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【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ

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【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ
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リアクション

■□■1


「今日、リュースは休講か」
 大学で選択している講義が休講だというリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)に、ロイ・ウィナー(ろい・うぃなー)がそう声をかけた。その声に、リュースは緑色の端正な瞳に、優しい色を浮かべる。鉢売りの観葉植物を移動していた彼は、静かに銀色の髪を揺らした。
「今日は大学も休講ですし、店に専念しようと思いまして」
 リュースのそんな言葉に、ロイは薄茶色の短い髪を揺らす。
「手伝おう。まぁ、俺の仕事は裏方なので帳簿をつけているだけなのだが」
 一見すると目つきが悪く、性格的にも無口な彼は、カウンターの奧からそのように声をかけた。――しかし彼は、勇敢な性格をしているし、その精悍な外見は、相応に人目を惹く事が常である。

 二人は、ティアーレ・フラワー・サービスという花屋の空京にある店舗にいる。
 ティアーレ・フラワー・サービス――T・F・Sは、ネットショップを経営している為、場所を問わず【華道】の特技を生かして、素敵な花を提供している多角経営型のフラワーショップである。元々は、リュースが双子の弟と共に経営を始めた花屋だ。
 『T・F・S─花のある生活─』というwebで展開しているショップに関わる者が情報を交換する場において、取得できる【華道】によって、生けられ、あるいはアレンジされた花々の美しさは、このシャンバラの地においても、一際目を惹いてやまない。空京大学で農学部園芸学専攻を専攻しているリュースには、それだけ花に愛される手腕があったのかも知れない。

 その拠点といえる店舗が、この空京の一角にあった。
 インターネットによる展開は場所を選ばないが、そんな中で実際に花に携われる場所の一つとして、この店があるらしい。

「秋の花は色々ありますね。個人的に好きなのは桔梗ですので、桔梗を使ったフラワーアレンジメントを作ろうと思います。そしてお客様に見てもらいましょうね」
 陳列作業を終えたリュースは、ロイへと声をかけた。ロイがいるカウンター奧にある経理や庶務用の部屋からは、同意の気配があがる。
「おぅ。頑張ってくれ」
 だが、返ってきた生返事に、リュースは腕を組んだ。
 ――ロイは……奥で帳簿をつけていますね。
 確かにそれは通常の光景だったが、アレンジする為の桔梗へと手を伸ばしながら、リュースは嘆息した。
 確かにそれは、webであっても実店舗であっても必須の作業である。
 だが、リュースは考えていた。それだけではなく、やはり『花』にもっと関心を持って貰いたい、と。実際に、『花』には関心が無いわけではないのだろうが、普段寡黙な分ロイは、『接客』に対してあまり意欲を持っていないようでもある。商売柄売買をしている以上、花とロイ自身の間に否応にも割り込んでくる『接客』が難点となっているようで、草花への興味を抱いても一歩退いた眼差しを向けているようなのだ。
 ――オレとしては、もう少し『花』を見て欲しい。
 たとえ接客に身を置くことになっても、だ。リュースはそんな風に考えると、準備した桔梗の花を置いて、奧にいるロイの元まで歩み寄った。
「ロイ、こっちに来てください。いい機会だから、少し花のことを知ってもらいましょう」
 喉元――シャツのボタンに手を伸ばし弄りながら、リュースが声をかける。
 すると損益分岐点を算出していたロイが、顔を強ばらせた。
「――は?」
 大学へ通っていないとはいえ、実務作業が多い分、経済学にもそれなりの造詣を持っているロイは、続いてCVP分析を行おうと考えていた手を止めた。
「……花の事を知るのは兎も角、店舗に出たら、接客もする可能性があるだろう」
 魔鎧であるロイは、人の姿だと、その目つきの悪さから子供に怖がられてしまう事が多い。その為、接客には不向きだと自己判断し、これまでは主として奥で帳簿をていたのだ。だからこそ、花の知識があまりないのである。接客をしなければ、花に関する知識は不要だ。それよりも余程、自身が役に立てる経理や管理会計・財務会計の知識を収集する方が有益だと判断したのかも知れない。どちらにしろそれは、出来る範囲で協力しようという思いがあるからだろう。契約時こそリュースをライバルと目してはいたが、もしくはそうであるからこそ、好敵手であるからこそ、このような場では『出来ること』で、協力をしたいのかもしれない。
 ――兎も角、俺には無理だ。
 内心決意し、一人ロイは頷いた。だがその様子には構わず、リュースが柔和に微笑む。
「ロイ、こっちに来てください。たまにはフロアにも出て下さい」
「は? 表に出ろ?」
「花に関する知識を得ながら、皆さんの接客をよろしくお願いします」
「そうは言うが、リュース、俺の顔はお世辞にも接客に向いているとは言えん。愛想も良くないし、世辞も言える性格ではない」
「顔と言うより、その眼差しが問題なんですよ、ロイは。愛想と世辞は……そうですね、接客業だと割り切ってもらえれば一番なんですが。笑顔が重要です。最も必要なのは、努力でしょうか」
「努力して笑えって事か? お前、俺に無茶を言うな」
 それでも渋々といった調子でロイが席を立ち、奧から出てくる。
 その表情は明らかに険しく、彼の青い瞳があからさまに細くなっていた。
「って、眉間に皺を寄せて来ないでください。お客様が怯えるでしょう。笑顔です、笑顔」
 リュースは素早く店内を一瞥してから、ロイの傍らに立って耳打ちする。
 短い髪を撫でながらロイは、周囲を見回し嘆息した。
 どこか困惑したような表情ではあったが、ロイなりに考えて表に出てきたようでもある。
 彼も色々と考えていたのだ。
 ――やはり何も知らずに帳簿をつけているだけでは申し訳ないからな。
 ――だが、接客など上手くできるのかは分からない。
 ――とはいえ、表に出されてしまったのだから、リュースには花のことを色々と質問してみるか。
 一人決意したロイが、続ける言葉を考えはじめた。
 その正面で、彼の気持ちを知ってか知らずか、リュースが肩を竦める。
「特に小さいお子さんには笑顔が大事ですからね」
 リュースの声に我に返ったロイが、深々と息をつく。
「別に顔を険しくしているつもりはない。これが地顔だ」
 やはり怖がられるのでは、奧へと戻った方が良いのではないかと、ロイは考えた。だがそれを聴いたリュースは、再度繰り返す。
「は? 地顔? それじゃ、さっきも言いましたけど、努力して笑いましょうね」
 接客についての心構えと双方の言い分はそれで終わり、二人は、思い思いに花を見ている来店客に気を配りながらも、鮮やかな濃青紫の花の前へと移動した。
「秋の花は結構色々あるんですよね。秋の七草もいいですし、竜胆もいい」
 リュースは、正面の竜胆に優しい視線を向けながら、両頬を持ち上げる。
 秋の七草にこそ数えられてはいないが、竜胆もまた現代のこの季節には、色を添える花に他ならない。
「秋の七草、知っていますか?」
「いいや」
 花の知識を求めているロイと、知識が豊富なリュースは、どちらに上下があるわけでもなく、教える側と教わる側ではあったが、共に秋の花を眺めながら、言葉を交わしていた。
 竜胆のすぐ側に飾られている秋の七草へと、綺麗な手を伸ばし、リュースが説明する。
「秋の七草とは、女郎花・尾花――ススキですね、そして桔梗に撫子・藤袴・葛、最後が萩です。最も諸説あって、特に桔梗とされる由来は、万葉集なのですが、そこの表記は『朝貌の花』ですから、朝顔、木槿、昼顔等の説もあります。春の七種と違い、秋の七草は直接的に何かをする行事――おかゆにして食べたり等は特にないので、もっぱら見て楽しむためのものです。花を愛でる、その気持ちこそ、オレ達花屋の本来の志ではありませんか」
 滔々と語ったリュースの声に、ロイは小首を傾げた。
 ――花を愛でる。
 それは、自身が常時携わる裏方作業よりも、ずっとずっと深く『花』に親しんでいる証に思える。だなんて考えたロイは、女郎花の黄色い花弁へと手を伸ばしながら、破顔した。幾ばくか普段よりも柔和になったその表情に気がついた付き合いの長いリュースは、肩を竦める。
「これらを駆使して、フラワーアレンジメントを作ろうと考えているんです」
 リュースが告げると、ロイが静かに頷いた。
「嗚呼、好きにしろ――……きっと、良い物が出来る……なんて、な」
 心からの賛辞と、若干の照れでロイの言葉尻が小さくなる。
 その声に、リュースは穏やかに微笑んだ。
「頑張りましょう。そして、皆さんに楽しんでいただかないと――そうだな、此処にある花と、後は――アレンジメントには紅葉を使っても引き立つでしょうね」
 言いながら、リュースは思案していた。
 ――どのように、アレンジしようか。
 秋の花はとても美しい。花そのままに、プリザーブドフラワーにしても良いし、ブーケもまた味がある。
 ――ブーケなど、良いかも知れない。
 考えたリュースは腕を組む。一口にブーケといっても、いくつかの種類がある。
 ワイヤーで細かく作るか、ブライディというブーケ用のオアシスホルダーを使って作るか、あるいはあえて茎をそのままむき出しにして、強調するか。少なくとも咄嗟に三種類が思いついた。花単体の美しさの保持を含めれば、四種類か。

「紅葉、ですか?」

 そこへ、静かに声がかかった。
 リュースとロイが振り返ると、そこにはサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)が立っていた。
 セミロングの薄茶色の髪を揺らした、ジャタ獣人族『猫の民』の三毛猫獣人の彼女は、かすみ草に手を伸ばしながら、桔梗よりも澄んだ青い瞳を、リュースとロイへと向ける。
「私達、これからジャタの森に釣りに行くんです。多分、紅葉綺麗だろうなぁ」
 サクラコは、真面目そうな色を瞳に宿しながらも、楽しそうに微笑した。
「ここのお花も本当に綺麗です、けど、紅葉の枝を手折って来たら、もっと色々なアレンジメントが出来るんですか?」
 開店前にリュースが用意していた、見舞い用やプレゼント用といった、店で売れ筋の様々なアレンジメント品のブーケやバスケットへと視線を向けながら、サクラコが首を傾げる。
「無為に折る事は、草木を傷つける事がありますから、オススメは出来ませんけどね――ただ、季節感のある一つの作品は出来ると思いますよ。きっと、あなたにも似合います」
 リュースが微笑んでそう言うと、サクラコが瞳を輝かせた。
「有難う。森に行く楽しみが一つ増えました――後、そうだ、このケイトウのポット、ちょっと興味有るんですけど、すぐに売れちゃいますか?」
「取り置きしておきましょうか?」
 リュースが微笑すると、サクラコが満面の笑みで頷いた。
「有難うございます」
 橙色と赤色のケイトウを一瞥しながら、ロイが腕を組む。
 確かに、サクラコのような素敵な女性には似合う代物だと思ったが、何の用途に使えるとも思えず、鑑賞する以外無用の長物だと言えなくもないケイトウ。
 何故彼女はこれに心惹かれたのか――確かに暖かい色合いだけれども、と、ロイは考えていた。
「小さなフロイラインにはサービスで、1輪」
 ケイトウを取り置いたリュースは、サクラコの前に、白いリコリスを差し出した。
 フロラインとは、『お嬢様』というような意味だ。
 驚いたように瞬いているサクラコに対して、リュースが唇の両端を持ち上げる。
「素敵なお嬢さんには、サービスですよ」
 そういって彼は、サクラコの薄茶色の髪に、リコリスの花を飾って見せた。
「あ、有難うございます!」
 嬉しそうに、その花へとおずおずと手を触れながら、サクラコは満面の笑みを浮かべた。
「紅葉、釣りに行くジャタの森で見つけたら、アレンジしてもらえますか?」
「勿論」
 そんなやりとりを交わした後、サクラコは店を後にした。


 一方、サクラコの帰りを店の外で壁に背を預けて待っていた白砂 司(しらすな・つかさ)は、髪にリコリスの白い花を飾ったパートナーを一瞥して嘆息する。
「釣りの為の用具は揃ったぞ」
 ジャタの森へ出かける前に、用具をそろえようと空京へと立ち寄った彼らは、一時別行動をしていたのである。主に釣りをしようと考えて準備をしていた司が、様々な店舗をふらふらしている間に、サクラコは、『T・F・S』を訪れていたのだった。
 相棒の髪に輝く花の姿に、司は微笑する。
「その花も薬になりそうだな」
 司は、元々はイルミンスールで錬金術と薬学を学んでいた。その後、ジャタ獣人族の『猫の民』の薬師として暮らしてきた。そこで、一族に恩を返すため、より深く文化などを知るために、現在は、空京大学の教養学部にて民俗・文化人類学を専攻中の身である。だからなのか、職業柄か、ついつい黒い短髪を揺らし、眼鏡の奥の緑色の瞳を、即物的な草花の効果に向けてしまう。そんな彼だったが、内心では、サクラコによく似合うだなんて、心なしか思ってもいた。
「これは、駄目なんです。頂いたんですからっ」
 猫かぶりが通常のサクラコが、あからさまに頬を膨らませた。
「もっと良いものがあるだろう」
 世界には、もっといくらでも良い装備品がある。――が、本当はそんな事が言いたいわけではなかった。ついつい世渡りがヘタな元来の性格が出てしまい、司はそう言ってから後悔する。
 ――似合っていると、あからさまには言えない。
 別に言いたくないわけではなかったが、それをいう状況下も空気感も、把握できずにいるのである。もしも彼が世渡り上手な性格だったならば、もっと上手い言葉が出てきたのかも知れない。だが、照れ屋・羞恥、そして無口な性格が手伝って適する声が出ては来なかったのである。
「よし! そうですよ、このお花も良いけど、紅葉も見に行かないとですっ。早く、ジャタの森に行きましょう!」
 そんな司の内心には我関せずといった調子で、サクラコが元気な声を上げた。
「ああ、そうだな」
 案外、気を遣うほどのことでもないのかも知れない。このようなパートナー関係の穏やかな空気に、司は心から微笑した。信頼や信用、それだけにとどまらない、『一緒にいて心地良い』関係――それが二人の間にはあって、とても貴重なものなのだ。
「色々釣りに行くか」
 司の言葉に、サクラコは頷いた。


「春の華やかさ、夏の鮮やかさは秋の花にはありませんが、綺麗でしょう?」
 竜胆と添える草花を用意しながら、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)が告げた。
 するとロイ・ウィナー(ろい・うぃなー)が、腕を組む。そうしながら彼は、青い瞳を、台の上に乗る花達へと向けていた。
「そうだな」
 ロイがそう応えた時、リュースの作業の様子を覗き込むように、ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が視線を向けた。短い緑色の髪が揺れる下、彼女は大人びた黒い瞳をまじまじと、リュースの手腕へと向けている。
「すごい、ですね」
 言葉に一拍おきながら、ミスティが目を瞠る。
 レティシアとミスティの靴には、紐の端に最近流行の鈴がついていた。歩くたびに、軽やかな音が、店内に響いている。
 その声に、リュースとロイが揃って顔を上げた。
「すごい、ですか。嬉しいですね」
 リュースが穏やかに目を細めて笑うと、ミスティが繊細な顎を縦に動かす。
「確かに、春の華やかさ、夏の鮮やかさ、は、無いかも知れないけど――秋本来の艶やかさが薫ってくる気がするの」
 ミスティのその言葉は、普段冷静な彼女からすれば、情緒的すぎて意外なものだったのかも知れない。だが大人びた彼女にそう言わしめる程の雰囲気が、リュースのアレンジメントにはあった。
「そんなにですか? あちきも興味があります」
 ミスティの様子に、パートナーのレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が歩み寄ってきた。
 二人は休日に誰かを誘おうと、空京をふらふらと見聞していた所である。
「!」
 レティシアが、ミスティの横に立ち、リュースの作ったブーケの一つを手に取ると目を見開いた。
「……ぁ……」
 レティシアは、とある南国の大使の娘で多国語も流暢であり、その境遇から花を贈られたり、豪奢な花のある空間に身を置く事も多い――と、同時に武力でも実力がある才能有る少女である。が、いくら高名な者が手がけたというこれまでに見てきた花の数々よりも、そして、名高い貴重な花であっても、現在リュース達が手がけているこの場のアレンジメントのように、心に響くものは少なかったのが実情だ。
 久方ぶりに感じる、純粋にすばらしさを感じさせる花の塩梅に、レティシアもまた気がつけば頬が緩んでいた。
「――素敵、ね」
 ミスティがそう告げると、レティシアが微笑んだ。
 その様子を一瞥しながら、ロイが腕を組む。
「買うか?」
「ちょっと、そういう押し売り的な感じじゃなくて、花のすばらしさを教示するのが接客だと思うんですけど」
 そこへリュースが耳打ちする。
「そうか、すまない」
 ロイが困惑しながらも、一歩後に下がる。
「お二人のフロイラインには、これを」
 そんなパートナーのロイを一瞥しながら、リュースが、レティシアとミスティに、藤袴を一輪ずつ差し出す。
 二人はそれを受け取った。
 それから花を観賞し、店を出る間際、レティシアがリュースに向き直る。
「あちき達は、これからジャタの森で芋煮会をしようと思ってるんですぅ」
「芋煮会?」
 リュースが花へ手を伸ばしながら首を傾げると、ミスティが補足する。
「地球は日本の東北地方にある風習ですわ」
「そうそう。鍋にイモとその他を入れて煮込むんだよねぇ」
 ――ここの所、東北はなにかと災難があって、有る程度復興してきたとはいえ、元気づける事が出来れば良い。
 そんな思いで提案したレティシアに対し、リュースが微笑んだ。
「店があるのでお邪魔できないかも知れませんが、心から応援しています」
 その言葉に、傍らでロイが大きく頷いた。
「そうやって、皆の事を思えるってのは、格好良い」
「――それだけじゃなくて、折角の休日をみんなで楽しめたらいいから、来て欲しいんだけどねぇ」
 レティシアが続けると、リュースが肩を竦めた。
「そうですね。いけそうならば、是非。――そうでなければ、オレ達はオレ達なりに、みんなを元気づける事が出来ればと思います」
 リュースが言うと、ミスティが大きく頷いた。
「今回に限っては、みんなが楽しめる事が目的ですから、参加費は無料です」
 冗談めかしたミスティの口調に、ロイが肩を竦める。
「時間さえ空けば今回ばかりは、参加費を経費で何とか落としてやる」
 そんな会話を交わし、四人は笑い合った。
「そうだ――今すぐは、店がありますからお邪魔できませんが、これからいらっしゃる皆さんに、ジャタの森の食事会……芋煮会ですか、紹介しておきますよ」
 リュースのその声に、笑顔で頷き返し、レティシアとミスティは店を後にした。


「今日は、ジャタの森に行く奴が多いんだな」
 接客が一段落した所で、ロイ・ウィナー(ろい・うぃなー)が呟いた。
「秋の森には、観賞できる植物が多いですしね」
 リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)が頷いた時、静かに花屋のエントランスが開いた。
 簡素な鈴が、来客を告げる為に、静かに啼く。
 ――リン、リン、リン。
 入ってきたのは、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)佐々木 八雲(ささき・やくも)だった。
「魚とキノコだろ……」
 八雲がそう告げた時、リュースとロイは振り返った。
 ――この二人も、ジャタの森にでも行くのだろうか?
 ロイが考えていると、隣でリュースが微笑みながら声をかける。
「美味しそうな組み合わせですね。そうそう、つい先ほども、芋煮会に出かけるという方達がいらっしゃいましたよ」
「秋の風物詩みたいだねぇ」
 花を愛でながら弥十郎が微笑む。
 ――その場にある食材で調理することも一興だし、少しは具材を持ち寄るのも楽しいかもしれないねぇ。
 弥十郎がそんな事を考えていた時、更に、入り口の鐘が鳴った。
 他の客はいつの間にか店外へと出ていた為、店員二人、客二人だった店内へ、新に二人の来訪者が訪れる。
 それはクロス・クロノス(くろす・くろのす)伏見 九藍(ふしみ・くらん)だった。
「わしは――若い頃……色々あってのう。それ以来、ジャタの森には、足を踏み入れてはおらんのじゃ」
 扉を閉めながら、九藍が述べた声が、周囲に谺した。
 その声に、クロスが顔を上げる。
「行くのが苦痛ですか? それならば、無理には――……」
 穏和そうな色の滲む銀色の瞳を瞬かせながら、クロスは黒い髪を揺らした。クロスは多少引っ込み思案な所があるが、その気配りできる性格は、多くの者に慕われている。もっとも、本人にその自覚があるか否かは不明であるが。ただ少なくとも、九藍もまた、それを知るようになった幸運な一人だった。
「いや。一緒になら、行っても良い――ただ、若いころに出奔してから長いこと出向いてないからのう、どこになにがあるやら」
 九藍のその声に、クロスが穏やかに笑った。
「そういうことなら、きっと大丈夫です」
 現在、全生活史健忘の為、名前は身に付けていた物から判明したというような状況のクロスは、暖かく笑んだ。
 記憶を失う事は、例え全生活史――即ちエピソード記憶の忘却だけであっても、とても辛い。無論、クロスを知る、そう、在りし日の記憶有る彼女を知るものにとっても、悲しい事であるのは間違いがない。彼女はそれだけ、周囲にとってかけがえのない、居なければならない存在だ。だが、クロスが記憶を忘れたからと言って、彼女のことを忘れてしまう者は、きっといない。彼女の存在は、それほどまでに、皆にとって大きいのかもしれない。
 ――反面だからこそ、全てを忘れた状態であっても、この一時を楽しんで貰いたい。
 彼女の不在はきっと誰もが嘆くけれど、けれどそれでも、彼女が真に楽しんでくれる休日が訪れるのであれば、それは、祝福すべき事なのかも知れない。
「だけど本当に花が沢山。暇つぶしによっただけだけど、何を手に取ればいいのか……」
 困惑したように、鮮やかな撫子の花へと手を伸ばしたクロスに対し、リュースが声をかける。
「そう言う事なら、なにも買わなくても良いのですよ」
「え?」
 店にはいったら買うのが標準なのだろうかと考える事もあるクロスは、その声に顔を上げた。
「あなたに似合う花を売る事には、何の抵抗もないですよ。ただ――花は、義務で買う物ではないから。だからこそ、記憶が曖昧なのであれば……心が、コレだと、そう告げる花を見てあげて下さい。きっと、花もその方が喜びます」
 リュースが言うと、クロスは暫し思案した後、微笑んだ。
「――……有難うございます」
「いえいえ」
 リュースは肩を竦めると、葛の花を一輪クロスに贈る。
「フロラインの貴方に似合うのは、この最近入荷した葛かな」
「おぅおぅ似合っているのう」
 九藍が、和装じみた衣の裾に両腕を入れ、知的な外見には珍しいような表情で、揶揄するように微笑んだ。そんな彼の、どこかきまぐれそうな金色の瞳を見据え、ロイが静かに呟く。
「お二人さんはこれから何処へ?」
 『お二人さん』と言ったのは、ロイの最大限の配慮にと敬語である。二人のフロラインとはなかなか言い難い。九藍は、『お嬢さん』ではないのだから。
「ジャタの森に」
 葛の花を飾りながら、クロスが微笑む。
 すると、それまで店舗内の草花を眺めていた佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)佐々木 八雲(ささき・やくも)が、視線を向けた。
「ワタシ達もジャタの森に行こうと思っていたんだよねぇ」
 弥十郎が言うと、クロス達が顔を向けた。
「釣りと、キノコ採取。それから、鍋だな」
 八雲が言うと、クロスが微笑んだ。
「キノコ! 良いですね。私達も、秋の味覚を探そうと思っていて」
 彼女のその声に、弥十郎が肩を竦める。
「他にも魚とか――行き先が同じなら、きっとまた会える。楽しみだねぇ」
 そうした来店客同士の様子を微笑みながら見守っていたリュースが、静かに頷く。
「先ほどジャタの森に釣りに行かれる方もいらっしゃいましたよ。嗚呼、芋煮会もジャタの森みたいでした」

 そうこうして彼らもまた、ジャタの森へと足を運ぶような話しになった。

 そんな来客者の話ややりとりを耳にしていた、ロイ・ウィナー(ろい・うぃなー)が、笑み混じりに吐息する。その隣へとリュースが戻ってきて、静かに立つ。
「なんだかんだで、殺伐としてたり、好敵手意識があったり、よく分からないけどな……一筋縄じゃ行かなかったり、平和じゃない時もあるって言うのが、最近の毎日だと思ってたんだ。この店に来る客の数は兎も角」
 ロイのその声に、リュースが目を瞠る。
「どうしたの、いきなり……?」
「いや。俺としては、出来る奴は出来る所伸ばして、そう、そうだ、好きな事やって――まぁ無論職があるから何ともだけどな……みんなでこの世界を楽しめればなと思っていたんだ」
 ロイが冗談か本気かそう告げると、リュースが肩を竦めた。
「誰かに必要とされる事が肝要だとは思わないけど、オレは君の力になりたいですよ」
「俺も、物理的に役に立つことができればいいと思って帳簿をつけていたんだ。だが――花を見て喜ぶ人間が、こんな短時間でこんなにみられるとは、な。今まで損をしていた気がする」
「ロイ?」
 パートナーの言葉に、驚いてリュースが向き直る。
「役に立つ云々じゃなく……できることをやっていく中で、喜んでくれる奴らの顔を見るのも、そう悪くはないな」
 それは――人の笑顔は、心地良い、ということなのかもしれなかった。
 ロイのそんな言葉に、リュースは満面の笑みを浮かべてから、両腕を天井へ向かって伸ばす。
「――そうですね。よし、はりきって、今日も一日働きましょう」

 こうして、『T・F・S』の一日が始まった。