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リアクション
●1:水源を目指して
洞窟の中はじっとりと湿っぽい。川が流れているせいだろうか。
いりぐちは広々と開いていて、その規模の大きさを伝えていたが、内部に入ってみると思ったほど広くはない。その代り、奥へ続く道はくろぐろとしていて、深そうだった。
「大がかりな術は使えませんね……」
先頭を行くのは真人と北都たち。そのすぐ後ろに、先遣隊を買って出た人々がざっと二十人ほど固まって進んでいる。
洞窟は、水源から続いているのだろう川を挟むようにして左右に足場があるつくりになっている。
川はに、本来ならばなみなみと水が流れているのだろうが、今は住み着いたヒュドラの影響か、だいぶ水位が低い。とはいっても膝くらいまでは浸かるだろう。足場が悪いからと言って、水の中を行軍するのはあまり得策とは言えなそうだ。
人の手はあまり入っていないようで、足場は不安定だ。広くなったり、細くなったりと、長い時間をかけて水の流れに削られている様子がわかる。
「禁猟区の反応は、まだないみたいだねぇ」
「だんだん、視界が悪くなってきたみてぇだな」
北都たちのすぐ後ろを行く閃崎 静麻(せんざき・しずま)が目を眇める。
広く開いた入口からの光はそれなりに奥まで届いていて、しばらくは明かりなしでも困らなかった。が、それもそんなに長く続くわけではない。
やがて外からの光は途絶え、視界はみるみる闇に閉ざされていく。
「魅音、頼むぞ」
静麻が声をかけると、隣を歩いている閃崎 魅音(せんざき・みおん)がはーい、と明るい声で答える。それからすぐに光術を唱え、あたりを照らし出す光の球を生み出す。
空間が広いため、明々と照らしだすという所まではいかないが、それでも足元手元を見るに不自由ない程度の明かりが確保される。
前方で光が灯ったことを確認した後続も、光術がつかえる者がそれぞれに明かりをつけ始める。
人数の割に光術がつかえる人間が少ないので、あちらでもこちらでも、というわけにはいかないが、それでも全員が自分の周囲を見渡せる程度には明るさが確保される。
「静かすぎる、というのも不気味だねぇ」
ひたひたと響いているのは一行の足跡ばかり。モンスターの巣窟といわれていた割には気配が――と、北都は意識を集中する。と、ぴょこん、と髪の隙間から、獣の耳が現れた。
かすかな音も聞き逃さない、と言わんばかりにひくひくとそれが動く。
人間の足音。水の流れる音。ぴしゃ、とどこかで水が落ちる音……北都の意識は少しずつ洞窟の奥へと向けられていく。
ズル、と、何かが這いずる音がした。
「……来る!」
北都が鋭く叫ぶ。その声に、北都のパートナーであるクナイ・アヤシ(くない・あやし)がすかさず前に出、北都をかばうように立ちふさがる。
いよいよ来た、と嬉々として戦闘態勢をとるのはミルゼア・フィシス(みるぜあ・ふぃしす)とリディル・シンクレア(りでぃる・しんくれあ)のふたりだ。
ほかの面々も油断なくそれぞれの得物を構え、あるいは術の詠唱を始める。
「来た!」
誰かが叫ぶ。
と、同時に洞窟の奥から、何かが姿を現した。
皆の間に緊張が走る。
光術の明かりに照らされたのは、ツタ様の「何か」だった。
太さは人間の腕くらいあるだろうか。植物にしては異常に太い。
ぶぅんと低い音を立ててうねるそのツタの先端には、葉っぱのような「何か」が生えている。
見た目は植物だが、植物はこんなに活発には動かない。――魔物だ。
「私が!」
真人が一歩進み出る、と同時に唱えておいたブリザードの術を解き放つ。
無数の氷の粒が空を裂き、容赦ない冷気が洞窟内で唸る。
植物にとって気温の低下は生命活動の危機、ツタのような物体はあわてて避けようと蠢く。が、それよりもブリザードがあたりを包み込む方が早い。
ぴし、と音を立ててツタは白く凍りついた。
しかし間髪入れず、別の触手が洞窟の奥から姿を現す。
「この手のタイプはどこかに本体がいるはずです」
冷静に状況を分析する真人の横から、パートナーのセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)が飛び出した。
「任せて!」
セルファは海神の刀を振りかざす。
音速に迫る速度でそれを薙ぐと、氷に閉ざされたツタはキィンと鋭い音を立ててはぜ割れる。
返す刀でもう一本のツタも両断。
ツタのかけらを閉じ込めたままの氷の上に、凍っていないほうのツタがドォと落ち、動かなくなる。
まずはよし、とセルファは呼吸を整えて洞窟の奥を睨んだ。
と。
ざわっ、と大量の植物が触れ合いすれ合う音を響かせながら、何十本という量のツタが姿を現した!
「数が多い……! 早く本体を叩くのです!」
「はいっ!」
真人が再びブリザードを放つそばからセルファが砕く。
しかし今度はツタの数が多い。すべてを凍らせることができない。
「俺に任せな!」
静麻が飛び出す。
その手には愛用のハンドキャノン。
はっ、と気合と共に引き金を引くと、その銃口から炎が噴き出す。
爆炎波が効果的に発動するよう、可燃性の弾を込めてある。
コォ、と炎が唸り、真人が取りこぼしたツタを焼き払う。
炎はツタを包み込むように延焼し、洞窟内を真っ赤に染める。
静麻は素早い射撃で一本ずつ正確にツタを燃やしていく。
が、ツタは苦しそうに藻掻く様子を見せると、ばしゃん、と水流に身を躍らせた。
じゅうじゅうと音を立てて、ツタを包んでいた炎が勢いを落とす。
「チッ……!!」
静麻は苦々しげに舌打ちする。
先端は焼け焦げているものの、根元の方はまだ生きていて、焦げた先端を、それでもなお振り回そうとする。
さらにツタはその本数を次々と増やしている。
北都やクナイ、そのほか先頭を歩いていた面々も応戦を始めているが、いかんせん足場が不安定だ。先頭集団が戦闘していると、後続は手が出しづらい。
「キリがねえな……!」
何度目かの爆炎波を放つと、静麻は得物をワイヤークローに持ち替える。
その一瞬できた隙をつくように、ツタが一本静麻の方へ向かう。
「そうはさせないぜ!」
ぱんっと景気のいい音を立てて、獅子神 刹那(ししがみ・せつな)が振るった鬼包丁がツタの先端を切り落とす。
刹那はそのまま、接近戦を苦手とする静馬をフォローするために立ちふさがる。
根元に近い部分が反撃に出ようとする。
しかしすかさず刹那が鬼包丁で打ち払う。さらに静麻が、炎を纏わせたワイヤークローを投擲する。
「クソっ、機晶爆弾さえ使えりゃな……」
威力が高く、しかも遠くまで投擲できる機晶爆弾なら、一気に本体もろとも倒してしまうことができるだろう。……洞窟の崩落と引き換えに。
それはあまりいただけない。
と。
「静麻、足元です!」
レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)の声が響く。
と同時に、静麻の立つ足場のすぐ近く、川の水がばしゃぁと吹き上がった。
「やっべ……!」
姿を現したのは巨大なウミヘビ。縄張りを荒らされて苛立っているのか、シャァ、と威嚇するような声を上げ、鎌首をもたげている。
その視線の先には静麻の姿。刹那もあわてて振り向くが、相手が水の中では足場がない。
「静麻!」
急ぎワイヤークローを手元に引き寄せようとするが、物理法則以上の速度ではできない。静麻の顔に焦りが浮かぶ。
「そうはさせません!」
レイナが駆ける。
バーストダッシュで勢いよく飛び上がると、くるりと空中で回転する。
そして狙いを定めると、巨大ウミヘビの頭をめがけて急降下する。
足に纏ったレガースには、術を使って雷をまとわせている。
十分な速度でもってウミヘビの頭を踏みつけると、レガースに纏わせた雷がウミヘビを撃つ。
体に走る電撃に、ウミヘビはびくんと大きく痙攣した。
「離れて、レイナお姉ちゃん!」
それとほぼ同時、魅音が叫ぶ。
その声に従い、レイナはウミヘビの頭を蹴りつけた反動を利用して、素早くその場を離脱する。
レイナが離れたのを視界の端で確認すると、魅音はサンダーブラストの力を解き放つ。
無数の雷が降り注ぎ、直撃を受けたウミヘビは盛大な水しぶきを上げて川の中に倒れ伏す。
ついでに、静麻から炎の攻撃を受けて水中に逃げてきていたツタにも余波が及び、そちらも沈黙する。
「今だ!」
静麻の声に、答えたのはセルファと刹那だ。
悪い足場をものともせず、まっすぐに駆け抜ける。
「これが本体……?!」
「一気にやるぞ!」
そこにあったのは、まるで根のような――というか、根なのだろう。無数に枝分かれし、ひげ根の生えた茶色い塊だった。
セルファが海神の刀を、刹那が鬼包丁を振りかぶる。
セルファが一歩早く横に薙ぎ、根と触手を分断する。そこへ刹那が包丁を縦に振り下ろした。
すると、しゅぅしゅぅと音を立てて、急激にツタの全体がしぼんでいく。
「養分切れ……ってとこなのかな……」
「おそらくはそうでしょう。さあ、先を急ぎましょう」
真人の言葉に、一行は干からびた無数のツタを踏み分けながら歩き始めた。
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