校長室
【空京万博】海の家ライフ
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そんな海の家のテーブルには、コルネリア・バンデグリフト(こるねりあ・ばんでぐりふと)に付き添って来店していた森田 美奈子(もりた・みなこ)の姿があった。 「(天国のお父様、お母様、美奈子は今、庶民の海水浴場を見てみたいとおっしゃるコルネリア様のお供をしてセルシウス海水浴場に来ております。潮の香りがとても心地よい、まさにパラダイスです……)」 そう心で呟いた美奈子の視線は、店員の沙幸の水着エプロンに注がれていた。 沙幸が「いらっしゃいませー!」と新たな客へと駈け出し、その大きな胸が弾む。 「(残念……あれは大きすぎるわ)」 上質なメイド服のポケットの中で構えていたデジカメから美奈子が手を離す。 「それにしても……」 と、海水浴場に来たとは思えぬドレス姿のコルネリアがテーブルから浜辺を見渡す。 「ここが庶民が利用する海水浴場ですか。それにしてもすごい人……まるで海に来たというより人を見に来たという感じですわね」 泳ぐなら、実家が所有しているプライベートビーチを利用すればいいだけ、というコルネリアにはごく普通の海水浴場は初めての経験である。 彼女の今回の来訪の目的は、美奈子から聞かされた未知なるキーワード『海の家』であった。 「家……というから大きな宿泊施設のようなものを想像していたのですが、家というよりは小屋という感じですわね。しかも、軽食や飲み物を販売しているということは、これは店舗なのでは? そう思わない? 美奈子?」 コルネリアに呼びかけられた美奈子が恐るべき速さで、店員から主の方へ振り返り、静々と頭を下げる。 「はい……コルネリア様」 「ね、海の店というべきですわね?」 「コルネリア様。これが庶民の夏の楽しみなのです。そして、日本では『海の家』という固有名詞が既に一般化されています」 「あら、そう。日本ではこれが常識なの……興味はつきませんわ」 「庶民の暮らしをご自身からお知りになろうとされるコルネリア様を、私は誇らしく思います」 今朝、美奈子がいつもの様に寝室にコルネリアを起こしに行った時、「海へ行ってみたい」という彼女の言葉は美奈子を歓喜させた。 自室でコルネリアに付き添う支度をしていた美奈子のはしゃぎっぷりは見事であった。 「海ですよ、海。そう、海といったら水着の美少女たちが輝く場所。サンオイルを縫って浜辺に寝そべる美少女の水着から覘く胸元とか、打ち寄せる波の悪戯で、水着が外れてしまうポロリなハプニングとか……あぁ!! コルネリア様!! 美奈子に幸せをありがとうございます!!」 小躍りする美奈子。デジカメを持つ手が興奮で震えている。 「ハッ……いけません! これでは足りないかも……」 美奈子が鍵付きの棚を開けると、デジカメ用の大容量バッテリー、大容量メモリーがズラリと並んでいた。 「とりあえず、美奈子? 飲食店ならば、シェフかギャルソンがいるはずですから、今日のお勧めメニューを聞いてきなさい」 コルネリアの声に、美奈子の回想が終了する。 「お言葉ですがコルネリア様……このような庶民の店は、質、サービス共に最低限と相場が決まっているものです。流石にシェフやギャルソンの類は……」 「あら? 居ないの?」 「はい。海の家の定番メニューはだいたい決まっています。コルネリア様。つまり、簡単に作れて美味しいのが重要なのです」 「そうなの……」 と、コルネリアが店の壁に張られたメニューを見上げる。 「焼きソバ、ラーメン、カレー、カキ氷……」 「それを作っているのも、シェフとかそんな気の利いた人たちじゃなくて、大体は学生のバイトとかです」 「それじゃ美味しく出来ないんじゃない?」 「寧ろ。これをマズく作れたら、それはもう一種の才能です」 「私、あまりお腹は空いていないのです。それより、暑くて……」 「では、軽めにカキ氷などはいかがですか? コルネリア様?」 その後、店員のなななと、先ほどの爆発で服が汚れたらしく水着に着替えたノーンが二人で注文を取りに来た。 そこで、コルネリアはかき氷を、美奈子は「(浜辺の美少女たちとのひと時を満喫する為に、腹が減っては戦は出来ぬといいますし)」との思いから、元祖塩ラーメンというメニューをオーダーした。勿論、コルネリアの隙を伺ってノーンの水着姿を美奈子は瞬間的に撮ったのは当然として……。 やがてレイスにより運ばれてきたメロン味のかき氷に、コルネリアには満足そうに頷く。 「シンプルながらも、非常に奥深さと伝統を感じるお味ですわね」 嬉しそうにかき氷を食べるコルネリアに美奈子が笑って頷き、自らの前に置かれた元祖塩ラーメンに箸をつけ……。 「ブッ……!?」 吐き出しかけた麺がコルネリアの顔面に直撃……するのは瞬時に抑えた美奈子。 日頃、デジカメで鍛えられた反射神経が意外と役立った瞬間であった。 「美奈子?」 「す、すいません。コルネリア様……ちょっと体調が優れないようで……」 コルネリアに詫びつつ、美奈子が目の前の器を眺める。 「(完璧な温海水ラーメンじゃない!! これなら、コルネリア様が以前作った料理の方がはるかにマシ……なハズよ!)」 それは美奈子がコルネリアのメイドとなって少しした頃、「料理というモノを作ってみたいわ」と言ったコルネリアの一言が引き金となった『お屋敷大体全滅事件』に由来するが、ここではその詳細は割愛する。 「美奈子? どうしたの? 早く頂かないと麺が伸びてしまうわよ?」 「(コルネリア様。酷い……私にこれを完食しろと仰るのね……)ええ……」 恐る恐る箸を手に持つ美奈子の耳に、近くのテーブルで話す男女の声が聞こえてくる。 「知ってる? もうすぐ、ここでミス・セルシウスコンテストってのが開かれるんだって」 「え? なにそれ?」 「何でも、美少女コンテストみたいなのだってさ。出てみたら? 俺もさっきチラリと覗いたけどさ。胸の小さな子もいたぐらいだから、勝てるんじゃない?」 「(何ですってぇぇぇぇーーーッ!?)」 絶えず周囲の「美少女」や「胸の小さい」といった単語は絶対に聞き逃さない美奈子の耳がピクリと動く。 「コンテスト?」 かき氷を食べる手を止めたコルネリアが首を傾げる。 「コルネリア様? ご興味が?」 「散歩」という単語に反応した犬のような動作で美奈子がコルネリアを見る。 「ええ。でも、美奈子が体調悪いのだから、よしましょうか……」 「治りました」 「え?」 コルネリアが見ると、美奈子の前の器が空になっている。美奈子の溢れるパドスが、頭の危険信号を封じ込めたのだ。 「けれど、庶民のフェスティバルに、貴族である私が出る、というのは卑怯だと思うの。美奈子、少しだけ覗いて帰りましょうか?」 「喜んでお供致します!! コルネリア様!!」