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【2021ハロウィン】スウィートハロウィン

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【2021ハロウィン】スウィートハロウィン
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リアクション

 コスプレコンテストの結果発表の時刻が近づいていた。
「優勝者は誰かしら?」
 と、わくわくしているヤチェルに呆れた視線をやる叶月。興味のない彼からしたら、彼女の関心事などくだらなかった。それでも、不思議とこうして付き従ってしまう。
 コンテスト会場へ向かって歩いていると、見慣れた背格好の男が近づいてきた。
「やあ、皆さんお揃いで」
 吸血鬼の仮装に仮面を着けたエルザルド・マーマン(えるざるど・まーまん)だ。
「少しだけ叶月を借りてもいいかい? まぁ、男同士の話って奴かな?」
「は?」
 眉間にしわを寄せる叶月だったが、構わずにヤチェルは言う。
「ええ、どうぞ。じゃあ、あたしたちは先に行ってるわね」
 と、里也と歩いて行ってしまう。何だか嫌な予感しかしないものの、仕方なく叶月はエルザルドに付いて行った。
 コンテスト会場へ向かう人ごみから少し外れたところで、エルザルドが仮面を脱ぐ。
「で、結局彼女とはどうなってるんだい?」
「どうって……、何もねぇよ」
 と、叶月はやや不機嫌に返した。
「やっぱりね。ああいうタイプの子は、ストレートに言っても伝わらない時もあるし、言わないならなおさら気づかないよ?」
 と、エルザルド。
 心配してくれているらしいと分かっていても、叶月は言う。
「だから、どうしろってんだよ? 今のままでも俺は……」
 ――強がれば強がるほど、自分を苦しめてしまう。そのことに気づいて口を閉じる叶月。
「その気持ちも、分からなくはないけどね」
 と、エルザルドは溜め息をついた。周囲にはばればれなのに、いまだ一歩も進展を見せない彼にやきもきしていた。相手にも問題があるのは確かだが、それにしても遅すぎる。
 エルザルドは遠くの空へ目をやると、真面目な声で言った。
「……昔話をしようか」
 初めて見るエルザルドの表情に、叶月も真剣に耳を済ませた。

 昔、あるところに、ある兄弟がいました。
 兄は妹を、それは可愛く思っていましたが、毎日が忙しく、幼い妹は独りで寂しい日々を送っていました。
 妹が何度名を呼んでも、涙を流しても、寂しさに病気で寝込んでも……兄は自分のことで精一杯でした。
 それから長い時が流れ、やっと兄が妹の名を呼んでも、妹が答えることはありませんでした。兄はただ、冷たくなった妹の身体を抱きしめることしか出来ませんでした。


「……それって――」
「ああ、そうだよ。エリス……もう言葉の届かない、可愛い妹だ」
 叶月の表情が暗くなる。
「今でも、後悔は尽きないよ。……だから、初めて雲雀に会った時に決めたんだ。強がって今にも壊れそうなこの子を、エリスのようにはさせない、って」
 届かなくなってしまえば、届けたかった想いは無かったも同然。伝えられなければ、胸に残るのは後悔だけ。
「だからさ、伝えたいことは伝えられる内に言っときなよ、って話。それとも叶月の気持ちってのは、伝える価値も無い程度の物なのかい?」
 と、いつもの表情へ戻ったエルザルドが問いかける。
「っ……そんなんじゃ、ねぇよ」
 彼の言うことは正しい。ましてや、守護天使と人間の寿命は違う。物騒なこの世界では、いつ彼女が命を落とすかも分からない。いつ、自分が命を落とすのかも。
 エルザルドは叶月の肩をぽんと叩いた。
「じゃ、俺は可愛い小鳥を迎えに行くよ。そろそろ寂しくて鳴いてそうだから。たぶん、しばらくは会えなくなるだろうけど……次会う時には、いい話を期待してるよ」
 と、にっこり笑って去っていく。
 その背中を見送りながら、叶月は悶々としていた。――勝手に期待されても困る。しかも相手は彼女で、女ばかり見ているようなやつで、伝えるとか伝えないとか、それ以前に、自分がその眼中に入っているかどうかさえ怪しいのに。
「くそ……っ! どいつもこいつも好き勝手言いやがって」
 苛立ちながら吐き捨てて、叶月は彼女の元へ向かった。

 コスプレコンテストの結果を審査委員長が読み上げる。
「ハロウィンパーティー内コスプレコンテスト優勝者は……ネージュ・フロゥさんです!」
 ぱっとスポットライトを当てられるネージュ。当人には意外な結果だった。
 前へ出るよう促されたネージュが踏み出す。すると、どこからか声がした。
「異議あり! どうしてエリザベートちゃんじゃないんですか?」
「は?」
 会場が一斉に静まった。
「エリザベートちゃんが優勝じゃないとすれば、審査した人たちは目がおかしいです」
 まさかの直談判だ。明日香に手を引かれたエリザベートは困惑していた。
「あ、あのぅ、アスカ……?」
「ほら、よく見て下さい! エリザベートちゃんの方がふさわしいでしょう?」
 ざわつく場内。審査員たちも困り果てている。
「それならジェイダス様だって素敵です!」
 と、会場をさらに混乱させたのはアスカだった。
「優勝はジェイダス様ですよ! 鴉だってそう思うでしょ?」
「……あ、ああ、そうだな」
 しぶしぶ同意する鴉。すでに負けが見えていたが、アスカは気にしなかった。
 すると、そこへ最も観客をドン引きさせた宵一が躍り出た。
「それなら俺だって良かったんじゃないのか?」
「そうです! 宵一様だって素晴らしいなりきりっぷりでしたわ」
 と、加勢するヨルディア。しかし宵一のコスプレは余裕の最下位だ。どうあがこうと優勝にはほど遠かった。
「あなたたちが許されるなら、多少流行遅れでも、私だって良かったはずよ!」
 と、友美まで声を上げ始めた。
 それをきっかけに他の参加者まで文句を言いだし、見かねたスタッフが審査委員長へ何事か提案をした。
 場内を静めようとマイクに叫ぶ審査委員長。どうにか舞台が大人しくなったのを見て、即席の客席投票を開始する。しかし票を取るのは、上位に名前の上がっていた数名のみだ。
 まずはその出場者の名を呼び、観客は優勝に相応しいと思ったら拍手をする。地味だが、これなら文句も出ないはずだ。
 その数名の内、最も大きな拍手をもらったのはネージュだった。当然だ。
 しかし、観客たちは最後に裏切った。
「では、エリザベート・ワルプルギ――」
 言い終わらぬ内に拍手が沸き起こったのだ。まるで豪雨でも降り出したかのような、ものすごい音だった。
「……良いんじゃない? あたし、別に優勝とか目指してなかったし」
 と、見た目からは想像も付かないほど大人の反応を返すネージュ。
 審査委員長たちがあたふたとしている間、ネージュは不服そうにしている宵一たちに気づいて歩み寄った。
「コスプレっていうのはね、ただやるものじゃないんだよ。いかに本物っぽくみせるかがポイント」
「いかに本物っぽく……?」
「なるほど。言われてみれば、宵一様は本物っぽく見えませんね」
 と、ヨルディア。
 宵一は少しむっとした。
「い、いつか本物になるからいいんだ! 優勝できなかったのは、確かに悔しいが……」
 このままではヨルディアに許してもらえない、と宵一は思っていた。
 ヨルディアはネージュと目を合わせ、そして優勝者となったエリザベートを見つめる。
「もういいです。予想外の結果に終わりましたから、特別に許します」
 可愛らしい天使と悪魔に景品が授与される。
「ハロウィンにちなんで、優勝者にはカボチャ一年分が送られます!」
 高く積まれたカボチャの数に、エリザベートは呟かずにいられなかった。
「どうしましょうか……これでは、イルミンスールがカボチャ尽くしになってしまいますぅ」
 ――その後、カボチャはイルミンスール魔法学校の生徒たちに美味しく食べられたらしい。


空京(3)

 すっかり日が暮れていた。空京のパーティー会場へ来たセイニィは、待ち人の姿がないのを見て息をついた。――今朝届いた手紙は妙だった。

『セイニィ・アルギエバ様へ
 本日、空京にて開かれるハロウィンにお越しください。
 ハロウィンで賑わう中、星の輝きを持つ宝石のようなアナタを奪いに参上します。武神牙竜(たけがみ・がりゅう)

 まるで怪盗の予告状だ。よく分からなかったが、とりあえず空京へ来たわけだが……。
 ふいに背後に気配を感じる。高いところから降りてきたような着陸音。そして、声。
「予告状どおり、星の輝きを持つアナタを奪いに怪盗が参上しました」
 と、牙竜は周囲の人間に聞こえるように言い放った。びくっとするセイニィの胸に薔薇の飾りを付け、さっと手をとる牙竜。
「走るぞ!」
 すぐさま走り出した彼に合わせて駆け出すセイニィ。何が起こっているのかさっぱりだ。
「皆さん、失礼しますよ! 怪盗がこの世でもっとも手に入れたい宝の手を引いて、颯爽と走り抜けますよ!」
 と、道を空けてもらう。
 怪盗に手を引かれたセイニィは、そのドレス姿からどことなく花嫁を彷彿とさせていた。
 やがて人気のない公園まで来ると、牙竜が足を止めて振り返った。
「悪ぃ、セイニィ……強引すぎたな、悪かった」
 さすがに自覚はあったらしい。
「まったく、急に現れたと思ったら、一体何なのよ? その格好も」
 と、セイニィは口を尖らせる。
 牙竜は彼女へ身体を向けると言った。
「怪盗のコスプレするって書いてあったろ? だから、ついやってみたくなってさ」
「……どこに? ただの予告状だったわよ?」
「え、裏に書いてあっただろ? まさか……」
 セイニィは呆れたように深く溜め息をついた。
「それは悪かったな、ごめん」
 と、牙竜が頭を下げるがセイニィは憮然とした表情をしている。
「で、目的は何だったわけ?」
「いや、普通にハロウィンを楽しもうと思って……ほら、今日は――」
 すると牙竜の言葉を遮って、再びセイニィが溜め息をついた。
「そういうことだったのね。……別に、忘れてるならそれでもいいけど」
 と、セイニィは牙竜をじっと睨んだ。
「忘れてる? えーと、今日は10月31日で、ハロウィンで……って」
 ようやく思い出した牙竜の顔に冷や汗が浮かぶ。
 セイニィはむすっとしたまま彼へ背を向けた。はっとした牙竜はすぐさま彼女を追いかける。
「ちょ、待てよセイニィ! 謝るから、どうか帰らないでくれ!」
「何言ってるの? 楽しむんでしょ、ハロウィン」
 振り返った彼女の言葉に、思わず耳を疑う怪盗だった。