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【2021ハロウィン】スウィートハロウィン

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ツァンダ(1)

 朝から街がオレンジ一色に染まった日のこと。
 昔ながらの和風建築を住居とする九条風天(くじょう・ふうてん)は悩んでいた。家から一歩出たら、ツァンダの街はどこもかしこもハロウィンだ。
 そしてそのハロウィンパーティーにアルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)と行くことが決まっていた。だから悩んでいた。
「……コスプレ、といわれましても」
 醍醐味の一つである仮装、またの名をコスプレ。風天はこんな時に着られるような衣装を持っていなかった。
 そうこうしている内に玄関から声がする。
「風天ちゃーん、迎えに来たわよー」
「ああ、はい。どうぞ、上がってください」
 と、風天が声をかけると、アルメリアは遠慮なく上がってきた。
 そして普段着のままの風天を見て立ち止まる。
「コスプレは?」
「それが、その……どうしたものかと、悩んでいたところです」
 と、風天は申し訳なさそうにする。
「せっかくのコスプレパーティーなんだから、コスプレしないと駄目よ。ワタシたちだけ普通の格好じゃ、雰囲気壊しちゃうかもしれないじゃない」
「そうですよね……ですが、手持ちにそういった衣装がないもので」
 と、風天が言うと、アルメリアは鞄を持ち上げた。
「まぁ、こんなこともあろうかと思って、ちゃんと用意してきたわよ」
 その場にぺたりと座り込み、鞄から鮮やかな衣装を取り出すアルメリア。
「可愛いのを選んできたから、きっとよく似合うわ」
 と、衣装を床に広げていく。着物らしいと分かるが、耳と思しき小物まで出てきた。
「はぁ……この衣装は?」
「猫又よ」
「……あの、もう少しまともなものは無いのですか?」
「嫌なの? でも、今から別のを探しに行っても、どこも売り切れで残ってないわよ?」
 じっとアルメリアに見つめられ、しぶしぶ折れる風天。一日限りの盛大なお祭りだ、アルメリアの言うことだって間違えていない。
「分かりました。じゃあ、これでいいです」
 と、風天が言うと、アルメリアは嬉しそうに笑った。何やら謀られたような気がした風天だが、楽しむ気満々のアルメリアには何も言い返せなかった。
 それぞれ猫又へ扮した二人は、さっそく街の中心へと出かけていった。
 あちこちに並ぶ露店、コスプレした人々、どこからか香るかぼちゃの優しい匂い。
「さあ、楽しみましょう」
 と、アルメリアは風天の手を引いて駆け出した。慌てて後を追う風天は、未だに戸惑っている様子だ。
「パーティーは夜まで続くのよ。コンテストもあるし、その内に慣れるから安心して」
「は、はぁ……それより、もっとゆっくり――」
 と、風天が言うのも構わずに、アルメリアは初めから狙っていた屋台へ向かっていった。

「コスプレコンテストが開かれるだけあって、みんな気合い入ってるわね」
 と、通り過ぎていった猫又の少女たちを見送る高根沢理子(たかねざわ・りこ)。傍らにいるジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)へ顔を向け、それから酒杜陽一(さかもり・よういち)を振り向いた。
「先生も、もっと派手な衣装にすれば良かったのに」
「いいんですよ、これで」
 と、視界確保用の穴を二つ空けただけの白いシーツをかぶった陽一が言う。よくあるお手軽オバケの仮装だ。
 ハロウィン色の魔法少女はくすっと笑い、ジークリンデの腕を引いて歩き出す。
「先生、人が多いからはぐれないようにね」
「それはこっちの台詞です」
 と、陽一は彼女たちの後を追った。
 ハロウィンパーティーを楽しむ理子を護衛するのが今日の目的だ。パーティーが終わる時間まで過ごさせてやりたいが、あまり遅くなってもいけない。日が暮れる前には切り上げるべきだろう。
 共に護衛を務めるのは、シャンバラ大荒野に存在すると言われるパラミタトウモロコシ――略してパラコシ――の妖怪、パラコシ婆の仮装をした酒杜美由子(さかもり・みゆこ)だった。しかし、その実態はパラコシの着ぐるみを着用し、大量にパラコシの入ったかごを担いでいるだけの怪しい感じだ。いや、妖怪だから当然だろうか。
「何か食べたいわね。でもお店たくさんあるし、迷っちゃうなぁ」
「そうね、どこもカボチャばかりだけれど」
 と、理子と一緒に悩むジークリンデ。
 すると美由子が彼女たちの前へ出て何かを差し出した。
「それなら、パラコシはいかがかしら? もちろん、生で食べるのよ」
 もう片方の手でパラコシをそのまま貪る彼女に、思わず苦笑を浮かべる理子とジークリンデ。
「え……えっと」
「こら、美由子! 何してるんだ」
 と、慌てて間に入る陽一。
「えー、こんなに美味しいのに。かごの中にどっさりあるから、遠慮はしなくても――」
「そういう問題じゃない!」
 陽一は呆れながら美由子を二人から引き離した。
「すみません、きつく叱っておきますので……」
 と、頭を下げる。
 まるで漫才のようなやり取りに、思わず理子は笑った。
「ふふっ、今日は楽しくなりそう」
 頭を上げた陽一は、つられるように微笑みを浮かべる。
「……はい、そうですね」
 いつもと違う特別な日だからこそ、素敵な思い出が作れるというもの。美由子と目が合ったジークリンデもくすっと笑い、やわらかな空気が彼女たちを包んだ。

   *  *  *

「トリックオアトリート!」
 子どもたちの声が響く。お菓子を受け取って、また別の人の元へ。今日はほとんどの人がお菓子を持ち歩いていた。
「はい、どうぞ」
 と、雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)へ手作りのクッキーを渡す白波理沙(しらなみ・りさ)
 雅羅はそれを受け取って、手にしたジャック・オ・ランタン型のかごへ入れた。
「わたくしからもどうぞ。手作りではなく買ったものですわ」
 と、チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)はお菓子を差し出す。
「私もお菓子を作ってきましたので、よろしければどうぞ」
「まぁ、ありがとう」
 魔女に扮した美麗・ハーヴェル(めいりー・はーう゛ぇる)からもお菓子を受け取り、笑みを返す雅羅。普段着のメイド服ばかり見慣れているせいか、美麗が元は魔女であることなどほとんど感じられない。
「じゃあ、行きましょうか」
「そうね」
 バレンタイン同様、定番となったお菓子交換を終えて理沙たちは歩き出した。
 魔女に扮した理沙だが、帽子の代わりに『超感覚』で生やした猫耳にふわりとしたミニスカートのため、恐ろしさの欠片は無く、可愛らしい。チェルシーはオレンジ色のハロウィンドレスにカボチャの形をした帽子をかぶっている。フリルがそこかしこにあしらわれたドレスは理沙に負けず劣らず愛らしかった。
 一方の雅羅は黒尽くめの魔女のはずだったのだが、理沙たちと合流する前にスカートの裾を引っ掛けてしまった。そのせいで丈はミニになり、羽織ったローブがマントのように見え、魔女というより吸血鬼を思わせる姿になっていた。
「これだけ人が多いと心配ね」
 と、理沙は露出した雅羅の脚を見て言う。男性からの視線はもちろん、ただでさえ不幸が降りかかりやすい彼女のことだ。出来る範囲で助けてあげよう、と理沙は考える。
「まさかとは思うけど、お菓子の予備くらい持ってるわよね?」
「ええ、悪戯されないようにきちんと持ってきたわ」
 と、雅羅は自信たっぷりに返す。
「子どもたちは誰彼構わず声をかけてるもの。事前に準備できることはしてきたわ」
「そうですわね。万が一の場合はわたくしのお菓子をあげますわ」
 と、チェルシーがにっこり笑う。
「足りなければ私のお菓子もお渡ししますわ」
「あ、ありがとう……」
 と、雅羅は二人へ微笑みを返したが、彼女たちの気持ちが嬉しい分だけ不安が募っていく。これはもう、何か起こるに違いない。
「まぁ、そんなこと考えていたってしょうがないんだから、楽しみましょうよ」
 と、励ますように理沙が言い、雅羅は溜め息混じりに頷いた。
「そうね。余計なことは考えず、まずは楽しみましょう」

   *  *  *  *  *

「秘密のお祭りにようこそ」
 騎士服の背中に小さな悪魔の翼を生やしたリア・レオニス(りあ・れおにす)が悪戯っぽく笑う。彼のパートナーであるレムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)も同じ格好だ。
 深緑のローブを纏ったアイシャ・シュヴァーラ(あいしゃ・しゅう゛ぁーら)はにこっと微笑んだ。公務の合間を縫ってツァンダを訪れた彼女もまた、例に漏れず魔女の仮装をしているのだが、これなら誰も彼女が女王だなんて気づかないだろう。しかも、とんがり帽子をかぶった彼女は普段よりあどけなく見える。
「それじゃあ、行こうか。アイシャの行きたいところへ連れて行ってあげるよ」
「はい、ありがとうございます」
 と、アイシャは周囲の様子に目を向ける。コスプレコンテストが開催されるためか、どこも人で混雑している。
「あの、美味しいパンプキンプリンがあるって聞いたのですけど……これでは、どこにお店があるか分かりませんよね」
 アイシャの耳にも入るくらいだから、それなりに目立つだろうとは思う。しかし、人混みの中を探すのは苦労しそうだ。
「あー、そうだな」
「あ、でも他にも美味しいパンプキンケーキや、パンプキンタルトなどもあるって聞きました」
 と、期待に目を輝かせるアイシャ。
「そうか。じゃあ、とりあえず歩いてみよう」
「はいっ」
 わくわくと足を踏み出す魔女を護衛するように、リアとレムテネルも歩き出した。
 たくさんある露店の中、アイシャの歩みがふと遅くなる。
「何かあったか?」
「あ、いえ……ちょっと、気になるだけで」
 と、後ろを向くアイシャ。視線の先にあるのはパンプキンソフトクリームの看板。リアはすぐにアイシャの手を引き、店の前まで連れて行った。
「パンプキンソフト、三つ」
 と、注文をする。彼女に気を遣わせないために、自分たちの分まで頼んでいた。
 お金と引き替えに渡されたオレンジ色のソフトクリーム。そっと渡されたそれをアイシャは受け取り、一口舐めた。
「美味しいです」
 どうやら気に入ってくれたらしい。リアとレムテネルもソフトクリームを食べながら歩き出す。
 にこにこした表情で甘い物を食べ歩きする彼女は、そこら辺にいる普通の少女と何ら変わりがない。リアはそんなことを思いながら、アイシャの横顔を見つめていた。
 そして時間になるまで、彼女をたくさん楽しませてやりたいと願う。ハロウィンはまだまだ、始まったばかりなのだ。