リアクション
新しき年、葦原島 「うーん……」 コタツの上に散らかしたカタログ類をながめながら、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が唸っていた。 「どうしたんじゃ、何を唸っておる?」 また正月から部屋を散らかしてとルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)がちょっと顔を顰めた。 「まさか、またH本を集めているのではなかろうな」 あれだけ捨ててまだと、ルシェイメア・フローズンがアキラ・セイルーンを軽く睨みつけた。 「ち、違うよ。これだ、これ!」 なぜかちょっとうろたえながら、アキラ・セイルーンがビデオのリモコンボタンをポチッと押した。 テレビの画面に、最新型のプラヴァーの姿が映し出される。 『最新型のイコン、CHP008プラヴァーは、バックパックの換装による目的別の運用が可能で……』 「何をしているんですか、アキラさん。ま、まさか、またHな動画をダウンロードして……」 「えー、またですかあ……」 洗濯物を干して庭から戻ってきたセレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)が、ヨン・ナイフィード(よん・ないふぃーど)と顔を見合わせた。 「違うって言ってるだろ。まったく、お前たちは、俺をどういう目で見てるんだよ」 必死に、アキラ・セイルーンが否定する。 「それはもう、前科が前科であるからのう」 ベッドの下にH本を隠すと言うよりも、H本を積みあげた上にベッドを載せていたアキラ・セイルーンをルシェイメア・フローズンたちがジト目で見つめた。 「これのどこがエロい画像だ!」 テレビ画面に映ったプラヴァーをバンバンと叩いてアキラ・セイルーンが言った。 「まるっこいですねー。エロいです。ついにアキラさんったら、メカに欲情するように……ぽっ」 「ぽじゃない! 俺は、新しいイコンを買おうかと思って、カタログを見てるんだ!」 なぜか顔をちょっと赤らめるヨン・ナイフィードに、アキラ・セイルーンが怒鳴り返した。 「突然なんでそんなことを言いだしたのじゃ? だいたい、貴様は天空のピヨナイトを目指すのではなかったのか?」 コタツの上のカタログを手にとって、ルシェイメア・フローズンが訊ねた。 「いやさあ、それはそうなんだけど、この間の戦いでちょっと考えることがあってさあ」 「まさか、ピヨちゃんを売るとか思ってるんじゃないでしょうね。だめですよ。仮にどこでも買い取りしてくれないからって、捨てたりしたら許しませんからね!」 セレスティア・レインが、身を乗り出してアキラ・セイルーンに詰め寄った。 「だいたい、この間の戦いでは、ピヨでも充分に活躍したと聞いておるがのう」 この前の巨大イコンを巡る戦いで、ジャイアントピヨは、凄まじい枕を振り回してかなりの戦果を上げたとルシェイメア・フローズンは聞いていた。 「ううっ……」 ちょっといやなことを思い出して、ヨン・ナイフィードがちょっと陰で嘔吐(えづ)く。あのとき、凄まじい枕のパイロットだったヨン・ナイフィードは、ブンブンと振り回されて酷い目に遭ったのだ。 「それはそうだったんだけど。やっぱり、雑魚には勝てても、強いイコン相手に戦ったら無傷ってわけにはいかないだろ。万が一、ピヨが怪我でもしたら……。その点、ほら、イコンだったら壊れても修理すればすむしさあ」 「だからといって、ピヨちゃんを捨てようなんて許せません!」 「いや、誰もピヨを捨てるだなんて言って……」 額をくっつけて今にも噛みつかれそうになって、アキラ・セイルーンがセレスティア・レインに言い返した。 「あの火事のときだって、ピヨちゃんは避難するみんなの目印になって、疲れた人々の癒やしになったんですよ。そんなピヨちゃんを捨てるだなんて許しません!」 「だから、売るなんて一言も言ってないだろう!」 「嘘です。私は、アキラさんが購買に行くの見たんです!」 「誰だって、購買ぐらい行くだろうが!」 もう助けてくれと、アキラ・セイルーンがルシェイメア・フローズンの方を見た。 「まあまあ、それくらいにしておいてやるのじゃ。まあ、イコンがほしくて購買に何か売りに行こうとしたというのは分からぬでもない。だいたい、うちのどこに新しいイコンを買う資金があるというのじゃ」 ルシェイメア・フローズンの言葉に、うんうんとヨン・ナイフィードがうなずく。 「ローンとか、出世払いとか……」 「出世……」 またもや三人の娘の視線がアキラ・セイルーンに集まる。 「まあ、買うかどうかは別として、イコンを選ぶぐらいいいだろう。夢見させてくれよ!」 「琴音ロボとかナカノヒトとかがあるだろうに」 「だって第二世代ほしいだろ。もしかしたら、ルーシェたちだって乗るかもしれないじゃないかあ」 ルシェイメア・フローズンに言われて、アキラ・セイルーンが言い返した。こうなると、ほとんどだだである。 「そうじゃのう。どうせなら、このクルキアータとか悪くないのう」 「いや、そんなの売ってないから」 「むう」 アキラ・セイルーンに突っ込まれて、仕方ないのうとルシェイメア・フローズンがちょっと口をとがらせる。 「私は、このアンズーサンタっていうのが可愛いと思いますよ」 「それで、どう戦えと……」 判断基準はそこじゃないだろと、アキラ・セイルーンがセレスティア・レインに突っ込んだ。 「せっかく葦原明倫館にいるんですから、鬼鎧もいいですよね」 ヨン・ナイフィードが雷火と玉霞のカタログを見ながら言った。 「うーんそうだなあ」 カタログを奪い合いながら、アキラ・セイルーンたちがああでもないこうでもない話に夢をふくらませる。 庭では、ピヨが狼やサラマンダーやスカイフィッシュや猫やペンギンやポニーやひよこたちと一緒に元気に遊んでいた。 ★ ★ ★ 「繋がりましたよー」 荒人のコックピットからお尻を突き出してごそごそやっていた紫月 睡蓮(しづき・すいれん)が、そのままの姿勢で紫月 唯斗(しづき・ゆいと)にむかって叫んだ。 「よし、データのコピーを開始します」 絶影のコックピットに座った紫月唯斗が、コンソールのアイコンをタッチする。すると、何本ものケーブルで繋がれた荒人の制御システムから、データが絶影にむかって送られてきた。 荒人の長い戦闘データから蓄積された、各種行動パターンである。 当然、機体の癖というものがあるので、戦闘用のパターンがそのまま使えることはない。だが、対戦相手のイコンの特徴や識別データなどは、きっちりと移しておく必要がある。それほどまでに、絶影はまだ真っ白なのだ。この間戦闘で、敵の玉霞タイプと対等に戦えたのは、準備面から言うと奇跡に近い。敵もこちらのデータは収集したであろうから、今後のためにも対策は必要だ。 「次は、九重だよね」 ガーゴイルに乗って荒人から絶影の背後に回って、紫月睡蓮が言った。 九尾の狐を連想させるようなスラスターバーニアの集合体であるイコンホースに、今度は絶影からのびたケーブルを接続する。 イコンホースは、もともと独立した機械だ。そのため、イコンホース単体での判断行動というものもとることができる。馬型の黒帝がいい例だろう。だが、九重の場合、絶影と一体化した推進器という性格のため、完全なシンクロが要求される。 「よし、データの転送は終わりましたね。動かしてみますから、確認してください」 紫月睡蓮に言うと、紫月唯斗が絶影からのコントロールをいろいろと試してみた。コントロールレバーのかたむきに応じて、九重のベクターノズルが機敏に方向を変える。グッとかたむけると、今度はアームの方向自体が変化回転し、柔軟に加速ベクトルを変更した。動きとしては申し分ない。後は、この動きを実際の戦闘でどう役立てるかだ。 「どれ、軽く位置取りの模擬戦をしてみましょうか。相手をお願いしますね」 「はい、唯斗兄さん」 「じゃあ、始めますか」 用済みとなったケーブルを片づけると、紫月睡蓮が荒人に乗り込んで二人は模擬戦を始めた。もっとも、模擬戦と言っても、互いに速く動いて自分の間合いをとれるかの陣取りごっこである。武器は装備してはいない。持っているつもりと言うことだ。 「いきますよー」 荒人が突っ込んでくる。長剣主体の荒人としては、長剣の間合いが最適である。切っ先の届く間合いでの踏み込みが最高というわけだ。 対する絶影は基本は短剣の間合いだ。敵の死角をついて急所を一撃破壊するのがセオリーである。あるいは、その高機動性を生かした居合いである。 「くっ、この程度で振り回される……」 荒人の突きを素早く回り込んで回避した絶影だったが、勢いがつきすぎて機体が回りすぎて変な方向をむいてしまう。速く動けると言うことは、速く止まらなければならないと言うことも意味する。そうでなければ振り回されるだけだ。 「まだ、タイミングが遅いと言うことですね。もう一度やりましょう」 「はい」 距離を取り直すと、紫月唯斗は訓練を繰り返していった。 ★ ★ ★ 「場の雰囲気に流された……」 明倫館の学食のテーブルに突っ伏しながらプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)がつぶやいた。 いくら緊急事態だったとはいえ、戦場ですっぽんぽんで紫月唯斗をコックピットから引きずり出したり、衆目で再装着させたり。今から冷静に考えると……。 「ううっ……」 ただでさえ色白で赤面しやすいというのに……。顔を上げることができない。 「おぬしら、まだ正月ボケかあ! いい度胸だ、今から切り刻んでおせちにしてやろう。そこにならぶのだ!」 なんだか厨房の方からエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)の声が聞こえてくる。まあいいかあ。 「そんなあ、姐さん、許してくださいよお」 「板長と呼べと、何度言ったら……」 「ひえぇぇ、許してくだせえ」 なんだか、激しい効果音と悲鳴が聞こえてくる。まあいいかあ〜。 「よし、今日は徹底的に鍛え直す。まずは、ジャガイモの皮むき100個、続いて鯛の鱗取り100尾、大根のかつらむき1000本だ」 「ひええええ〜。板長、最後、桁があがってます!」 う〜、う〜。 「ああ、もう、うるさい!」 プラチナム・アイゼンシルトは、顔を上げると怒鳴った。 |
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