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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 3

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リアクション


■オープニング

 ピンクを基調とした極彩色の空にコンペイトウがふよんふよん。
 羽のようにページを開いた本が飛び回り、マンガでしか見たことのないようなテキトーな顔をした花が咲き乱れ。
 クマさん太陽からは金銀の雨がシャワーっと降りそそぎ。
 つややかなリボンの道が、突如空間から現れていると思ったら、どこにつながるでもなく消えていたりして。


「おお! ここがリンド・ユング・フートか!!」

 コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)は興奮しきりで周囲をぐるりと見渡した。
 コアは正真正銘地球人で、そのハートには熱い思いが燃え盛っているものの、体は頭の先からつま先までロボットである。
 超合金製かどうかは定かでないが、どちらかというとヒーロー特撮番組とかリアルロボットアクション番組に出てきそうなその姿は、一体だれの意識の反映か、少々どころかかなり少女趣味じみたリリカルなドリームランドのリンドではかなり特異な光を放っていたが、そのことに気付いている様子はまったくない。

「すごいぞ。コンペイトウが飛んでいる」
 つん、と目の前をよぎっていった黄色い砂糖菓子をつつく。
「一体動力は何だ? ただの砂糖の塊に、なぜ推力が発生している? そもそもこれはコンペイトウなのか?」

「食べてみたら分かるんじゃなーい?」
 ひゃはっと笑ってそそのかそうとしたラブ・リトル(らぶ・りとる)の首根っこを、高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)がつまんで引き寄せた。
「おやめなさい。そんなことをして、おなかを壊したらどうするの」

 ロボットのおなかが動くコンペイトウを食べたぐらいで壊れるかはこの際関係ない。そもそも肉体ではない、精神体なのだし。
 だがその精神体ゆえ、意思が反映する世界だから壊れると思えば壊れるのだ。
 つまり、鈿女が「コンペイトウを食べればコアはおなかを壊す」と考えていれば、コアはコンペイトウを口にふくんだとたん、腹を抱えてのたうつはめになる。――もちろん、考えるのはラブでもいい。というか、ラブはそうしようとしてたのかも?

「鈿女は気にならないの?」
 ラブの言葉に、鈿女は素っ気なく肩をすくめた。
「そもそもここは夢の世界。科学で解明しようなんて、ばかげてるわ。できたところで現実世界に戻ればすべて忘れている――そうでしょ?」

 鈿女から同意を求めるような視線を受けて、火村 加夜(ひむら・かや)は少し恐縮しつつうなずいた。

「ええ。ここは私たちの無意識世界ですから。表層意識には持ち返れないようです」
「えーっ。じゃあこのコンペイトウ、持って帰れないのかー」
「ですって。ほら、放しなさい」
「ちぇっ」
 ラブはしぶしぶ握り締めていた手を開いた。いつの間に捕まえていたのか、中から水色のコンペイトウが飛んでいく。
「飛ぶコンペイトウなんて、面白いと思ったんだけどなぁ。残念」

 本当に残念、とハーモニーを奏でている本棚たちの群れを見ながら、加夜はほうと息を吐いた。
 ここはパラミタ中の人の知識が集う場所。探せばきっと、あらゆる本が見つけられるはず。そう、どんな入手困難な稀覯本だって。
 そう思うと加夜は、ここへ来るたび、ずーっとこの世界にひたっていたいという気になってしまうのだった。

(でも、そういうわけにはいかないわね)
 今回ばかりは。
 ちら、と後ろを振り返る。
 そこには、呼び込まれたリストレイターたちを前に、妙にハイテンションなスウィップ スウェップ(すうぃっぷ・すうぇっぷ)がいた。


「みんな! ようこそ、リンド・ユング・フートへ!!」


 にっこにっこ、満面の笑顔でタクトを振り上げている。
 松原 タケシ(まつばら・たけし)リーレン・リーン(りーれん・りーん)によると前回のリストラを失敗扱いされて氷の検閲官に叱られ、かなり落ち込んでいたということだったが、全然そんなふうに見えない。

「今回修復する本は童話だから、そんな難しい、ひねったような展開はないと思うの。だからみんな、気を楽にしてがんばってね!」
 振られたタクトが何もない空間を打つ。
 ピコリーンと音がして、おなじみピンク色した木枠のドアが現れた。

「この安っぽさだけは変わらないんだなぁ」
「一体だれのイメージだよ」
 もう何度目かになるリストレイターたちは驚くこともなく、むしろ苦笑しつつドアへと近づく。
 そんな中、柚木 瀬伊(ゆのき・せい)が少しだけ難しい顔をしてスウィップへと歩を進めた。

「スウィップ殿」
「あ、瀬伊くん! 久しぶりだねっ! 今回も参加してくれたんだ!」
 笑顔で振り仰ぐスウィップの頭に、ぽん、と手を乗せる。瀬伊は、やわらかな帽子越しに頭をなでた。
「あちらであれ、こちらであれ、生きていれば人生いろいろあるものだ。いつも笑ってすごせるときばかりでないのは、みんな分かっている。だから無理しなくていい」

「…………」
 カラ元気と見抜かれて、スウィップはあごを引いて少しうつむく。
 彼女の周囲でパパパヤ〜♪ と笑って歌っていた花たちも、とたん眉を寄せてうなだれた。

「極端だな。
 ほら、だからといってそんなに暗い顔もするな。大丈夫、きっとスウィップ殿の願いはかなう」

「ほんとに…?」

 再び瀬伊を見上げたとき、スミレの瞳には涙がにじんでいた。
(――ええと)
 瀬伊の中で走馬灯のように巡ったのは、1回目と2回目のリストレーション…。
「……まぁ、何とかなると…………思う、ぞ」
 多分。

「あ。せいくん、め、そらした」
「しっ。郁、そこは突っ込んじゃ駄目だよ」
 隣で指差す柚木 郁(ゆのき・いく)に向け、口元に人差し指を立てて見せた柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)は、そっとスウィップの横についた。
「さぁスウィップ。女の子がそんな表情をするものじゃないよ? 隙を見せたりしたら、どこかの狼さんに食べられちゃうかもしれないから、ね」
「貴瀬くん…」

「まぁ、瀬伊も言ってるけれど……意外と何とかなるものだよ、きっと」
 確証はないけど。
「だから、もう少しだけここで待っていて、ね?」
「そうだよぉー」
 ぱたぱたぱた。軽い靴音をたてながら駆け寄ってきた郁がスウィップのほおに触れる。
「いくね、ここはじめてきたのっ。おにいちゃんたちからおはなしきいてて、きてみたいっておもってたから……えへへっ、うれしいの。
 スウィップちゃんのためにも、いくもがんばるのー。だからなかないでね、スウィップちゃん」
「そうだ。今回も、やれるだけ手伝うからな。微力ではあるが」

「1人ひとりが微力であっても、これだけあれば何とかなるものです」
 と、場所が夢の中であろうと決してお約束は欠かさない、高処のリボン道に立ったクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)がヒーロー然と見下ろしながら請け合う。
「必ずやこの物語をすばらしい結末へ導き、同時にスウィップさんも窮地から救ってみせましょう」

 パッとマントごと手を広げるクロセルに合わせて、全員がうなずいた。

「……うん。ありがとう、みんな!」
 親指を突き出したり、ウィンクしたり。力強い笑顔でドアをくぐっていくリストレイターたちの姿にスウィップの笑顔がひときわ輝く。

「いってきまーす」
 貴瀬に抱っこされてドアをくぐる郁に、スウィップがぶんぶん手を振り返す。


 そうやって彼らを見送ったのち、スウィップは、傍らにいつの間にか1人の男性が立っていることに気がついた。

「あなたは? 行かないの?」
「ん?」

 と、金烏 玉兎(きんう・ぎょくと)はスウィップを見下ろす。
「ああ。俺はここに残るよ。彼らは優秀だから、あれだけいるならあっちは心配ないだろうし。
 それより俺は、ここでべそをかいている女の子の方が心配」
 玉兎の指が、そっとスウィップの目じりに残る涙をこすり落とした。

 その仕草で、初めて自分の涙に気付いたスウィップの顔が、カッと赤くなる。

「べ、べそなんてかいてないよ!」
「そうか? ……そうだな。俺の見間違いかもしれん」
 ふっと笑みを見せ、玉兎は身を起こす。
 それがなんだか大人の余裕っぽく映って、スウィップはちょっと面白くなかった。

「かいてないったらかいてないんだからね!」

「はいはい」
 全身で叫んでいるスウィップがかわいらしくて。くすくすと笑って、玉兎は手招きをした。
「いいから。戻っておいで、スウィップ。一緒に彼らのリストレーションを見よう」
「……一緒に?」
「ああ。何が起きようとも、一緒だ。だから、1人でくよくよするな」

 たしかに今回だけは、ここで1人残って待っているのはちょっと心細かったスウィップは、玉兎の手招きに応じてそろそろと戻っていった。

「言っとくけど、こんなの今回だけだからっ。本当なら、リストラしないんだったら即座に送り返しちゃうんだからね!」
「はいはい」



 などなど。
 スウィップと玉兎が会話しているその後ろで。
 
 月谷 要(つきたに・かなめ)は1人、床に両手両膝をついて海溝より深く激しくどよどよと落ち込んでいた。
 暗紫色に変わった周囲には黒の極太線でおどろ線まで浮かんでいて、彼の心境を強調している。
「要、どうしたの?」
 霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)には全くわけが分からなかった。
 なにしろここへやってきた直後からこれなのだ。
 脱力し、へたり込んだまま動こうとしない。

「おいおい。何もしないうちからへばってるんじゃねーよ」
 ドアをくぐろうとそちらへ向かいかけて、要の様子がおかしいことに気付いたルーフェリア・ティンダロス(るーふぇりあ・てぃんだろす)が戻ってくる。
「ほら、しゃんしゃん立てよ!」
「……ルーさん、お願い……ほっといて……」
 しゃがみ込み、耳を近づけてようやく聞こえるぐらい。蚊の鳴くような声で要が答える。

「なんだ? 一体?」
 見上げてくるルーフェリアに首を振りかけて、悠美香ははっと思い出した。1回目のリストレーションで、要とキスしていたことを。

  ――そういやそんなこともしてましたっけね。すっかり忘れてましたが。


(で、でもあれって、あれって…………事故、よね)
 ほんのり赤くなったほおを包んで考える。
(かすかに触れただけで……そ、それに、も、もっと……すごい、こと………………したし……)
 現実世界で。
 もっとも、熱で変質した女体化薬で酔っていたため、あれも要は一切覚えていなかったけれど。


 でも、無意識の底にはしっかりその記憶も残っていたはずで。


(ああっ!! もしかして要、あのことも思い出して……!?)

「な、なんだ?」
 カーッとほおを上気させた直後、ぴしゃーーーん、とカミナリに打たれたような背景を悠美香のバックに見て、ルーフェリアが後退する。

「か、かか、要っ!」
 羞恥に揺れる声で、あわてて悠美香は打ち消しに出た。
「あ、あのね、よく聞いて! あれは事故なの、両方とも。だ……って、ホラ、お互い、そういうつもりだったわけじゃなかったでしょ? 私も要も、したくてしたわけじゃないし。
 そういうのってね、全部事故なの!」
「……事故?」
「そう! 事故はね、数に入らないのよ!
「数に、入らない……?」
「当然よ! だから全部ノーカウント! 事故だもの。私、全然気にしてないわ

「うわおっ!?」
 今度は要の後ろに激しい稲光を見て、ルーフェリアは飛び退いた。

「……ノー、カウント……」

 要の気持ちを楽にさせたい一心で悠美香はそうごまかしたわけだが。
 自分とのキスをノーカン扱いされたことにさらにショックを受け、ますます落ち込む要に、悠美香はわけが分からなかった。
「要?」
 そろそろと手を伸ばす悠美香の先を奪って、ルーフェリアが後ろ襟を引っ掴む。
「あー!! もう俺たちだけじゃないか! いいからさっさと立て!! リストラ行くぞ!」

 無反応な要をそのままずるずる引っ張って、彼らはドアをくぐったのだった。