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【2021ハロウィン】スウィートハロウィン

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【2021ハロウィン】スウィートハロウィン
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リアクション

 ミイラ男のコスプレをした如月正悟(きさらぎ・しょうご)は、まだかぼちゃのパウンドケーキを頬張っている泉美緒(いずみ・みお)へ言った。
「ゴンドラに乗る約束、あっただろ? あれ、今日でもいいか?」
「はい、もちろんです」
 と、頷く美緒。
 陽気な通りを抜けて行き、近場のゴンドラ乗り場へと向かう。
 その頃にはパウンドケーキも美緒の胃に収まっており、二人はゆっくりとゴンドラへ乗り込んだ。
 岸からすっと離れ、水面を動き出すゴンドラ。そよ吹く風を感じながら、正悟は猫耳を付けた彼女を眺めていた。
「今回、付き合ってくれてサンキューな」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
 と、正悟へ顔を向ける美緒。
「ハロウィン、楽しんでもらえたかな?」
「はい。美味しいものもたくさん食べられましたし、満足ですわ」
 にっこり笑う美緒に、正悟も笑みを返す。夕焼けを写した水面は鮮やかなオレンジ色をしていた。その柔らかな光の中で、正悟は美緒の笑みを美しいと思う。
 ゴンドラが目的地まで着き、再び二人は歩き出す。
 人気のない静かな歩道。
「んー……今日も、話してて思った」
 と、口を開く正悟。美緒へ振り返って足を止めた。
「俺は、君のことが好きだ。良ければ付き合ってくれ」
 ドキッとする美緒。しかし、美緒は知っていた。
「その……ご好意は、大変嬉しいですわ。正悟さんは素敵な殿方だと思いますし……」
 と、視線を下げる。嬉しいのは本当だった。
 だからこそ、美緒は自分の素直な気持ちを口にした。
「ただわたくしは、わたくしだけを見て下さる方でないと、不安で仕方ないのです。……正悟さんは、チェリーさんやエンヘドゥさんも『守られる』と仰られたと、お聞きしておりますから……」
 本当に自分のことを思ってくれるのなら、心を一つに決めて欲しい。そうでないと、美緒は大事にされているという実感を持てない。
「……あ、ああ、そうか」
 と、正悟も視線を外した。
 夜の訪れと共に気まずい空気が流れる。美緒はぺこりと頭を下げた。
「今日は、本当にありがとうございました。それでは、わたくしはこれで……」
「あ、ああ。俺の方こそ、ありがとう」
 去っていく背中を見送って、正悟は息をついた。

   *  *  *  *  *

 受け取ったお菓子を手にはしゃぎだし、また別の人の元へ向かっていく子どもたち。
「やっぱり子どもって可愛いね」
「そうですね……僕的には、リンネさんの方が可愛らしいと思うけど」
 からかうようにくすっと笑って、博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)は妻を見た。
「そういうことじゃないでしょ、博季くんったら」
 と、頬を紅潮させながらリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)が言い返す。博季お手製の魔女衣装を着用した彼女は愛らしく、吸血鬼に扮した博季とよくお似合いだ。
 少しずつ日が落ちてきて、ハロウィンの夜が始まりを告げる。昼間も街はパーティーで賑わっていたが、カップルたちにとってはここからが本番だった。
 混雑していた通りも心なし静かになり、人気が薄れていく。
 博季はさりげなくリンネを連れて誰もいない路地裏へ入ると、突然謝った。
「ごめんっ」
 リンネが反応を返す前に、その首筋へキスをする。
「っ」
 突然のことに驚くリンネだが、夫婦なのだから予想はしていた。
 彼女を壁に押し付けるようにして迫り、博季は言う。
「いや、ずっと我慢してたんですよ? リンネさん可愛いし、愛おしくてたまらないし……それに」
 と、博季は笑う。
「灯台下暗し、ってやつかな。リンネさん、何か忘れてません?」
「わ、忘れてるって……?」
 と、リンネは頭をめぐらせてはっとする。
「あ! 博季くんにお菓子あげてなかった!」
「そういうこと。僕も忘れてたので、お互い、悪戯されても文句は言えませんよね」
 二人の視線が直線で交わる。静かに近づいてくる博季の顔に、リンネはそっと両目を閉ざした。
 灯りも届かない路地裏でのキス。ただそばにいるだけでも幸福だが、お互いの温もりを求めずにはいられない。
 ただ普段と服装が違うだけなのに、まるで映画のワンシーンのようだった。一年に一度しか訪れない、束の間の非日常の中。悪い吸血鬼が可憐な魔女を抱きしめる。
「リンネさん、愛してますよ」
「うん、博季くん……」
 愛し合う二人を邪魔するものはない――。


海京

 海京でもハロウィンは行われていたが、パラミタの各都市と比べて大人しい印象だった。そのせいか、人々もあまりハロウィンを意識していない様子だ。
 執事風の衣装に懐中時計を腰へ下げた水鏡和葉(みかがみ・かずは)を見て、天司御空(あまつかさ・みそら)は少々残念そうにした。彼女に合わせてシルクハットにタキシード、腰に剣を下げた御空だが、どうせやるならスカート姿の彼女を見たかった。しかし、白ウサギの仮装を選ぶのは彼女らしいとも思う。
 テーブルの上に並べられたお茶とお菓子。今日は二人きりでのティーパーティーだ。
 持参してきたパンプキンクッキーを手にしつつ、御空はお決まりの台詞を口にした。
「トリックオアー――」
 ぱくっとその手にあったクッキーすべてを口へ入れる和葉。むぐむぐと口を動かして、ごくりと飲み込む。
「Trick or Treat!」
 と、和葉はにっこり笑いながら言った。御空はもう、お菓子を持っていない。
「あー、奪われちゃった……仕方ないな、甘んじて受け入れるか」
 と、苦笑する御空。しかし嫌そうな顔ではない。
「やった! どんな悪戯しよっかなー」
 と、和葉は嬉しそうに考え始める。せっかく二人きりなのだから、普段は出来ないことをしてみたい。というか、二人きりでいられるだけでも嬉しくて楽しい。
 テーブルの上をぐるりと見回し、和葉はひらめいた。
「……決めた! 御空先輩、目つぶって?」
「うん」
 御空は言われたとおり、両目を閉じて少し腰をかがめた。何をされるのかと待っていると、唇に何かが押し当てられた。やわらかくはない、クッキーだ。そう気づいた御空はクッキーを口にくわえて目を開けた。
「えっへへー、びっくりした?」
 と、笑う和葉。瞬きを何回かしてから、御空は納得をした。確かに少し期待はしたが、自分たちはまだ付き合って間もない。でも、それならこれはどうだろう?
 御空は口にしたクッキーをそのままに、一歩距離を詰めた。逃げ出さないよう彼女の手をとって、クッキーを和葉の唇へ押し付ける。
「!」
 ぱくり、クッキーを口にする和葉。互いの唇がギリギリ触れないところで、御空はクッキーをぱきっと割った。
 自分のくわえたクッキーを口の中へ入れ、片目をつぶってウィンクをする。
「Trick&Treat」
 ドキドキさせられた。
 和葉は顔を真っ赤にして彼を見つめ返す。今日は自分が勝つのだと思っていたのに、やはり勝てなかった。悔しいが、幸せすぎてたまらない。
「さあ、ゆっくりお茶をしよう」
 と、御空は椅子を引いてやった。

 ティーパーティーが終わる頃、和葉は懐中時計を御空へ差し出した。
「遅くなったけど……ハッピーバースデー!」
 どうやら、小道具というだけではなかったらしい。
 御空はそれを受け取ると、愛おしむように胸に抱いた。
「ありがとう。大切にする」
 にこっと笑みを返せば、和葉も満足げに笑う。
 彼女が懐中時計を贈ったのは、二人が同じ時間を紡いでいけるよう、願ってのことだった。そして、二人でいられる大切な時間が、少しでも長く続いていくように……と。