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昼と夜の狭間、黄昏の黄金

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昼と夜の狭間、黄昏の黄金

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第三章 黄金郷
 
 
 日は瞬く間に廻り、来たる2日後の夕方。陽はゆっくりと傾き、地平線へ向かって動き出していた。
「来たぞ!」
 小型飛空挺に乗った草薙 武尊(くさなぎ・たける)の声が直下の生徒達へ警告を発する。武尊が飛空挺から身を乗り出し、ある方向を凝視していた。時折強く吹く風が、武尊の前髪を吹き上げる。
 盗賊達は現れた。夕日を背に受け、姿が影の様に黒く蠢く。
 蠢く黒は近づくにつれ、次第に形を成し盗賊達の集団へとなった。盗賊の総数は100人を超える。

 「よお!」
 盗賊の頭と呼ばれる男が陽気な声を上げる。テンガローハットを被り、カウボーイの様な風体の男だった。
「……」
 下らない挨拶に付き合う心算も無い。厳しい視線をリーダー格の男へと海は向けた。
「……まあ良い。俺はディゴ・レッケンハイム。ドコイ盗賊団の頭をやっている。まあそんな訳で、邪魔をしてくれたのはお前らか?」
「だったら何だ?」
 海の眼つきが鋭くなり、刺す様な視線をディゴへ送る。
「おお、怖い!くくっ……」
 あくまでそれを楽しむ様に歪んだ笑みをディゴは絶やさない。
「先ずはお仲間の紹介といこうか?刹那!」
「聞こえているのじゃ……」
 ディゴの影から現れたのは辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)だった。
「なっ……」
 海は目を見開いた。
「ふん……何を驚いておる?」
 向こうとは対照的に涼しい表情で刹那は海を見ている。
「此方の世界に来た時に、お主より先にディゴが仕事の依頼を掛けてきた。ただ、それだけじゃ」
「くっ……」
「まあ、仲間同士の楽しいお喋りは此処までにしようか!どうだ、何か聞きたい事があるんじゃないのか?」
 愉快そうに二人のやりとりを見る事が出来て、ご機嫌の様だ。

 「……何故、盗賊が麦畑を求める?」
 その質問を待っていたかの様に、口の端がつり上がり凶悪な笑みへ変化する。
「ククッ、昼と夜の狭間。黄昏の夕暮れが訪れた時、その穂は黄金の実りを宿す。そう!今再び訪れる夕刻!我等は莫大な富を手に入れる!」
 ディゴは空に手を伸ばし、高らかに宣言する。
「そんなチャンスをオレ達がみすみす与えると思うか?」
 空を見ていたディゴの眼球が下り、海を見下ろす。笑みは既に消えていた。
「その眼は気にいらねぇ……」
「それでどうする?」
 ニィと厭らしい笑みを再びディゴは見せた。
「殺すまでだ!」
 ディゴの背から四本の腕が生える。蜘蛛の腕が体表を突き破り、それは現れた。そしてディゴの肉体を鱗が包んでいく。
「貴様等だけが特別とは思わないことだ!」
「人外の力を……」

「さあ、始めようか!」
 ディゴの声を合図に、盗賊達が雪崩れて麦畑へと殺到する。

「我が先行して、排除する」
「頼んだぞ」
 左手を機外に出して、合図を送り武尊は先行した。動力部が低い唸りを上げて、飛空挺は加速していく。

 「行くぞ!」
「雑魚は任せてもらおう」
 海の後ろでリアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)が笑う。
「みんなも分かってる。僕達はするべき事をするだけだ」

 麦畑を巡り、戦いは始まった。
「乱れろ!」
 武尊が小型飛空挺を駆り、盗賊達の周囲を旋回する。時折、碧血のカーマインから弾丸を放ち盗賊達を牽制していく。
「慌てるな!敵は1匹だぞ!」
 指揮を執っている男が怒鳴るが、統率された軍隊ではない集団は散り散りになっていく。
「もう少しであるな」
 盗賊達の乱れが見え始め、少しの安堵が見えかけた時だった。飛空挺の船体の一部から鋭い金属音が鳴り響いた。
「何―― !」
 放たれた『リターニングダガー』が飛空挺に弾かれた音だった。ダガーは麦畑の中へと吸い込まれるように消えていく。
「ちっ……」
 麦畑から小さな舌打ちが聞こえる。しかし、直ぐにその気配も消え僅かな足跡だけが残っている。
 「弓隊揃いましたぜ」
「おお、あれをさっさと落とせ!」
 後続組みの盗賊の弓兵達が弓を引き絞る。狙いは勿論、武尊の乗る小型飛空挺。矢尻の先端が飛空挺を狙い、絶えず細かく動く。
(マズ――)
 男が剣を抜き、肺に息を吸い込む。
「撃――」
 爆音が炸裂し、弓兵が紙くずの様に空を舞う。武尊が飛空挺からダイブしようと思案した刹那の事だった。
「はぁあああ!」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の『梟雄剣ヴァルザドーン』が地を削りながら、弓兵を薙ぎ倒す。その姿は獅子と形容した方が良いのだろう。『ゴッドスピード』と『ドラゴンアーツ』で強化された肉体で大剣を振り、弓兵を有無を言わさず吹き飛ばしていく。
「吹き飛べ!」
 大剣を軸に放つ回し蹴りが、盗賊の脇を確実に捉える。身体をくの字に折り曲げ、男は麦畑の外まで弾き出される。
「沈め!」
 右の掌底が接近する男の頭を地面に叩き付ける。
「ふ……」
 ルーの周りは粗方片付いた様だ。酸素を肺に取り込み、ルーは僅かに肩を上下させる。
 「すまん!」
 武尊の声がルーの真上から聞こえた。
「気に次第で良いよ」
 大剣を担ぎながら、ルーは武尊に手を振った。

 「僕も行くよ」
 『超感覚』・『ドラゴンアーツ』を発動し、リアトリスの容姿が変化を見せる。右目が龍の瞳に変化し、鋭い目つきへと変わる。特徴的だったのは、リアトリスの頭部から白く大きな犬耳が生え、1mある白い尻尾が腰から見えていた。
 地を蹴り、空を翔ける様に盗賊に近づく。
「麦畑に舞え!『夢誘神楽』」
 盗賊達の間を舞う様に抜いて行く。
「くっ、何……」
 男の顔を舐める様にリアトリスの手が抜けていくだけだ。それだけで、大の男が次々と昏倒し地に倒れていく。リアトリスの手から放たれる『ヒプノシス』が盗賊達の意識を刈り取っていった。
「くそっ!」
「休みにはまだ早いよ」
 背を向けて逃走を図る盗賊に『サイドワインダー』が襲い掛かる。矢の真芯を蹴り、超速の推進力を送る。
「痛てぇ」
 矢が盗賊の足を地面に縫いとめる。
「僕の舞は続く」
 リアトリスの舞はフラメンコを想起させた。時に激しく、時に静かに動き盗賊を沈めていく。
「さあ、続きを始めようか」

 「諦めなさい!」
 火村 加夜(ひむら・かや)の両腕が素早い動作で『怯懦のカーマイン』を引き抜く。
「ガッ……」
 カーマインがマズルフラッシュの華を咲かせる。男が腕を振り上げると、掌から剣が弾けた。
「遅いですよ」
 加夜の左腕の銃ががら空きの掌に穴を穿つ。予備の武器など取らせるつもりは無い。
「クソ野郎!ぐっ……」
 跳躍で加夜から距離を取ろうとした最中、左脚に痛みを感じ盗賊は背中から倒れた。脚を注視すると、弾丸が既に通り抜けた後だった。
「其処で寝ていて下さい。命までは貰いません」
「こいつ強いぞ。囲め!」
 加夜の周囲を包囲する様に3人の盗賊達が走る。麦畑に背を沈めねずみの様に走り抜け、隙を窺う。
「ふぅ……」
 降参する様に両手の銃を空中へと放り投げた。
「今だ!潰せ!}
 加夜の行動を降伏と見たのか、盗賊達が一斉に襲い掛かる。
「『歴戦の魔術』」
 銃を放った時に持ち上げた両腕を振り下ろし、魔力の塊を地に叩き付けた。魔力の塊が爆発し、加夜の周囲を飲み込み盗賊達に襲い掛かる。
 「クソ……が……」
 男が体を起こそうと、腕を伸ばし気絶した。魔力の爆発は一瞬だったが、周囲の盗賊達を手当たり次第に巻き込んでいた。
 空から降ってくる銃を掴み取り、改めて加夜は周囲を見渡した。
「ちょっとやり過ぎましたね」
 
 「麦畑とは反対側へ向かうですぅ!」
 ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)が村人達へ叫ぶ。
「大丈夫〜!避難先は仲間が守っているよぉ!」
 余計な心配は掛けさせないように、出来るだけ笑顔をルーシェリアは振り撒く。
「さてと……、ファナさん。ちょっと宜しいですかぁ?」
 他の仲間が誘導を続けてくれているのを確認すると、ルーシェリアは護衛対象のファナをみた。
「ええ、今日の事についてですね……」
 
 「『氷術』」
 杜守 柚(ともり・ゆず)の放つ冷気がディゴの片足を氷結させる。
「舐めるな!」
「っ」
 強引な力で氷を砕き、抜け出してくる。
「いいや、十分だ!」
 ディゴを一瞬、影が覆った。
「はあああぁ!」
 空中からの体重を乗せた海の上段切り。
「ちっ!」
 腕を交差させ、ディゴは一撃を受け止める。
(斬れないのか……)
 海の刀身を硬質の鱗が受け止めていた。
「刺ね!」
 ディゴの背中の腕から繰り出される刺突を体を回転し通り抜け、海は回転を利用してそのまま刀で横に薙ぐ。
「今だ!」
「はい!」
 タイミングを狙い、柚は『火術』を紡ぐ。
「ぐぅ……」
 海の斬撃に併せ、火球が炸裂する。火炎の熱量がディゴの鱗を焼いていく。 
「邪魔を!」
 蜘蛛の腕部が地を削り、削られた土砂をショットガンの様に飛ばす。
「柚!」
 『庇護者』を纏うのは杜守 三月(ともり・みつき)。土砂の弾丸を献身で受け止め、苦悶の顔が三月の表情に刻まれる。
「くっ」
「三月ちゃんっ!」
 駆け寄ろうとする柚を手を上げて、静止させる。
「僕は大丈夫……。それより海を!」
「丈夫な小僧だ」
「あんたに言われたくないね……」

 海との鍔迫り合いの中、周囲を探るディゴはふと口を開いた。
「小娘、あの女は何処にいる?」
「あの女?」
 訝しげに柚は口を開く。
「ファナ・ユースウェルとか言ったか?」
「貴方に何の関係が――」
「関係?関係ならあるさ、我等の邪魔をしてくれた女だからな!」

 海の刀を弾き、後方へと大きく跳躍する。
「昔話をしてやろう」
 
 「前回の今日。盗賊団が村を襲ったですぅ?」
「はい……。何処で聞きつけたかは分かりません。盗賊達はこの村に現れた」
 ルーシェリアは訳が分からないといった顔だ。それでもファナは話続ける。

 「地を覆うほどの黄金の話を聞いた俺達は、村人にこう言ったのさ。『黄金を寄こせ』ってな」
 「黄金……」
 「直ぐに殺戮が始まりました」
 「村人を殺して殺して、漸くその時がやって来た!」
 「本当に地を覆うほどの黄金が現れたんですぅ?」
 「はい、黄金が地上を埋め尽くしました」
 「だが――あの女。ファナ・ユースウェルが邪魔をしやがった……」
 「貴様……」
 「元々、麦の一部を黄金として神の供物にして祠に置いていたのです。豊穣を願って……。実際に願いは叶えられていたのかもしれません。麦畑が不作に見舞われることなど一度もありませんでした。私は縋る思いで祠に願った。この黄金を全て差し出しますから、村を救って欲しいと」
 「馬鹿な女だ。村人を救うために、黄金を使い切るとは……」
 「ファナさん……」
 「……その願いは叶えられました」
 「後一歩の所だった。俺達が黄金を手に入れる寸前、こいつは時間を巻き戻しやがった」

 「だから、前回とぉ?」
「はい。そして、貴方達が此方へ来てくれた……村を救ってくれる英雄が」
 ファナはルーシェリアに微笑んだ。
「ルーシェリアさん。一つお願いをして良いですか?」
「何ですぅ?」
「もう間も無くです。黄昏の黄金が――」

 「来た、来たぞ!」
 歓喜の声でディゴは吼える。
 其処は昼と夜の狭間。紅い陽光が輝き、夕焼けに染め上げられる世界。
「まさか……」
 優しく風に靡いていた麦が硬質な音を響かせ、黄金へと変わっていく。広大な麦畑が黄金へと入れ代わる刻。黄昏の黄金が大地を覆っていく。

 「今度は手に入れる!我等の黄金を!」
 黄金の穂を乱暴に掴み取り、空に抛る。
「小僧共、お前等は此処で死ね!」

 「それはおまえだ!」

 「ぉおおお!」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ) の『トゥーハンディッドソード』が烈風の如く、ディゴへと襲い掛かる。『金剛力』と『ドラゴンアーツ』で強化された肉体は、全ての腕を使い防御するディゴを有無を言わさず吹き飛ばす。
「ぐぅう!」
 「大丈夫か?」
 振り返るエヴァルトに安堵の表情を柚は見せる。
「はい、ありがとうございます」
「決めるぞ」
 地を割るように、踏み込み加速する。
「崩れろ!」
 麦で視界が不十分な足元へ、強力なローキックを放つ。
「く……」
「潰れろ!」
  体が崩れた所へ、高速の踵落としを放つ。
「ちぃい」
 体を捻り、ディゴは踵落としを回避する。
「やれ!」
「はい!」
 タイミングだけだった、踵落としの回避に専念したディゴへと刀を伸ばす。
「はぁあああ!」
「くそがぁああ!」

 刹那。
 海の突き出した刀身はディゴの胸に突き立った。身体を貫通し、刃が抜けていく。
「この黄金の地で、永遠に眠れ」
「馬鹿な……。俺様の計画が……」
 黄金を掴もうと手を伸ばし、ディゴは絶命した。