いてほっと胸を撫で下ろすヴラド。シェディはエメを見ながら、納得したように頷いている。
「それで、今度の空京万博ではパビリオンに展示もするんです。芸術的な本などを展示して、早川君や黒崎君たちが綺麗なタシガン伝統衣装を纏って案内するんですよ」
「芸術的な本、か」
 ぴくりと顔を上げたシェディに頷くと、エメは再び袋へ手を差し入れた。見守る二人の視線の先で、エメは二枚のチケットを取り出す。
「ということで、是非見に来て下さいね」
「ええ、是非伺います!」
 そうして差し出されたチケットを受け取り、ヴラドは上機嫌に頷いた後、不思議そうに首を傾げた。
「……ところで、空京万博って何ですか?」



 その頃、空間の一角には自然と人だかりが出来ていた。
「お、あったあった」
 集団の先頭にいるのは、青地に蛍光緑の模様が入ったサーフパンツを穿いた、いかにもチンピラといった風情の瀬島 壮太(せじま・そうた)だ。しかしその印象は、彼の頭上で蠢くものの存在によって一気にファンシーなものへと塗り替えられてしまっている。
「壮太殿。吾輩、まだ少し息苦しいのだが……」
 仰々しい呟きを落としたのは、まさに壮太の頭に乗ってぶるぶると小さな体躯を揺らした上 公太郎(かみ・こうたろう)だった。ハムスターの獣人である彼は、大きめのビニール袋に収められ、壮太の手によってここまで運ばれてきたのだ。
「濡れないようにしてやったんだよ、むしろ感謝しろって。……で、だ。良いか、おまえら。宝を見付けたら抜け駆けは無しだぞ。持ち逃げすんなよ!」
 そう言って振り向いた壮太の脇を擦り抜けるように、超感覚で生やした犬耳をぴこぴこと跳ねさせながら清泉 北都(いずみ・ほくと)が洞窟への第一歩を踏み出していく。彼の一歩後に続くクナイ・アヤシ(くない・あやし)は不意に歩調を速めると、丁寧に北都の手を取った。
「北都、これを」
「ん? ……ありがとねぇ」
 そっと巻き付けられたハンカチを疑問気に眺めていた北都は、そこに込められた『禁猟区』の効果に気付くと照れたように小声で礼を述べた。あまり表情を変えずに告げられたそれよりも、はっきりと彼の歓喜を表すように揺れる犬の尾を微笑ましげに見やって、クナイもまた歩き出す。
「おい、何でパーティーを楽しまずに洞窟探検なんだよ!? ったく……」
 更に一歩後方を、ぶちぶちと文句を零しながらソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)も歩いて行く。半ば呆然と彼らを見送った壮太が再び視線を戻すと、そこにはぱたぱたと元気に尻尾を振るエーギル・アーダベルト(えーぎる・あーだべると)の姿があった。
「えーくんも、たんけんにいくんだよ!」
 ぴょんぴょんと跳ねては浮力を受けてゆっくりと着地するエーギルを半眼で眺め、壮太は「……おう」とだけ返した。そんなエーギルを片手でひょいと抱き上げ、ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)が一歩歩み出る。
「ということで、俺達も宜しく頼むよ。えーくんも、他の人達とちゃんと協力するようにね」
「もちろん、えーくんもがんばってたたかうよ! ヴィナ・アーダベルト、はやくいこ!」
 軽く片手を上げて挨拶に代えた壮太を置いて、二人もまた洞窟の中へと進んでいく。
 ぼんやりと見送る壮太の肩を、ぽんと叩く手があった。
「私たちも、海賊としてお宝探しに協力させて頂きますわ。ねえ、恋さん」
「……」
 セシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)の問いに、幸田 恋(こうだ・れん)は無言のままこくりと頷く。恋の手には、パーティー会場からちゃっかり持ち出した市販のクッキーが握られていた。もぐもぐとそれを食べながら、二人もまた洞窟へと優雅に足を運んでいく。
「…………」
 そうして一人取り残された壮太の眼前を、通過していくものがあった。
「ぼーくの自慢の潜望鏡ー! ぼーくは海行く潜水艦ー……ってなんだよ、男かよ。しっしっ」
 不自然に腰を振りながら泳いでいくマントにマスクの男の名は、変熊 仮面(へんくま・かめん)。そのままどこへか泳ぎ去っていく変熊の姿を呆気にとられて見送る壮太の頭上で、公太郎はくりっと首を傾げる。
「して、壮太殿は行かないのであろうか? であれば吾輩、パーティーのご馳走にパンの耳があるのかを探しに……」
「行くに決まってんだろうが!!」
 すっかり置いて行かれた壮太はやけになったように叫ぶと、ずかずかと大股で洞窟へと潜っていった。